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694・その覚悟の源は

第694話となります。

よろしくお願いします。

「マール!」


 約束の3日目の朝、キルトさんの部屋の前で、僕は迎えに来たイルティミナさんにきつく抱きしめられた。


 シャツ越しの胸が押しつけられる。


(んむ……)


 少し苦しくて、でも嬉しい。


 彼女の甘やかな匂いを胸いっぱいに吸い込んで、僕も「イルティミナさん、ただいま」と自分の奥さんを抱きしめ返した。


 安心感と幸福感が心を満たす。


 そんな僕ら夫婦を、キルトさん、リカンドラさん、レイさんの3人が優しく見守っていた。


 …………。


 …………。


 …………。


 先日のタッグマッチのあとの話をしよう。


 あの戦いは、もちろん僕とキルトさんの勝利となった。


 戦闘後、僕らは無傷。


 でも、リカンドラさんとレイさんは、結構な負傷をしていた。


 特にレイさん。


 彼女は満身創痍で、戦いのあと、両腕、左足、肋骨の骨折が判明、他にも内蔵へのダメージがかなりあったそうだ。


(う、わぁ……)


 さすがに僕も心配したよ……。


 戦いのあと、即、レイさんは冒険者ギルド・黒鉄の指の医務室に運び込まれた。


 医師の回復魔法で何とか治療されて、でも、身体の芯には確実にダメージが残っているだろうとのことで、2日間の安静が言い渡されたんだ。


 …………。


 正直、ただの模擬戦でやりすぎかな、とも思う。


 けれど、レイさん自身は納得しているみたいで、不満の言葉などは一切なかった。


 加害側のキルトさんは言う。


「レイ・サルモンは強かった。その本気を前に加減する余裕はなく、また1人の戦士として、その矜持に対してこちらも本気で応えた。――それだけのことじゃ」


「…………」


 その声と表情に後悔は見えない。


(……うん)


 当事者の2人が納得しているなら、僕から言うことは何もなかった。


 2人とも、本当に誇り高い戦士だ。


 ……あ、そうそう。


 リカンドラさんの怪我についても話そう。


 実は、レイさんを庇ってキルトさんの攻撃を背中に受けた彼も、肩甲骨と肋骨を骨折してしまってたんだ。


 鬼姫様の攻撃力って、本当に凄いよね……?


 もちろん、彼も治療済み。


 その際の医務室で、


「やれやれ……引退した冒険者相手に、現役の俺らがこの様とは情けねえな」


 と嘆いていた。


 僕は苦笑してしまった。


 一般論的には同意できるけど、相手がキルトさんじゃあ……ね?


 当の鬼姫様は肩を竦め、


「ま、精進せい」


 と、おっしゃっていた。


 彼は「ちっ」と舌打ちして皮肉そうに笑い、けど、一言も文句は言わなかった。


 …………。


 そうしてリカンドラさん、レイさんは、その日と翌日を安静に過ごして、疲労した肉体の回復に努めた。


 そして、本日。


 無事、体力を取り戻した状態で、僕らはイルティミナさんとの約束の3日目の朝を迎えたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 再会したイルティミナさんは、しばらく僕を愛でた。


 髪を撫で、顔中にキスをして、首に顔を押しつけて息を吸い、会えなかった間の何かを取り戻すようにしていた。


 彼女曰く、


「枯渇していたマール成分の補充です」


 だって。


 ……何のこっちゃ?


 でも、イルティミナさんが満足なら僕も喜んで受け入れるよ。


 なので、彼女のしたいようにさせる。


 まぁ、少しくすぐったかったし、キルトさんたちに見られるのは恥ずかしかったけどね?


 やがて、15分後。


 僕の奥さんもマール成分?の補充が済んで、ようやく落ち着いたみたいだった。


「ふう……」


 一息ついて、僕の髪から顔を離した。


 そんな彼女に、気がついたらキルトさん、リカンドラさんは呆れた顔で、レイさんだけは落ち着いた表情だった。


 イルティミナさんも視線に気づく。


「何です?」


 僕を背中側から抱きながら、そう詰問した。


 赤毛の青年は、慌てて首を振る。


「いや、何でもねえよ。……まぁ、旦那だろうが、ペットだろうが、愛し方は人それぞれだろうからな」


「……ふん」


 僕の奥さんは、鼻を鳴らす。


 その後ろで、キルトさんは苦笑を噛み殺していた。


 僕の奥さんは、目を閉じる。


 そして、


「それで、リカンドラ? この3日間で、貴方の迷いは晴れたのですか?」


 真紅の瞳を開き、彼を見据えた。


(……ん)


