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695・酷暑の来客

本日より更新再開です!


どうかまた、皆さんにマールの物語を楽しんで頂けましたら幸いです。


それでは、第695話です。

どうぞ、よろしくお願いします。

 季節は、夏の盛りとなった。


 太陽の輝きは肌をジリジリと焼き、王都の城壁の向こう側、青い空では白い入道雲がゆっくりと育っていく。


 ジーワ ジーワ


 蝉も大合唱中だ。


 先日、クエストから帰還して休暇中の僕とイルティミナさんも、最近は外出を控えて、自宅での時間を過ごしていた。


 窓から外を見る。


(……うん、今日も暑そうだね)


 白い日差しの中、庭の芝生や草木も元気がない。


 と、その時、


「氷菓子ができましたよ、マール」


 と、綺麗な声が聞こえた。


 僕は振り返る。


 するとそこには、長くて美しい深緑色の髪をポニーテールにしたイルティミナさんの微笑んでいる姿があった。


 白い手には、2つの器。


 そこには、自家製の果実シャーベットが盛られていた。


 わぁ、美味しそうだ。


 僕は「うん」と答えて、テーブルへと向かった。


 彼女も微笑み、2人で席に座る。


「ありがとう、イルティミナさん。いただきます」


「はい、召しあがれ」


 笑顔で頷くイルティミナさん。


 僕は手を合わせて、


 シャクッ


 スプーンで1口、それを口内に運んだ。 


(んんっ!)


 冷たい。


 でも、甘くて美味しい!


 果汁の甘さが優しくて、爽やかな香りが暑さを忘れさせてくれる。


 さすが、イルティミナさん。


 これは本当に美味しいシャーベットだよ。


 シャクシャク


 僕は夢中で、この冷たい甘味を楽しんだ。


 そんな僕の様子に、イルティミナさんも満足そうに「ふふっ」と笑って、自分もスプーンでシャーベットを口へと運んだ。


「ん……」


 その美貌が、少し綻ぶ。


 シャーベットの冷たさが心地好さそうだ。


 見れば、彼女の白い額には薄く汗が滲み、前髪が濡れて数本が張りついていた。


(……うん)


 やっぱり、イルティミナさんも暑かったんだね。


 シャク シャク


 彼女も美味しそうに、シャーベットを食べている。


 その様子に、僕も笑って、


 シャク


 また自分の冷たい果実の氷菓子を口に入れたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 しばらく2人で談笑しながら、シャーベットを食べていた。


 その話題の中で、


「それにしても、今年は暑いよね?」


 と、僕は訴えた。


 この世界に転生して、もう6年。


 でも、これまでに経験した6回の夏の中で、今年は1番の暑さだったんだ。


 イルティミナさんも頷いて、


「そうですね。どうやら、今年は異常気象みたいです」


「そうなの?」


「はい。買い物に行っても野菜やミルクが高騰していますし、農業や酪農にも影響が出ているぐらいの酷暑のようですよ」


「……うわぁ」


 そうだったのか。


 通りで暑い訳だね。


 キルトさん経由の話では、どうやら王国から農家や酪農家などに補助金も出しているほどなんだって。


 う~ん、大変だ。


 イルティミナさんも窓を見る。


 白く照らされる外の景色に、真紅の瞳を細めた。


「相手は、自然ですからね」


「…………」


「魔物が相手なら簡単なのですが、こればかりは早く暑さが落ち着くことを願うしかありません」


「うん……そうだね」


 僕も窓の外を眺めて、頷いた。


 シャク


 シャーベットの最後の1口を、彼女は口に運ぶ。


 僕へと微笑んで、


「しばらくは水分補給に注意して、無用な外出は控えましょうね?」


「うん」


 僕は、激しく同意して頷いた。


 チラッ


 もう1度、庭を見れば、そこには陽炎が立ち昇って、景色を歪ませていた。


(……うん)


 こんな暑さで出歩きたくない。


 僕は苦笑して、


「この暑さの中、出歩いたら、僕、すぐに干からびてミイラになっちゃうよ」 


「まぁ……ふふっ」


 僕の冗談に、僕の奥さんは笑ってくれた。


 えへへ。


 そんな風に、夫婦で笑い合っていた――その時だ。


 カラン カラン


(え……?)


 玄関で、来客用の鐘が鳴らされた。


 まさか、こんな暑さの中、僕らを訊ねて誰かが家にやって来たのだろうか……?


