710・領国と領王と首長
第710話になります。
よろしくお願いします。
レバインド領への旅は続いた。
窓の外に広がる雪のない景色は、冬の銀世界のテテトしか知らない僕には、何だか少し不思議だった。
冬のテテトは、冷たく厳しい印象。
けれど、今の夏のテテトは、生命力に溢れた輝きを感じる景色だった。
でも、うん、
(こういう景色も悪くないね)
季節による景色の違いは、自然界の生命力と美しさを感じるよ。
そうして竜車は、森の街道を行く。
木立に挟まれた緑の世界。
そこを進む車両の中で、座席の振動に揺られながら、キルトさんからテテト連合国についての話をされた。
彼女はまず、
「テテト連合国にはの、20の領国とそれを治める20人の領王がおる」
と言った。
領国と領王……?
僕はキョトンとなった。
そんな僕の横から、イルティミナさんが教えてくれる。
「シュムリア王国で言えば、領地と領主です。ただテテトは連合国ですから、小さな国家の集まりとして、そのような名称になるのですよ」
「あ、なるほど」
僕は納得だ。
キルトさんも豊かな銀髪を揺らして、頷いた。
「そうした領王の中から、連合国の代表として選ばれたのが『首長』じゃ」
「うん」
「本来なら『王』の立場じゃが、イルナも言った通り、連合国であるからの。各領国に配慮され、『王』の名称は使われずに『首長』と呼ばれるのじゃ」
「ふぅん?」
「ちなみに外交などで、その呼称を間違えると国際問題じゃからの」
「…………」
そ、そうなんだ……?
最近はキルトさん、その顔の広さで外交関係の仕事もしてるから、そういう気配りとか大変なんだろうな。
その苦労の一端を垣間見た気分でした。
ソルティスは「ややこしいわよねぇ」と座席に深くもたれかかり、両手を頭の後ろで組んでぼやいていた。
隣のポーちゃんも、その行動を真似っ子だ。
キルトさんは「まぁの」と苦笑する。
「しかし、人の感情に配慮し、社会の安定を保つためには必要なことじゃ」
「うん」
「今回、わらわたちは非公式とはいえ、シュムリア王国を代表してテテト連合国の助力となりに行く。今の話については、そなたらも注意せよ?」
「あ……」
そっか。
他人事みたいに聞いてたけど、僕らにも関係するのか。
(うわ、気をつけよう)
連合国として、20の領国と領王は対等で、首長も代表にすぎない……そうした態度でないと駄目なんだ。
例え、実情が違ったとしても。
…………。
ソルティスじゃないけど、面倒だなぁ……。
僕は、ちょっと遠い目だ。
うっかり、やらかさないようにしないとね。
イルティミナさんは優しく笑いながら、そんな僕の髪を撫でた。
「大丈夫ですよ。もしもの時は、私がフォローします。それに外交的な受け答えは、基本、キルトや私が担当でしょうから」
「そ、そう?」
「はい。だから、マールは何も心配はしなくていいですからね」
「う、うん」
僕の奥さん、本当に優しい。
でも、だからこそ甘え過ぎないで、やっぱり自分でも気をつけよう。
ナデナデ
頭を撫でられながら、そう思う僕でした。
ちなみにキルトさんは苦笑し、ソルティスは「イルナ姉は、本当、マールに過保護よねぇ」と呆れた様子だった。
ポーちゃんだけは、我関せず。
キルトさんは表情を戻して、
「現在のテテト連合国首長は、これから向かうレバインド領の領王じゃ」
「あ、うん」
「とはいえ、首長は連合国に関する仕事を優先して、実際のレバインド領国の運営は代官がしておるようじゃがの」
「…………」
「で、わらわたちはそのレバインド領の領都にある領王城で、まず首長に謁見する予定じゃ」
「うん」
僕らは頷いた。
そこで正式な依頼として、テテト連合国での怪現象の解決を求められるんだね。
謁見、かぁ。
偉い人と会うのって、本当に緊張するよね……。
そう思っていると、
パン
ソルティスに軽く肩を叩かれた。
「馬鹿ね、マール。相手はたかがテテトの首長でしょ? 緊張してんじゃないわよ」
と呆れられた。
ええ……?