 僕は彼を見る。


 キルトさん、レイさんも赤毛の青年を見つめた。


 リカンドラさんは、数秒、沈黙する。


 やがて息を吐き、


「いや、何も」


 と、答えた。


 苦そうに笑って、


「何も変わらねえよ。強さへの渇望も、その苦しさも……今にも溢れて、俺自身が壊れちまいそうなままだ」


「…………」


「だが、な」


 彼は顔をあげた。


 そして、


「それを受け入れ、苦しむ覚悟はできた」


 と言った。


 彼のパートナーであるレイさんは、目を瞠った。


 僕も驚いた。


 キルトさんは沈黙したまま。


 そして問いかけたイルティミナさんは、彼の赤い瞳を、その内側まで見透かすように見つめて、


「そうですか」


 と、静かに頷いた。


 彼は、赤毛の髪を乱暴に手でかいて、


「色々と手間をかけさせて、すまなかったな」


「全くです」


「……おい」


「ですが、また手間をかけさせたくなったならおいでなさい。面倒ですが、また手間をかけてあげますよ」


「…………」


 僕の奥さんの言葉に、彼は目を瞬いた。


 すぐに苦笑する。


 逆に僕は、そんな彼女が誇らしくて笑ってしまった。


 レイさんも感謝の会釈だ。


 キルトさんも、優しい眼差しでイルティミナさんを見つめていた。


 リカンドラさんは息を吐く。


 そして、イルティミナさんの腕の中にいる僕を見る。


(?)


 その視線に、僕は首をかしげた。


 彼は言う。


「神の子、か。兄貴が死んでから信仰はなくしたつもりでいたが……なるほど、キルト・アマンデスが推薦し、信じる訳がようやくわかったよ」


「…………」


「上手く言えないが、不思議な奴だ」


「…………」


「お前の夫、大事にしろよ、イルティミナ・ウォン」


 彼は、そう笑った。


 イルティミナさんは「貴方に言われるまでもありません」と、少し不服そうと言い返した。


 それに彼は、愉快そうにまた笑う。


 それから、


「世話になったな」


 そう短く言って、こちらに背を向けた。


 そのまま、廊下を歩きだす。


 レイさんは、僕ら3人に深く頭を下げて、すぐに「待て、リド」と赤毛の青年のあとを追いかけていく。


 僕らは、2人の背中を見送った。


 …………。


 その姿が見えなくなって、


「マール、イルナ、今回は世話になったの」


 と、キルトさんが言った。


 僕らは、銀髪の美女を見る。


「そなたらには関係ないことであったが、あれはエルの弟であるからの。どうしても放っておけなかった。巻き込んでしまってすまなかったの」


「…………」


「…………」


 キルトさんの表情は、どこか切なく達観したものだ。


 亡き戦友のため。


 その弟のために、彼女は何かをしたかったのだろう。


 僕の奥さんは肩を竦め、


「全くです」


「…………」


「ですが、10日間の休暇の約束を果たしてくれるのならば、許しましょう」


 なんて言った。


 僕は、つい笑ってしまった。


 キルトさんは驚き、苦笑する。


 頷いて、


「うむ。ムンパと王家に交渉して、約束は必ず果たすと誓おう。安心するが良い」


「ならば、結構」


 イルティミナさんも鷹揚だ。


 そんな2人のやり取りを、僕は優しい眼差しで眺めてしまった。


 …………。


 やがて、僕ら夫婦はキルトさんと挨拶すると、そのまま冒険者ギルド・月光の風をあとにして自宅へと帰ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ん、美味しい!」


 その日の昼食は、久しぶりにイルティミナさんの手料理を楽しんだ。


 やっぱり最高だ。


 みんなに好評だった調味料『美味しくな~る』だけど、作成者のイルティミナさんは、それ以上の味を当たり前に料理に与えることができるんだ。


 そして、それは僕だけの特権。


(えへへ……)


 舌も心も幸せである。


 イルティミナさんも食べる僕を眺めながら「ふふっ、いっぱい食べてくださいね」と嬉しそうだった。


 僕も「うん」と笑った。


 言葉に甘えて、2回もおかわりしちゃったよ。


 …………。


 食後は、まったりしながらお茶の時間だ。


 離れ離れだった3日間のことを、お互いに報告する。


 イルティミナさんは、


「ずっと家で掃除をしていましたね。しばらくクエストで家にいませんでしたし、マールが帰った時に気持ちよく過ごしてもらえるようにしておりました」


 とのこと。


 そっか。


 それで家中、綺麗だったんだね?


