679・もう1つの貌
第679話になります。
よろしくお願いします。
「今回はご苦労であったの、2人とも」
報告に訪れた僕とイルティミナさんに、キルトさんはそう労いの言葉をかけてくれた。
王都に帰還して、2日目。
すでにレクリア王女には初日に報告していて、ゆっくり眠った翌日、つまり今日は『キルトさんの部屋』を訪問したんだ。
リビングのソファーに座って、僕らは談笑だ。
僕は片手でアイスココアを飲みながら、もう1つの手を左右に振った。
「ううん、全然、苦労しなかったよ」
「ふむ?」
「だって、アーゼさんたちがほとんどの魔物を倒したんだもの。僕が倒したのは、たったの20体ぐらいだけだよ」
と、告白した。
あの戦いで、僕は終始、4人の神殿騎士に守られていた。
4人は本当に強くて、僕への魔物の接近をほぼほぼ許さなかったんだ。
まるで、お姫様扱いだよ。
神々の敬虔な信徒だからこそ、神の眷属である僕に過保護になるのはわかるんだけど……でも一応、僕、冒険者としてあそこに行ったはずなんだけどね?
(なんか困っちゃうよ)
と、僕は、少し複雑な笑顔だ。
イルティミナさんも頷いて、
「私も、アーゼのおかげで楽をさせてもらいましたね。正直、マールと2人だけでしたら、かなり苦労をしていたでしょう」
「そうか」
「神殿騎士の実力、改めて思い知りました」
「うん、そうだね」
「ふむ」
彼女の言葉に、僕とキルトさんもそれぞれに頷いた。
王国最強の1角。
『神殿騎士団』は確かにそう呼ばれるだけの存在なのだと、今回の件で認識し直したよ。
そんな僕らを見て、
「なるほど。良い刺激になったようじゃの?」
「うん、とっても」
「はい」
僕らの答えに、銀髪の美女は「そうかそうか」と笑っていた。
そのあと、今後についての話も聞かされた。
リッチが討伐された『太陽の墓所』では、後日、聖シュリアン教会が大規模な『鎮魂の儀』を行うことが決まったそうだ。
魔物の出現で生まれた穢れを、それで祓うんだって。
それが終わったあとで、管理人も戻り、遺族の人たちのお墓参りの許可も再開されるそうだ。
ともあれ、これで王国と教会は、共に責任を果たしたことになる。
ちなみに、リッチが生み出された原因は、やはり貴族霊廟の管理不足だったそうだ。
調査によれば、石棺の中の遺体が虫や獣などに食い荒らされていて、故人の安らかな眠りが妨げられたことで怨念が集まり、偶発的にもリッチが生まれたらしい。
その貴族家には、処罰が下されるそうだ。
(そっか……)
お墓の管理も大変だと思うけど、疎かにしちゃいけないよね。
キルトさん曰く、
「こうなる前に、王国か教会に霊廟の管理を委託すればよかったのじゃがの。家格や評判は下がるが、しかし、それを嫌ったことでより大きな災難を生んでしまったのじゃ」
「……うん」
「全く……貴族らしいですね」
僕は頷き、イルティミナさんは呆れた声だった。
キルトさんも苦笑し、頷いていた。
…………。
そんな一時を過ごしてから、僕ら夫婦はキルトさんの部屋をあとにすることにした。
玄関へと移動して、
「そなたら、このあとはどうするのじゃ?」
と、キルトさん。
僕ら夫婦は顔を見合わせ、笑った。
キルトさんを見て、
「デートだよ」
「はい。マールが新調した画材を試したいと、私をモデルに絵を描いてくれることに……ふふっ」
「えへへ」
「そうか、相変わらず、仲が良いの」
僕らの様子に、部屋主のお姉さんは苦笑いしていた。
その時、
「あ、そう言えば、キルト?」
「ん?」
「聖シュリアン教会に今回の情報が漏れていた件、何か理由がわかりましたか?」
あ……。
自分の奥さんの言葉に、僕もハッとした。
情報漏洩。
それは、あまりよろしくないことだ。
だから、その件については、昨日、レクリア王女に会った時に伝えてあって、そうしたら、すでにキルトさんが調べているとの返答をもらっていたんだ。
その調査結果、どうなっているんだろう?
