697・セントルーズ
第697話になります。
よろしくお願いします。
海辺の都市セントルーズは、王国の東海岸にある。
王都から片道、約10日。
東海岸で1番栄えたシュールの街ほどではないけれど、人口1500人ほどの中ぐらいの街だそうだ。
ただ、海岸線は岩場が多い。
そのため、海水浴目的の観光客などは少なくて、リゾート向きではないらしい。
逆に、近くの陸地には、古代の遺跡群がある。
と言っても、すでに探索、調査も行われていて、特に集客となるような物でもなく、たまに物好きな遺跡好きな人々が訪れるだけなのだそうだ。
(なるほどね)
僕は、そんな話を竜車の中で、イルティミナさんから教わった。
ゴトゴト
街道と車輪の立てる振動が、座席に伝わる。
現在は、王都ムーリアを発ってから3日目で、窓の外には草原と山脈の風景だけが続いていた。
海は、まだ見えない。
室内は、外よりは涼しかった。
実は、この竜車の天井や床には、氷の魔石を利用した冷却装置が備わっていて、夏の車内でも快適に過ごせるようになっていたんだ。
(いや、凄いよね?)
前世でいう冷房だ。
竜車を手配したキルトさん曰く、
「この暑さじゃからの。旅の道中で体調を崩しても嫌じゃから、今回は奮発して高級車両をチャーターしたのじゃ」
なんだって。
うん、本当にグッジョブだよ。
イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも感謝と尊敬の眼差しを、銀髪の美女に送っていたよ。
ただ、ね?
それでも、室内は蒸した。
というのも、冷却装置でも追いつかないほど、外気温が高いんだ。
窓枠の金属部とか、ほら。
(アチッ)
触ると、火傷しそうなほどの熱さなんだ。
冷房の利いた車内でこれなのだから、外を出歩くのがどれほど危険なのか、わかってもらえるよね?
御者さんたちは、外だ。
一応、冷風が出る座席らしいけど、汗まみれ。
何度も水分補給しなら、旅を続けてくれていた。
うん……本当に頭が下がる思いです。
ちなみに、車両を引いている2体の4つ足の竜たちは寒暖に強い個体らしいんだけど、さすがにいつもより足が鈍っているそうだ。
到着も、1~2日、遅れるかもしれない。
初日に、そう御者さんたちから謝られたんだ。
窓から見ても、直射日光を浴びて、竜たちは暑そうだ。
長い舌が、ずっと口から出ている。
休憩の度に、御者さんたちは水の魔石を使って、大量の水を竜たちに飲ませていたよ……。
(ごめんね)
でも、がんばってね。
車両を必死に引っ張る竜たちを眺めながら、感謝と申し訳なさが湧いてくる僕だった。
……うん。
雨でも降れば、少しは違うんだろうになぁ。
窓の外の空を見る。
でも、空は青く澄み渡り、どこまでも快晴だ。
残念ながら、この3日間は雨もなく、この先もしばらくは降らなさそうだと、天気も読めてしまうイルティミナお姉さんが教えてくれた。
(う~ん、本当に残念)
キルトさんは、
「他人を気遣うのも良いが、自分のことも気にかけよ?」
「え?」
「ここまで車内も蒸しておるからの。知らず、脱水や体内に熱を貯め込むこともあろう。常に、自己の体調も把握しておくのじゃ」
「あ、うん」
そうだね。
冷房が利いているからって、油断しちゃいけない。
車内でも、じんわり汗が出るくらいの温度なんだ。
と、イルティミナさんが僕の少し汗に湿った髪を、白い手で撫でて、
「ふふっ、私がいつもマールを見ていますから大丈夫ですよ」
「あ……う、うん」
「代わりに、マールも私のことを見ていてくださいね?」
コツッ
まるで熱を測るように、おでこ同士を合わせられた。
ち、近いね……?
