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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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77/825

077・ケラ砂漠

第77話になります。

どうぞ、よろしくお願いします。


※今話も長くなり、1万文字弱となっています。お読みになる際は、どうかお時間にご注意ください。

 暑い。

 暗かったディオル遺跡から脱出し、雨の王都ムーリアを出発してから10日、待ち望んでいた太陽に再会した僕は、けれど、その輝きが生み出す灼熱に、もはや辟易してしまっていた。


 うん、砂漠です。


 草原の街道を馬車で進み、森を抜け、大河を渡り、最後に大きな岩山の中の洞窟街道も抜けて、ようやく着いたのが、ここだった。


 ケラ砂漠。


 シュムリア王国とアルン神皇国との国境付近にある、海のような砂の世界。

 教えてもらった広さは、東京都よりも大きかった。


 黄色い砂の海には、ところどころに、奇妙な形の岩山が生えている。

 それ以外は、何もない。


 その殺風景な砂の世界を、僕らは進んでいた。


 ――船で。


 それも、全長30メードはある帆船だ。

 船体の左右からは、太い柱が飛び出し、その先には光る巨岩が固定されている。


 浮遊石と呼ばれる魔石だ。


 この地方で採掘される、重力を軽減する魔石らしい。船首と船尾にも、装着されている。


 ちなみに、このような船は、『砂上船』と呼ぶらしい。

 この世界では、珍しくないってさ。


(時々、異世界の技術って、前世の世界より凄いよね?)


 でも、船の動力は風。

 方向転換は、砂に埋められた舵っていうんだから、なんか面白い。


 僕らは……というか、リーダーのキルトさんが、砂大口虫サンドウォームの討伐クエストのために、この砂上船をチャーターしたのだ。

 船員さんも、15人ぐらいいる。


(みんな、黒くて、たくましいなぁ)


 筋骨隆々で、肌は日に焼け、まさに海の男だ。いや、砂海の男だ。

 貧弱な僕は、ちょっと羨ましい。


 甲板で働く彼らを眺めていると、


「よし、マール。それでは、始めようかの?」

「あ、うん」


 キルトさんに声をかけられ、ハッと我に返った。


 ここは、甲板。

 僕の前には、袖のない黒シャツに、あの銀髪をポニーテールにした姿のキルトさんが立っている。


 その手には、木剣。


 そして、僕の手には、あの美しい片刃剣――『妖精の剣』があった。

 

 そう、稽古だ。


 王都を出てから、僕は連日、空いた時間に、キルトさんに直接、稽古をつけてもらうようになっていた。


 甲板に作られたタープ下にある木製の椅子では、イルティミナさんとソルティスが座って、見物している。


「マール、がんばって!」

「キルト~、ボロ雑巾を、またボロ雑巾にしちゃってよ~?」


 2人の声援に、ちょっと苦笑しちゃう。


 すーはー。


 深呼吸して、気持ちを切り替える。


(よし)


 僕は心を整え、『妖精の剣』を正眼に構えた。


 キルトさんは、右手の木剣を下げたまま、無造作に立っている。

 ……う~ん。


(隙だらけに見えるのに、どうして、当てられる感じがしないのかな?)


 いつも不思議。


 でも、師匠が、短く命じる。 

 

「来い、マール」

「はい。――やぁ!」


 意を決して、僕は踏み込んだ。


 ヒュン


 妖精の剣は、とても軽い。それなのに、刃の長さは『マールの牙』の倍もある。


 だというのに、


(……当たらない)


 右手首を狙った剣は、彼女が手首を返すだけで、避けられる。


 いや、まだまだ!


 ヒュ ヒュン


 脇の下、首、連続で『撫で』にいく。


「ふむ、繋ぎが甘い」


 ガンッ


 わっ!? 

 刃の軌道を変化させる途中で、簡単に、はたき落とされた。


「むん」

「……っっ」


 木剣が、頭上から落とされる。


(これは、丁寧に防いで――)


 カィン


 妖精の剣で受け止め、その威力を流しつつ、反転しながら、最速の攻撃技である『柄打ち』だ。


「遅い」


(は?)


