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688・若獅子の悩み

第688話となります。

よろしくお願いします。

 イルティミナ・ウォンとリカンドラ・ローグ、王国を代表する2人の『金印の魔狩人』は、しばらく視線を交わし合った。


 ピリッ


 空気が痺れる感覚。


 特に険悪でもなく、けれど、張り詰める強者の気配同士がぶつかった感覚だ。


(…………)


 さりげなく、僕は隣のイルティミナさんの手を握った。


 瞬間、彼女の気配が揺れる。


「…………」


 やがて、僕の奥さんは息を吐いた。


 痺れていた空気が落ち着いて、ようやく普通に息ができるようになった。


 見れば、奥でキルトさんが笑っている。


(……もう)


 立ち会ってくれるなら、キルトさんが何とかして欲しいな。


 イルティミナさんは、繋いだ僕の手を1度、強く握って『もう大丈夫です』と伝えてきた。


(うん)


 心の中で頷いて、指を離す。


 リカンドラさんは、そんな僕らの様子を見つめていた。


 やがて、


「私に用事というのは貴方ですか、リカンドラ?」


「あぁ、そうだ」


「そうですか。この暑い中、わざわざ呼び出すとは……全く偉くなったものですね」


「…………」


「それで? それは、どのような用事なのですか?」


 僕の奥さんは、そう問い質した。


 真紅の瞳は、赤毛の青年を見据える。


 リカンドラさんは「あぁ……」と苦笑して、ガリガリと赤毛の髪をかく。


 少し歯切れが悪い。


(???)


 どうしたのだろう?


 怪訝に思っていると、代わりにキルトさんが口を開いた。


「どうも、リカンドラは悩んでいるようでの」


「悩み……ですか?」


「うむ」


「それは大変ですね。ですが、それと私に何の関係があるのでしょう?」


 と、冷徹なイルティミナさん。


 キルトさんは、彼を見る。


 リカンドラさんは息を吐く。


 それから、その燃えるような赤い瞳が僕の奥さんを捉えた。


 そして、


「すまないが、何も言わず、この俺と戦ってくれないか、イルティミナ・ウォン?」


 と、告げた。


 え……?


 僕は驚き、イルティミナさんはその真紅の瞳をかすかに細めた。


 彼の眼差しは真剣だ。


 理由はわからない。


 でも、本気でイルティミナさんと戦いたいと思っているのが伝わってきた。


 キルトさんは無言のまま。


 そして、僕の奥さんは、


「嫌ですよ」


 と、にべもなかった。


 美貌をしかめて、


「なぜ、そのようなことをしなければならないのです? まさか、世間が言うように、どちらが強いか知りたい……などとは言わないでしょうね」


「はっ? 言わねぇよ」


 リカンドラさんはすぐに否定した。


 違うんだ……?


 彼は強さを追求する人なので、そういう理由かと少し思ってた。


 でも、違うとなると……なぜ?


 僕の奥さんも「では?」と説明を求めた。


 すると、


「すまない、イルティミナ・ウォン。リドは、己の強さについて壁に当たってしまっているんだ」


 と、彼の相棒のレイさんが口を開いた。


 え……?


(壁って……どういうこと?)


 僕は彼を見る。


 イルティミナさんも赤毛の青年を見た。


 彼は苦そうに笑い、


「あぁ……最近、俺の強さの成長が鈍っているみたいでな。それを打破するためにも、お前と戦って何かを見つけられないかと思ったんだ」


 と、息を吐いた。


 成長が鈍ってるって……え?


 リカンドラさんは、この間、あの恐ろしい凶獣アドンを倒したばかりなのに……?


 それでも、彼は自分の強さに満足していないってこと……?


(…………)


