709・夏の北国
第709話になります。
よろしくお願いします。
王都を発ってから、10日間が過ぎた。
シュムリア王国とテテト連合国の間には、深く大きな山脈があり、国境はその山脈の中心とされていた。
なので、両国の国境を越えるには、その山脈に造られた大トンネルを通らなければならず、また検問の国境砦もトンネル内に造られているのだ。
そして今、僕らの竜車はそのトンネルを通っていた。
「お、見えたの」
キルトさんが呟く。
座席でうたた寝をしていた僕は、その声で目を覚ました。
イルティミナさんとお互いに肩を寄せ合い、預けていた頭を起こして、前方の窓を覗く。
(あ、本当だ)
魔光灯の灯りが点々とするトンネル内、その前方に武骨な建物が現れた。
国境砦だ。
まずはシュムリア王国側の砦で手続きを行う。
こちらは王命で動いているのもあり、すでに連絡も届いていたのか、簡単に通行の許可が下りた。
そして、またトンネルを進む。
トンネルの先には、テテト連合国の国境砦が見えた。
ちなみに、この砦間のトンネル部分は、中立地帯となり、両国の国土ではないそうだ。
そんなことを考えている内に、テテト国境砦に到着。
(……うん)
テテト連合国の兵士は、毛皮を着込んでいた。
これは、彼らの国が雪国だから。
そして、シュムリア人に比べて、骨格はがっしりして顔も厳つい感じだった。
あと、全員、髭を生やしている。
「…………」
僕は、自分の顎を撫でた。
まだ成長が追いついていないのか、子供の肉体の僕は、髭が生えていない。
少し残念。
髭が生えたら、もう少し大人っぽい男に見えるかな? なんて思うんだけどね。
と、そんな僕に気づいて、
「マールは今のままで、そのままで充分に可愛いですよ」
と、イルティミナさん。
可愛い……。
褒められているとは思うけど、少し複雑。
やっぱり『格好いい』と思われたい。
特に、自分の惚れてしまった年上の女の人には……さ。
でも、イルティミナさんが今の僕を肯定してくれて、愛してくれているのも事実で、それは本当にありがたくて得難い幸せだ。
だから、僕は「ありがと」とはにかんだ。
イルティミナさんは「ふふっ、マール」と嬉しそうに笑って、髭のない僕に頬擦りする。
うん、まぁ、こういうこともできるからいいか。
髭が生えていたら、イルティミナさん、きっと痛くなるもんね。
単純な僕は、すぐに気持ちを切り替えてしまった。
それはともかく、テテトの国境砦では越境のための検査、審査が行われた。
氏名、年齢、越境の理由、滞在期間、滞在場所などを問われたり、手荷物を1つ1つ開封して中身を確認したりしなければいけない。
だけど、今回はテテト連合国側でも連絡が届いていたのか、思ったより短時間で通行許可が下りた。
キルトさんは、
「わらわたちは、テテト連合国側からの要請で来ておるからの。招いておいて、許可しない訳があるまい」
と、理由を語った。
それもそうか。
例えばの話、多少の書類不備や質問への変な回答、怪しい荷物があっても、見逃してくれるってことだ。
いや、別に何かしらの問題もなかったと思うけどね。
ともあれ、通行許可は出た。
僕ら5人を乗せた馬車は、安心して2つの国境砦を通り抜け、長いトンネルの出口を目指したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
トンネルを抜けると、そこは雪国……ではなかった。
(あれ?)
前回、トンネルを抜けた時は、一面の銀世界が出迎えてくれたのに、目の前には緑豊かな山脈の街道の景色が広がっていた。
何で……?