 トン


 うわ、反転した背中を、蹴られた。


 バランスが崩れて、僕は、ゴロンゴロンと甲板を転がり、慌てて、跳ね起きる。

 キルトさんは、最初の位置から1歩も動いていない。


「その遅さで、簡単に、背中を見せるな。死ぬぞ?」

「う……は、はい」


 く、くそぅ。

 悔しさをかみ殺して、もう一度、攻め込む。


「やっ!」


 ヒュッ ヒュヒュン


 全部、かわされる。

 木剣を使って、受けられることもない。


 しかも、動いているのは、最初の位置から30センチほどの円の中だけだ。


(本当に、なんなの、この人!?)


 まるで、残像と戦ってるみたいだ。

 当たると思ったのに、剣が届いた瞬間、そこにいない。


 近間から。

 遠間から。


 色々と試していくけれど、まるで通じなかった。


(なら……っ)


 防御せずに、大きく踏み込む。


「む?」


 キルトさんの木剣が、こちらに突きだされる。

 よし、誘った。


 カィン


 丁寧にいなして、そのまま『妖精の剣』を上段へ構える。


「やぁ!」


 ホブゴブリンを、スケルトンを、骸骨王を、全てを斬り裂いてきた、僕の最強の剣技!


 刃を――振り落とす。 


 シッ


 瞬間、いなされたはずの木剣が、下段から振り昇った(・・・・・)


「――――」


 コキィン


『妖精の剣』が宙を舞った。


 日の光を反射しながら、クルクルと回転して落下し、甲板に突き刺さる。振り昇った木剣の先は、僕の喉に当てられていた。


『おぉ~っ』


 姉妹や、甲板にいた船員から、感嘆の声が漏れる。


 ゴクッ


 僕は、唾を呑む。


「…………」

「ふむ。ここまでじゃな」


 木剣が引く。


 はぁぁ……僕は、その場にへたり込んだ。


「……負けたぁ」

「当たり前であろ? わらわを誰だと思っておる。鬼姫ぞ? 国内で勝てる者など、1人もおらぬ女ぞ?」


 嘆く僕に、ちょっと呆れるキルトさん。


 うぅ、だけどさ。

 あまりに通用しなくて、自分が弱くなった気がするんだよ。


(……僕、少しは強くなってるのかな?)


 表情に出ていたのか、キルトさんは、苦笑して、


「ちゃんと強くなっておるよ、そなたは」

「本当?」

「本当じゃとも。……ほれ」


 木剣を見せられる。


(ん?)

 

 木の刃の真ん中に、ひびが入っていた。


「本来は、剣に傷1つなく、勝利する予定であったが……そなたの剣が、思ったより鋭かったのじゃ」

「……え?」

「そなたの成長速度には、目を瞠るの」


 キルトさんは笑って、その白い手が、僕の頭を撫でる。


 クシャクシャ


「このまま精進せよ、マール? そうすれば、そなたはいつか、剣技だけならば、この鬼姫にも肩を並べよう」

「……本当に?」

「このような嘘は、言わぬ」


 力強く、頷くキルトさん。

 不安だらけだった僕の心に、明るい一筋の光が差した。


(いつか、僕も、キルトさんみたいに……?)


 希望は、力だ。


 僕は、ピョンと跳ね起きる。

 頭を撫でていたキルトさんは、驚いた顔をした。


 僕は、甲板に刺さっていた『妖精の剣』を引き抜いて、


「よし。じゃあ、もう1回!」

「フフッ、よかろう」


 キルトさんは苦笑し、そして、白い歯を見せて笑うと、大きく頷いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 結局、1回も当てられないまま、稽古は終わった。


「あ、ありがとう……ござい、ました」

「うむ、お疲れじゃ」


 ぜぇぜぇ


 呼吸を乱し、汗まみれで、頭を下げる僕。

 対してキルトさんは、汗一つかかず、呼吸も落ち着いたまま、とても涼しい顔だ。

 

(き、規格外……だね)


