692・誰がために
第692話となります。
よろしくお願いします。
夜空には、紅白の月たちが昇った。
雑木林に流れる小川の川原で焚火をおこして、僕らは野営を行った。
パチパチ
火の粉が暗闇に舞う。
僕の思いつきに、3人は驚いていたけど反対はしなかった。
リカンドラさんは、
「マジかよ……」
と呆れ顔だったけど、キルトさんは「マールが言うなら、そうしてみるかの」と頷いてくれたんだ。
レイさんは2人が……というか、リカンドラさんが反対しないなら構わない、といった様子だった。
そんな訳で、野営中だ。
夕食は、乾燥パンと『美味しくな~る』で作ったお肉と野菜のシチューだ。
作ったのは、もちろん僕。
これも3人には好評だった。
うん、僕も嬉しい。
固めのパンをシチューに浸しながら柔らかくして食べるのが、また美味しいんだ。
モグモグ
そうして食べながら、
「しかし、なぜ急に?」
と、レイさんに質問された。
う~ん?
僕は木製スプーンを咥えながら考え込み、それを口から出して、こう答えた。
「楽しそうだったから」
「楽しそう……?」
「うん。なんか滅多に集まらない4人でこうして冒険して、せっかくなら夜も一緒に過ごしてみたいなって思ったんだ」
「…………」
笑顔の僕の答えに、レイさんは少し驚いていた。
リカンドラさんは、
「おい、キルト・アマンデス。この神狗様は、いつもこうなのか?」
「まぁ、そうじゃな」
「……マジかよ」
「ふっ……じゃがの、その思いつきが悪いことになった例はない」
「…………」
「まぁ、その神なる感覚に、しばし身を委ねてみるのも悪くなかろうて」
「そうかよ……」
キルトさんの言葉に、彼は半信半疑といった様子だった。
それから食事をしながら、お互いの近況だったり、クエストで経験した面白い出来事、不思議な出来事なんかを話したりして時間は流れていった。
やがて、就寝の時間だ。
王都近郊とはいえ、夜の雑木林は危険だ。
見張りは、2人1組。
3時間交代で行うことになった。
せっかくなので、
「僕、リカンドラさんと組んでみたい」
と主張した。
赤毛の青年は『またか』という顔で、けど、反対はしなかった。
キルトさんも、
「ふむ? まぁ、たまには、いつもと違う相手と組むのも悪くないかの」
と、レイさんを見る。
レイさんも「構わない」と頷いていた。
そうして、まずはレディーファーストで、キルトさんとレイさんが眠りにつき、僕とリカンドラさんが見張りをすることになったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夜の林の中は、真っ暗だ。
焚火の灯りが届く範囲以外は、全てが闇に包まれている。
頭上には、星空。
紅白の月が淡い2色の光を落として、けれど残念ながら、雑木林の葉に遮られて視界は悪いままだった。
(…………)
時々、フクロウや虫の鳴く声がする。
たまに、葉擦れの音がするのは、夜行性の生き物が活動を始めたからだろうか?
小川の水音。
焚火の薪の爆ぜる小さな音色。
それらを耳にしながら、僕は、匂いでも周囲を警戒していた。
今の所、異常なし。
リカンドラさんは、近くの木の幹に立ったまま寄りかかって、周囲の気配を探っているみたいだった。
焚火のそばでは、女性2人が毛布にくるまり、眠っている。
穏やかな寝顔だ。
それを眺めて、つい僕は微笑んでしまった。
…………。
やがて、1時間ほどが経過した。
ここまで特に会話もなく、僕とリカンドラさんは見張りに集中していた。
けど、少し退屈。
特に危険な気配もないので、
「ねぇ……? リカンドラさんは、どうしてそんなに強くなりたいの?」
と、声をかけてみた。
彼は「あん?」と僕を見た。
僕も、彼を見つめ続けてみる。
やがて、リカンドラさんは少し困ったように肩を竦めた。
「さぁな」
「…………」
「俺にもよくわからねぇ。気がついたら、強くなりたかった。誰にも負けたくねぇ。とにかく強く、強く、そうありたいと願って走っていた。理由なんか知らねえよ」
「ふぅん?」
誤魔化しには聞こえなかった。
自分でも理解できない渇望。
それに突き動かされて、彼は『強さ』を追い求め、それに手を伸ばし続けているのだろう。
…………。
始まりは、兄エルドラドさん、そしてキルトさんへの憧れだったと聞いている。
憧れの存在。
それを追いかけて、強くなろうとした。
でも気がつけば、それは彼の生き方となり、今は、その渇望が精神を病ませるほどに膨らんでしまっているみたいだった。
(…………)
その渇望に、僕は少しだけ覚えがあった。
だから、
「そっか……なんか、昔の僕みたいだね」
と呟いた。
赤毛の青年は「あん?」とこちらを見る。
瞳には、小さな反感。
僕は笑って、
「僕が神狗だって、リカンドラさんも知ってるでしょ?」
「……あぁ」
「それも、不完全な存在」
「…………」
「だから記憶もなくて、戦い方も忘れて、でも、魔の存在に対する本能だけは忘れてなくてさ。それを倒したくて、殺したくて仕方がなかったんだ」
自分の手を見つめ、
ギュッ
僕は、それを握った。
青い目を閉じて、
「ずっと自分の内側からの声が叫んでた。それがうるさくて、溢れそうで、心が壊れるかと思う時期があったんだよ」
「……そうかよ」
「うん。でも、いつの間にか消えたんだよね、その声」
「…………」
「…………」
「どうしてだ?」
しばしの沈黙のあと、彼はそう聞いてきた。
僕は目を開け、答えた。
「イルティミナさんとみんなのおかげ」
そう心から笑って。
彼の燃えるような赤い瞳が、暗闇の中、僕を見つめた。
僕は言う。
「僕の渇望を知って、強くなることを手伝ってくれて、一緒にいてくれて……そうして僕も夢中で走り続けて、気がついたら、いつの間にか聞こえなくなっていたんだ」
「…………」
「それで今は、イルティミナさんとみんなだけが残った」
それだけが、心に。
そして、その思いこそが今の僕の中心だ。
リカンドラさんは、何も言わなかった。
ただ、何かを掴むように、自分の心臓の辺りの服をギュッと強く握っていた。
赤い瞳を伏せる。
自分の内なる声を聞き、そこにある何かを見つめるように。
やがて、彼は皮肉そうに、
「羨ましいな……」
「…………」
「俺の中の渇望は、全然、収まる気がしねえ。今にも爆発しそうで、息をするのも苦しいぐらいだ」
「……そう」
僕は頷いた。
彼の苦しみは、僕にはわからない。
僕の渇望と彼の渇望はやはり違うだろうし、考え方も、感じ方も、生き方も違うのだから。
それでも……。
僕の青い瞳は、闇の中に立つ彼を見つめた。
そして、
「ねぇ? リカンドラさんは、誰のために強くなりたいの?」
と、問いかけた。
彼は、虚を衝かれた顔をした。
自分?
