696・生首エルフさん
第696話になります。
よろしくお願いします。
「頼み……ですか」
イルティミナさんは自分が手にする手紙を見つめ、かすかに美貌をしかめた。
小さな不審。
コロンチュードさんは、その……うん、少々変わり者でもあるので、どんな頼まれ事なのか、少し不安があるみたい。
僕も、ちょっと心配。
(どんな頼みなんだろう?)
この手紙を持ってきたソルティスとポーちゃんを見る。
視線に気づいて、
「手紙の内容は知ってるけど、せっかく持ってきたんだから、ちゃんと読んでよね? コロンチュード様もそのつもりで書かれたんだからさ」
「……うん」
まぁ、そうだね。
とりあえず、大変なことじゃないといいなぁ。
…………。
やがて、いつまでも玄関で話すのも何だということで、僕らはリビングへと移動した。
4人でソファーに座り、テーブルを囲む。
イルティミナさんは、ため息を1つ。
僕を見て、
「さて、どんな内容でしょうね?」
と苦笑した。
僕も困ったように笑い返し、そして僕の奥さんは、ペーパーナイフで封筒を開いた。
ピッ
小気味良い音がして、封が開く。
中身は……便箋1枚だ。
「?」
それを見て、僕とイルティミナさんは怪訝な表情になってしまった。
そこに書かれていたのは、魔法陣だけだ。
それ以外、文章はない。
(え? 何これ?)
戸惑っていると、ソルティスが「それ、テーブルに置いてみて」と言った。
姉は頷き、素直に従う。
パサッ
魔法陣の書かれた紙が、僕らの前のテーブルに置かれた。
瞬間、魔法陣が光を放ち、
ニュッ
「!?」
「わっ!?」
何とそこから、ホログラムみたいに半透明のコロンチュードさんの頭部が生えたんだ。
まるで生首……。
僕らが唖然とする中、
『……あ……あ……聞こえているかな? ……これ、手紙に記憶させた私だよ。……可愛い、でしょ?』
なんて喋り出した。
……可愛い……かな?
一瞬、夏のホラーだったけど、そこに生えるコロンチュードさんの生首は、ニチャアと得意げな笑みを浮かべていた。
イルティミナさんは、
「…………」
うん……心底、嫌そうな顔だ。
逆にその妹は、多分、凄い魔法技術なんだろう、半透明の生首を見つめて尊敬の眼差しだ。
ポーちゃんは、安定の無表情。
そんな僕らを前に、生首エルフさんは喋り出した。
『えっと……ね? 実は、マルイルに素材集め……を頼みたいんだ』
素材集め?
僕らは、生首を凝視する。
『セントルーズ湾に生息する【光の昆布】と【蒼白の花苔】がね、研究で必要……なの。それを、ね……取って来て欲しくって……』
「…………」
「…………」
『素材集めには、ソルポも一緒。でも……2人だけだと危険かもだから、同行してあげて……ね? よろよろぉ……』
ニチャア
そう言って、また不器用な笑顔。
う、う~ん?
僕らは、ソルポ……つまり、ソルティスとポーちゃんを見た。
紫髪の少女は頷いた。
「素材は海の中にあるの。だから、水中呼吸の魔法が使える私らが先に頼まれたんだけどね。でも海の魔物は危険だからイルナ姉たちにも頼もうって、コロンチュード様が」
「……そう」
彼女は少し悔しそう。
でも、それは、実は気配りなコロンチュードさんらしい優しい判断だ。
僕は、イルティミナさんを見る。
僕の奥さんは、少し考え込んでいた。
「……色々と思うことはありますが、ソルたちのため、協力するのは構いません。ですが、私にもすでに組まれたクエストの予定がありますので」
(あ……)
そっか、そうだね。
今は休暇中だけど、休暇が終われば、即、次のクエストだ。
コロンチュードさんの依頼は、セントルーズ湾という場所まで行かないといけないので、多分、移動も含めたら休暇中に終わらない。
引き受けたくても、引き受けられないんだ。
そう思ったんだけど、
『だ、大丈夫だよ』
と、生首が言った。
え?
僕らは思わず、視線を集める。
『き、きっと、次のクエストの心配してるだろうけど、それ、予定変更される……から』
「え……変更?」
僕は目を瞬く。
イルティミナさんも「は?」と紅い瞳を見開いた。
ニチャア
と、生首エルフさんは笑って、
『お、王国の宰相とか、偉い人にも手紙……送ったから。わ、私の方を優先するようにしてくれる……から、問題ない、よ?』
なんて言う。
僕らは唖然だ。
ソルティスが得意げに、
「コロンチュード様は長生きで、100年以上、『金印』だったのよ? 今の王国上層部でお世話になってない人を見つける方が難しいんだから」
なんて胸を張った。
……そ、そっかぁ。
今の偉い人が下っ端の頃から、コロンチュードさんは、王国のために活動してたんだ。
きっと、彼らが困った時、色々と助けてあげたんだろう。
つまり、その偉い人たち全員の恩人。
その恩人の頼み。
うん……きっと、イルティミナさんの予定の調整ぐらいしてしまいそうだよね。
僕の奥さんも放心する。
それから、
「……そう、ですか」
と達観した様子で、少し遠い目になりました。
生首エルフさんは、
『あ……あと、キルキルの予定も頼んであるから……もしよかったら、キルキルも連れて行ってあげてね。みんなで行ったら、きっと楽しい……と思うよ?』
ニチャア
そんな言葉も付け加えた。
え……キルトさんの予定も調整してあるの?
