675・キルトの依頼
第675話になります。
よろしくお願いします。
「あ、マール」
「お待たせ、イルティミナさん」
冒険者ギルド1階フロアで、待合用の椅子に座るお嫁さんと僕は合流した。
待たせちゃったかな?
そう心配すると「私も10分ほど前に来たばかりですよ」と、本当か嘘かわからないけど、彼女は微笑んでくれた。
それから僕の背負うリュックを見る。
「買い物は、無事できましたか?」
「うん」
僕は笑って、頷いた。
前から欲しかった物、補充しておきたかった物は無事に買えて、安かったのでつい衝動買いもしてしまったことを告白する。
彼女は「そうですか」とクスクス笑った。
それから僕らは、2人で冒険者ギルドをあとにする。
本当は帰る前に、ここまで来たんだからキルトさんにも挨拶しようと思ったんだ。
だけど、
「キルトは部屋にいませんよ」
「え?」
「私と話をしたあと、すぐレクリア王女に会いに王城に行ってしまいました」
「そうなの?」
僕は、ちょっとびっくりだ。
フットワークの軽さもそうだけど、多分、王女様への用事は、今回、イルティミナさんに話した内容に関わっているのだろう。
まさか、王家に連絡するほどの話だったとは……。
(…………)
か、買い物優先して、よかったのかな?
今更心配になる僕でした。
でも、そんな僕に対して、
「いいんですよ。王国の治安を守るのは、王家の役目。マールの役目ではありません」
「……う、うん」
「マールはまず自分自身の生活を第一に考えてくださいね。それを許さないというのであれば、相手がキルトであれ、王女であれ、この私が相手となりましょう」
「…………」
そう告げる瞳は、本気。
イルティミナさんの僕への愛情は、とても強くて深く重い。
それは時に、ちょっと怖いけど……。
(でも、嬉しい)
そこまで思ってもらえることは、やっぱり幸せだった。
キュッ
彼女の手を握る。
「ありがとう、イルティミナさん」
「ふふっ、いいえ」
心からの感謝に、彼女も優しくはにかんでくれたんだ。
…………。
そんな一幕もあったあと、僕とイルティミナさんは、我が家への道を歩いていった。
歩きながら、
「それで、キルトさんの話はどんなだったの?」
と聞いてみた。
さっきまではギルドの中で、たくさんの人がいたので話せなかった。
でも、今は人気のない道だ。
通りには、僕ら2人だけ。
仮に誰かが通りがかっても、そんな大声で話さなければ、特に気にもされないはずだった。
それもわかって、僕の奥さんも頷いた。
そして、言う。
「マールは『太陽の墓所』というのをご存じですか?」
「太陽の墓所?」
「はい。この王都の北東にある丘に、王国が管理する大規模な共同墓地があるのですが……その世間的な通称になりますね」
「へぇ……そうなんだ」
僕は、初耳だ。
彼女の説明によれば、その墓地には数十万人が眠っているとか。
凄い規模だ。
でも、それもそのはずで、その『太陽の墓所』には王都で亡くなった人のほとんどが埋葬されているそうなんだ。
王都の人口は、約30万人。
当然、亡くなる人も多くて、墓所自体も100年以上の歴史があるんだって。
(そりゃ……大規模にもなる訳だ)
ちなみに正式名称は、『王国管理共同墓所・北東区画』だそうだ。
長い名前だね……。
それは世の人々も思ったみたいで、だから、王都より東側の丘にあり、太陽が先に昇って照らす墓所だから『太陽の墓所』と呼ばれるようになったそうなんだ。
(ふぅん?)