それとも、自分以外の誰か?
リカンドラさんは、驚いたような表情で僕を見つめる。
僕も彼を見つめた。
彼は、何度か口を開きかけては閉じ、また開きかけては閉じることを繰り返した。
けれど、結局、答えは出てこない。
そのまま、沈黙。
僕も、それ以上は何も聞かなかった。
そのまま、見張りを再開する。
でも、リカンドラさんは木の幹に寄りかかりながら、けれど、先程までとは違って、ずっと何かを考え込んでいる様子だった。
(…………)
僕は、その様子を視界の隅に収めながら、黙って見張りに徹した。
やがて、2時間後。
キルトさんとレイさんが起きてきて、僕らは見張りを交代する。
そして僕は眠りにつく。
リカンドラさんも隣で横になって、そのまま僕らは、雑木林での一夜を明かしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
東の地平に、太陽が顔を出した。
美しい陽光が雑木林の中までを照らしていて、その中で、僕らは出発の準備を整えていた。
幸い、何事もなく朝を迎えられた。
(まぁ、当然かも……?)
こちらには金印に元金印、銀印も2人いるんだ。
多少なりとも相手の強さがわかる野生の獣や魔物ならば、そうそう僕ら4人を襲うようなことはしないだろうからね。
(さてと……)
ギシッ
僕は、リュックを背負う。
3人を振り返って、
「それじゃあ、王都に帰ろうか?」
と笑った。
キルトさんとレイさんは笑って「うむ」、「あぁ」と頷いてくれた。
リカンドラさんは少し間を空けてから、
「……おう」
と、ぶっきら棒に答えた。
……何だろう?
昨夜の見張りの時と同様、ずっと何かを考えているような様子だった。
キルトさん、レイさんも気づく。
キルトさんが何かを問いたげに僕を見るけど、僕も答えようがないので曖昧に笑い返すことしかできなかった。
レイさんは「リド……」と少し心配そうだ。
けど、リカンドラさんは何も答えずに、ただ自分のリュックを背負う。
そして1人先に歩きだした。
(わっ?)
僕ら3人も慌ててあとを追った。
数時間かけて雑木林を抜け、街道へと辿り着く。
そこから街道を辿って、王都ムーリアまで徒歩で歩き始め、途中、通りがかった乗合馬車に乗せてもらった。
ガタゴト
しばし、馬車に揺られる。
その間、キルトさん、レイさんとは他愛ない話をした。
でも、リカンドラさんはずっと上の空で、何を話しかけても「あぁ……」とか「おう……」としか答えてくれなかった。
(…………)
う、う~ん?
やがて、王都名物の門前の渋滞に巻き込まれたりしながら、王都ムーリアに到着。
門前広場の乗降場で馬車を降りた。
そこから、冒険者ギルド・月光の風までを歩いて、到着すると、すぐに『月雫の草』を納品してクエスト完了手続きを行った。
品質、個数に問題もなく。
クエストはすぐに達成となった。
(やったね)
とはいえ、初級クエストなので報酬は、まぁ、うん……4分割したけど、3人ともあまり気にしてない感じだった。
何はともあれ、これで4人でのクエストも完了だ。
さて……、
(このあとは、どうしよう?)
ちょっと悩んだ。
リカンドラさんの悩みは解決してないし、明後日がイルティミナさんとの約束の期限だ。
本日は何をしたらいいのか?
またクエスト?
それとも、違う何か?
どうしたものかと考えていると、
「おい、マール」
(ん?)
なんと、ずっと会話のなかったリカンドラさんの方から声をかけられた。
少し驚きつつ、
「何?」
と返事をした。
キルトさん、レイさんも少し驚いた様子で、赤毛の青年を見つめていた。
その視線の先で、彼は1度、口を閉じる。
けど、すぐに意を決したように、
「悪いが、マール。お前、このあと俺と1対1で戦ってくれないか?」
と、僕に言ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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