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693・答えを求めて

第693話になります。

よろしくお願いします。

 冒険者ギルド・黒鉄の指。


 リカンドラさんとレイさんが所属するそこは、シュムリア王国最大手の冒険者ギルドだ。


 所属冒険者は、なんと4000人以上。


 僕やイルティミナさんの所属する『冒険者ギルド・月光の風』が150人ほどなので、その規模の凄さはわかってもらえると思う。


 王国各地に支部があり、海外にも進出する大企業なんだ。


 その本部。


 王都ムーリアにある黒い外壁をしたモダン建築の四角い建物に、僕ら4人はやって来た。


 その受付で、


「地下の訓練場を借りるぜ」


 と、王国最大手ギルドのトップ冒険者である彼は、その権力を使って、その地下施設を僕らだけの貸し切り状態にして、そこに案内してくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ふわぁ……」


 広い訓練場だ。


 天井まで20メードはあり、照明が白い室内を照らしている。


 場内には、試合場みたいなラインの引かれた床や、弓や魔法などの訓練用の的がある射撃場、実際の野外を想定したらしい障害物のある空間などがあった。


(凄い施設だね……)


 僕らの『月光の風』には、絶対に無理だ。


 さすが、王国最大手。


 かなり儲かっていて、施設にもお金がかけられているんだね。


 月光の風の創設メンバーの1人でもあるキルトさんも、どこか羨ましそうに訓練場を眺めているように見えるのは気のせいだろうか……?


 ガシャッ


 赤毛の青年は、訓練場に備えられた木剣を引き抜く。


 それを僕へと放り投げ、


(わっ?)


 僕は慌てて、それを受け取った。


 彼自身は、普通の木剣より短いサイズの木製の短剣を2本、手にしていた。


 ヒュヒュン


 手の中で回転させ、具合を確かめている。


「ふん……」


 彼は納得したように頷いて、僕を見た。


「お前も、獲物はそれでいいか?」


「あ、うん」


 反射的に頷いて、


「あ、でも、僕も二刀流だから、もう1本、木剣が欲しいかな」


「そうか。そうだったな」


 彼も気づいた顔をして、もう1本、木剣を棚から引き抜くと、再びこちらに放り投げてきた。


 パシッ


 僕もまた受け取る。


(ん……)


 シュッ シュッ


 軽く振るって、重さも問題ないことを確かめた。


 ちなみに訓練場には、たくさんのサイズの木剣があって、リカンドラさんはちゃんと僕に合わせた木剣を選んでくれたみたいだ。


 ヒュンヒュン


 舞うようにして、剣を振るう。


 リカンドラさんは、僕と戦いたい、と言った。


 僕も、それに応えることにした。


 だったら、彼の思いにきちんと応えられるように万全の戦いができる自分でありたいと思ったんだ。


 そのための武器は大事。


 だから、入念に動きを確かめた。


 そんな僕の剣舞を、3人は食い入るように見つめていた。


「……ほう、やるな」


 リカンドラさんが呟く。


 その声には、かすかな感心が滲んでいた。


 キルトさんも頷き、


「ふむ。しばらく見ぬ間に、また腕をあげたようじゃの」


「良い動きだ」


 レイさんも認めるみたいな顔で頷いていた。


(ん……よし)


 これなら大丈夫そうだ。


 剣の具合、自分との親和性を確かめて、僕も満足して頷いた。


 …………。


 でも、いいのかな?


 強さの渇望に苦しむリカンドラさんは、きっと何かの答えを得たくて、僕との戦いを望んだんだ。


 だけど、それで答えが得られるだろうか?


 彼は、キルトさんとも戦った、と言っていた。


 きっと同じような思いで彼女とも戦って、だけど、結局、答えは得られなかったみたいだった。


(…………)


 なら、今回も同じになる気がする。


 例え僕と戦っても。


 そこで、どちらが勝利し、敗北しても。


 リカンドラさんを苦しみから解放するための答えは、得られないかもしれない……そんな気がしたんだ。


 僕は、彼を見つめた。


 彼も視線に気づいて、


「悪いな、付き合わせて」


「……ううん」


「だが、噂の神狗様と真剣勝負ができるのは楽しみだ。受けてくれて、感謝するぜ」


 と、獰猛に笑った。


 まるで、野生の肉食獣だ。


 ピリピリ


 放たれる殺気じみた闘気に、肌が痺れる感覚だった。


(……うん)


 本当に戦うことが好きなんだね?