 な、なんか言葉がないよ。


 イルティミナさんも少し呆れた顔だ。


 逆にキルトさんは、亡き友人の弟だからか、理解を示す顔をしていた。


 ポン


 彼の肩に手を置き、


「凶獣アドンに挑んだのも、どうも、その己の殻を破るための足掻きの1つのようでの」


「…………」


「このまま放置をしていると、誤った方向に向かってしまいそうで、そこなレイにも相談を受けておった」


 と、同じ銀髪の美女を見た。


 レイさんは、リカンドラさんの兄エルドラドさんともパーティーを組んでいた女性で、現在はリカンドラさんの保護者的な立場だ。


 冒険者としての先人として。


 人生の先輩として。


 また相棒として。


 まだ若く年下のリカンドラさんを導こうとしている。


 そのレイさんは、彼の悩みを聞き、結果、同じ金印のイルティミナさんと戦ってみたいという彼の足掻きの1つをキルトさんにも相談したそうなのだ。


 レイさんは、申し訳なさそうに僕らに頭を下げる。


 迷惑なのは、百も承知。


 けれど、凶獣アドンに挑むほど、リカンドラさんは悩んでいた。


 それは、命懸けの足掻きだ。


 このままだと、彼はやがて、自分の命を失いかねない判断もしてしまうかもしれない。


 彼女はそれを恐れたのだ。


 そうして、それをキルトさんも危惧した。


(なるほど……)


 僕は、イルティミナさんを見る。


 だから、キルトさんは、リカンドラさん、レイさんの願いに応えて、イルティミナさんに話を繋いだんだね。


 ……まぁ。


 僕の奥さんとしたら、迷惑以外の何物でもないんだろうけれど。


 事実、彼女はそんな顔だ。


 嘆息を1つ。


「まさか、そのような理由で、マールと休暇中の私を呼びだすとは……本当に呆れました」


「……悪かったな」


「悪いですよ、最悪です」


「…………」


「むしろ、その不快さゆえに戦わせようとした策略ではないですよね?」


 彼は苦笑した。


 そして、


「それで戦ってくれるなら、俺としては歓迎するが」


 と言った。


 その眼差しと表情に、嘘はない。


 うん……これは重症だ。


 表面上、リカンドラさんの態度はいつもと変わらないように見える……けれど、その瞳の奥に、狂気のような何かがチラついていた。


 イルティミナさんも察したかもしれない。


「…………」


 彼女は無言で、彼を凝視した。


 リカンドラさんの『強さへの渇望』は、僕らも知っていた。


 けど、それは健全な欲望だった。


 だけど今の彼には、何か危うさがある。


 …………。


 仮に、もしイルティミナさんと戦うとしても、彼は本気の殺し合いを求めてきそうだ。


(さすがにそれは……)


 駄目だよ。


 そこまでは、僕が許さない。


 僕の表情に気づいて、イルティミナさんは少しだけ嬉しそうな顔をした。


 そして、


「すみませんが、リカンドラ。その要望は、やはりお断りします。私はマールを残して死ぬ訳にはいきませんし、このような理由でそのリスクを負う気もありません」


 と断言した。


 リカンドラさんは「そうか」と頷いた。


 ジワッ


 彼の闇が深くなった気がする。


 僕は少し考え、


「キルトさんは駄目なの?」


 と聞いた。


 キルト・アマンデスは、人類最強だ。


 現役のイルティミナさんよりも強さだけなら確実に上回っているし、彼女ならリカンドラさん相手でも死ぬこともないだろう。


 リカンドラさんだって、より強い相手の方がいい気がする。


 そう思って聞いたんだ。


 ところが、


「――もう戦ったのじゃ」


 と、キルトさん。


(……え?)


 僕ら夫婦は、彼女を見た。


「レイの相談を受けての。すぐにわらわが相手をしてやった。じゃが、いくら戦っても、どうにも納得できぬようでの」


「…………」


「こやつの悩みの根には、勝敗とは違う何かがあるのかもしれぬ」


「…………」


 つまり、キルトさんに勝ちたいとか、そういう単純な強さの悩みじゃないってこと?


 僕は、リカンドラさんを見る。


 それに気づいて、


「……俺自身、よくわからなくてな」


 と、苦笑いされてしまった。


 ……うん。


 これは確かに根が深そうだ。


 強くなりたくて壁に当たり、悩むからこそ強くなれなくて、より壁を越えられず、悪循環となっている感じだろうか?


(それって、辛いよね)


 解決の道が見えない悩みほど、苦しいものはないと思う。


 でも、


(どうすればいいんだろう?) 


 その答えもわからない。


 イルティミナさんも何も言えず、レイさんも苦しそうだった。


 ガリガリ


 リカンドラさんは、赤毛の髪をかく。


 それから、


「すまねえな。余計な時間を取らせた」


 と、席を立った。


 その表情には、これ以上、迷惑はかけられない――そんな意思が見えた。


 リカンドラさん……。


 その時だった。


 キルトさんは、僕の顔を見つめた。


 しばし考えて、それから、


「待て、リカンドラ」


 と呼び止めた。


 彼は振り返る。


 そこに、キルトさんはこう言った。


「リカンドラ、いっそのこと、そなた、しばらくマールと共に行動してみてはどうじゃ?」



 ◇◇◇◇◇◇◇



(はい?)