僕は、ポカンと窓の外を見てしまった。
すると、そんな年下の夫に、年上の美人妻が教えてくれる。
「今は、夏ですから」
「あ……」
「短い夏ではありますが、テテトで雪が降るのは、もう少し経ってからですね」
そ、そっか。
さすがに1年中、雪が積もっている訳ではないのだ。
当たり前のことを言われて、僕は少し恥ずかしくなった。
そして、やっぱりと言うか、ソルティスには「アンタって馬鹿ねぇ」と呆れたように笑われてしまった。
く、くぅぅ……。
悔しいけど、反論できない。
そんな僕らにキルトさんは楽しそうに笑い、ポーちゃんはポムッと慰めるように僕の肩を小さな手で叩いた。
そうして竜車は、緑鮮やかな自然の中の街道を進んでいく。
車内で揺られながら、
「このあと、僕らはどこに向かうの?」
と、キルトさんに聞いた。
彼女は「ん?」と僕を見る。
「ここから、5日ほど離れたレバインド領じゃ。そこの領王城で、テテト連合国の首長に会う予定になっておる」
「首長さんに?」
「うむ。そこで正式に依頼を受け、連合国内での活動許可をもらうのじゃ」
「そっか」
「まぁ、魔狩人としてクエストを受ける時と大差はない手順じゃよ。ただ、相手が1国のトップだというだけのことでの」
「…………」
その1点だけで、大差あると思うけど……。
黙ってしまう僕。
すると、ソルティスは僕を見て、こんな風に言う。
「アンタ、いつもレクリア王女に会ってるじゃない」
「え?」
「それと同じでしょ?」
「…………」
「つか、もっとはっきり言っちゃうと、テテト連合国の首長よりシュムリア王国の次期国王が内定してる王女の方がずっと偉いし、力があるのよ? そこ、わかってる?」
「……わかってない、かも」
僕は、小さな声で答えた。
と言うか、
「レクリア王女は長い付き合いだし、戦友みたいなものだもの」
「…………」
「でも、首長さんは初対面だし、そっちの方が緊張するよ」
普通、そうじゃない?
でも、僕の言葉に、なぜかポーちゃん以外の3人は、変な顔になった。
え……何?
ソルティスは、ため息を1つ。
「自国の王女を捕まえて『友達』とか……アンタ、本当に凄いわ……」
「え……?」
僕は、キョトンだ。
キルトさんは苦笑し、イルティミナさんは口元を手で押さえてクスクスと笑う。
それから、僕の髪を撫でて、
「それが、マールですから」
と、優しく言った。
え、えっと……。
キルトさんは「そうじゃな」と頷いて、ソルティスは肩を竦め、ポーちゃんも相棒の仕草を真似していた。
(…………)
僕、変なこと言ったかな?
戸惑う僕に、
「マールはそのままで良いのです」
「…………」
「私たちはそんなマールが大好きですし、きっと、レクリア王女もその方が喜んでくれることでしょう」
「そ、そう?」
自分の奥さんの言葉に、僕は聞き返した。
彼女は「はい」と力強く頷いた。
そっか。
うん、イルティミナさんがそう言うなら、きっとそうなんだろう。
僕は自分自身より、イルティミナさんの方を信じているのだ。
だから、彼女が言うなら安心だ。
(うん、よかった)
と、僕は笑ってしまった。
そんな僕の様子に、奥さんの実の妹は、
「はっ……マールって幸せねぇ」
と呟いた。
(???)
何を当たり前のことを?
僕は「うん」と頷いて、
「イルティミナさんやキルトさん、ソルティス、ポーちゃんと一緒なんだから、そりゃ幸せだよ?」
と答えた。
ソルティスは沈黙する。
お姉さん組の2人は顔を見合わせ、おかしそうに笑った。
そしてポーちゃんは、
グッ
と、小さな右手の親指を立てて、こちらに突き出してくる。
変なみんなだ。
僕は首をかしげて、再び窓の外を見た。
ガタゴト ガタゴト
車輪の振動が座席に伝わってくる。
窓の外では、緑豊かな景色が流れていく。
空は青く澄んでいて、輝く太陽が眩しい。
そうして、僕らを乗せた竜車は、雪のないテテトの大地をゆっくりと進んでいくのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
また、ただ今、マールのコミカライズ第7話が公開中です。
URLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
まだご覧になっていない方は、もしよかったら、ぜひ楽しんで下さいね♪