 できることなら、それに応えて満足させてあげたい、と思う。


 でも、


(多分、無理かな)


 そんな予感がした。


 理由はわからないけど、そう感じるんだ。


 彼の悩み、苦しみに何かしらの答えを、少なくともそのヒントを与えるためには、もう1つ、何かが必要なのだと思えた。


 何か……。


 それは何だろう?


 迷いながら、視線を巡らせる。


 そこには、僕ら2人のことを見つめる銀髪の美女2人の姿が見えた。


 キルトさんとレイさん。


(……あ)


 瞬間、天啓のように僕は悟った。


 うん、そうだ。


 これが正解かはわからないけれど、そうしてみよう。


 心の中で頷く。


 そして、


「リカンドラさん」


「ん?」


「リカンドラさんと戦うのはいいんだけど、僕からも1つ条件つけていい?」


「条件?」


「うん」


 彼を見つめ、僕は頷いた。


 赤毛の青年は怪訝そうに「何だ?」と聞き返した。


 僕は言う。


「1対1じゃなくて、2対2にしたい。僕とキルトさんが組んで、リカンドラさんとレイさんのコンビと戦いたいんだ」


 その提案に、3人は驚いた顔だ。


 キルトさんが、


「わらわもか?」


「うん。駄目?」


「……いや、そなたがそう言いだすのならば、よかろう。わらわも参戦しようぞ」


 僕を信じて、そう言ってくれた。


 リカンドラさんのため。


 そのために必要だと僕が感じたことを、彼女は信じてくれたんだ。


(ありがとう、キルトさん)


 その信頼が嬉しい。


 レイさんは困惑していたけれど、キルトさんの答えを聞いて彼女も覚悟を決めたようだ。


「わかった、いいだろう」


「レイ」


「リドも構わないだろう?」


「それは、まぁ、俺が頼んでいる立場だからな。その条件でいいなら、俺も受け入れるが……お前はいいのか?」


「私は、リドのパートナーだからな」


 そう年上の彼女は笑った。


 そして、訓練場の棚から、自分に合ったサイズの巨大な木製盾と木製の小剣を取り出す。


 グッ ヒュン


 その具合を確かめるように構え、小剣を振るった。


 キルトさんも、訓練場に備えている中でも特大サイズの木製の大剣を手にして、ブォンブォンと素振りを繰り返した。


 ニヤリと笑い、


「うむ」


 満足そうに頷いた。


 2人とも、武装は大丈夫そうだ。


 僕の勝手な提案に、色々と思うこともあっただろうに、彼女たちは黙って引き受けてくれた。


 そのことが嬉しかった。


 リカンドラさんも、そんな2人を見つめていた。


(――うん)


 僕も頷き、覚悟を決める。


 ラインの引かれた試合場で、キルトさんは僕の隣に立ち、レイさんは赤毛の青年の横へと移動した。


 それぞれの武器を構え、向き合う。


 1度、深呼吸して、


「じゃあ、始めよう」


 僕は、彼の赤い瞳を見つめながら、戦いの開始を口にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 2対2のタッグマッチ。


 けれど、その展開は戦う前からある程度、予想ができていた。


 この4人の中で最強なのは、キルトさん。


 最弱なのは、僕。


 リカンドラさんは攻撃に秀でていて、レイさんは防御特化の重戦士だった。


 そこから生まれる展開は、こうだ。


 最強戦力であるキルトさんの猛攻を、レイさんがその堅牢な守りで受け止める。


 その間に、リカンドラさんが最弱である僕を仕留められるかどうか?


 それだけだ。


 要するに、キルトさんがレイさんを倒すのが先か、リカンドラさんが僕を倒すのが先か、そうした時間との勝負に戦いは集束してしまうんだ。


(…………)


 4人とも、それがわかっている。


 ギシッ


 木製の大剣を肩に担ぐように構え、キルトさんが僕の前に出る。


 応じて、


 ザッ


 木製の大盾を構えたレイさんが、自分のパートナーである赤毛の青年を庇うように進み出た。


 2人の銀髪の美女は、睨み合う。


 どちらも強者だ。


 レイさんは『銀印の魔狩人』だけど、かつては『金印』候補にも選ばれたほどの冒険者だ。


 烈火の獅子と呼ばれた金印の魔狩人エルドラド・ローグと共に、数々の高難易度のクエストもこなして、経験値はキルトさんに優るとも劣らない。


 …………。


 空気が引き締まる。


 戦いの気配が凝縮する。


 ピシッ


 次の瞬間、緊張の糸が引き合ったように、キルトさんが床を蹴り、恐ろしい速さでレイさんに襲いかかった。


 ズガァン


 全力の振り下ろし。


 衝撃波が弾ける。


 そして、その大剣の威力を、レイさんは大盾で完全に殺し、受け止めていた。


(――凄い)