 僕は「ありがとう、イルティミナさん。気持ちいいよ」と感謝を伝えた。


 彼女も嬉しそうにはにかむ。


 それから僕からも、自分の3日間のことを伝えた。


 リカンドラさん、レイさんとクエストをしたり、野営したり、模擬戦をしたり……そんなことを話した。


 ただ、


(何もしてあげられなかったんだよね……)


 彼の悩みに関しては。


 それだけが心残りで申し訳ないよ。


 でも、イルティミナさんは「なるほど」と頷いた。


「マールらしいですね。今朝、リカンドラの言っていることの意味がわかった気がします」


「……そう?」


「はい」


 彼女は、はっきりと頷いた。


 それから、


「マールは、リカンドラに気づきを与えたんですよ」


 と言った。


 気づき……?


(どういうことだろう?)


 自分ではよくわからないけれど、イルティミナさんは確信があるみたいだった。


 瞳を伏せて、


「私も上手く説明はできませんが、きっと」


「…………」


「…………」


「そっか」


 僕は、彼女を信じている。


 そんな彼女が言うのだから、僕も信じよう。


 ……うん。


 それに、僕も少しだけ思うんだ。


「一昨日の模擬戦の時にさ」


「はい」


「リカンドラさん、レイさんを助けたんだ。強さに飢えている彼が、勝利の可能性を捨ててまで、レイさんを守ろうとしたんだよ」


「…………」


「誰のために強くなりたいのか、その答えが出たのかな?」


 僕は呟いた。


 誰のために……。


 それがわかったから、彼は『苦しむ覚悟はできた』と言ったのかもしれない。


 僕の奥さんは頷いた。


 お茶をすすって、


「リカンドラは、兄のように強くなりたいそうですね」


「あ、うん」


「その兄エルドラドは、かつてレイ・サルモンが愛した男でした。無意識かもしれませんが、それも、その理由の1つだったのかもしれませんね」


「…………」


 言われて、僕も少し納得してしまった。


 1人の男として。


 例え兄でも、負けたくない。


 そんな無意識の感情も、尊敬や愛情、憧れと共に、彼の中にはあったのかもしれない。


(そっか……)


 死者は、人の心に宿る。


 それに勝つのは、なるほど、大変なことだ。


 リカンドラさんの胸中を思って、僕は少し悲しいような、切ないような気持ちになってしまった。


 そんな僕を見つめ、イルティミナさんは微笑む。


 お茶のカップをソーサーに戻して、


「まぁ……全ては私たちの勝手な憶測でしかありません。彼の心の内は、彼自身にしかわからないでしょう」


「…………」


「いえ、もしかしたら本人にもわかっていないのかもしれませんがね」


「……うん」


 僕も頷いた。


 でも……。


 レイさんを守ろうと、必死だった彼の姿を思い出す。


 僕もお茶をすする。


 息を吐き、カップを戻した。


 そして、


「……愛って、凄いね」


 と、どこか夢見るように呟いた。


 イルティミナさんは、紅い瞳を丸くする。 


 すぐに微笑み、


「そうですね」


 と頷いた。


 僕も「うん」と微笑み、愛する人に頷きを返した。


 ふと、窓を見る。


 そこから見える青空はとても綺麗で、その美しさを眺めながら、僕はもう1度、カップのお茶をすすった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


これにて、悩める若獅子編も完結となります。最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。


次回更新は少しお休みを頂きまして、来週の金曜日2月16日を予定しています。


よかったら、また読みに来てやって下さいね。


どうぞ、よろしくお願いします。


それでは、また!




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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 現状を受け入れる覚悟を身につけさせ、相手を想い遣る気持ちをリカンドラの心に植え付けられた事で、イルティミナの貴重な仕事明けの休日も報われた事でしょう。 ………
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