712・壊滅した村
第712話になります。
よろしくお願いします。
領都レイクロークを出発して、10日間、街道を北上した。
現在は雪のない季節なので、道中は町や村などで宿泊する以外に、野宿なども行って距離と時間を稼いだ。
これが冬だと、野宿は難しい。
魔物以外に、寒さという敵が増えるからだ。
特に雪は、匂いや音を吸収するし、吹雪になれば視界も奪われる――魔物の接近にも気づき難くなるのだ。
(今が夏でよかったよ)
竜車に揺られながら、そう思う。
ちなみに、竜車の御者や野宿中の夜間の見張りは、5人の連合騎士さんが交代でしてくれた。
「皆様は、体力を温存してください」
とのこと。
僕らには、怪現象の解決に集中して欲しいみたいだね。
その言葉には、素直に甘えることにしたんだ。
竜車を引く竜たちのがんばりもあって、思った以上に旅は順調に進んだ。
そうそう、イルティミナさんに教わったんだけど、竜は、寒さにはとても強い生き物なんだって。
見た目は、爬虫類っぽい。
そして、本物の爬虫類は変温動物……つまり、外の気温で体温が左右されるので、寒さには弱かったりする。
でも、竜は違う。
見た目は似ていても、高密度の魔力が血中に流れ、そして高性能の発熱器官を体内に持っている。
そう、火炎ブレスを吐くための器官だ。
だからか、竜の体温は、とても高い。
前に竜騎隊の竜に触れたことがあったけど、場所によっては火傷しそうなほどの高温なんだ。
だから、寒さにも強い。
そして、雪国のテテト連合国でも『竜車』は重宝されているんだってさ。
(へぇ……そうなんだね?)
竜が好きな僕としては、何か嬉しい。
僕たちの竜車を引くのは、4つ足の3体の灰色の竜だったけど、その姿を尊敬の眼差しで見つめてしまった。
そんな風に、旅は続く。
道中、街道沿いの林の中に、テテト名物の動物である雪鹿の親子の姿が見れたりもした。
何だか、可愛い。
それに、僕はイルティミナさんと笑い合ったりしたっけ。
やがて、レバインド領から3つほど、他の領国を経由した。
そして、10日目の午後、
「――到着いたしました」
連合騎士は、竜車を停めた。
そして僕ら5人は、最も直近に怪現象の発生したという村の跡地に到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ここか……」
車両から降りた銀髪の美女は、周囲を見回して呟いた。
僕らも、竜車の外に出る。
ヒュウ
冷たい風が肌を撫で、僕は青い瞳を細めてから顔をあげた。
(…………)
目の前には、木製の壊れた柵に覆われた30軒ほどの家屋が並んでいた。
周囲には、畑と森。
村の奥には、伐採した木材を積むための滑車と大きな倉庫もあった。
5人で、村に入る。
連合騎士の5人は、少し遅れてついて来ていた。
「誰もいないね」
当たり前のことを、僕は呟いた。
イルティミナさんは頷く。
「住人は皆、行方不明という話でしたからね」
「うん」
「いったい何があったのか……何か手がかりが見つかれば良いのですが」
「うん、本当に」
そんな会話を交わして、村の中央に来た。
キルトさんが足を止めた。
(あ……)
村の中央には井戸があり、四方に石畳の道が続いていた。
でも、その石畳や周辺の地面に、広範囲に渡って黒い染みが広がっていた。
黒い染みの正体に、僕らは気づいた。
「これ、血痕?」
「じゃな」
僕の言葉に、キルトさんは頷いた。
ソルティスは、しゃがむ。
その美貌をしかめながら、黒く変色した血痕を確認する。
「凄い量ね」
「…………」
「1人や2人じゃない。どう考えても、何十人、あるいは100人以上の人が流した血の量だわ」
「……そっか」
僕は唇を噛む。
村人は、行方不明となった。
でも、行方不明なら生存の可能性もあった。