「たかがって、相手は国の代表だよ?」
僕はそう言う。
でも、ソルティスは肩を竦めて、
「その国って、ただの連合国じゃないの」
「…………」
「吹けば飛ぶような小さな国々が、シュムリアやアルンに侵略されないために、苦肉の策で連合したのがテテト連合国なの」
「…………」
「こっちの後ろ盾は、シュムリアよ? 力はこっちが上」
「…………」
「つまりね? 立場としてはこっちが上で、気を遣うのは向こうなの。だから、ドーンと構えてなさいよ、ドーンと!」
彼女は、そう胸を張って言った。
そうなの?
僕は困って、イルティミナさんを見た。
気づいた彼女は、
「確かに、そういう面もありますね」
「…………」
「特に今回は、テテト側の要請で私たちはそれに応えて来た訳ですから、賓客と捉えられてもおかしくはありません」
「賓客……」
この小市民の僕が……?
なんか、唖然だ。
キルトさんは困ったように笑い、豊かな銀の髪をかく。
それから、こう言った。
「ソルの言葉は極端ではあったが、真理でもある」
「…………」
「ただ国家の不仲は、結果、不幸になるのが政治と無関係の国民じゃ。じゃから、礼は失さぬようにの」
「うん」
やっぱりそうだよね。
僕は頷く。
ソルティスは「へ~い」と不真面目な返答だ。
…………。
まぁ、彼女のさっきの発言は、本心というよりも僕の緊張をほぐすためのもので、優しさからの言葉な気がする。
だって、彼女は根が優しいから。
「……何よ?」
視線に気づいて、睨まれた。
僕は小さく笑って、「ううん」と首を振った。
ポーちゃんは、
ポムッ
私はわかってるぞ、とでも言うように、相棒の美女の肩を叩いていた。
当然、キルトさん、イルティミナさんも長い付き合いだから、そんな彼女の性質を知っていて、だから優しい表情だった。
僕らの視線に「な、何なの?」とソルティスは不審顔だ。
あはは……。
そんな会話を車内でしながら、僕らの旅は続いた。
…………。
テテトの大自然の中を竜車は進む。
途中の町で宿泊しながら、街道を北東方面に向かう。
ちなみに前回訪れたツペットの町は、方角が違うので行けなかった。
少し残念……。
ともあれ、道中、3つの領国を抜けていく。
そして、テテト連合国に入ってから5日目、僕らはレバインド領国に入って、その領都レイクロークに到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
竜車の窓からは、峻険な山脈が見えていた。
標高5000メード級のその山々の麓、深い森林の中に、円形状の壁に囲まれた都市があった。
領都レイクロークだ。
人口は、約7万人。
レバインド領国の首都にして、テテト連合国でも有数の大都市だ。
外壁は黒い石壁で、重々しい雰囲気。
華美より実利といった印象だ。
街道から通じる正面門に辿り着くと、すぐに門番の兵士がやって来る。
キルトさんが車外に降りて、御者の人たちと一緒に書類を提出したりして、自分たちの来訪理由を説明した。
それから、30分、待たされた。
その間に連絡が行ったのか、レイクロークの騎士隊がやって来た。
キルトさんと挨拶して、その後、その騎馬隊に先導されるようにして、僕らの竜車は領都レイクロークの中へと入っていったんだ。
(これが、レイクロークか)
窓の外には、三角屋根の家々が並び、石畳の道が続いている。
歩いている人は、毛皮を羽織っている人も多い。
シュムリア王国の王都ムーリアの人々と比べて、衣服は質素、街の様子も落ち着いている印象だ。
冬になると、この街も一気に雪景色に変わるのかな?