僕も、キルトさんを見た。
キルトさんは「おお、そうであったな」と呟いた。
それから、僕を見る。
「…………」
「?」
え、何……?
視線の意味がわからず、僕は戸惑った。
イルティミナさんも「キルト?」と長い髪を揺らして、首をかしげていた。
キルトさんは黄金の瞳を伏せ、
「そうじゃな。今日のデートは、大聖堂の庭園などがいいじゃろう」
「え?」
「景色も良いしの」
「…………」
「…………」
「きっと、そこに行けば答えがわかるじゃろう。……全く、アヤツも楽しんでおったな?」
最後の言葉は、独り言みたいだった。
えっと……。
僕とイルティミナさんは、顔を見合わせてしまった。
でも、そこに行けば答えがわかる――そう言うのならば、足を運んでみようか。
(うん)
僕ら夫婦は頷いた。
キルトさんは笑って、
「良き絵が描けると良いの」
と、手を振りながら、部屋を出る僕らを見送ってくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
今日の天気は快晴だ。
夏の青空には、太陽が燦々と輝き、遠くには白く育った入道雲が見えていた。
気温は高め、かな?
そんな中、画材道具を背負った僕は、イルティミナさんと一緒に王都の通りを歩いていく。
やがて、大聖堂前へ。
女神シュリアン様の大きな像に、2人で手を合わせる。
「…………」
「…………」
それから顔をあげ、隣の奥さんと笑い合うと、そのまま小道を抜けて大聖堂裏の庭園へと向かったんだ。
美しい芝生の庭。
季節柄、緑の木々や花々は、強い生命力に満ちていた。
庭園のベンチでは、談笑している人たちもいる。
うん、いい景色。
僕とイルティミナさんは、ちょうど木陰になっている芝生に直接座って、そこで僕はスケッチブックを広げた。
正面に座ったイルティミナさんがはにかむ。
長い髪が、涼やかな風に揺れる。
……美人だなぁ。
ついつい見惚れてしまった。
いったいいつまで僕は、彼女の美人さに魅了され続けるんだろう? 長く一緒にいるけど、全然、終わりが見えないや。
(うん!)
その美しさを、少しでも絵にしよう。
僕は、先日買ったばかりの絵の具と筆を取り出した。
ふふっ、楽しみ。
どんな色が出るのか、どんな描き心地か、ワクワクが止まらなかった。
「じゃあ、描くね?」
「はい」
「疲れたり、大変になったらいつでも言ってね。無理しなくて大丈夫だから」
「はい、ありがとう、マール」
「ん」
微笑むイルティミナさんに、僕も笑った。
それから、自分の奥さんをモデルにして、僕はスケッチブックに筆を走らせ始めた。
シャッ シャッ
最初は薄墨で軽く輪郭を……。
それから、薄い色を重ねながら、少しずつ整えて……。
うん、いい色……。
あ、イルティミナさん、素敵……。
うん、うん……。
…………。
気がついたら、あっという間に1時間が経っていた。
(ふぅ……)
少しだけ息を抜く。
ちょうど、一区切りといった段階だ。
それがわかったのか、イルティミナさんも少し気を抜いたように姿勢を崩して、僕へと笑いかけた。
僕も微笑みを返そうとして、
(あ……)
その時、奥の草木の陰から白い神官衣の女性が顔を出した。
表情の変化で、僕の奥さんも気づく。
彼女の振り返った先で、
「こんにちは。良い絵が描けておりますか?」
その美人神官さんは、柔らかに微笑んだ。
僕も笑った。
「アルゼリアさん」
「はい。――お久しぶりですね、マール様、イルティミナ様」
「うん」
「どうも」
僕は頷き、イルティミナさんは軽く会釈して返事をした。
せっかくなので、少し休憩だ。
アルゼリアさんは美しい微笑みを湛えながら、僕が描いている途中のスケッチブックを覗き込んだ。
その蒼い瞳を丸くして、
「まぁ、素敵ですね……」
と、感心してくれる。
えへへ、ちょっと嬉しい。
僕は「ありがとうございます」と照れ笑いを返して、イルティミナさんも夫の絵が褒められ満更でもなさそうな顔だった。
アルゼリアさんは、その絵を見つめる。
それから僕を見て、
「……やはり、マール様はこのような時間を過ごされるのが似合っておりますね」
「え?」
「戦う姿も素敵でしたが、今の方がお好みでしょう?」
「…………」
「今回のことではお疲れでしょうから、どうかゆっくりなさってくださいね」
そう言いながら表情を緩ませた。
美しい微笑み。
まるで大輪の花が咲いたような優雅で上品な笑顔だった。
フワッ
その時、彼女の匂いがした。
(あれ……?)
