691・3人の中のエルドラド
第691話となります。
よろしくお願いします。
雑木林の中、ちょうどいい倒木を椅子代わりにして、僕らは昼食を食べることにした。
調理は僕がする。
(だって、リーダーだからね)
少しはいいところを見せないと、うん。
持ってきた鍋に、水の魔石で水を入れ、それでお米を投入。
冒険者ギルドの売店で買った野菜と茸と芋を、鍋の上で適当に切り分けて、薪に火をつける。
火は、火の魔石を使おうと思ったけど、
「それぐらいなら、俺がやる」
と、リカンドラさんが『紅の短剣』の先を薪木に押し当て、剣先が真っ赤に灼熱して、火を灯してくれた。
うん、ありがたい。
タナトス魔法武具の贅沢な使い方だね。
やがて、沸騰して来たら、スプーンで灰汁を取る。
そして、ここでとっておき、イルティミナさんが調合してくれた調味料の粉、その名も『美味しくな~る』を投入だ。
パラパラ
これを入れると、どんな料理も美味しくなる。
まさに魔法の粉だ。
いや、実際は魔法じゃないんだけどね?
そんな感じで、雑炊を作り、仕上げに保冷袋に入れておいた卵を落として、ゆっくりとかき混ぜれば完成だ。
(どれどれ?)
ちょっと味見。
……うん、完璧だ。
お米や野菜などに、しっかり味が沁み込んでいて最高だった。
何でもできるイルティミナさんの調合した『美味しくな~る』の作り出す味と香りは、もう言わなくてもわかるよね?
3人もそれを食べて、
「うおっ!? これは美味いな!」
「ほう?」
「優しくていい味だ。身体に染み渡る……」
と驚いた顔。
えへへ……作った側としては、大満足の反応だ。
(ありがとう、イルティミナさん)
彼女の手伝いをしながら料理を覚え、そして、その作った調味料でこれだけの料理ができたことが素直に嬉しかった。
モグモグ
僕も食べながら、満面の笑みである。
キルトさんなんかは「これは酒が飲みたくなるのぉ」なんて言ってたけど、さすがにお酒まではありません。
でも、彼女なりの誉め言葉だろう。
…………。
そんな感じで、僕らは雑木林の中で、冒険中とは思えない贅沢な食事を楽しんだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
食事も終盤に差しかかった。
3人の食事風景を眺めながら、僕はお茶をすする。
(…………)
木製コップを口から離して、
「あの……3人に聞いてみたかったんだけど、エルドラドさんってどんな人だったの?」
と聞いてみた。
3人は意表を衝かれたように食事の手を止め、こちらを見た。
僕は笑って、
「僕は会ったことがないから、1度、みんなに聞いてみたくって」
と続けた。
キルトさんは「そうか」と微笑む。
レイさんも頷いた。
そして、エルドラドさんの弟は、懐かしむような表情で虚空を見上げた。
「そうだな……俺から見た兄貴は、とにかく自信とエネルギーに溢れていて、周りを惹きつける人間だった。いつだって、人の輪の中心にいたよ」
「へぇ……?」
「俺もその輪の1人か、外からその輪を眺める側だったな」
その表情は、少し切なそうだ。
僕から見たら、リカンドラさんこそ自信とエネルギーに満ちている気がするけど。
でも、本人的には違うのかな……?
キルトさんは「はっ」と鼻で笑った。
苦笑しながら、
「アヤツは、ただの女たらしじゃ。立場を利用し、ハーレムを築いて調子に乗っておっただけの男であろ」
と、結構、辛辣だ。
でも、彼女なりの愛情表現かもしれないけど……。
そして、そのハーレムの1人だったレイさんは、困ったような顔だ。
銀髪の鬼姫様を見ながら、
「エルは、キルト・アマンデス、貴方だけを愛していた。だが、それが叶わぬから他の女たちで思いを誤魔化していたにすぎない。エルは意外と一途な性格だった」
「はっ……それはどうかの?」
「…………」
「本命が手に入らぬからハーレムとは、それこそ軟弱であろう。ハーレムの女たちにも申し訳ないと思わぬのかの」
「私たちは、それを受け入れていたからな」
ハーレムの1人だった美女は、優しい表情だった。
キルトさんは、肩を竦める。
レイさんは言う。
「エルは、貴方に焦がれていた。だが、強さで劣り、立場で負け、愛を伝えるには、貴方はあまりに眩しすぎた。ああ見えて、エルは弱い男だったんだ」
「…………」
「それだけは、どうか受け入れて欲しい」
真摯な声だ。
今は亡き、かつて愛した男の思いを代わりに伝えている……そんな感じだった。
キルトさんは沈黙。
リカンドラさんは、初めて聞く兄の話だったのか、少し驚いた顔だった。
やがて、愛を伝えられた彼女は息を吐く。
「友人としてはの」
「…………」
「じゃが、愛を語るならそのような軟弱者はごめんじゃ。本気なら尚のこと、ハーレムなぞ作るでないわ!」
と、青空を睨んだ。
まるで、天に昇ったエルドラドさん本人を睨んでいるかのように。
(まぁ、そうだよね……)
僕も、イルティミナさんに振られたからハーレム作ろうとは思わないし、作りながらイルティミナさんが本命です、なんて言えないよ。
やっぱり浮気は駄目だと思う、うん。
キルトさんの咆哮に、レイさんは「そうか……」と何とも言えない表情で頷いた。
彼女も女だ。
何となく、キルトさんの気持ちもわかるのだろう。
リカンドラさんは、実の兄に関する2人の女たちの会話に、口を挟めない感じだった。
少し呆然としてる感じ。
自分の中のお兄さんの姿と、実際の話の姿が上手く重ならないのかな?
