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677・太陽の墓所

第677話になります。

よろしくお願いします。

「うわぁ……」


 僕の目の前には、夕日に染まった草原の丘があった。


 そこには、数えきれないほどの膨大な墓標や墓碑などが並び、それが遥か地平の果てまで続いていたんだ。


 なんて広さだろう……。


 さすがに王都とは言わない。


 けれど、数万人規模の都市がすっぽり入るほどの敷地面積があったんだ。


 一応、敷地の境として、高さ2メードほどの金属製の黒い柵で墓所全体が囲われている。


 魔物や野生動物の侵入を防ぐためだろう。


 竜車を降りた僕とイルティミナさん、アーゼさんたち神殿騎士の5人は、その柵に作られた門扉を潜って『太陽の墓所』の中へと入っていった。


 …………。


 一見すると、綺麗な墓所だ。


 草原は美しく、静謐な空気は死者たちの眠りを守っているように感じる。


 けれど、


(……あ)


 遠い草原に、蠢く影があった。


 アンデッドだ。


 近くの墓標が倒れ、土が返されている場所があった。


 多分、そこに眠っていた死体が、リッチの魔法によってアンデッドとして蘇らせられてしまったんだ。


「…………」


 なんてことを……。


 僕は唇を噛む。


 イルティミナさんも険しい表情だ。


「放置しておけば、更なる死者の眠りも妨げられるでしょう。何としても、リッチを倒さねばなりませんね」


「うん」


 僕は大きく頷いた。


 …………。


 視線を巡らせれば、赤い草原に何体ものアンデッドが見つかった。


「ここはお任せを」


 アーゼさんが告げ、首から提げられた聖書を持つ。


 ガシャッ


 他4人の神殿騎士も同じ行動をした。


 そして、彼女たちは声を揃えて朗々とした祝詞を唱え始めた。


 ピリッ


(ん……)


 何かの力を感じる。


 ピリピリ


 それは徐々に強まり、見れば、彼女たちの持つ聖書が白く清浄な輝きを放っていた。


 ブワッ


「!」


 5人の神殿騎士を中心に、白い風が吹いた。


 それは草原を揺らして、同心円状に広がり、あちこちにいたアンデッドたちにまで到達した。


 ボッ


 途端、アンデッドが白い炎に包まれた。


 動く死体たちは燃えながら、けれど苦しんだ様子もなく、ただ動きを止めてその場に立ち尽くしていた。


(…………)


 その表情は、安らいでいるようにも見えた。


 やがて、膝から崩れる。


 まるで操り人形の糸が切れたみたいだった。


 そして、その白い炎の中で、その肉体は燃え尽くされて黒い粒子となり、それも炎の中で消えてしまった。


 清らかな白炎は消える。


 その彷徨える魂たちが天に召されたのだと、僕らにはわかった。


「お見事です」


 イルティミナさんが短く称賛した。


 死者の浄化。


 与えられた苦しみから解放させる優しく美しい魔法の力だった。


(……うん)


 僕は手を合わせた。


 イルティミナさんもそれを見て、同じようにしてくれた。


 青い目を伏せて、


(どうか彼らに安らぎを……)


 神界におられる神々に、そう願った。


 そうして願う間も、夕日に赤く染まった草原には、神殿騎士たちの美しい祝詞の声が朗々と響き渡っていた――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「夜になれば、更なる死霊が現れるでしょう」


