681・昔馴染みの少女
第681話になります。
よろしくお願いします。
馬車は街道を進んだ。
アルドリア大森林に行くなら、まず拠点としてメディスという街を目指す。
メディスの人口は、約5千人。
アルドリア大森林に面した地域最大の都市であり、実は6年前、転生した僕が初めて訪れた人の街でもあるんだ。
(……うん)
だから、ちょっと思い入れがある。
この6年間で、もうクエスト関連で何回か訪れてるんだけど、毎回、妙に感傷的な気持ちになるんだよね……。
今回も同じだ。
レグント渓谷を抜け、クロート山脈を越える。
行程は、王都から3日。
その間、馬車の窓から見える景色は今も変わらなくて、まるで、この辺だけ時間が止まっているみたいだった。
…………。
そうして続く3日間の旅。
その馬車の車内で、僕はようやくソルティスから今回のクエストの内容を聞いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――『癒しの霊水』の確保?」
僕は青い瞳を丸くして、その内容をおうむ返ししてしまった。
ソルティスは「そうよ」と頷いた。
足を組みながら座席に座る彼女は、窓枠に頬杖を突きながら、僕への説明を続けた。
「最近、高騰してるのよ」
「……癒しの霊水?」
「そ。――あの竜国戦争のあと、国民の防衛意識が高まってね。いざという時の備えとして、需要が高まったのよ」
「…………」
「でね? 今回、それを確保して欲しいって商業ギルドから依頼が来たの」
「うん」
「だから、今回は珍しく魔物討伐とかないんだけどさ。ま、私らは癒しの霊水が湧いてる場所も知ってるし、ちょっと稼ごうかなって思ったのよ」
「ふぅん、そっか」
ソルティスの言葉に、僕は頷いた。
癒しの霊水。
それは、ダンジョンの奥地などで自然に湧いている『回復魔法の力を秘めた光る水』のことだ。
転生した直後、僕はアルドリア大森林・深層部にある廃墟の中でそれを発見して、それを飲むことで生き長らえた過去もあった。
本来は飲み物じゃないんだけどね?
ちなみに、小瓶1つで約10万円。
結構なお値段だけど、現在は、その2~3倍の値がついているんだって。
……凄いね。
でも、仕方がない。
実はこの世界では『回復魔法』が存在するため、前世でよく聞く『ポーション』みたいな物が存在しないんだ。
いや、ない訳じゃない。
だけど、使っても、劇的に治らない。
そんなものに頼るぐらいなら『回復魔法』の方が手軽だし、お金もかからない。
だから、研究もされない。
なので、質の良いポーションも作られない……そんな悪循環だ。
…………。
言い換えれば、『癒しの霊水』こそがこの世界で唯一の天然採取される『ポーション』なんだ。
だから、高額になる。
でも、それでも『回復魔法』の方が、怪我や病気を治す力は上なんだけどね……。
ただ、後遺症もなく、ある程度の怪我や病気だったらちゃんと治せるから、いざという時の保険として所持しておくのは悪くない判断なんだ。
他にも、回復魔法と併用して、治療効果を高める方法もあるしね。
…………。
6年前も、それでクレイさんの右腕が治ったっけ。
クレイさん。
クレイ・ボーリングさん――彼は、当時、王都に向かう僕らの竜車を護衛してくれていた冒険者の1人だ。
でも、その道中、オーガの襲撃で右腕を千切られた。
それを治す際に、僕の持っていた『癒しの霊水』を使ってソルティスが回復魔法を行ったことで、無事、後遺症もなく繋げることができたんだよね。
うん、懐かしいなぁ。
ちなみに現在の彼の奥さんは、同じ護衛の1人だったエルフのシャクラさん。
今も僕の左腕に装備されている精霊の宿った『白銀の手甲』は、彼の右腕を治した感謝で、そのシャクラさんから贈られた物だったりするんだ。
(……うん)
人の縁って不思議だよね?