イルティミナさんの素敵な美貌がすぐ近くにあって、心地好い甘い匂いも伝わってきて、何だかドキドキしてしまった。
キルトさんは苦笑。
ソルティスは呆れ顔で肩を竦め、隣のポーちゃんもその仕草を真似していた。
そして僕の奥さんは、
「あら? 何だか、熱があるようですね」
と、悪戯っぽく笑った。
それは、とても色っぽくて、僕はまた顔を赤くしてしまう。
か、からかわれてるなぁ。
自覚する僕に、イルティミナさんはクスクスと楽しそうに笑った。
…………。
そんな感じで、僕らのセントルーズを目指す竜車の旅は、平和な時間の中で続いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
予定より1日遅れ、王都を発って11日目に、僕らの竜車はセントルーズの街に到着した。
(へぇ……)
窓からの景色に、僕は興味津々だ。
セントルーズの街は、海岸線沿いの渓谷の底に造られた中規模の街だった。
海岸には、漁船の停泊する港がある。
街の雰囲気は、やはりリゾートという感じではなくて、東海岸に造られた主要街道の宿場町の1つといった感じだった。
なので、それなりに商店もある。
ただ、砂浜はほぼなくて、海に面するのは岩場ばかりだ。
だから、海水浴客などはいないみたい。
渓谷の底はなだらかな斜面になっていて、セントルーズの街もその斜面に沿って造られ、坂道の多い構造になっていた。
坂の頂上、崖の上には、古そうな建造物が見えた。
あれは……。
目を凝らしていると、
「あれが言われていた古代の遺跡群なのでしょうね」
と、僕の奥さん。
(やっぱり、そっか)
石造りの風化した建物が並んでいて、けれど、ほとんどが原型を留めていない。
ソルティスは美貌をしかめた。
「保存処理がされてないんだわ。……確かに重要な遺跡じゃないけど、貴重な文化財ではあるはずなのに勿体ないわね」
「……うん」
まぁ、興味がない人には、ただの古い建物なんだろうね。
そのセントルーズの古代遺跡群は、塩分のある海風の影響もあってか、風化も激しいみたいだった。
ソルティスは、少し歯痒そう。
彼女は、古代の知識も豊富だし、だからこそ遺跡の現状が悔しいのかもしれないね。
僕は聞く。
「あれって、どんな遺跡なの?」
「古代タナトス魔法王朝の末期から崩壊後の混乱期に存在した都市みたいね。珍しい遺跡じゃないけど、その時代の人々の暮らしがわかる貴重な資料だったらしいわ」
「ふぅん?」
「ま、今じゃ調査も終わって、役目を終えた感じだけど……」
そうなんだね。
あそこで、400年前の人々が暮らしていたんだ。
そう思うと、何だか不思議だった。
僕は笑って、
「昔の人たちも、今と同じで、ここの海で魚を取って暮らしていたのかな?」
「でしょうね」
「そっか」
「…………」
「400年前と同じ食事ができるってなると、何だか今日の夕飯が楽しみだね?」
「アンタねぇ……」
ソルティスは呆れ顔だ。
でも、苦笑して、「ま、そういう考え方も嫌いじゃないけどさ」と肩を竦めた。
(あはは)
僕らは笑い合った。
その様子に、キルトさん、イルティミナさんも優しい顔で、ポーちゃんも腕組みしながら訳知り顔で『うんうん』と頷いていた。
やがて、僕らは街の宿屋に到着する。
そこで竜車を降りて、
「うはっ……暑い……」
外気温の高さに改めて驚かされながら、荷物を背負って、急ぎ、涼しい建物内に避難したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
宿屋は、ホテルというより旅館といった雰囲気だ。
結構な老舗っぽい。
でも、設備は整っていて、客室内には魔石を使った室温調整装置も設置されていて、ちゃんと涼しくなっていた。
(うん、よかった)
冷房なかったら地獄だったよ。
まさに命拾いした感じ。
この世界では、そうしたエアコンみたいな設備がない宿屋も多いからね。
この酷暑では、特に助かった。
部屋割は、僕とイルティミナさん夫婦、ソルティスとポーちゃん、キルトさん1人の3部屋を確保した。
でも、荷物だけ部屋に置いたら、何となく5人でキルトさんの部屋に集まった。
まるで冒険者ギルドと同じ。
(これはもう習慣だね?)
内心、自分で自分に苦笑しちゃったよ。
さて、そうして5人で集まって、改めて、今回の旅の目的、『光の昆布』と『蒼白の花苔』の採取についてを話し合った。
生首エルフさんの話によれば、それは海の中にあるという。
とはいえ、海は広い。
博識のソルティスの言葉によれば、
「セントルーズ湾って岬と入江が複雑になっていてね、ちょっと特殊な構造なのよ。で、その特殊な環境下でのみ生育される海草みたいね」
とのこと。
イメージとしたら、前世のリアス式海岸かな?
そこでのみ採れる素材みたいだ。
イルティミナさんが少し考え、妹に聞く。
「では、この近海ならば、どこでも手に入るのですか?」
「多分ね」
「多分?」
「例年ならそうなんだろうけど、ほら、今年は異常気象でしょ? 水温も上がっちゃってさ、植生の位置も変わっている可能性がある訳よ」
(そうなの?)
彼女曰く、2つの素材はとても繊細らしい。
環境の変化で簡単に枯れるし、人工栽培も難しいらしく、とりあえずは実際に海に潜って、目視で確認してみないと現状はわからないそうだ。
(う~ん?)
なかったら、どうしよう?
そう不安を吐露すると、
「何言ってんのよ? コロンチュード様の頼みよ? 見つかるまで探すの!」
「…………」
さすが、コロンチュード様を敬愛する少女だ。
その力説に、僕とイルティミナさんは何とも言えない気持ちで、困ったように笑ってしまった。
ポーちゃんは特に何も言わない。
そして、キルトさんは「ふむ」と頷いた。
「まぁ、焦るな」
「…………」
「今回はコロンの調整によって、1ヶ月ほどの時間がある。探索には10日はかけられる計算じゃ。ゆっくり探せばよかろう」
と、僕らを見回した。
それから銀髪の美女は、ニヤッと笑う。
「それより、忘れてはおらぬか?」
「?」
その物言いに、僕らはキョトンとした。
そんな僕らに、
「わらわたちの目的は、もう1つ、この地で避暑を過ごすことじゃ。目の前には海もある。初日は仕事を忘れて、まずは存分に海水浴でも楽しもうではないか?」
なんて、力強くおっしゃったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
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