682・誘った理由
第682話になります。
よろしくお願いします。
東の地平に、太陽が昇る。
アルセンさんに「いってらっしゃい」と見送られ、お弁当も手渡された僕ら3人は、早朝のメディスの街門を潜ると、すぐ南方に広がるアルドリア大森林へと入った。
草と土の大地を踏みしめ、木々の世界を歩く。
(うん、いい景色)
木漏れ日が差し込み、どこか幻想的だ。
アルドリア大森林。
そこは動植物が豊かな恵みの森だ。
近隣の村人たちも、よく狩猟や採取で森にやって来るほどだった。
もちろん、魔物もいる。
たまに、村人たちの被害もある。
だけど、それでも、その件数はそれほど脅威となる数字ではなくて、この世界基準では充分に平和な森なんだ。
サクッ サクッ
背の低い草を踏みながら、僕らは歩く。
歩きながら、
「一応、商業ギルドの依頼では、『癒しの霊水』は50リオン確保して欲しいって」
と、ソルティス。
僕は「うん」と頷いた。
ちなみに、50リオンは、約50リットルだ。
採取のための革袋の水筒は、かなりの数、ポーちゃんのリュックに折り畳まれ、詰め込まれていた。
ソルティスは「でもね」と続けた。
「せっかくマールもいるし、私らとしては倍の100リオン、集めたいのよね」
「100リオンも?」
「そ。1人だいたい30リオンも背負えば、大丈夫でしょ?」
「…………」
「そんな顔しないでよ? ま、私は『魔血の民』だからさ。私が40、マールとポーで30ずつ、お願いね」
「わかったよ」
僕は、嘆息した。
30リオンだと、単純に30キロ以上の重さだ。
かなり大変そう……。
(ソルティスめ……だから、僕も同行させたんだな? 全くもう……っ)
心の中で、僕は肩を落とした。
ま、僕も鍛えてる。
もし戦闘があったら、一時的に荷物を地面に下ろしておけばいいし、あとは単純に荷運びの仕事だ。
うん、がんばろう。
ソルティスは笑って、
「ちゃんと報酬、弾むからさ。よろしく♪」
「はいはい」
僕は苦笑して、頷いた。
ふと見たら、少女の後ろでポーちゃんが両手を合わせ、『すまない』と頭を下げていた。
あはは……。
…………。
それからも、森を進む。
背の高い木々が乱立する世界では、たまに遠くに野生の鹿などの姿も見ることができた。
(そう言えば……)
僕はふと思って、聞く。
「もし魔物と出会って、戦闘になったらどうするの?」
「ん?」
「戦い方。やっぱり、僕とポーちゃんが前線に立って、ソルティスが後衛でいいのかな? 一応、確認しておきたくて」
「あぁ、そうね」
ソルティスは頷いた。
現在、この3人のリーダーは彼女だ。
「それでいいわ。私とポーの2人の時も、そうしてる」
「そっか」
僕は頷いた。
それから、確認する。
「ソルティスの護衛は、いらない?」
「えぇ。これでも私、魔法剣士だからね。接近されても困らないし、無駄に戦力残さなくても大丈夫よ。近接戦闘、これでも数、こなしてるんだから」
そう笑って、
ガシャッ
腰ベルトに提げた幅広の直剣の柄を触った。
(…………)
その剣は、3年前、剣士としても成長したソルティスのために、僕が一緒に選んで買った剣だった。
まだ使ってたんだね……。
なんか、嬉しいな。
そして、その剣に触れる彼女の表情には、自信が満ちていた。
虚勢ではない。
慢心でもない。
等身大の自分に対する、確かな自信だ。
うん……彼女は、これまでの経験で、剣士として間違いなく戦える強さを身に着けたのだろう。
立ち姿からも、それが伝わった。
…………。
僕は微笑む。
「なんか、頼もしいね」
「そ?」
彼女も白い歯を見せた。
それから、
ポン
僕の胸を軽く叩いて、
「私もマールのこと、頼りにしてるから」
「…………」
「ま、よろしく」
「うん」
思わぬ言葉に驚きつつ、僕は何とか返事をした。
ソルティスは笑みをこぼし、それから長い紫色の髪をなびかせながら、颯爽と先を歩いていった。
ポーちゃんも、一緒に歩いていく。
2人の背中を、しばし見つめた。
(…………)
僕は小さく笑うと、リュックを背負い直して、少女たちのあとを追いかけていった。
◇◇◇◇◇◇◇
太陽が中天に登った。
頭上の葉の間から見える空は青く、気温も高くなった。
その時、
(お……?)