懐かしい気持ちになって、思わず手甲の表面を撫でてしまった。
…………。
あと、世間には知られてない情報だけど。
実は『癒しの霊水』の正体は、本来は『神の子』らのための神饌として『神々』がこの世界の大地に生み出した物だったんだ。
神の子らは、それ以外を口にはできない。
食べてしまうと、肉体が変質して、神性が維持できなくなってしまうんだ。
そして、ほぼ人間になってしまう。
……僕みたいに、ね。
(…………)
コホン
閑話休題。
その『癒しの霊水』集めが今回の目的だ。
(でも……)
僕は首をかしげた。
「ソルティス、僕がいると助かるって言ってたけど、ただ霊水を集めるだけなのに僕も必要なの?」
「ん、当たり前でしょ」
「…………」
「マール、空、飛べるじゃない。そうしたら、トグルの断崖だって楽々越えられるでしょ?」
「あ……」
そっか、そうだった。
癒しの霊水のあるアルドリア大森林・深層部に行くには、100メード近い『トグルの断崖』を降りる必要があるんだ。
上層に戻る時にも、当然、登らないといけない。
(でも、僕なら……)
うん、翼を生やして楽勝だ。
ソルティスは笑って、僕の顔を指差した。
「マールがいれば、他の誰もが苦労する1番の難所がなくなるのよ」
「うん」
「それに3人に増えれば、運べる癒しの霊水の量も増えるでしょ? つまり、報酬も増えるって訳……うひひっ」
「…………」
「だから、ね? アンタ、必要でしょ」
「ん、そだね」
僕は苦笑して、頷いた。
ソルティスも満足そうに笑って、僕に片目を閉じたんだ。
……うん。
なんか、やり手だなぁ。
別々に活動するようになって、それなりに月日が経つ。
彼女もパーティーリーダーとして色々な責任を背負って活動して、結果、とても逞しい女性になった気がするよ。
僕の中にある幼い少女。
でも、今、目の前にいるのは19歳の大人の女性だ。
そのギャップを感じる。
…………。
懐かしいような、寂しいような、何だか不思議な感じ。
「? 何よ?」
見つめる僕に、彼女は長い紫色の髪を揺らして、怪訝そうに首をかしげた。
僕は「ううん」と首を振った。
時間は流れる。
色々と変わるものもあるだろう。
でも、うん、変わらないものもあるとも思う。
例えば、
「何よ、変なマールね?」
なんて、不思議そうに呟く彼女の表情は、昔の彼女にそっくりだった。
それに、つい笑ってしまう。
そんな僕に、彼女はキョトンとしていた。
そして、僕とソルティスが会話している間、彼女の隣にいたポーちゃんは一言も喋らずに、ただ僕らのやり取りを見ていた。
と、その口が動く。
「やはり、ソルは楽しそうだ」
小さな声。
車内の喧騒にかき消されて、ソルティスには聞こえなかったみたいだ。
僕も聞くというよりは、こちら側だから見える『口の動き』からそうわかっただけだった。
(…………)
僕は微笑み、瞳を伏せる。
ゴトゴト
馬車は揺れ、街道を進んでいく。
…………。
やがて3日間の旅を終えて、僕、ソルティス、ポーちゃんを乗せた馬車は、メディスの街に到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ようこそいらっしゃいました」
恰幅の良い宿の主人が僕らを出迎えた。
アルセン・ポークさん。
メディスの街で『アルセンの上手い飯』という宿屋を経営していて、この街に来るたび、この宿には何度もお世話になっているんだ。
そして、彼はとても料理上手。
もしかしたらイルティミナさんより上手かもしれなくて、僕らは全員、彼の料理に胃袋を掴まれちゃったんだよね。
ちなみに6年前、僕が異世界で初めて泊まった宿屋もここ。
それ以来、僕はいつもここに泊まっているんだ。
僕らも笑って、
「こんにちは、アルセンさん」
「今回もお世話になるわね」
「…………(コクッ)」
と、挨拶した。
彼も穏やかに笑って、すぐに宿泊手続きをしてくれた。
店内を見る。
1階の食堂では、何人も食事をしていた。
うん、いい匂い。
みんなも美味しそうに、満足そうに料理を食べていて、その姿から冒険者が多いように思えた。
まぁ、ここ、冒険者の宿だしね?