だけど、この多量の血痕を見てしまうと、それは希望的観測だったのだと厳しい現実を突きつけられた気分だった。
5人とも、しばらく黙る。
イルティミナさんは、周囲を見回した。
「死体はないのですね」
「そうじゃな」
「ですが、身体の一部もありません」
「…………」
「もし、魔物の仕業だというなら、何かしらの残骸が残っているとは思いませんか?」
あ……。
僕は、ハッとした。
確かにそうだ。
捕食にしろ、快楽で殺すにしろ、魔物ならば、そうした痕跡が残っていてもおかしくない。
でも、ここには人間の身体を構成していた部位が、血液以外、何も見当たらなかった。
キルトさんも頷いた。
「わらわも、それを不思議に思っておった」
「…………」
「話を聞いた当初は、何らかの魔物の仕業かと思っていたが……そうではないかもしれぬ」
「魔物じゃない……?」
「…………」
「じゃあ、何が?」
「わからぬ」
「…………」
「まぁ、それを調べるために、わらわたちは来たのじゃ」
ポン
彼女は、そう僕の頭に白い手を置いた。
うん……そうだね。
僕も頷いた。
それからも僕らは、村の中を歩いていく。
…………。
村の建物は、基本、木造だ。
けれど、その外壁や屋根などが壊れている物が多かった。
放置されて風化したのではなく、何者かによって壊されたような損傷の仕方だった。
ガタッ
壊れた扉を外して、家の中へ。
散乱した食器、倒れたテーブルと椅子……思った以上の散らかりだ。
僕は呟く。
「何者かに襲われた?」
「ですね」
僕の奥さんも頷く。
誰かが隠れていたのか、地下室への扉も破壊されていた。
…………。
当時のこの家の人の心境を思うと、胸が押し潰されそうになる。
他の家々も、似たような状況だった。
この村は、魔物以外の誰か……すなわち、人間に襲われたのか?
でも、どこかおかしい。
ソルティスが、壊れた壁を触っていた。
「ずいぶん、穴が小さいわね」
「……うん」
「人間だとしたら、かなり小柄だわ。子供……? ううん、もっと小さいわ。やっぱり人間じゃないのかも……」
「…………」
人間じゃない?
でも、魔物でもない。
じゃあ、何なんだ?
調べれば調べるほど、真相から遠ざかっていくみたいだ。
するとその時、ポーちゃんが遠くの地面を見て、その小さな指をそちらへと向けた。
「あれは?」
と、短く言った。
皆の視線が集まる。
そこは、土がむき出しとなった地面で、そこに直系50センチほどの穴が開いていた。
(何だろう、これ?)
近づいて、覗く。
かなり深い。
暗いので、ランタンの灯りを近づけた。
2~3メートルの深さで、穴は埋まっているみたいだ。
どこかに繋がっている訳じゃない。
場所は村の中でも端の方で、確認した所、村の中に3つ、同じような穴が見つかった。
村人が掘ったのかな?
でも、何のための穴なのか、皆目見当がつかなかった。
「これ、何?」
僕は、隣の奥さんに聞く。
彼女は、長い髪を揺らして首を横に振った。
「わかりません」
「…………」
「何かの目印でしょうか? それとも、例えば、家屋などの支柱を差すためのもの……とか」
「ふぅん?」
「ただ、表面が妙に滑らかです」
「…………」
「ただ掘ったというよりも、何らかの溶剤で周囲が固められているような……? もしくは高熱で土が溶けたのかも……」
彼女は、色々と呟く。
でも、はっきり断言できないみたいだ。
キルトさん、ソルティスを見るけど、2人も『わからない』と首を振った。
そっか……。
と、そんな僕らを後ろで見ていた連合騎士さんの1人が、
「実は、似たような穴の痕跡は、他の村や町でも発見されています」
と教えてくれた。
(そうなの?)
そう言えば、妙な穴があるって言っていたっけ。
これが、その穴なんだ?