 僕は、フラフラしながら、日除けのタープがある方へ歩いていく。


「お疲れ様でした、マール。がんばりましたね」


 イルティミナさんが、すぐに水筒とタオルを手にして、駆け寄ってきてくれた。


「あ、ありがと、イルティミナさん」

「いいえ」


 受け取って、


 ガブガブ


 僕は、水筒の中身を勢いよく飲み、残りは頭から被る。あ~、気持ちいい。


 ソルティスは、椅子に座ったまま、


「何よ、もっとボロボロにされると思ったのに……つまんないわー」

「…………」


 果実水のグラスを、優雅に傾けてらっしゃる。


 こ、この子は~。


 僕は、ため息をつきながら、近くの椅子に腰を下ろした。

 タオルを首にかけ、顔の汗を拭いていると、


「ボウズ、これも舐めときな」

「ん?」


 不意の声をかけられ、顔を上げる。


 そこにいたのは、髭面の大男だ。


 肌は赤く日に焼け、裸の上半身は、筋骨隆々。

 年齢は、40代ぐらいかな?


 一見、粗野な印象だけど、その茶色い瞳には、理知的な光が宿っている。


 この砂上船の船長ゼングラム・ラダーロさん。

 通称、ゼンさん、だ。


 ゼンさんの大きな手にあったのは、白く細かい結晶の集まり――すなわち、塩だ。


「汗をかいた時は、水だけでなく、塩も失ってるからな」

「うん、ありがと」


 受け取り、舐める。


(うぅ、しょっぱい……口の水分が、なくなるね)


 水、水。

 と思ったら、さっき頭から被っちゃったんだっけ。


「はい、マール」


 イルティミナさん、水の魔石を使って、すでに水筒を補充してくれていた。

 さ、さすが、何でもできるお姉さん!


「あ、ありがと~」


 ゴクゴク


 イルティミナさんは「フフッ」と優しく笑い、ソルティスは、残念そうに舌打ちする。


「ちぇ~、もっと干からびちゃえば、よかったのに」

「……君ね?」


 睨む僕の視線を、少女は、素知らぬ顔で受け流す。


 そんな僕らの様子に、ゼンさんが「ガハハッ、仲がいいな、お前ら」と大笑いだ。


(……仲良く見える、今の?)


 呆れる僕。

 ソルティスも同じ顔だ。


 そんな僕の背中を、ゼンさんの大きな手が、バシンと叩いた。 


「しかし、ボウズ。さっきの稽古を見てたが、お前さん、なかなかの腕だな? その若さで、さすがに驚いたぜ」

「……そう?」

「あぁ、うちの若い連中より、よっぽど腕が立つ。さすが、鬼姫様のパーティー仲間ってわけだ」


 う、う~ん。

 仲間になったの、最近なんだけどな?

 

(それに、結局、1回も当てられなかったし……)


 当てるどころか、かすりもしなかったんだ。


 正直、どれくらい強くなったら、あの化け物みたいな人に当てられるのか、想像もできない。

 あと何年?

 もしくは、何十年?


「焦ってはいけませんよ、マール?」


 イルティミナさんが、タオルで僕の顔を拭きながら、優しく諭す。


「大丈夫。1歩1歩、努力を積み重ねていくのです。それが、強くなる一番の近道ですからね」

「うん」


 銀印の魔狩人の教えに、素直に頷いた。


 そして、ふと思った。


(もしかして……彼女なら?)


 青い瞳で、その美貌を見つめる。


「イルティミナさんなら、キルトさんにも、剣を当てられる?」

「え?」


 僕は、知っている。

 イルティミナさんが、とても強いことを。


 2人は、金印と銀印。


 やっぱりキルトさんが上なんだろうけど、でも、正直、イルティミナさんが負ける姿も想像できなかった。

 だって彼女は、1回、単独で赤牙竜ガドを倒したこともあるのだ。


 僕は、期待を込めて、銀印の美しい魔狩人を見つめた。


「お願い。1度だけ、イルティミナさんとキルトさんの稽古を、見せてもらえないかな?」

「……私のですか?」

「うん!」


 キラキラした目で、頷く。

 イルティミナさんは、なんだか眩しそうに僕を見つめ、そして頷いた。


「わかりました」


 おぉ!?