店の奥には、依頼書の掲示板もあった。
そう眺めていると、
「部屋は、2部屋、ご用意しますか?」
と、アルセンさん。
ソルティスは少し考え、首を左右に振った。
「1つでいいわ」
(え?)
僕は振り返った。
気づいたソルティスに、聞く。
「いいの?」
「何で?」
「…………」
「そりゃ、イルナ姉もいたら気を遣って、2部屋、取るけど。でも、マール1人でしょ? 部屋代だって、1つの方が安いじゃない」
「それはそう、だけど」
「はぁん?」
紫髪の少女は、半眼で僕を見つめた。
小さく笑って、
「何よ? もしかして、男女だからとか意識してる?」
「…………」
そりゃ、多少はね。
ソルティスはクスクス笑った。
「アンタ、馬鹿ねぇ。別にこれまでだって、何度もクエストで一緒の空間で寝てたじゃない。今更でしょ?」
「……うん」
「何、まさか私を襲う気?」
「まさか」
そんなことしないよ。
ソルティスは魅力的な女の子だけど、イルティミナさんの大切な妹だ。
僕にとっても、大事な仲間。
ソルティスは頷いた。
「でしょ? なら、問題ないわ。ポーだっているんだし」
「そっか、うん」
「もし変な気起こしたら、ポーに殴られるだけよ? それとも、殴られてみる?」
「あはは……ううん、やめとくよ」
僕は苦笑した。
ソルティスも「賢明ね」と笑った。
その後ろで、
シュッ シュッ
金髪の幼女は、なぜか無言でシャドーボクシングをしていたりした。
「…………」
「…………」
僕とソルティスは、それを見る。
2人で顔を見合わせ、アルセンさんも一緒になって、つい、みんなで吹き出すように笑ってしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
宿の料理は、やっぱり最高だった。
それを満喫した僕ら3人は、翌日に備えて、すぐに部屋に戻って眠ることにした。
「ふぅ……」
ちょっと膨らんだお腹を押さえて、ソルティスはベッドに座る。
シャツとズボン姿だ。
当然、装備は脱いである。
柔らかそうな癖のある紫色の長い髪が、照明の灯りに艶やかに輝きながら、その背中で揺れていた。
(…………)
やっぱり美人だな、と思う。
最近の彼女は、大人の色気みたいなものが強くなった。
(……当たり前か)
だって、ソルティスはもう19歳なのだから。
あと約半年で、20歳。
それはもう、僕が初めて出会った時のイルティミナさんと同じ年齢なのだ。
「ん? どったの?」
僕の視線に、彼女が気づいた。
僕は「ううん」と笑った。
見た目と年齢は近くなったけど、中身にはまだ差がありそうだ。
…………。
それに少し安心している自分もいた。
そんな自分に、内心で少し苦笑してしまう。
ソルティスは「???」と怪訝そうに僕を見ていたけど、すぐに肩を竦めて興味を失ったみたいだ。
ポテン
仰向けにベッドに倒れる。
拍子に、大きく育った胸がポヨンと跳ねた。
……うん。
(そういうとこだぞ?)
紳士な僕は、すぐに視線を外した。
と、その先にポーちゃんがいた。
水色の瞳は、僕の顔をジッと見つめてくる。
「? 何?」
「…………」
フルフル
彼女は首を振る。
そして、ベッドに近づくと、相方のソルティスのお腹が冷えないように毛布をかけてあげていた。
「あんがと、ポ~」
目を閉じて笑うソルティス。
ポーちゃんは、同じベッドに座って、ポンポンと彼女のお腹を叩いた。
それから僕を見る。
クイッ
と、幼い手が手招き。
(?)
