711・北地を襲った国難
第711話になります。
よろしくお願いします。
レバインド領国の領王様であり、現在のテテト連合国首長さんの名前は、ブレイド・アーム・ロックバインさんという。
そのブレイド首長さん。
彼の語った話は、出発前、キルトさんに聞かされていた内容とほぼ同じだった。
…………。
全ての始まりは、今から約1年前、竜国戦争が終結して間もない時期に、1つの村が壊滅したことだった。
場所は、レバインドより更に北北東のゴールダイム領国。
木材の伐採や鉱石の採掘などを主力産業とした典型的なテテトの領国の1つで、その鉱山近くの名もなき村の住民がある日、突然いなくなったのだ。
村の家屋は破壊され、大量の血痕があった。
けれど、村民の遺体はない。
何かの魔物の仕業……調査したゴールダイムの兵士は、そう結論付けた。
悲しいけれど、この世界ではそうしたことはたまに起きる悲劇だったので、この時はそれほど大きな事件と思われず、調査もそこで打ち切られたそうだ。
けれど、その2ヶ月後、更に同じような村が2つ壊滅した。
状況は、全く同じ。
今度はゴールダイムの騎士団が動いて、原因の魔物討伐しようと周辺を捜索したけれど、該当するような魔物は見つからなかった。
また翌月だ。
ゴールダイム領国の隣領であるバルリア領国でも、1つの村が壊滅した。
こちらは、人口700人の大規模な村。
ほぼ町に近い。
けれど、その住民がたった1夜にして消失したのだ。
状況は同じく、家屋などが破壊され、大量の血痕が残されているだけであった。
また血痕の量から、住民の生存は絶望的との見解だった。
いったい何があったのか?
2領国に跨る事件となり、ここで初めて連合国全体を司るブレイド首長にも報告が届いた。
当時は、そこまで危険視していなかった。
不可解な現象だと思ったが、すぐに解決するだろうと高を括っていたそうだ。
2つの領国の騎士、冒険者、魔物専門の魔学者などに指示して、まずは詳しい調査を行わせたという。
結果、何もわからなかった。
原因の魔物の正体。
住民の遺体がどこに行ったのか?
なぜ狙われたのか?
全く、何1つ、手掛かりがなかった。
ただ、被害に遭った全ての村の共通点として、現場の地面に無数の穴が開いていた。
直径は、約50センチ。
深さは1~3メード。
サイズはまちまちだったが、そのような奇妙な謎の穴が5~20個、それぞれの現場に存在していたそうだ。
無論、意味はわからない。
その原因も。
村民が掘ったのか、それ以外の何者かの仕業なのかさえ、判別がつかなかった。
まさに謎の怪事件。
否、これが何者かが起こした事件なのか、自然災害なのかもわからない。
このまま、この村人消失の怪現象は、未解決のまま調査はお蔵入りになるかと思われた。
だが、ならなかった。
なぜか?
その後の半年間で、同じような現象が更に近隣の2つの領国で起きたからだ。
その数、3件。
つまり、3つの村の住民がいなくなった。
現場は、やはり同じ。
小さな村だが、それらの事件は人の噂として広がり、各地の村落や町の人々を恐怖に陥れた。
その人々の仕事は、伐採や採掘。
それによって集められた物資はテテト連合国の輸出の主力であり、外貨を稼ぎ、他国との交渉を行うための大事な手段でもあった。
けれど、そうした事件が自分たちの身にも降りかかるのではないかと仕事の従事者たちが委縮したことで、作業効率は一気に落ちた。
特に事件があった村の近くの人々は、その地を捨てることもあったとか。
少なからず、経済、政治にも影響が出始めた。
もちろん、テテト連合国の首長として、ブレイドさんも調査を続行させていた。
けど、成果なし。
当該の領国の領王たちからは非難され、また他の領王からも不審の目が向けられた。
その統治の手腕に、懐疑的な目が向けられ始めたという。
首長さんがシュムリア王国を訪問したのは、そんな折だった。
彼は精神的にかなり追い詰められていた。
だからこそ事前に外交筋で頼んで、王国の『金印の魔狩人』であるイルティミナ・ウォンへの面会を求め、そして助言を請うたのだという。
(なるほど……)
当時、僕らが引き離された裏には、そんな事情があったんだね。