ソルティスは、青い空を見上げた。
「何らかの高熱の光線が空から落ちてきて、地面に穴を開けて焼いたのかしら?」
「え……?」
「そんな感じに見えない?」
「言われてみれば……」
確かに、そうも見える。
でも、何がそんな光線を放ったというのだろう。
いや、そもそも何のために?
キルトさんは、首を振る。
「いや、わらわには、地面を下から掘った穴にも見える」
「…………」
「地中の魔物が地上の獲物を襲う時、このような穴ができることもある。そして地中に戻る際に、土が崩れて、穴が塞がった……とかの」
「……なるほど」
その方が、現実的っぽい。
でも、
「しかし、この穴のサイズで、しかも村1つを壊滅させるような地中を移動する魔物となると……該当する魔物がおらぬ。少なくとも、わらわは思い出せぬの」
「そうなんだ……」
「イルナは、わかるか?」
「いえ……私も記憶にありませんね。ソルはどうです?」
「私も知らないわ」
彼女も長い紫色の髪を散らして、左右に首を振った。
チラッ
僕は、ポーちゃんも見る。
気づいた彼女は、ソルティスを真似て、同じ仕草で『わからない』と示した。
キルトさんは、しゃがんで地面の穴に触る。
指に砂利が付く。
それを指を擦って落として、
「これは、思った以上に調査が難航しそうじゃな」
と、吐息をこぼして立ち上がった。
うん……。
確かに、調べても謎ばかりだ。
現状は、魔物でも人間でもない何かが村を壊滅させ、地面に妙な穴を残して、全ての村人ごといなくなった……ってことしかわからない。
そして、村人の生存は絶望的。
…………。
それからも僕らは調査を続けた。
でも、特に目新しい発見も、事件解決に繋がるような手がかりも見つけられなかった。
気づけば、もう夕方だ。
通り西の森に、赤い太陽が沈もうとしていた。
「今日は、ここまでじゃな」
キルトさんが宣言する。
僕らも頷いた。
そして、その日は、近くの町まで移動して宿泊することにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その夜、連合騎士さんが確保してくれた宿屋で、僕らは食事とお風呂を頂いた。
料理は美味しく、温かなお湯も心地好かった。
そうして心身を休めたあと、僕ら5人は、例の如く、キルトさんの部屋に集合していた。
1つのテーブルを、皆で囲む。
キルトさんは、僕らを見回して、
「皆、今日はご苦労じゃったの。とりあえず、初日の調査は終わった。では、現状わかったことを確認していくぞ」
と言った。
僕らは「うん」と頷いた。
キルトさんは言う。
「まず断言する。あの村は、何者かに襲われた――それは間違いない」
うん、その通りだ。
そこに僕らも異論はない。
でも、
「その何者かって、何だろうね?」
僕は呟いた。
人の残骸などが全くないから、魔物とは思えない。
けど、家屋の破壊の痕跡からは、人間でもないみたいだった。
魔物でも、人間でもない。
じゃあ、何だろう?
キルトさんは、首を振る。
「わからぬ」
「…………」
「じゃが、わからぬこともわかった。そして、正体を抜きにして、その何者かは村や町を壊滅させる力を持っている事実も、今日、確定的となった」
「うん」
僕は、同意した。
何者であれ、凄い戦力だ。
単独か、複数かもわからないけれど。
そんな僕らを、キルトさんの黄金の瞳は見回していく。
そして、告げた。
「それは、人類の敵じゃ」
そう鉄の声で。
その重さに、僕らは沈黙する。
「何であれ、それは人に仇を成す存在……となれば、わらわたちはいずれ、その存在と戦うことになる。そのことを深く覚悟しておけ」
彼女は、強い眼差しで僕らを見た。
僕は「うん」と、もう1度頷いた。
ウォン姉妹も厳しい表情で、ポーちゃんも神妙な顔で頷く。
人の村や町を壊滅させる。
そんな存在を、僕らは許容できない。
そうなれば、確かに戦闘になるのは必至だった。
勝てるかな……?