 キルト・アマンデスの渾身の一撃を受け止めた。


 誰にでもできることじゃない。


 たったそれだけでも、彼女の武の高みが感じられた。


 キルトさんも感じたのだろう、彼女はニヤリと笑うと、直後、大剣による連撃を次々と繰り出した。


 ゴギィッ ガァン ズガァン


 凄まじい猛攻。


 けど、レイさんは、それを着実に防ぐ。


 危なげなく。


 体勢を崩されることもなく、堅実な防御を披露していた。


 ……本当に凄い。


 自分も戦いの場にいることも忘れて、思わず見惚れてしまいそうになってしまった。


 その時、


「おい、こっちも行くぜ」


 獰猛な声がした。


 赤毛の青年は、白い犬歯を覗かせながら笑い、両手の木製の短剣を構えた。


 トン トン


 軽いステップ。


 けれど、重心が全くぶれない。


 僕も息を吐き、彼を見据えながら、左右の手にある木剣を構えた。


 そして、告げる。


「――神気開放」


 パシッ


 瞬間、僕の周囲で白い神気の火花が散り、髪からはピンとした獣耳が、お尻からはフサフサした長い尻尾が生えた。


 感覚が変わる。


 手の中の木剣は、紙のように軽くなる。


 同時に、彼のステップが遅くなり、僕自身の時間感覚は誰よりも速くなった。


「…………」


 リカンドラさんは、驚いた顔だ。  


 あぁ、そうか。


 そう言えば、彼の前で『神狗』の姿を見せるのは、まだ2度目だっけ。


 でも、仕方ない。


 相手は現役の『金印の魔狩人』である烈火の若獅子リカンドラ・ローグなんだ。


 全力を出さなければ、一瞬でやられる。


 ふと気づけば、キルトさん、レイさんも戦いながら、僕が変身したことに驚いた様子だった。


 同時に、キルトさんには伝わった。


 勝負は、3分間。


 僕が『神狗』でいられるのはその3分だけであり、それが過ぎれば、自動的に僕らの負けなのだ。


 その3分で、キルトさんはレイさんを倒さなければならない。


(……頼むよ、キルトさん)


 そう銀髪の美女を見る。


 理解してくれたのだろう、彼女は苦笑した。


 そして次の瞬間には、表情を引き締め直して、今まで以上の猛攻をレイさんへと浴びせ始めたんだ。


 ガガンッ ゴッ ギィン


 レイさんの表情にも、余裕はなかった。


 1歩でも間違えれば。


 僅かでも気を抜けば。


 その瞬間に、自分が殺されかねないことを彼女も感じ取っているようだった。


「……ちっ」


 リカンドラさんが舌打ちする。


 そう多くの時間がないことを、彼も悟ったんだ。


 そして、


 グッ


 肉食獣が襲いかかる直前のように、姿勢を低くする。


 僕も、2つの木剣を構えた。


 例え『神狗』となっても勝てるとは思えない。


 それほど『金印の魔狩人』という存在は規格外であり、常識の外にいる存在なんだ。


(耐え切れるかな……?)


 キルトさんが、レイさんを倒すまで。


 いや、耐えるんだ。


 その覚悟がなければ、耐えられるはずの時間さえ耐えられないだろう。


「――来い」


 僕は、低く呟いた。


 それを聞いて、リカンドラさんの瞳に凶暴な光が灯った。


 彼は薄く笑い、


 トン


 床を蹴った。


(!?)


 瞬間、黒い疾風が僕へと襲いかかってきた。


 速い!


 神狗の時間感覚をして、尚、速いと感じる速さで、彼は僕へと肉薄していた。


 ゴギィン


 2つの木製の短剣を、僕の木剣が受け止める。


 止められた……?


 それが奇跡と思えるほどの恐ろしい速さの斬撃だった。


 それが止められたことに、彼は「へぇ……?」と嬉しそうに笑い、直後、黒い竜巻と化して猛攻を仕掛けてきた。


「っっ」


 ガッ ギッ ゴッ ガガッ


 まるで短剣が3つ、4つに分裂したみたいだった。


 いや、それ以上か?