ただ残念ながら、イルティミナさんにもそんな現象に心当たりはなく、結局、力にはなれなかった。
…………。
落胆しつつ、首長さんは帰国する。
けど、事態は収まらない。
それどころか、更に悪化して、何とちゃんとした防衛施設のある街までが被害に遭った。
たった1夜で、3000人以上の住民がすべて消失。
街の建物の多くが破壊され、地面には謎の穴が残されているだけで、それ以外の手がかりはまるでなし。
まるで悪夢のようだ、とブレイドさんは表現した。
それは確かだろう。
ただ、希望も生まれた。
テテト連合国にも『金印の冒険者』が1人いる。
名前は、ラサラキプト・ドーラクス。
年齢は30代の女性魔狩人で、連合国各地を飛び回りながら、普通の冒険者や騎士団など、常人の手には負えぬ魔物を狩ってくれる相当の実力者だそうだ。
彼女とは、キルトさんも面識があるという。
その実力は、イルティミナさんにも引けを取らないとの評価だ。
そして、前から打診していた彼女が、ようやく他のクエストを消化して、この事件の調査に当たってくれることになったのだ。
彼女は、事件のあった各地を巡った。
共も連れず、1人で。
それが彼女のスタイルであり、ただ2週に1度、定期的に連絡だけを送ってもらっていたという。
調査期間中に、更に2つの村が被害に遭った。
ラサラキプトさんの報告でも、特に進展は見られなかった。
ところが先々月。
『事件の原因と思われる1つの可能性を見つけた。その調査を行い、詳しいことがわかり次第、また改めて報告する』
と、彼女からの連絡が届いた。
それに、首長さんや事件解決に尽力していた関係者は、希望を覚えた。
そして、その連絡を待ち続けた。
…………。
けれど、それ以降、彼女からの連絡は2度と届くことはなかった。
消息不明。
まさかの事態である。
最後の連絡から彼女の足取りは完全に途切れ、その居場所も何もわからなくなってしまった。
最後の希望も消えていく。
けれど現実は残酷で、その後も怪現象は発生し続けた。
ブレイド首長は決断する。
もはや自国で解決する力はない。
であれば、恥も外聞もなく、シュムリア王国の『金印の魔狩人』に助けを求めることを。
それが先月の話だった。
結論として、王国側もそれを受諾した。
建前上は、人道的見地からの決断とされている。
ただ受諾理由の1つには、その怪現象は南下を続けており、やがて王国にも被害が及ぶ可能性を懸念して、その前にテテト領地内で解決したいという思惑もあったようだ。
どちらにせよ、僕らは派遣された。
そして今、こうして首長さんとの謁見に臨んでいる。
そうして僕らが到着する今日まで、その怪現象の被害に遭った村の数は12、街の数は2、その被害者の総数は7000人を超えているとのことだった。
◇◇◇◇◇◇◇
(7000人……)
改めて言われると、恐ろしい数だ。
連合国首長さんの語り終わった謁見の間は、沈痛な静寂に包まれていた。
集まった貴族、騎士、皆が同じ表情だ。
そして首長たる彼は、静かに息を吐く。
「他国の君たちに危険を強いることを許して欲しい。だが、どうかその黄金の輝きでテテトの無辜の民を助けてはくれまいか?」
そう僕らを見つめた。
黄色い瞳には、深く真剣な光が宿っていた。
ヒィン
僕の奥さんの右手の甲には、その黄金の紋章がある。
かつては、キルトさんの手にもあったものだ。
そして、2人の英雄たる女性たちは、彼の要請に「無論です」と許諾の意思を伝えたんだ。
…………。
…………。
…………。
謁見のあと、僕らは控室に戻った。
「ふぅ」
ソファーに座った僕は、大きく息を吐いてしまう。
謁見独特の緊張感から解放されて、少し気が抜けたみたいだ。
やっぱり、ああいう公式な場は苦手だな、僕……。
ふと見たらソルティスも同じような表情で、視線が合ったら、お互いについ苦笑してしまった。
キルトさん、イルティミナさんのお姉さん組も、少しだけ表情を和らげていた。
ポーちゃんは……うん、いつもの無表情。
でも、それが少し安心するね。
…………。
先程の謁見では、僕らのテテト連合国全域での自由な行動を認めるとの宣言が出された。