 思わず、イルティミナさんと顔を見合わせてしまう。


 大変だ。


 相手は、もうミイラかも知れない。


 イルティミナさんが「はい」と声をあげながら席を立ち、僕もあとに続いた。


 玄関に着いて、


 ガチャッ


 扉を開けた。


 瞬間、凄まじい外の熱気が襲ってきた。


(うぷ……)


 息を吸うのも苦しいぐらいだ。


 そして、その灼熱の日差しを浴びる玄関には、


「や、やっほぉ……」


「…………」


 紫色の長い髪を水を浴びたように汗で濡らしたソルティスと、無表情ながら今にも昇天してしまいそうな金髪幼女のポーちゃんが立っていた。


 僕らは、目を丸くする。


 イルティミナさんが「ソル?」と呟くと、


 パタパタ


 2人は倒れ込むように、日陰となる室内に入り込み、そのまま座り込んでしまった。


 2人とも、顔、真っ赤だ。


 イルティミナさんがすぐに気づいて、


「マール、水を」


「あ、うん!」


 僕は頷き、すぐに台所へと走った。


 コップを2つと水差しに水と氷を入れて、玄関へと駆け戻った。


 そこで、コップに冷水を注ぐ。


「はい」


「ありがとう」


 イルティミナさんに手渡すと、彼女はすぐに妹の手にそれを握らせた。


 瞬間、


 カッ


 朦朧としていたソルティスは、目を見開いた。


「み、水ぅ!」


 ゴッ ゴクゴクッ


 大慌てで、コップの冷えた水を喉の奥へと流し込んでいく。


 口から垂れた水滴が、喉を伝う。


 その間に、僕はもう1つのコップにも水を入れ、こちらはポーちゃんへと渡した。


「……感謝」


 幼女は答え、コップを受け取った。


 コクコク


 小動物のように、少量ずつ。


 でも、いつもよりも遥かに速い速度でコップの水を飲んでいく。


 シュウウ……


 2人の熱が、冷水で逃げていくようだ。


 結局、ソルティスとポーちゃんは何回もおかわりして、僕はもう1度、水差しの水の補充に台所に戻るほどだった。


 でも、おかげで2人も落ち着いたみたい。


「ふぃ……」


「…………」


 座ったまま、彼女たちは、ようやく一息ついた表情だった。


 うん、よかった。


 イルティミナさんは、妹の汗に濡れた額や首に触れて、


「もう大丈夫ですね。――2人とも、脱水して熱中症になりかけていましたよ? 外出するのならば、せめて水筒ぐらい用意しておきなさい」


 と、妹たちを叱った。


 でも、その表情には、ちゃんと安堵が滲んでいた。


 うん、やっぱり優しいお姉さんだ。


 ソルティスも、


「ごめんねぇ……ちょっと甘く見てたわ」


 と謝り、


「面目なし」


 と、金髪幼女も謝罪して、ペコッと頭を下げた。


 僕らは苦笑する。


(まぁ、無事ならよかったよ、うん)


 僕は、そう心の中で頷いた。


 それから、


「それで……こんな暑い中、2人ともどうしたの? 僕とイルティミナさんに何か用事でもあったの?」


 と、僕は首をかしげた。


 ソルティスは「あ」と呟いた。


 彼女は肩からポーチを提げていて、その中へと手を突っ込んだ。


 ゴソゴソ


 数秒、漁って、


「あった」


 と、1枚の封筒を取り出した。


 手紙?


 もしかして、それを届けに来たのかな?


 でも、この世界には、郵便配達の仕事の人もいるのに、どうして自分で……?


「はい、イルナ姉」


「はぁ」


 妹に渡され、受け取る姉。


 表にも裏にも差出人の名前はなく、封蝋も特に紋章などは押されていない。


 イルティミナさんは怪訝な顔。


 妹を見て、


「それで、この手紙は誰からの物なのです?」


 そう聞いた。


 僕も、ソルティスの顔を見る。


 彼女は、この暑さの中を歩いていたことを忘れたように、どこか誇らしげな笑顔になった。


 そして、


「コロンチュード様よ」


「……え?」


「なんか、イルナ姉に頼みたいことがあるらしくてね。この手紙を届けるようにコロンチュード様に頼まれたのよ」


「…………」


 その思わぬ言葉に、僕ら夫婦は目を丸くしてしまった。

ご覧いただき、ありがとうございました。



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先日、マールのコミカライズ第5話が公開されました!


漫画のURLはこちら

https://firecross.jp/ebook/series/525


漫画家あわや様に今回も素敵に描いて頂けましたので、よかったら、ぜひお楽しみ下さいね♪


あ、もちろん無料ですよ。



※小説マールの次回更新は、来週の月曜日を予定しています。こちらも、どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新再開ありがとうございますヽ(´▽`)/ 昨日は現実でも各地で異常気象でしたが、作中での異常気象も中々に厳しい様子。 世話焼きでしっかり者のポーちゃんまでもが対策を怠ってしまう辺り余程で…
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