 そう錯覚させるほどの手数の多さと速さに、僕は愕然としながら必死に抗った。


 反撃……?


 いや、そんな余裕はない。


 防御に徹していても、いずれ押し切られるだけだとわかっている――それでも尚、その状況に押し込まれるほどの彼の攻撃力だった。


 これが……。


 これが、リカンドラ・ローグの実力か。


 彼の戦いは、何回か見た。


 けれど、実際に体験するのは、ここまで違うものなのか……。


 あるいは、僕の記憶の中にある彼よりも時間が流れた今の彼は、数段上の領域まで強くなっていたのかもしれない。


(……くっ)


 でも、負けるか!


 僕にだって、意地がある。


 相手がリカンドラさんであっても、簡単に負けたくはない。


 いや、勝ちたい。


 1人の戦士として、男として。


(こ、のっ!)


 歯を食い縛り、意識をより集中して戦いに挑む。


 彼の笑みが深まった。


 烈火の若獅子は、獲物が手強ければ手強いほど喜びを感じるのかもしれない。


 ガガッ ゴゴンッ ガガガッ


 木製の短剣と剣がぶつかり合う。


 摩擦で白い煙が噴き、何かの焦げる臭いが広まった。


(ふっ、はっ)  


 息をするタイミングも難しい。


 タイミングを間違えれば、即、敗北だ。


 懸命に動きを見極め、合間を見抜き、確実に酸素を取り込みながら戦っていく。


 リカンドラさんは、歓喜の表情だ。


 戦いの悦び。


 それに浸り切っている。


 ええい、本当に本物のバトルジャンキーめ……っ!


 でも。


 でも、僕もどこか楽しい。


 相手が最強の『金印の魔狩人』で、けれど今、それに防戦一方とはいえ戦えている自分が嬉しくて、どこか誇らしかった。


 まだまだ。


 まだまだまだまだ!


 簡単にはやらせないぞ、リカンドラさん!


 ガィン


 そう木剣に意思を込めて振るう。


 彼にも伝わっているのだろう、その喜びが、ぶつかる木製の短剣から僕にも伝わってきていた。


(あぁ……)


 この時間がいつまでも続けばいい……そう本気で思った。 


 そうして、夢中で剣を振るった。


 …………。


 …………。


 …………。


 どれくらい戦ったのか、わからない。


 変身が解けていないのだから、3分は経っていないのだろう。


 でも、そのタイムリミットがいつ来るのか、それは1分後か、あるいは1秒後か、全くわからなかった。


 今はただ、この瞬間だけに集中する。


(…………)


 剣を振って、振って、懸命にリカンドラさんの猛攻をしのいだ。


 その時だった。


 バギィン


「……ぐっ」


 僕らとは違う場所から苦痛の低い声が響いた。


(!?)


 レイさんだ。


 短い銀髪の彼女は、ひび割れた大盾を構えていて、けど、その左腕に木製の大剣の1撃を受けていたんだ。


 直撃ではない。


 威力を殺して、けれど、殺し切れないダメージを受けていた。


(キルトさん!)


 彼女の猛攻が、ついにレイさんの防御を上回ったのだ。


 無論、鬼姫様は止まらない。


 そのまま、とどめを刺そうというように、レイさんに更なる攻撃を重ねていったんだ。


 ガゴッ ゴン ドォン


 レイさんは必死に防ぐ。


 けど、1撃を受けたことで動きが鈍り、その堅牢な防御が崩れていた。


「ぐっ……がっ」 


 彼女の肉体が何度も大剣に打たれる。


 直撃だけは必死に防いで、けれど、だからこそ拷問のように長引く苦痛の時間が続いていた。


 直撃すれば、決着がつく。


 そうすれば、彼女も楽になる。


 だけど、レイさんは、決して諦めなかった。


 その緑色の瞳にあるのは、自分のパートナーである赤毛の青年が必ず僕を倒すと信じる、強く清廉な光だった。


 それまでは、負けない。


 倒れない。


 キルト・アマンデスの猛攻に身を晒してでも、時間を稼ぐ。


 その覚悟があった。


(――――)


 まるで殉教者のような鋼の意思だ。


 それには、思わず僕も頭を下げたくなる。


 けれど、キルトさんも敬意を払うからこそ、レイさんへの攻撃の手は緩めなかった。


「っっ」


 レイさんの苦悶の表情が続く。


 けど、悲鳴も噛み殺す。


 リカンドラさんの猛攻を防ぎながら、僕は、そんな彼女の姿になんだか泣きたくなった。


 でも、勝ちは譲らない。


 僕も、いつまで耐えられるかわからない。


 神狗のタイムリミットもある。


 このままキルトさんがレイさんを倒して、リカンドラさんを2人がかりで仕留めれば、僕らの勝利なのだ。


(もう、少し……っ!)