 やった、2人の戦いを見れる。


 ソルティスもゼンさんも、驚いている。


 イルティミナさんは、金印の魔狩人を振り返って、


「キルトも、よろしいですか?」

「構わん」


 キルトさんは、笑って頷いた。


「そなたに稽古をつけるのも、久しぶりじゃな?」

「そうですね」


 イルティミナさんも、笑う。


(おぉ? まさかの兄弟子……いや、姉弟子だったんだ?)


 ちょっとびっくり。


「どれ、どのくらい強くなったか、見せてもらおう」

「はい」


 頷くイルティミナさん。

 僕は、ドキドキしながら「はい、これ使って」と『妖精の剣』を美しい姉弟子に渡して、


「待て待て待て!」


 キルトさん、急に大慌て。


「さすがに、その剣はいかん。そなたも木剣にせい!」

「あら、残念です」


 イルティミナさんは、悪戯っぽく笑い、そうして新しい木剣を手に取った。


 ヒュ


 確かめるように、軽く振る。


(――うわ)


 恐ろしい剣速とキレ。

 一目見ただけでわかる、とんでもない技量だった。


 ゼンさんも、ちょっと息を飲んだ。


 ソルティスは、心配そうに2人を見つめ、船員さんたちも『何事だ?』と集まりだす。


「では、始めましょうか?」

「うむ」


 2人の凄腕の魔狩人が、砂上船の甲板で、5メードの距離で対峙する。


 ――空気が変わった。


 暑さが消えて、静謐な何かが空間を満たしていく。


(やばい、すごくドキドキしてる、僕)


 もう目が離せない。


 そして、2人の恐ろしい稽古が、始まった――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 イルティミナさんが、正眼に木剣を構える。

 すると、僕の時は、ただ立っているだけだったキルトさんも、初めて、剣を正眼に構えた。


(……う)


 2人の『圧』が凄い。


 先に動いたのは、キルトさん――音もなく、霞むように間合いを詰め、剣を振った。


 パパァン


 破裂音。


 イルティミナさんの木剣だけがブレて、迎撃したのがわかった。

 でも、剣が見えない。


 僕には、キルトさんが、木剣を一振りしただけに見えた。

 でも、


(音は、3回したよね?)


 つまり、見えない剣が、更に2つあったんだ。


 背筋が、震える。


「ほう? やるではないか」

「…………」


 キルトさんが笑った。

 イルティミナさんは、無表情のまま、大きく踏み込み、鋭い突きを放つ。


 パァン


 その突きを、キルトさんの木剣が弾く。


(……僕の時は、全部、避けてたのに)


 まるで早送りのように、連続で繰り返される突きに、キルトさんは笑いながら、全てを捌き、そして、反撃を混ぜていく。


 パン パパァン パパッ


 攻守混合。

 2人は、目で追うのも難しいほどの速さで、せめぎ合う。


(……う、わぁ)


 まるで竜巻だ。


 あまりのレベルの高さに、僕は圧倒される。

 ソルティスは声もなく、船長のゼンさんも船員さんたちも「おぉ……」と、感嘆の声を漏らしている。


 神速の攻防は、続く。 

 

 けれど、少しずつキルトさんが前に出て、イルティミナさんが下がり始めた。


(うわ……あのイルティミナさんが、押されてる!?)


 ちょっと驚く。


「どうした、この程度か?」

「…………」


 キルトさんが笑う。

 次の瞬間、イルティミナさんの姿が、突然、消えた。


 ドン


(え?)


 足場だった甲板が割れて、まるでテレポートしたみたいに、イルティミナさんがキルトさんの背後に現れる。

 上段からの、振り下ろし。


 パァン


 キルトさんは、振り返ることなく、それを木剣で弾いた。


 またイルティミナさんが消える。


 同時に、キルトさんは、何もない右の空間を、鋭く斬りつけた。


 バキィン


 そこにイルティミナさんが現れ、キルトさんの攻撃を、慌てて木剣で受け止める。けれど、弾かれた彼女は、そのまま吹き飛ばされて、帆船のマストにぶつかりそうになり、辛うじて回転して、足から着地した。


 ドン


 すかさず、マストを蹴って、キルトさんを強襲する。


 パパァン


 キルトさんは、あっさり防ぐ。

 けれど、次の瞬間、イルティミナさんが3人に分身した。


(はぁ!?)