その由来に納得して、僕は頷く。
それから、
「それで……その『太陽の墓所』がどうしたの?」
と首をかしげた。
イルティミナさんも頷いて、
「実は、まだ正式に王国には報告されていないのですが、その『太陽の墓所』で大量の死霊が発生したとの情報があるそうで……」
「大量の死霊?」
「はい。アンデッド、グール、ゴーストなどの死霊系の魔物です」
「…………」
「その原因は、上位系の死霊であるリッチの存在があるのでは……と、キルトは言っていました」
「リッチ……」
前世でも聞いたことのある名前だ。
色々な説もあるけど、確か、魔法も使う強力な悪霊……だったかな? そして、自分の手駒としてたくさんの死霊まで使役するんだ。
(…………)
なるほど、墓所の魔物っぽい。
そのリッチは、まだ未確認だけど『太陽の墓所』の貴族霊廟の1つに現れたようで、それを知ったその貴族がキルトさんに相談したそうなんだ。
さすが、キルトさん。
顔が広いね……。
それでキルトさんも色々と調べて、結果、
「私たちに『太陽の墓所』の出現した死霊の討伐を……特に根本原因となるリッチの討伐を頼まれました」
「そっか」
僕は頷いた。
故人の安らかな眠りを妨げる魔物。
遺族の人たちだって、そんな死霊が存在したら心穏やかでいられない。
僕は聞く。
「依頼、受けるよね?」
「そのつもりです。マールも構いませんか?」
「うん、もちろん」
「わかりました。キルトが仲介してくれているので、正式な依頼が後日、冒険者ギルドから届くでしょう。その時に、すぐ動けるように準備だけしておきましょうね」
「うん」
僕は大きく頷いた。
イルティミナさんも微笑み、頷きを返してくれた。
…………。
そうしてキルトさんの話の内容を聞きながら、僕らは家路を辿った。
そして、翌日。
我が家に、冒険者ギルドからの正式な依頼書が届いた。
依頼人は、シュムリア王家。
王国管理の墓所でのことだし、昨日、キルトさんがレクリア王女に会いに行ったことも関係あるのかもしれない。
何はともあれ、凄い手続きの早さだ。
「では、行きましょう、マール」
「うん」
装備と荷物を整え、僕らは家を出た。
即、その足で現地に向かいたいところだけど、王家が依頼人なので、僕らはまずレクリア王女に出発の挨拶をするために王城を訪れることになった。
◇◇◇◇◇◇◇
「どうか、よしなに。あとは頼みましたよ」
「はい」
「必ずや」
王城の空中庭園で、僕ら夫婦はレクリア王女と会うことができた。
王女様も19歳。
出会った頃とは違って、水色の髪も長くなり、身体つきも大人らしくなって、より神秘的なオッドアイの美女になっていた。
そんな彼女が微笑む。
どこか蠱惑的で、人を魅了する笑みだ。
…………。
いつか、彼女がシュムリア王国の国王となる。
それを思うと、うん……きっと凄い女王様になるんだろうなと、僕は予感してしまうんだ。
そんなレクリア王女との挨拶も済んだ。
本当は、すぐに現地に向かった方がよかったのかもしれない。
でも、王国にいる他の貴族たちに示しをつけるためにも、こういう形式的な挨拶が必要なんだそうだ。
今回は、貴族が関わる依頼。
問題のリッチが出現したのは、貴族の霊廟だと思われるからだ。
これは、ある種の不祥事なんだって。
太陽の墓所には民間人も埋葬されていて、その墓所を穢したのが貴族由縁の霊廟となれば、世間的批判も免れない。
だからこそ、王家も動いた。
それに対して、僕らもしっかり感謝と敬意を示して王家の権威を保ち、王国の安定を守らなければいけなかったのだ。
…………。
要するに、色んなしがらみがあって、こういう挨拶が必要になったってことだね。
本当ならレクリア王女も、挨拶なんて時間がもったいない、って思ってる気がするけど……。
ま、仕方がない。
僕とレクリア王女は視線を交わして、あ……ほら、お互いに小さく苦笑を浮かべてしまった。
僕の奥さんも微笑み、
「それでは、行って参ります」
と一礼した。
僕も、その隣で頭を下げる。
レクリア王女は、蒼と金のオッドアイでそれを見つめ、頷いた。
そして、言う。
「実は今回の件に関して、マール様、イルティミナ様の補佐として同行したいという人物の申し出がありました」
「え?」
「え?」
僕と奥さんは、思わず顔をあげてしまった。
王女様は、少し困った顔。
「わたくしの立場としても断ることは難しく、また充分にお2人の助けとなると判断いたしました。どうか、その人物の同行をお許しくださいましね?」
「……はぁ」
「わかりました。王女の命とあらば、お受けいたします」
「どうぞ、よしなに。そして、ご武運を」
美しい王女様は、柔らかに微笑んだ。
僕らは「はっ」と頭を下げる。
そしてレクリア王女1人を残して、花々の咲き誇る空中庭園をあとにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
庭園を出て、王女の侍女フェドアニアさんに案内されて廊下を進む。
高い天井。
フカフカの絨毯。
高価そうなシャンデリアが何個も吊り下げられた王城の通路を歩き、やがて、小さな広間に出た。
(あ……)
そこに、5人の騎士たちがいた。
僕とイルティミナさんは驚きに目を丸くする。
王国騎士じゃない。
美しい銀色の鎧に、剣と杖を腰に提げ、背には盾、首から鎖で提げられた聖書を手にした騎士――すなわち、聖シュリアン教会の神殿騎士たちだった。
その1人は、
「アーゼさん」
僕は思わず、その名を呼んだ。
兜から覗く口元で、彼女の紅い唇が美しい笑みを作る。
「はい、神狗様」
ガシャッ
彼女を先頭に、5人は胸に手を当て跪いた。
(はわわっ)
あ、相変わらずの反応だ。
敬虔な彼女たちだからこそ、神の子である僕への態度はあまりにも丁寧だった。
というか、
(なぜ、アーゼさんがここに?)