僕らの進路上に、森の景色に溶け込むような小屋が見えた。
森小屋だ。
森に入った人たちが誰でも使える無人小屋が、このアルドリア大森林には何個か設置されているんだ。
時間的にも、休憩にはちょうどいい。
僕は、ソルティスを見た。
彼女も同じことを考えたのか、こちらを見ていた。
「寄ってく?」
「そうね、そうしましょ」
「…………(コクッ)」
金髪の幼女も同意して、僕らは、その森小屋へと足を向けた。
…………。
小屋に、人の気配はない。
ガタゴト
鍵のない木戸を開いて中に入ると、少し埃っぽい室内が僕らを出迎えた。
小さな囲炉裏。
1段高い休憩用の床と、そこに置いてある布団代わりの毛皮の毛布。
土間の棚には、鍋や皿。
竈や空の水瓶もあって、棚の木箱には、火をおこせる『火の魔石』や水を生み出す『水の魔石』が2~3個、納められていた。
カシャッ
少し暗いので、ランタンを灯して柱に引っ掛けた。
「ふぅ」
ソルティスが床に座る。
3人で荷物を下ろして、軽く肩を回したりして、身体をほぐした。
モミモミ
ポーちゃんは、相方の少女の肩を揉んでやる。
うん、これがきっと2人の日常なのだろう。
ソルティスは「あぁ……効くわぁ……」なんて、年寄り臭いようなことを呟いていた。
それから、昼食だ。
食事は、アルセンさんのお弁当。
中身は、肉やサラダなどを挟んだサンドイッチだった。
うん、美味しそう……。
ソルティスがそれを取り出している間に、僕は、囲炉裏に火を灯して、小屋の備え付けの鍋と荷物として持って来ていた茶葉を使って、お茶を淹れた。
ちなみに、火と水は自前の魔石から。
小屋の魔石は非常用の備えだから、今回は使わなかった。
コポコポ
網で茶葉をこして、木製のコップに注ぐ。
「はい」
「あんがと」
モグモグ
差し出したコップを、ソルティスはサンドイッチを食べながら受け取ってくれた。
お茶を口に含む。
ムグムグ ゴックン
そして、一気に飲み込んだ。
豪快だなぁ……。
驚きつつ、ポーちゃんにもコップを渡し、自分の分のお茶も用意してから、僕もサンドイッチを頬張った。
モグモグ
(ん、これは美味しいや!)
香ばしいパンの風味に、しっかり味付けされた肉とさっぱりした野菜が絶妙のバランスで、それぞれの味を引き立たせていた。
さすが、アルセンさん。
ただのサンドイッチパンなのに、絶品だ。
お茶を片手に、夢中で食べた。
あっという間に、3人でサンドイッチを全て平らげてしまった。
(ふぅ……)
満足、満足。
アルセンさん、ソルティスの大食いもわかってたから多めに作ってくれてて、量も問題なかった。
プロの料理人の配慮って、凄いなぁ。
ソルティスも至福の顔だ。
それから、のんびり僕の淹れたお茶を飲みながら、食後の時間をまったり過ごした。
…………。
その穏やかな空気の中、
「マールのお茶、なんか、イルナ姉の淹れてくれるお茶と味が似てるわね」
と、ソルティスが呟いた。
ん……?
僕は彼女を見る。
ソルティスは両手でコップを持ちながら、何だか懐かしそうな顔だった。
僕は笑って、
「そうだね。淹れ方、イルティミナさんに教わったから」
「そっか」
「うん」
「マールのくせに、やるじゃない。……美味しいわ」
「ありがと」
少女のお褒めの言葉は、素直に嬉しい。
見れば、
グッ
ポーちゃんも、こっちに親指を立てた手を突き出していた。
(あはは……)
僕は、はにかんだ。
ソルティスは、そんな僕とポーちゃんを見つめる。
それから、
「あのね、マール」
「ん?」
「私が今回、マールを誘ったのってさ。実は、今回のクエストだけはどうしても成功させたかったからなの。それも、大成功って形で」
「……うん?」
妙な告白に、僕は目を瞬いた。
大成功したい?
今回のクエストだけは?
冒険者にとってクエストは、いつだって成功したいものだけど……彼女の言っていることは、それとは少し意味が違っている気がした。
思わず、その顔を見つめる。
ソルティスも視線を逸らさずに、
「あのね……実は今回のクエスト、ポーの『銀印の冒険者』への昇印がかかったクエストなの」
なんて言ったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(え……?)