 驚く僕。

 きっと3人に見えるほど、凄まじい速さで動いている。


 キルトさんも、ちょっとびっくりしたように片眉を持ち上げて、


「む!?」

「…………」


 3人のイルティミナさんは、キルトさんを包囲して、連撃を浴びせていく。


 パパパパァン


 連続する破裂音。


 キルトさんの顔から、笑みが消えている。


(……でも、1発も受けてない)

 

 3人のイルティミナさんの攻撃を、キルトさんは、全て防ぎ、そして、躱していた。

 なんて技量だ。


 そして、


「ぬん」

「……くっ!?」


 ガィン


 キルトさんの木剣が、1人のイルティミナさんの木剣を弾き、その腹部を捉えた。瞬間、残った2人のイルティミナさんの姿が、かき消える。


 イルティミナさんは、苦悶の表情で、必死に後退しようとする。


 けれど、鬼姫キルト・アマンデスは、その速度に合わせて追いかけ、横薙ぎに大きく剣を振り抜いた。


「りゃあ!」

「は、……ぐっ!」


 バキィ ドガァン


 イルティミナさんの木剣がへし折れ、弾丸のように弾かれた彼女は、そのまま船の壁に激突した。

 木片が飛び、粉塵が舞う。


「うわ!? イルティミナさん!?」

「い、イルナ姉!?」


 慌てて駆け寄る。


 イルティミナさんは、壁にめり込んだまま、座り込んでいた。

 大きく息を吐き、


「はぁ……負けました」


 と、残念そうに言う。


 よ、よかった、大丈夫そうだ。


 僕とソルティスは、一緒に、安堵の吐息をこぼす。


「大丈夫、イルティミナさん?」

「はい」


 僕の手を借りて、イルティミナさんは、身体を起こす。

 長い髪や服についた木屑を、パッパッと払っていると、肩に木剣を担いだキルトさんが近寄ってきた。


「なかなか、強くなったの、イルナ」

「……こんな一方的にやられて、言われても、嬉しくありません」

「ハハッ、そうか」


 キルトさんは、楽しそうに笑い、イルティミナさんは苦笑する。

 そしてキルトさんは、ちょっと口調を変え、


「しかし、使うのが木剣でなく、もし槍だったなら、また違った結果だったかもしれぬぞ」

「どうでしょうね?」


 イルティミナさんは、肩を竦めた。

 それが、ちょっとソルティスみたいで、『やっぱり姉妹だなぁ』と、僕は思ってしまった。


 キルトさんは、そんな、本来、『槍使い』の彼女を見つめる。


「まぁ、よい」


 そう息を吐いた。


 ソルティスは、2人を見ながら、心配そうに聞く。 


「2人とも、怪我ないのね? 私、治療しなくて平気なのよね?」 

「うむ」

「問題ありません。お互い、加減してましたので」


 …………。

 あれで、加減してるんだ……?


 遠い目になる僕。

 そんな僕に、イルティミナさんが申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさいね、マール? 期待に添えなくて」

「ううん」


 むしろ、期待以上すぎて、困ってます。


(……凄すぎて、参考にならなかったよ)


 でも、


「イルティミナさん、格好良かったよ。やっぱり強いんだなって、見惚れちゃった」

「マ、マール……」


 素直な感想に、彼女は、頬を赤くし、嬉しそうにはにかんだ。


 パンパンパン


 そんな僕らに、船長のゼンさんが、拍手をしながら近づいてくる。


「いや、アンタら、本当に凄まじいな! 頼もしいぜ」

「ふむ、そうか」

「どうも」

「あぁ、これなら、サンドウォームも目じゃないってもんだ! さすが、『金印』と『銀印』の魔狩人だ」


 彼は髭を撫でながら、大きく頷いている。


 うんうん。

 この2人に敵う魔物なんて、いる訳ない。


(しかも、2人だけじゃなく、更に、ソルティスの魔法だってあるんだからね?)