 僕は、キョトンとした。


 その提案に、リカンドラさん、レイさんも驚いていて、イルティミナさんも唖然としていた。


 銀髪の美女は言う。


「口では上手く説明できぬ。しかし、今のそなたにはそれが良いと思えるのじゃ」


「…………」


「…………」


 リカンドラさんは僕を見て、僕も彼を見た。


 やがて、慌てたように僕の奥さんが「何を言い出すのですか、キルト!?」と非難の声をあげた。


 ギュッ


 僕を背後から抱きしめて、


「今、私はマールと休暇中なのですよ!?」


「すまぬ、貸し出せ」


「はぁ!?」


「何、ほんの3日じゃ。それぐらいよかろう?」


「良い訳ありません! 3日も会えなければ、私の中のマール成分が枯れてしまいます! 貴方は鬼ですか!?」


「いやまぁ、鬼姫と呼ばれておるが……」


 怒れるイルティミナさんに、キルトさんは困ったように頬を指でかいた。


(……えっと)


 僕も正直、イルティミナさんと3日間も別れるのは嫌だ。


 嫌だけど……。


 チラッ


 見れば、レイさんがすがるような視線を僕に向けていた。


 リカンドラさんは半信半疑といった様子。


 でも、何かを期待しているような、そんな輝きが赤い瞳の奥に燃えているのがわかってしまった。


(…………)


 僕自身、彼を助けられるなら助けたい。


 キルトさんには、鬼姫の勘がある。


 それが、僕ならリカンドラさんの悩みを解決できるのでは……と感じたのなら、きっと、その可能性は本当にあるんだろう。


(……うん)


 僕は頷いた。


 自分の奥さんを見て、


「ごめん、イルティミナさん」


 と謝った。


 その意味を悟って、彼女は硬直する。


「マ、マール?」


「ごめんなさい。でも、できるなら僕もリカンドラさんの力になりたい。だから、3日間だけお願いします」


「…………」


 イルティミナさん、放心状態だ。


 うぅ……。


 申し訳なくて、僕、泣きたいよ。


 一方で、キルトさんは僕の決断に「そうか」と満足そうに頷いた。


 それから、


「イルナ。もし引き受けてくれたら、このキルト・アマンデスの名に置いて、休暇を10日間分、増やしてやる」


「…………」


「その分の仕事は、リカンドラに押しつける。そしてそなたは、その間、存分にマールに甘え、可愛がってもらうが良い。その時間は、もう誰にも邪魔させぬぞ」


「……本当ですか?」


「約束じゃ」


 キルトさんは断言した。


 勝手な約束をされたリカンドラさんは、けれど、口を挟まない。


 悩みを解決できるなら、それぐらいの対価は支払ってもいいと考えているみたいだ。


 そして、イルティミナさんは、


「…………」


 かなり迷っていた。


 ギュッ


 僕は、その手を握る。


「その、3日間が過ぎたら、僕、いっぱいイルティミナさんを愛してあげるから」


「マ、マール……」


「ね……?」


「……わかりました。そこまで貴方が言うのなら、私も受け入れましょう」


「うん」


「本当に仕方のない子です」


「ごめんね、でも、ありがとう、イルティミナさん」


「はい」


 お互いの額を押し当てて、僕らは笑い合った。


 キルトさんも頷く。


 レイさんは感謝するように僕ら2人に深く頭を下げ、リカンドラさんは何とも言えない顔だった。


 ガシ


 赤毛の髪をかき、


「まぁ、すまないが、よろしく頼むわ」


「うん」


 僕も、彼に笑顔で頷いた。


 …………。


 そうして僕は3日間、リカンドラさん、キルトさん、レイさんの3人と同じ時間を過ごすことになったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。



コミカライズの第4話が本日(15日)公開予定です。


コミックファイア様にて昼頃に公開されると思いますので、よかったら読んでやって下さいね。


URLはこちら

https://firecross.jp/ebook/series/525


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 戦闘狂達に折角の二人の休日を邪魔された挙句、勝手に話がトントン拍子に進む辺り踏んだり蹴ったりなイルティミナ。 御褒美が待っているとはいえど泣いても許される気…
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