僕は、2人に頷いて、
「でも、エルドラドさんって、やっぱり強かったんでしょう?」
と聞いた。
これには、意見がぶつかっていた2人も同時に頷いた。
「あぁ、それは認める」
「エル自身は劣っていると感じていたが、私は、エルの強さはそこのキルト・アマンデスにも負けていないと思っている」
そう断言した。
そして、リカンドラさんは、
「俺なんかは足元にも及ばねえよ。兄貴は化け物だ」
と、強く言った。
僕は、重ねて聞く。
「じゃあ、イルティミナさんと戦ったら、どっちが勝ちそう?」
結構、興味本位な質問。
その答えは、
「イルナじゃ」
「僅差でエルだろう。だが、数年後はわからない」
「旦那のお前にゃ悪いが、兄貴に決まってる」
と、微妙に違っていた。
僕は苦笑する。
「3人とも、見えているエルさんの姿は少し違うんだね。じゃあ、いったいどのエルさんが本物なんだろう?」
「…………」
「…………」
「…………」
僕の言葉に、3人とも目を見開いた。
そして、窺うようにお互いの顔を見る。
それぞれのエルさん。
それはきっと間違いではなくて、でも、やはり間違っているのだと思う。
けど、1つだけ。
エルドラド・ローグという人物は、この3人の心に深く刻まれた存在なのだということだけは正しいのだと思った。
ズズッ
僕は、お茶をすすった。
ほぅ……と、熱い息を吐きだして、
「……やっぱり僕も会ってみたかったな、エルドラドさんに」
と、正直に呟いた。
3人は無言のまま、ただ何とも言えない表情で、そんな僕のことを見つめたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あった!」
2時間後、僕らはようやく『月雫の草』を発見した。
雑木林の奥には、清流の流れる小川があって、その岩と木々の川原の地面に目的の薬草は生えていたんだ。
(へぇ……?)
白みがかった緑の葉で、付け根付近が少し赤い。
この世界の2つの月は、紅白の色だ。
なるほど、それで『月雫』なんて名前が付いているのかな?
リカンドラさんは、
「やっとか」
と、吐息をこぼした。
キルトさん、レイさん、2人の女性陣も『やれやれ』といった顔だった。
あはは……。
確かにね。
金印や銀印、元金印の冒険者が集まっていて、結局、初心者クエストを達成するのに半日以上かかってしまったのだ。
僕らは、魔狩人。
採取が本職ではないとはいえ、少し情けない。
(う~ん?)
何でもできる僕の奥さんがいたら、群生地の特徴を把握して、もっと簡単に発見していたかもしれないけど。
ま、何はともあれ。
僕は笑って、
「じゃあ、採取しちゃおう?」
「うむ」
「おう」
「あぁ、そうだな」
3人も頷き、作業を始めた。
ザクザク
根っこが千切れないよう、まずは周りの土に剣を突き立て、柔らかくする。
薬草は根っこまで引き抜いて、そこに濡れた布を巻いて乾燥させないように保存した状態で納品予定だ。
(えっほ、えっほ)
4人でがんばる。
ここはちょうど群生地だったらしく、依頼された数の『月雫の草』は簡単に集まった。
およそ30分後、
「お、終わったぁ」
僕は地面に尻もちをついて、息を吐いた。
無事、作業完了だ。
キルトさん、リカンドラさん、レイさんの3人も安堵の表情だ。
汗びっしょり。
やっぱり夏だし、雑木林の中で涼しいとはいえ、作業してると暑かったね。
リカンドラさんも、腕で額の汗を拭っている。
集めた『月雫の草』は丁寧に袋に詰めて、4人のリュックに分けて収納した。
あとは帰るだけ。
見れば、雑木林の木々の向こうに太陽がかかっていた。
もうすぐ日暮れだ。
このまま帰れば、夜の7時ぐらいには王都に帰れるかもしれない。
(…………)
3人は、リュックを背負う。
キルトさんがこちらを見て、
「さて、帰るか、マール」
と、笑った。
僕は、すぐに答えなかった。
何となく、サラサラと音を立てて流れる小川と雑木林の風景を見つめていた。
リカンドラさん、レイさんも僕を見る。
「おい、どうした?」
「?」
動かない僕に、2人は怪訝そうな顔だ。
キルトさんも、
「マール?」
と、僕の方へと近寄ってきた。
(……うん)
僕は、3人を振り返った。
単なる思いつきだけど、楽しそうだ。
だから、
「決めた。今日はここで1泊して、王都に帰るのは明日にしようよ!」
そう笑顔で言ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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