僕は、青い目を丸くした。
思わず、ソルティスと見つめ合ってしまう。
その一方で、当事者のポーちゃんは我関せず、1人でコップのお茶をズズズ……と少しずつ飲んでいた。
え、えっと、
「そう、だったの?」
「うん。ほら、ポーももう15歳で成人してるから、実力的には問題ないし『銀印』になってもいいんじゃないかって、キルトがね、推薦してくれたの」
「…………」
「今回のクエストも、ギルドが指定した特殊クエストなのよ」
そうだったんだ……。
昇印の条件は、実績と特殊クエストの達成だ。
ポーちゃんの実績は充分だ。
何しろ、あのキルトさんより強い『神龍』でもあるんだし、実力は充分。
ただ、これまでは未成年だったのもあって、冒険者の実質的なトップとなる『銀印』の重責を背負わせるのは……って理由で、ずっと『白印』だった。
でも、ポーちゃんも成人した。
もう彼女の昇印を阻む理由はなくなったんだね。
そして、今回の特殊クエスト。
これが達成できれば……。
(うん)
僕は大きく頷いた。
「それは、是が非でも絶対に達成しないとね!」
「えぇ」
ソルティスも同意した。
「だからさ、マールに手伝ってもらいたかったのよ。空を飛べるマールがいたら、絶対に成功できるから」
「うん」
「それに、ギルドに文句を言わせないためにも成果も出したいの。それで、本来の倍の100リオンの『癒しの霊水』を持って帰ってやろうって思ってさ」
「そっか。うん、いいじゃない」
それなら、確実に合格だ。
頷く僕に、ソルティスも安心したように笑った。
彼女は、ポーちゃんを見る。
相棒の幼女は、でも、特に感慨はなさそうだった。
ソルティスは、
「ま、ポー本人は、あまり興味なさそうなんだけど……」
と苦笑する。
まぁ、ポーちゃんは人間社会の立場とか、あまり気にしないタイプだよね。
でも、うん、昇印は悪いことじゃないんだ。
だって、僕らはもう、神の子ではなく『人』として生きている。
その社会で生きているのだから。
…………。
もしかしてポーちゃんの実力なら、将来、『金印の冒険者』にだってなれるかもしれない。
僕は、そんな風にも思うのだ。
だけど、
「でも、今回のクエストって、そこまで難度高くないよね? それで選定していいのかな?」
とも思った。
だって『銀印』の昇印試験だ。
銀印っていうのは、金印は例外として、一般的な冒険者の到達できる最高地点なんだ。
なのに、霊水を持ち帰るだけ……?
そう疑問に思ったんだけど、
「アンタ、馬鹿ねぇ」
「え?」
「言っとくけど、アルドリア大森林・深層部って、生還率1割の魔境なのよ? 別に難度低い訳じゃないわよ」
と、呆れたように言われてしまった。
あ……そうだっけ?
僕も思い出す。
アルドリア大森林は、恵みの森。
でも、深層部は、人が踏み入れることのない危険な領域なのだ。
なぜか?
実は、アルドリア大森林・深層部には、夜になると数千、数万の『骸骨王』と呼ばれる高位の死霊体が大量発生するんだ。
日中は平和。
だけど、それに騙されて夜を迎えれば、奴らに殺されるのだ。
その情報は、実は、僕とイルティミナさんが生還するまでは、誰にも知られていなかった。
そう……。
知らずに探索に入って、夜を迎えた冒険者たちは全員、死亡したのだ。
だからこその生還率1割。
その森で生存できるのは、日中のみ。
たった半日。
その事実を知らなければ、大量の魔物によって殺されるのだ。
逃げる?
それも無理だ。
だって、上層部と深層部と間には、高さ100メードもある『トグルの断崖』が存在するのだ。
しかも崖は脆く、簡単には登れない。
その間に魔物に追いつかれ、殺されてしまう……。
…………。
僕とイルティミナさんは、たまたま安全地帯となる場所を見つけていたから、生き延びられたんだ。
そう考えたら、なるほど。
(確かに、銀印への昇印試験に相応しいクエストかもしれないね……)
そう思えた。
ちなみに『癒しの霊水』が湧いているのは、その安全地帯となる神殿の廃墟だ。
転生した僕が暮らした塔の神殿。
……うん、懐かしい。
感慨にふける僕に、ソルティスが言った。
「マールのおかげで深層部の情報は広まったけど、まだ危険な未知の領域なのは変わらないわ。だからこそ、特殊クエストに指定されたの」
「そっか、そうだよね」
「そうよ」
彼女は頷いて、
「でも、ま、私らなら達成できないはずないわ。油断しなければ、絶対にできる」
「うん」
「えぇ。だから、がんばりましょ?」
スッ
彼女は、拳をこちらに向けた。
僕は「うん!」と笑って、
コツッ
そこに、自分の拳を軽く合わせた。
少女も笑う。
ふと気づけば、そんな僕ら2人を、金髪の幼女は両手でコップを持ったまま、ぼんやりと見つめていた。
「…………」
水色の瞳を伏せる。
そして、そのコップを口に運ぶと、
ゴクン
残っていたお茶を、最後まで一気に飲み切ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ここで、お知らせ。
マールのコミカライズ第3話が、コミックファイア様にて公開されました!
URLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
漫画ならではの魅力たっぷりなマールとイルティミナを、どうか皆さん、ぜひご堪能下さいね♪