 もう無敵だよ。


 自分は全く役立たずのくせに、なぜか僕まで、鼻が高くなってしまう。


 ソルティスも、『ふふん』と、ない胸を張って、得意げだ。

 2人は、そんな少女に笑っている。


「ま、それはそれとして」


 ん?

 ゼンさんは、後ろを振り返った。


 その先には、


『割れた甲板』

『ひびの入ったマスト』

『壊れた船の壁』


 が、ある。


「船の修理代は、きっちり報酬から引いておく。それから、その2人の稽古は、今後、この船では一切禁止だ。――これは、船長命令だからな?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 乾いた砂漠の風が、僕ら4人の間を、ヒュルリと吹き抜けていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「マールって、貧乏神よね? おかげで、私たちの報酬、どんどん減ってくわ」


 少女の冷たい声が、僕の心に突き刺さる。


(ひ、ひどいよ、ソルティス)


 ちょっと泣きそうだ。


 あれから僕ら4人は、修理をする船員さんに追い出されるように、船室に戻っていた。


 小さい部屋だ。

 2段ベッドが2つに、床に固定されたテーブルと椅子、箪笥があるだけの客室だった。

 丸い窓からは、広がる砂の世界が見えている。


 僕らは、そのベッドに座っていた。


 隣のイルティミナさんが、深緑色の美しい髪を肩からこぼし、落ち込んだ顔でうなだれる。


「ごめんなさい、私のせいですね」

「ううん」


 僕は、慌てて首を振る。


「言い出したのは僕だから」

「それなら、わらわにも責任があろう。――ならば、ここは3人の報酬から、修理代を支払おうではないか?」


 キルトさんが言う。


「うん、そうだね。今回、ソルティスは、無関係だもん」


 僕も賛成し、3人で頷き合う。

 

「…………。ち、ちょっと待って?」


 ん?

 ソルティス、なぜか慌てた顔だ。


「い、いいわよ、私も払うから!」

「え?」

「何よ、1人だけ仲間外れにして! 信じられないわ、もう!」


 腕組みして、怒ったように「ふん!」とそっぽを向く。


(……ソルティス)


 素直じゃないけど、この子は、とても優しい少女なんだ。


 残った僕ら3人は、つい顔を見合わせ、そして、思わず笑ってしまうのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇ 



 ケラ砂漠の船旅は、続く。


 砂海の港町を出港したのは、2日前の朝。

 サンドウォームの出現する砂域には、明日、到着の予定だ。


(本当に、砂ばかりだねぇ)


 窓の外には、砂漠だけが広がっている。


 でも、その景色に点々と、岩山があったりする。

 そして、大きな岩山には、なんと町が建設されていたりするのだ。


「そこで、採掘する人たちが暮らしてるのよ」

「採掘?」

「そ。ケラ砂漠の岩山からは、この砂上船にも使われてる『浮遊石』が採れるのよね」


 物知り少女が、教えてくれる。


(へぇ?)


 砂上船は本来、そういう岩山の町に、食糧や水、物資を運び、逆に『浮遊石』を他の都市へと運ぶための船なんだそうだ。


 サンドウォームは、その砂上船を沈没させてしまう。


「じゃあ、早く退治しないと、近くの町の人が大変だ!」

「そうよ」


 ソルティスは頷いて、


「でも、それだけじゃないの。被害は、もっと大きいのよ」

「え?」

「ケラ砂漠って、シュムリア王国とアルン神皇国の国境付近にあるでしょ? ここ、両国の貿易航路でもあるのよ」


 うわ、そうなの?


(つまり、その貿易航路を、サンドウォームが塞いでるってこと?)


 それは国家的にも、大事おおごとだ。


 ケラ砂漠は、東京都よりも広い。

 迂回するのも、大変だ。


 現在の貿易は、きっと時間的にも、金銭的にも、かなりの負担になっているはずだった。


 ソルティスは、生真面目な顔で、僕に言う。


「だから、このクエスト、責任重大よ?」

「う、うん」


 僕も、がんばらないと!