 浄化を終えて、アーゼさんはそう言った。


 昼は、生者の時間。


 でも、夜は、死者の時間。


 太陽が隠れたあとは、その闇の中に、グールやゴーストといった死霊系の魔物も出現するようになるんだって。


 グールは、食人鬼。


 死者の肉と土によって生まれる魔物だそうだ。


 姿は人型だったり、狼などの動物だったり、それらと全く違う姿だったりする。


 そして、ゴーストは幽霊。


 それも、悪霊だ。


 人に触れることで生気を奪い、死に至らしめる危険な存在。


 特に、こちらは実体がないので、壁もすり抜けるし、普通の武器では通用しないのも厄介なところだ。


 グールもそう。


 実体はあるけど、普通の武器では死なない。


「それらを倒すには魔法を使うか、あるいは魔法の力を宿した武器を使うしかありません」


 と、アーゼさん。


 僕は「うん」と頷いた。


 カシャッ


 腰に提げた剣の1本、タナトス魔法武具である『大地の剣』の柄に触れた。


 この剣なら、幽霊も倒せる。


 それは、2年ほど前、ドル大陸のヴェガ国で『獣神の霊廟』にいた5人の凶王という悪霊との戦いで確認済みだった。


 アーゼさんも頷いた。


「その剣ならば、大丈夫でしょう」


「うん」


 とはいえ、僕の剣技は二刀流だ。


 もう1本の『妖精の剣』が使えないのは、正直、痛い。


 いや……最悪、神武具で『神化』すればいけるかも?


 でも、重さや形状が変わってしまうので、やっぱり難しいかもしれないかな。


 チラッ


 僕は、イルティミナさんを見る。


 彼女が手にしている『白翼の槍』も、もちろんタナトス魔法武具だ――あちらも問題なかった。


 視線が合って、


 ニコッ


 彼女は余裕ある美しい微笑みを返してくれた。


 僕も微笑む。


 それから、アーゼさんたちの剣を見て、


「アーゼさんたちの剣は、大丈夫なの?」


「はい。これは神錬石と呼ばれる清浄な鉱石を用い、作成時にも神言と祝詞を唱え、『退魔の剣』として作られておりますので」


「へぇ、そうなんだ?」


 なんか格好いい。


 でも、そっか。


 考えたら、彼女たちは聖職者なんだから死霊に関しては専門家なんだ。


 その武器が普通の訳がない。


 それに彼女たちは剣以外にも、魔法のための杖や、先程の浄化に使った聖書も所持していた。


 うん、何の隙もない。


 僕は笑って、


「アーゼさんたちがいてくれて、本当に頼もしいです」


 と、正直に伝えた。


 アーゼさんの口元も微笑む。


「神狗様の期待に応えられるよう、我らの全霊をかけまして事に当たりましょう」


 カシャン


 その胸に拳を当てて、宣言した。


 その後ろで、他の4人の神殿騎士たちも、カシャンと同じ動作を行った。


(うん)


 本当に心強いや。


 と思ったら、


 ツン


 僕の服の袖が引かれて、


「私も、アーゼたちに負けるつもりはありませんよ? その、私にも期待をしてくれますか……?」


「…………」


 イルティミナさんに見つめられて、僕はキョトンだ。


 すぐに笑って、


「うん、もちろん。イルティミナさんのことも頼りにしてる」


「あ……」


 彼女は安心した顔だ。


 すぐに「お任せください、マール」と嬉しそうに頷いた。


 ……可愛いなぁ、僕の奥さん。


 戦いの前なのに、少しほっこりしてしまったよ。


 …………。


 なんて一幕もありつつ、僕らはたくさんの墓標の並んだ『太陽の墓所』の奥へと進んだんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 草原の墓所には、墓標以外にも、いくつかの建物があった。


 1つは、管理人の家だ。


 この『太陽の墓所』を清掃したり、管理するための人が暮らしているんだって。


 教会の『鎮魂の儀』は、月1回、派遣された神官が行っているそうで、それとは別に常駐の管理人がいて、その家では、管理人が家族と共に暮らしていたそうだ。


 ただ、現在は無人。


「リッチなどが出現したので、一時的に避難したそうです」


「そっか」


 奥さんの説明に、僕は安心して頷いた。


 無事でよかった。 


 そして、民間人がいないなら、僕らも気兼ねなく戦える。


 ちなみに、遺族などがお墓参りに来ることもあるんだけど、現在はそれも王国が事件解決まで止めてくれているそうだ。


 うん、ありがたいね。


 そして、墓所にある他の建物が『貴族霊廟』だそうだ。


 数は、50~60はあるかな?