 彼の剣をしのぎながら、僕も気力を振り絞る。


 次の瞬間、


 バキィン


「がっ!」


 レイさんの木製の大盾が砕けて、キルトさんの大剣が彼女の脇腹に突き刺さった。


(!)


 直撃だ。


 確実に、肋骨は折れている。


 けど、レイさんは倒れない。


 瞳から光が消えない。


 だから、キルトさんの大剣は容赦なく彼女を打ち据えて、彼女の腕が、足が折れていった。


(レイさん!) 


 やりすぎだ。


 いや、けれど、戦士の矜持がある。


 レイさんは諦めてない。


 満身創痍となっても、リカンドラさんを信じて最後まで戦おうとしていた。


 …………。


 戦う僕とキルトさんにできるのは、少しでも早くレイさんを倒して勝敗を決し、彼女を楽にしてあげることだけだった。


 だからこそ、


「むん!」


 キルトさんも戦士の表情のまま、大剣を振るった。


 大上段からの振り下ろし。


 レイさんに、それを防ぐ力はない。


 その瞬間、


 ガンッ


(あ……)


 集中が削がれていたのか、リカンドラさんの短剣が僕の木剣の防御を打ち払った。


 まずい!


 僕も、完全な無防備だ。


 次の攻撃を喰らったら、僕も防げない。


(しくじった!)


 ここまで勝利を手繰り寄せていながら、キルトさんががんばってくれていながら、僕のミスで台無しにしてしまった。


 僕は負ける。


 そうなれば、キルトさんとリカンドラさんの一騎打ち勝負だ。


 ……いや?


 多分、レイさんへの攻撃より、僕への攻撃の方が速い。


 もしかしたら、攻撃直後のキルトさんの隙をついて、動きの速いリカンドラさんが攻撃を当てれば、彼らの勝利になってしまうかもしれない。


 ……駄目だ。


 本当にやってしまった。


 コンマ秒にも満たない瞬間に、僕の思考はそこまでを理解した。


 そして、次に来る自分の肉体への攻撃を覚悟する。


 でも、


「――レイ!」


 赤毛の青年は僕へ攻撃することなく、相棒となる銀髪の美女の元へと走っていた。


 黒い疾風。


 それはキルトさん、レイさんの間に割り込んで、


 ドゴォン


「がっ!」


 その背中に大剣の直撃を受けていた。


 レイさんが目を見開く。


「!? リドっ!?」


「むっ!」


 攻撃を当てたキルトさんも驚いた表情だった。


 キルト・アマンデスの1撃をまともに受けてしまったリカンドラさんは、地面に倒れかけ、けれど、ジャリッと踏ん張って、傷ついたレイさんを抱きしめた。


 その耳元で、


「無事か……レイ」


「……リド」


 微笑む赤毛の青年に、レイさんは茫然としていた。


 そのまま、2人で床に膝をつく。


 お互い、抱きしめ合ったまま。


 お互いの重さで、相手を支え合うようにして。


 キルトさんの攻撃の直撃を受けてしまったリカンドラさんにも、もう戦う力は残っていなかった。


「…………」


 キルトさんも大剣を引く。


 勝利の可能性は、充分にあった。


 でも、リカンドラさんはそれを捨ててまで、レイさんの元に走っていた。


(…………)


 僕も呆然としていた。


 でも、


(あぁ……そうか)


 と、気づいた。


 彼は、誰のために強くなりたかったのか、その答えを見た気がしたんだ。


 僕は息を吐く。


 バシュウウ……


 瞬間、タイムリミットが来たのか、僕の獣耳と尻尾が白煙をあげながら消滅していった。


「……うん」


 僕は笑った。


 抱き合うリカンドラさんとレイさん。


 その周辺の空間では、僕から放たれた神気の白い光の粒子がキラキラと輝き、やがて、ゆっくりと消えていった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 結局リカンドラの戦う理由はベタでしたが、良い着地地点でしたね。 それでこそイルティミナとの貴重な休日を費やした甲斐があったってモノです。 ……しかしまぁ、治…
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