正式な書類も、あとで届けられるとのこと。
自国での他国の人間の自由行動を認める。
それって結構、凄いことだと思う。
でも、それだけテテト連合国の人々が切羽詰まってるという証明でもあるんだろう。
それと、もう1つ。
実は、テテト連合国内での僕らの活動に際して、連合国側から5人の連合騎士が随行することも決められた。
名目上は、僕らの補佐。
竜車や宿の手配とか各領国政府との交渉など、細かい面を担当してくれるとか。
ありがたいと言えば、ありがたい。
ただ、これには表立って口にできない別の理由もあったんだ。
実は、テテト連合国の国内では、まだ『魔血の民』への差別が当たり前に存在している実情があるんだ。
無論、表立っては『魔血の民』の人権が認められている。
けれど、テテト連合国は小国の集まりで、多種多様の文化が存在し、連合国としては認めても領国としては認めていない場合もあるらしい。
本当に難しい問題だよね……。
シュムリア王国、アルン神皇国に近い南西部では、差別がほぼない。
けど、逆に遠い北東部に向かうほど、テテト連合国では差別が多くなる傾向なのだそうだ。
僕ら5人の内、3人は『魔血の民』。
いくらこの国のために活動するのだとしても、そうした差別行為の対象になりかねない。
だからこそ、それを防ぐための随行員。
そうした面もある訳だ。
正直、テテト連合国の立場としても、なかなか頭が痛かったと思うよ、この差別の問題は……。
…………。
ともあれ、そうした事情もあるので、5人の連合騎士が同行するのは決定事項だった。
だけど、僕としては、この状況が少し悩ましい。
(なぜかって……?)
その理由は、僕は『神狗』だからだ。
神の子の存在は、現在も世間に公表されていない。
その存在は、秘匿されているんだ。
つまり、5人の目がある中では、例えピンチになったとしても『神気開放』をする訳にはいかないのだ。
決して目撃される訳にはいかない。
もちろん本当にどうしようもない時には、きっと力を使ってしまうだろうけど……。
でも、そうした制約ができてしまったのだ。
本当に悩ましい……。
そのことを相談したら、
「別に構いませんよ、自由に力を使って頂いて」
と、僕の奥さん。
え……?
思わぬ言葉に、ちょっと驚く。
僕はもう1度、「いいの?」と確認する。
彼女は「はい」と頷いた。
(どうして……?)
僕はポカンと、自分の奥さんを見つめてしまった。
彼女は苦笑して、
「もうマールの正体は首長側には知られていますから」
「……あ」
そっか。
今更、隠すも何もない。
向こうは、僕が『神狗』だと知っているのだ。
また仮にその力を見たとしても、連合騎士の5人もそれを吹聴はしないだろう。
連合国首長が直々に選定した騎士だ。
そうした配慮はわかっているだろうし、だからこそ、首長さんも僕らに随行する人員として選んだのだ。
それなら安心だ。
イルティミナさんは微笑んで、
「むしろ、そうした迷いによってマールが必要な時に力を解放できず、命の危機に陥ることの方が問題です。だから、自由に使って良いと申しました」
と、教えてくれた。
(そっかぁ)
さすが、イルティミナさんだ。
それなら僕も遠慮なく、いざとなったら『神気開放』しよう。
うん、そうしよう。
そう考えていると、
「マールって、本当にお気楽ね」
と、ソルティスが言った。
(え?)
僕は、彼女を見る。
彼女は少し呆れ顔で、小さな肩を竦めた。
「自由に使うのはいいけどさ、当然、連合騎士たちは、その力のことを首長たちには伝えるわよ?」
「……え」
「王国が秘匿していた存在、神の子の力」
「…………」
「それが実際、どのようなものか、どれほどのものなのか、そうした情報全てが、テテト連合国側に伝わるってことは覚えときなさいよ?」
ビシッ
彼女の指が、そう僕の顔を差した。
(そ、そっか)
王国が秘密にしていたこと。
それを知られてしまう。
ある意味それは、神の力を利用しようとするまた別の思惑を生んでしまうのかもしれない。
それは……なんか嫌だな。
正直、そうした思惑に巻き込まれたくない。
そしてその思惑によって、きっと王国側にも迷惑をかけてしまうことだろう。
どうしよう……?