ちょっとびっくり。
それを聞いたイルティミナさんは、大きく頷いた。
「そうですね。それでしたら、キルトにも必ず同行してもらいましょう。えぇ、私とマールだけ好き勝手に行動を決められるぐらいなら、彼女も同行すべきです、絶対に」
「…………」
イ、イルティミナさん……自棄になってるね?
まぁ、気持ちはわかるけど。
ソルティスは「決まりね」と笑う。
ポーちゃんは当事者の1人なのに、まるで他人事のような表情だ。
(……うん)
まぁ、久しぶりに5人で集まれるみたいだし、コロンチュードさんの頼みを引き受けるのも悪くないかもしれないね。
そう思うことにしよう、うん。
僕は1人頷いた。
そんな僕ら4人の前で、テーブルの上の生首エルフさんは、また怪しげに笑う。
そして、
『最近、暑いし……マルイルキルソルポで、どうかいっぱい、海水浴を楽しんできて……ね?』
ニチャア
うん……本当、不器用なエルフさんだよ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方、僕らは『キルトさんの部屋』を訪れた。
夕方になったのは、日中の気温があまりに高くて、出歩くのは危険だとイルティミナさんが判断したので涼しくなる時間まで待ったからだ。
その判断は正解だったと思う。
だって、
(……汗、止まんないや)
今の時間でも、これなんだから。
冒険者ギルド・月光の風までは、家から20分ぐらいの距離なんだけどね。
本当に異常な夏だ。
キルトさんの部屋に着いたら、家主のお姉さんは、すぐに僕らに冷えた果実水を用意してくれた。
うん、ありがたい。
ちなみにキルトさんは、豊かな銀髪はポニーテールにして、黒のタンクトップと半ズボンといった薄着の格好だった。
健康的な夏の美女って感じ。
そんな彼女にも、生首エルフさんの手紙を見せた。
すると、
「そうか……先日、急にわらわの予定が変更になったのは、コヤツのせいか」
と、額を押さえた。
頭痛そう……。
どうやら宰相や外務大臣などから、急遽、予定のキャンセルが相次いで怪訝に思っていたそうだ。
その悩みの原因が、実はコロンチュードさんだったとは、さすがのキルトさんでも予想できなかったみたいだね……。
(いや、仕方ないよ)
イルティミナさんも同情の眼差しだ。
ソルティスは、
「それで、どうなの、キルト? コロンチュード様の頼み、引き受けてくれる?」
と聞いた。
キルトさんは、深く息を吐く。
汗で湿った豊かな銀髪を片手でかきあげて、
「そうじゃな。奴の思惑に乗るのは業腹じゃが……まぁ、ここまでお膳立てされては断る訳にもいくまい」
「…………」
「それに、そなたらも行くのであろ?」
「うん。じゃあ……?」
「うむ。久しぶりにそなたらと旅をするのも悪くなかろう」
と笑った。
キルトさん……。
その太陽みたいな笑顔に、僕らもつい笑顔になってしまった。
キルトさんは、ソファーの背もたれに寄りかかりながら、記憶を探るように空中を見据えた。
そして、言う。
「セントルーズ、か」
「…………」
「確か、近くに古代遺跡群が発見された海辺の都市であったな。コロンの言う2つの素材は、その近海で取れるのであろうの」
「ふぅん……?」
セントルーズ湾のセントルーズって、街の名前なんだ。
僕は聞く。
「大きな街?」
「いや、そうでもない。小さくもないがの」
「…………」
「海辺の都市じゃが、入り江の構造が複雑での。海水浴など観光には向かぬ土地で、漁業で生計を立てる街じゃったはずじゃ」
「そうなんだ」
「とはいえ、海岸線沿いの街道が通じる都市の1つじゃ。それなりに発展はしておる。ある意味、人気のない避暑地としては最適かもしれぬな」
そうキルトさんは笑った。
避暑地……か。
その言葉が、凄く魅力的に思える。
ここ最近の異常な暑さを思えば、それはもう余計に……ね?
見れば、イルティミナさん、ソルティスだけでなく、あのポーちゃんもどことなく避暑地の『セントルーズ』に魅了されている顔だった。
僕の奥さんは頷く。
「この暑さから逃れられるのならば、悪くないコロンチュードの頼みでしたね」
「うん、そうだね」
僕も同意した。
ソルティスも「さすが、コロンチュード様だわ」と得意げな表情だ。
ポーちゃんも真似っ子で、平らな胸を逸らしている。
キルトさんも「まぁの」と苦笑した。
それから、
パン
銀髪の美女は膝を叩く。
「よし、せっかくの機会じゃ。コロンの頼みを叶えつつ、皆で海に浸かりながら、避暑を楽しむとするかの」
「うん!」
「はい」
「賛成よ!」
「…………(コクン)」
キルトさんの言葉に、僕らは笑顔で頷いた。
そして翌日。
まだ涼しい、けれど、平年よりも暑い早朝に、僕ら5人は竜車に乗って、王都ムーリアの大門を出発したのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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