近づくと、ポーちゃんが立ち上がって、代わりに僕をその場所に座らせた。
え……えっと?
困惑していると、
ナデナデ
ポーちゃんは、今度はソルティスの紫色の髪を優しく撫でた。
「ん……」
目を閉じたまま、心地好さそうな少女。
ポーちゃんが、また僕を見た。
そして、僕の手を取ると、それをソルティスの頭の方へ誘導する。
「…………」
「…………」
え?
撫でろってこと?
目を丸くする僕に、ポーちゃんはコクリと頷いた。
(…………)
僕は、ソルティスを見る。
彼女は目を閉じたままで、多分、ベッドに座っているのが僕に代わっているのにも気づいてない様子だった。
満腹で、眠気も強そうだ。
すると、
「ポォ……?」
と、催促するような声を漏らした。
ペシ
ポーちゃんが、困惑する僕の背中を急かすように叩いてきた。
(……もう)
僕は諦めた。
ゆっくりと手を伸ばして、少女の髪に触れる。
柔らかい。
頭皮の熱も伝わって、手のひらも温かい感じだった。
…………。
とりあえず、イルティミナさんにしているみたいな感じで、その髪を優しく労わるように撫でてみた。
「んん……」
ソルティスが小さく身じろぎする。
でも、心地好さそうだ。
僕も、彼女の髪は手触りが良くて、触っていて少し楽しかった。
しばらく撫でる。
ソルティスは小さく笑って、
「ふふっ……何か、今日のポーの撫で方、いつもより優しいわね?」
「…………」
「でも、悪くないわ……」
と、吐息をこぼした。
そして、何気なく、彼女は目を開けた。
……あ。
目が合った。
「…………」
「…………」
「……マール、アンタ、何してるの?」
「え、えっと……」
僕は返事に困った。
代わりに僕の後ろで、なぜかポーちゃんがVサインをしていた。
それを見つけるソルティス。
数秒後、彼女は「はぁぁ……」と長く嘆息した。
それから、
「ま、いいわ」
「え……?」
「結構、気持ち良かったからさ。マール、そのまま続けてよ」
と、再び目を閉じた。
え? え?
1発殴られるかと思ってたのに、びっくりだ。
「早く」
「あ、うん」
僕は慌てて頷いた。
すぐに、また手を伸ばして、ソルティスの紫色の長い髪を撫でてやった。
…………。
何してるんだろう、僕?
申し訳ないような、気恥ずかしいような、そんな不思議な感情だよ……。
「…………」
「…………」
でも、嫌じゃない。
ソルティスも同じなのかな? 彼女も何も言わなかった。
しばらくそうし続けた。
…………。
やがて、ふと気がつくと、
「すぅ……すぅ……」
ソルティスは穏やかな寝息をこぼして、そのまま眠ってしまっていた。
その寝顔を見つめ、
(…………)
僕も手を離した。
静かに吐息をこぼす。
すると、ポーちゃんが僕の耳元に口を近づけて、
「ありがとう、マール」
と囁いた。
幼女を見る。
金髪の幼女は、ソルティスの寝顔を優しく見つめていた。
僕もそれを見て、
「……ううん」
と、淡く微笑んだ。
それから部屋の照明を消して、僕とポーちゃんも自分たちのベッドに潜り込んだ。
横になったまま、
「…………」
月明かりの中、自分の右手を見つめた。
まだ、感触が残っている。
キュッ
それを握って、僕もまぶたを閉じた。
2人の寝息が聞こえる。
……うん。
それを子守唄のように感じながら、僕も静かに眠りの世界へと落ちていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
また、マールのコミカライズ第3話が12月14日の木曜日に更新予定です。
URLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
もしよかったら、皆さん、どうか読んでやって下さいね♪