 と思っていたら、ソルティスがコロッと表情を変えて、 


「でも、今回、マールにゃ、何もできないかな? アンタ、剣士だもんね」

「…………」


 僕は、沈黙する。


(……そういえば)


 実は、昨日、こんなことがあった。


 昼頃のこと、僕が、なんとなく甲板から外を眺めていると、


(ん? なんだ、あれ?)


 砂上船の近くの砂の中を、蛇みたいな細長い生き物たちが、何匹か泳いでいるのを見つけたんだ。


 ちょうど近くにいた船長のゼンさんが、僕に気づいて、


「あぁ。ありゃ、サンドウォームだ」

「え?」


 サンドウォームって、僕らが討伐する予定の?


(でも、あれ、大きさが2~3メートルぐらいしかないよね?)


 ポカンとする僕に、彼は笑う。


「サンドウォームは、普通、あれぐらいのサイズなんだよ」

「そうなの?」

「あぁ」


 彼は頷き、砂海を泳ぐ蛇たちを見る。


「別に、この砂漠じゃ、珍しい魔物じゃねえんだ。それに砂上船に乗ってれば、まず被害はねえ」

「へ~」

「ま、船から落ちると、まずいがな」


 そう言うと、彼は、船の厨房から、生肉を持ってきた。


 ポォ~ン


 砂漠に投げる。


 瞬間、生肉に蛇たちが殺到した。

 ミミズのような頭部の先に、円形の口が広がり、そこに生えた鋭い牙たちが、生肉に喰らいつく。


 ブチッ ビチチッ


「…………」

「あんな感じだ。今年も、やられた船乗りが何人かいるぜ」


 ひぇぇ。

 あんな凶暴なミミズたちの30メートル級の奴が、今回の討伐対象なのか。


(そりゃ、金印のクエストだよ……)


 震える僕の背中を、ゼンさんが叩く。


 バシン


「つーわけだ。だから、頼りにしてるぜ、鬼姫キルト様とそのご一行をよ!」

「……が、がんばります」


 ガハハと笑う彼に、僕は咳き込みながら、答えたのだ。


 そして今、


「砂漠に降りたら、マール、死んじゃうと思うから」

「…………」 

「ま、今回は、私らに任せて、見学でもしてなさいよね」


 ソルティスは、2段ベットの上の段に座って、足をブラブラさせながら、そう言った。


(う~ん、僕、役立たずなのかな?) 


 ちょっと悩む。


 と、部屋の扉が開いて、キルトさんとイルティミナさんが戻ってきた。船長のゼンさんと、明日に向けて、色々と打ち合わせをしていたのだ。


「おかえり、イルティミナさん、キルトさん」

「おかえり」

「ただいま、マール、ソル」

「ただいまじゃ」


 イルティミナさんは、僕のいるベッドに腰かけて、「マール」と抱きついてくる。

 うぅ、柔らかくて、いい匂い。


(なんか、ペットみたいだね、僕?)


 もはや、当たり前に抱きつかれている僕だった。


 そしてキルトさんは、立ったまま、そんな僕らを見回して、魔狩人の口調で言った。


「聞け。到着予定時刻は、明日の早朝になった」

「朝?」

「うむ。予定より、順調に風が吹いていての」


 キルトさんは頷き、


「討伐できるならば、無論、早い方が良い。皆、そのつもりで、今宵は、早く眠るのじゃぞ」

「うん」

「はい」

「わかったわ」


 答える僕らに、彼女は、満足そうに笑った。


 そうして僕らは、その日は、早めに夕食を食べ、ベッドで眠りについた。昼とは逆に、砂漠の夜は冷えるので、しっかり毛布にくるまっておく。


 そして、早朝。

 朝日が、砂漠の東の地平に顔を出す頃、僕ら4人は、甲板に集まっていた。


「いたぞ、サンドウォームだ!」


 マストの見張り台から、船員の声がする。


 視線を西に向ける。


 まだ暗がりに沈んだ砂の世界に、巨大な黒い何かが蠢いていた。


「よし、やるぞ」


 金印の魔狩人が告げ、僕らは頷いた。


 ケラ砂漠に現れた、多くの人々を苦しめる巨大サンドウォームの討伐クエスト――いざ、開戦だ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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