何となく、想像してしまう。
やがて、僕らの竜車の進む石畳の大通りの先に、質実剛健といった風情の石造りの城が現れた。
レバインド領王城。
シュムリアのお城より小さくて、装飾もない。
国の象徴となる建物というよりは、本当に戦闘を意識して造られたお城って感じだ。
……あぁ、そうか。
テテト連合国は、小国の集まり。
連合国になる前は、その小国同士で争っていたと言うし、今だって1つの国に統一された訳じゃないんだ。
だからこそ、臨戦態勢を維持した造りなのかもしれない。
ゴゴン
その城の城門が開く。
重そうな音と共に開かれた門を抜けて、僕らの竜車は、その城内へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
入城した僕らは、待合室で待たされた。
道中に眺めた城内も落ち着いた雰囲気で、装飾もない訳ではないけれど、過度にはなかった。
シュムリア王城とは大違いだ。
でも、貧乏臭いとかはない。
むしろ厳かな雰囲気で、寺社仏閣に似た空気感だった。
そんなお城の室内で、僕らは出されたテテトのお茶を飲みながら、呼び出しを待った。
やがて、1時間ほどして、
「シュムリアの皆様、お待たせいたしました。首長様との謁見の準備が整いましたので、ご案内いたします」
と、案内の文官さんが来た。
やれやれ、やっとだ。
僕は心の中で息を吐く。
ソルティスは軽く伸びをして、ポーちゃんも隣で真似っ子だ。
イルティミナさんは、
「ようやくですね」
と、僕に微笑んだ。
僕も「うん」と笑った。
そして、キルトさんが僕らを見回して、
「よし、行くぞ」
と号令を発した。
僕らは頷き、案内の文官さんに続いて廊下を歩いていった。
やがて辿り着いたのは、謁見の間。
長方形で天井が高く、壁際には10人ほどの領国の貴族らしい人たちが並んでいた。
更に奥の壁には、武装したテテト騎士たちがいる。
みんなの視線が、僕ら5人に集まった。
そして僕らの正面、小さな階段の向こうの高台の玉座に、壮年の男性が1人座っていた。
年齢は、50代かな?
赤茶色の髪に、同色の逞しい髭を生やした人物だ。
この人が、首長さん……?
つまり、テテト連合国の代表で1番偉い人になる訳だ。
首長さんは、黄色味がかった切れ長の瞳で、僕らの姿を静かに見下ろした。
髭のせいか、威厳を感じる。
(……?)
ふと、彼の視線が僕1人にしばらく向けられた。
何で?
疑問に思って、あ……と気づいた。
彼は、国家の頂点であり、そうした人物は4年前の神魔戦争の真実も知っていた。
すなわち、神の子の存在も。
つまり、首長さんは『神狗』の存在を知っていて、今の彼の心理は『この子供があの《神狗》なのか』といった感じなのだろう。
品定めされている……そんな感じ。
ち、ちょっと緊張するね。
その首長さんの前で、僕ら5人は跪いていた。
やがて彼は1度、頷いて、
「よく来てくれた、親愛なるシュムリア王国の友人たちよ。我らが願いに応じて、遠路遥々の旅路に深く感謝をしよう」
と、仰々しく両手を広げた。
僕らは、深く首を垂れる。
首長さんは、その瞳を細めて、
「キルト・アマンデス、イルティミナ・ウォン、久しぶりだな」
「ははっ」
「お久しぶりでございます」
2人のお姉さんは顔を伏せたまま、その言葉に応じた。
そして、首長さんの視線は、年下組の僕ら3人へ。
顎髭を撫でながら、
「お前たちの話も聞いている。確かな実力者として、6年前も、この2人と共に大いなる活躍をしたそうだな。此度の件、お前たちにも期待しているぞ」
と、語りかけてきた。
僕とソルティスは『はい』と答え、ポーちゃんは無言で頭を下げる。
そんなやり取りのあと、キルトさんが顔をあげた。
豊かな銀髪が揺れ、
「首長、此度のテテトの国難にはわらわたちも心痛めております。つきましては、ぜひとも解決に協力をしたく、そのためにもより詳しい情報をお聞かせ願えませぬか?」
と、口上を述べた。
テテト首長さんは「うむ」と頷いた。
そして彼は、僕らに、今回のテテト連合国で起きた怪現象のあらましを、より詳しく教えてくれたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