と、内心で首をかしげた。
すると、僕の奥さんが、
「私たちの補佐を申し出たというのは、もしや、貴方たちですか?」
「え?」
その予想に、僕は驚いた。
けれど、アーゼさんは立ち上がり、「いかにも」と凛々しく答えた。
カン
拳を鎧の胸に当てて、
「今回の件は、私たちの耳にも入った。神狗様が動かれるだろうこともだ。ならば、神の信徒として、その手伝いをしない訳にはいかないだろう」
「…………」
「…………」
「何よりも、相手は死霊。我らにとっては専門の分野だ。――必ず力になれると自負しております」
最後は、僕個人を見て言った。
そ、そう。
あまりに急に言われて、びっくりしてしまった。
と、そんな僕の耳に、イルティミナさんが美貌を近づけて、こっそりと囁いた。
「今回の件、神殿も1枚噛んできたようです」
「え……?」
「王国の共同墓地の管理は、表向きは王国となっておりますが、実質は聖シュリアン教会の管轄なのです。そこに王家と貴族の関係も加わって、今回の問題が起きた」
「…………」
「なので神殿側としても、虎の子の神殿騎士団長のアーゼ・ムデルカを送り込む事態になったのかと……」
「そ、そっか」
いわゆる、政治の世界だね。
それぞれの立場、面子があって、それが絡まった結果なんだ。
……大変だなぁ、社会って。
なんだか、遠い目になってしまう僕でした。
(…………)
でも、まぁ、悪い話じゃない。
少なくとも、神殿騎士が5人も助っ人に来てくれるのは、普通にありがたいことだった。
しかもその1人は、団長のアーゼさん。
うん、頼もしい。
だからこそ、レクリア王女もああ言ってたんだね。
僕は、アーゼさんを見る。
右手を出して、
「わかりました。どうか、よろしくお願いします、アーゼさん」
「はい、神狗様」
ギュッ
アーゼさんは嬉しそうに微笑み、僕と握手をしてくれた。
力強い手。
女の人としては、少しゴツゴツした鍛えられた手だけど、でも、それが僕にはとても綺麗だと思えた。
そこに彼女の人生が。
深く純粋な信心と敬虔な日々の証が感じられたんだ。
だから、僕も笑った。
それを見たアーゼさんは「あぁ……」と、悩ましい吐息をこぼした。
(?)
見れば、他の4人の神殿騎士も跪いていた。
え、何?
その反応に、僕は戸惑う。
イルティミナさんは5人の神殿騎士の様子を見て、ため息をこぼした。
アーゼさんを見て、
「貴方たちならば、マールを守るために全力を尽くしてくれると信頼はしていますが、しかし、それをマールの負担としないように気をつけてくださいね」
「無論だ」
「それならば、結構」
イルティミナさんも頷いた。
それから、かすかに真紅の瞳を細めて、声を低くする。
「ですが今回の件、どのようにして知ったのです?」
「む?」
「私が知り、キルトが動いたのは昨日の午後。教会側が貴方たちをねじ込むにしても、あまりにも手際が良すぎます。はっきり言えば動きが早すぎる……どこから情報を?」
「…………」
イルティミナさんの詰問だ。
冷たく重い圧がある。
4人の神殿騎士は、ピリッと空気を張り詰めさせた。
(えっと……?)
今回の件の情報が、どこかから漏れてたってこと?
国として情報管理は大事なことで、だからこそ、イルティミナさんとしてもその点を気にしてるのかな。
アーゼさんは無言だった。
チラッ
(ん?)
彼女はなぜか、僕を見る。
それからイルティミナさんを見直して、
「偶然だ」
「偶然?」
「そうだ。偶然だが、キルト・アマンデスが何かしら動いているという情報を手に入れた。それが昨日の午前。そして、その動きが何かを探り、今回の件を知った」
「…………」
「教会側に悪意はない。むしろ、神狗様にも何かあるのではと心配した結果だ」
「…………」
「そして、今、我々がここにいる」
神殿騎士団長は、真っ直ぐに金印の魔狩人を見つめていた。
声にも嘘はない。
彼女の態度からは、ただ誠実さだけが感じられた。
(うん)
僕は頷いた。
「信じるよ、アーゼさん」
「マール」
「神狗様……」
「大丈夫、イルティミナさん。アーゼさんは味方だよ。僕は、そう思う」
そう自分の奥さんに笑いかけた。
イルティミナさんは息を吐く。
アーゼさんは感動したように兜の奥の瞳を伏せて、かすかに身体を震わせた。
「わかりました」
僕の奥さんは、苦笑した。
「マールが言うのならば、私もこれ以上の追求はやめましょう」
「うん」
「アーゼ・ムデルカ。貴方がたも、どうかマールの信頼を裏切るような真似だけはしないでくださいね」
「無論だ」
ガシャッ
5人全員が胸の聖書に触れて、
「――戦の女神シュリアン様に誓おう」
と告げた。
それは最大級の誠意を示す約束の言葉だ。
僕は「うん」と頷き、それにはイルティミナさんも納得した表情だった。
僕の奥さんは頷いて、
「では、『太陽の墓所』へと参りましょう」
と宣言する。
僕とアーゼさん、4人の神殿騎士は頷いた。
そうしてその日の午前中に、僕ら7人は用意された竜車に乗って、王都ムーリアから北東方面の街道に出立したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ただ今、マールのコミカライズ第2話まで公開中です。
URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
画面の『WEB読みする』から、どうか楽しんで下さいね♪