相手が謎の存在だから、少し不安もある。
でも、負ける訳にはいかなかった。
ギュッ
僕は、小さな拳を握る。
気づいたイルティミナさんが、そんな僕の手に、自分の手を重ねて微笑んでくれた。
僕も少しだけ微笑む。
ソルティスが言う。
「それで、私らはこれからどうするの?」
「ラサラキプト・ドーラクスの足跡を追う」
「テテトの金印?」
「そうじゃ」
元金印のキルトさんは、大きく頷いた。
そして彼女はテーブルの上に、バサリとテテト連合国の地図を広げた。
白い指が地図の1点を差す。
「ラサラキプトが調査を始めた時、ちょうど直近で壊滅したのがこの村じゃ」
「…………」
「恐らくラサラキプトは、わらわたち同様、直近の被害があったこの村も調査したじゃろう。そして奴は、その村で何かに気づき、それを最後に消息を絶った」
「…………」
「ならば、その村には、ラサラキプトの気づいた『何か』がまだ残されておるかもしれぬ」
「じゃあ……?」
「うむ、わらわたちも、この村を目指す」
キルトさんは、そう断言した。
ラサラキプトさんが気づいた何か、それが事件解決に繋がると信じて、僕らもそれを追うということだ。
(うん、それがいいかもしれない)
現状は、あまりに謎が多い。
ならば、今は少しでも解決の可能性のある方向に行ってみよう。
僕らも異論はなかった。
そんな僕らに、キルトさんも満足そうに頷いた。
そして、また地図を見る。
「じゃがの……少し気になる点もある」
「気になる点?」
「怪現象が起きている地点がの、言われていた通り、確かに南下を続けておるのじゃ」
「…………」
「偶然かもしれぬ。しかし、このままじゃと、いずれテテト連合国の国境を越え、シュムリア王国の……それも王都ムーリアに到達する予測が立つのじゃ」
「!?」
僕らは驚いた。
あの王都ムーリアに?
30万人もの人々が暮らす場所に、住人全てを殺戮する怪現象が発生するかもしれないって言うの……?
皆、顔色が悪い。
銀髪の鬼姫様は、常に厳しい現実も見つめる。
だから、言う。
「解決が遅れれば、王都が壊滅する可能性もあるのを否定できぬ」
「…………」
「現在のペースで考えれば、あと半年か? それまでに何とかしなければならぬぞ」
「うん」
僕は頷いた。
イルティミナさんがふと思いついたように聞く。
「怪現象の移動距離と発生頻度を考えた場合に、次に被害が起きそうなテテト連合国の地域はどこになるのですか?」
「む……そうじゃな」
2人は地図を見る。
トントン……と被害地点を指で追い、やがて、まだ被害のない点を差した。
「ここか」
「ムルアン地区……ですか」
「うむ」
「この地点に先回りして、現象が起きるのを待ち伏せる訳にはいきませんか?」
僕の奥さんは、そう提案した。
キルトさんは「ふむ……」と考える。
しばらくして、
「いや、この予測も正確ではない。またムルアンという地区もかなり広そうじゃ。予測地点以外の場所で怪現象が起きれば、ただの時間の無駄となる」
「…………」
「もう少し予測精度が高ければ、良い案とは思うがの」
「……そうですね」
イルティミナさんも納得したように頷いた。
(そっか)
先回りできたら、敵の正体もわかって解決も早まると思ったんだけどね。
残念だ。
ソルティスは言う。
「じゃあ、私たちはやっぱりテテトの金印の足跡を追うのね?」
「そうじゃの」
キルトさんは頷いた。
「ラサラキプトは調査の中、何かを得た。わらわたちもその『何か』を得ることを優先しよう。それが最も早い解決の糸口と信じての」
「うん」
「わかりました」
「そ、わかったわ」
「ポーは、了承した」
僕らもキルトさんの判断を信じて、同意した。
その日は、それで就寝。
そして翌日、僕らはラサラキプトさんの足跡を追うために、再びテテトの大地を更に北上していったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