いつもの花の香り、香水の匂いじゃない。
純粋な人の匂い。
生々しい肉と汗の混じった人間らしいアルゼリアさん本人の香りだった。
でも、その香りに覚えがあった。
え……。
それって、でも……。
(え、なんで?)
だから、僕は混乱する。
そんな僕に気づいて、イルティミナさんは「マール?」と心配そうな顔になった。
でも、アルゼリアさんは微笑んだまま。
蒼い瞳が、僕を見つめる。
その豊かな胸に片手を押し当てて、
「神狗様が好きだとおっしゃってくれたので、今日は香水で隠さずにおります」
「!」
「は……?」
僕は目を見開き、イルティミナさんは怪訝な顔だ。
女神官さんは、
クスッ
小さくはにかむと、ウィンプルの端を摘まみ、それで目元を隠した。
口元だけが見える。
はうあっ!
見覚えのある口元に、僕は硬直した。
イルティミナさんも気づいたのか、「まさかっ」と小さく息を呑んでいた。
そこで気づく。
(え……ちょっと待って?)
キルトさんの動きについて、聖シュリアン教会が把握したのって……。
つまり、その情報漏洩したのって……。
まさか……まさか……。
僕は、顔面蒼白だ。
そんな僕に、アルゼリアさんは少し申し訳なさそうに微笑みかけた。
でも、何も言えない。
言葉が出ない。
逆にイルティミナさんは、その美しい女神官さんを睨みつけ、どこか悔しそうな表情だった。
ハラリ
ウィンプルから指を離して、目元が現れる。
蒼く美しい瞳。
それが優しく細められて、
「いつか、私のこともマール様に絵に描いてもらえたら嬉しいです。そんな日が訪れることを、どうか楽しみにしておりますね」
「…………」
「…………」
「それでは、これにて失礼いたします」
そう会釈する。
そうしてアルゼリアさんは――いや、2つの名前を持つ彼女は、姿勢正しい歩き姿で庭園を去っていった。
残された僕ら2人は、呆然だ。
陽光だけが降り注ぐ。
…………。
やがて、僕は息を吐いた。
僕らに見せたあの凛々しく勇ましい姿の裏には、もう1つのあんな日常の顔があったのか……。
まるで狐に抓まれた気分だよ。
「なんか……やられたね」
「はい」
僕の言葉に、イルティミナさんも頷いた。
顔を見合わせる。
どちらからともなく、お互い苦笑いしてしまった。
女神官の去った方を見る。
すでに美しき聖職者である彼女の姿はなくて、そこには、ただ穏やかな庭園の景色だけが広がっていた――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
神殿騎士編も今回で最終話となりました。最後までお読み頂き、本当に感謝です。
次回からまた違う話が始まりますので、よかったら、どうかまた読んでやって下さいね。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
マールのコミカライズも連載中です。
URLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
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