 それぞれが王国の貴族家の霊廟となっていて、その内の1つで、強力な悪霊の魔物リッチが生まれてしまったんだ。


(…………)


 厳かに建ち並ぶ霊廟に、僕ら7人は近づく。


 ……何だろう?


 墓所自体は清浄な雰囲気なのに、この区画だけ、妙に重苦しい空気を感じる。


 何だか嫌な感覚だ。


 忌避感……といえばいいのかな?


 多分、濃密な死の気配に、生者としての本能が反発している感じだった。


 ザッ ザッ


 草原の中、いくつかの霊廟の前を通る。


 ザッ


 そして、その1つで足が止まった。


「…………」


「…………」


「…………」


 誰かが止めた訳ではなく、全員の足が自然と止まってしまったんだ。


 皆で、その霊廟を見る。


 ただの石造りの建物。


 荘厳な彫刻が施され、静謐な佇まいだ。


 だというのに、そこからは、なぜか黒い気配が溢れて、周囲よりも暗く見え、そばに立っているだけでも不快な感覚が1番強く感じられたんだ。


 僕は言う。


「――ここだね」


 それは確信に近い。


「はい」


「間違いなく」


 一緒に霊廟を見つめる金印の魔狩人、神殿騎士団団長の2人も頷いた。


 カシャン


 全員がそれぞれの武器を構える。


 僕は『大地の剣』、イルティミナさんは『白翼の槍』、アーゼさんは『退魔の剣』、そして4人の神殿騎士は2人が『杖』、2人が『聖書』だった。


 僕は扉を開けようと、前に出る。


 けれど、それを遮るようにアーゼさんが手を伸ばした。


 彼女を見る。


 アーゼさんは微笑み、


「まずは私どもにお任せください」


「…………。うん、わかった」


「ありがとうございます。それと建物内の闇では、すでに死霊たちが生まれている様子ですので、ご注意を」


「うん」


 彼女の警告に、僕は頷いた。


 彼女も頷き、4人の神殿騎士を見る。


「よし行くぞ」


『はっ』


 彼らは唱和して答え、僕とイルティミナさんの前方で隊列を組んだ。


 その背を見守る。


 そんな僕の視線の先で、アーゼさんは重そうな金属製の大扉に手をかけて、力強く押した。


 ゴゴン


 低く軋む音が響く。


 そして金属の大扉は、少しずつ開いた。


 ブワッ


(!)


 瞬間、その隙間から大量の悍ましい空気が漏れてくるのを感じた。


 強い忌避感。


 この霊廟内では、いったい、どれほどの濃い瘴気のようなものが醸造されてしまっていたのだろう?


 その想像に肌が粟立ち、身体が震えた。


 グッ


 剣を握る手に力を込めて、その恐怖を抑え込む。


 扉が開いた先には、闇があった。


 その入り口付近だけを、赤い太陽の光が照らしていて……けれど、それも薄暗い闇にもうすぐ覆われようとしていた。


 夜が近い。


 その闇は、死者の世界。


 この霊廟の中は、その最深部だ。


「…………」


 ゴクッ


 僕は唾を呑んだ。


 そして、その闇の中へ。


 美しい銀色の鎧に身を包んだ5人の騎士を先頭にして、僕らは、まるで巨大な生物の体内に呑み込まれるように、その悍ましい内側へと踏み込んでいったのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。



マールのコミカライズも連載中です。


URLはこちら

https://firecross.jp/comic/series/525


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 普通のアンデッドでは相手にならない辺りは流石は除霊のプロフェッショナルですね。 頼りになるってモノです。 ……しかし、相手が誰であれ対抗心を燃やしてマールの…
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