僕は心底、困ってしまった。
すると、
「まぁ、連合騎士や首長は、テテト連合国の利益を第1にしておるからの。大義名分の元、チャンスがあれば、そうした情報を得ようとするのも当たり前というものじゃ」
と、キルトさんが苦笑した。
その手を伸ばして、
ポムッ
僕の茶色い髪を触って、軽く撫でた。
そして、言う。
「じゃが、王国もそれは承知じゃ」
「……え?」
「国王もレクリア王女も当然、その可能性に気づいておる。その上でわらわたちは派遣され、今、こうしてここにおる……それが答えじゃ」
「…………」
つまり、教えてもいい、ってこと?
僕の視線に、
「そうじゃ」
銀髪の美女は頷いた。
もちろん、王国としては教えたくない。
けれど、他国とはいえ人命を優先し、助けを請う声に応えることを良しと判断した。
それがシュムリア王国の答えだ。
もっと言えば、これは国家間の貸し借りだ。
シュムリア王家としては、『神狗の秘密』というカードを切って、それ以上のカードをテテト連合国側からもらうということだ。
キルトさんは笑って、
「それも外交じゃよ」
「…………」
そっかぁ。
僕としては、何とも言えない。
ただ王国がそう判断するなら、それに従おう。
少なくともこれまで、シュムリア王国は『神狗』である僕をないがしろにするような行為はしてこなかった。
うん、それを信じよう。
ただそれでもイルティミナさんは、
「私の可愛いマールを、勝手に外交の手札にされるのは不愉快ですけどね。全く……本当に王家の人々は勝手です」
と、少し憤慨していたけどね。
あはは……。
でも、ありがとう、イルティミナさん。
そんな僕らに、キルトさんは苦笑し、ソルティスは肩を竦めて、ポーちゃんは相棒を真似て同じ仕草をしていた。
…………。
…………。
…………。
そのあとは、文官さんと細かい打ち合わせなどを行った。
話をするのは、主にキルトさんとイルティミナさん。
その時に、謁見の間で話していた国内の自由行動を許可する書状ももらう。
魔法印が刻まれ、偽造不可。
連合国首長の署名もされた公文書だ。
1時間ほどで、話し合いも終わった。
その後、領王城をあとにすると、僕らは領都レイクロークの高級宿にて1泊して、その夜を明かした。
無論、代金は連合国持ち。
翌朝、5人の連合騎士さんが大型の竜車と共に高級宿の前までやって来た。
(さて……)
今日から調査開始だ。
まずはキルトさんの提案で、直近に被害に遭った村を調査しに行くことになった。
竜車が出発。
ゴトゴト
車輪が振動し、街中を進む。
やがて領都を出ると、大自然の中の街道へと入った。
その車内で、
「ラサラキプト、テテトの金印が何に気づいたのか……わらわたちもそれがわかればいいのじゃがの」
と、キルトさんが呟いた。
(……うん)
そうだね。
現在までに、怪現象の原因に1番近づいたのは彼女なのだろう。
僕らも、そこまで辿り着きたい。
いや、必ず辿り着かなければ……。
そうしなければ、これからも多くのテテト連合国の人たちが、そしてもしかしたらシュムリア王国の人々が被害に遭ってしまうかもしれないんだ。
(そんなこと、させない)
ギュッ
僕は、小さな手を握り締めた。
窓の外を見る。
そこには、巨大な樹々の大森林があった。
その向こうには、水色の霞む山脈の連なりと、その奥に広がる澄んだ青空があった。
雄大な、とても美しい景色。
こんな美しい地で、いったい何が起きているのだろう……?
(…………)
僕は、青い瞳を細める。
車窓に見える風景をこの目に流しながら、僕らの竜車はテテトの大地を進んでいくのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。