674・アルゼリアと歩く道
第674話になります。
よろしくお願いします。
あんなことがあったあとだ。
紳士な僕は、アルゼリアさんを心配して、大聖堂まで彼女を送っていくことにした。
「本当にすみません」
「ううん、気にしないで」
恐縮する彼女に、僕は笑った。
このあと僕は冒険者ギルド・月光の風に向かうつもりだったし、大聖堂はほんの少し遠回りになるだけだった。
だから、何も問題ない。
むしろ僕自身、このまま帰ると落ち着かないからね。
送らせてもらった方が安心なんだ。
なんて話をすると、彼女もようやく少しだけ安心したように微笑んでくれたんだ。
そうして、2人で通りを歩く。
…………。
一緒に並んでみると、アルゼリアさんは意外と背が高いことがわかった。
イルティミナさんと同じぐらい?
それと、歩く姿勢がとても綺麗だった。
体幹が強いというか、麗しい外見とは裏腹に、意外と鍛えられてるみたい。
あと、
(やっぱり美人だね)
すれ違う人の何人かは、彼女の美貌に気づいて目を奪われていた。
う~ん?
この現象、たまに僕の奥さんでも起きるんだよね。
イルティミナさんとアルゼリアさんは、何となく共通点が多い気がして、何だか不思議な感覚だった。
「? 何か?」
「あ、ううん。何でもないよ」
見ていることに気づかれて、僕は慌てて首を左右に振った。
彼女は小首をかしげる。
うん、その仕草も可愛い。
年齢的にはキルトさんと同じぐらいだと思うけど、若々しい美人過ぎて、全然、違和感がなかった。
そんな風に歩きながら、話をした。
どうやらアルゼリアさんは、園芸用の肥料を買いに来たらしくて、そこであの悪質なナンパに遭ってしまったそうなんだ。
何とも災難なことだ。
でも、彼女自身は、
「我が身の不徳です」
「…………」
だって。
本当に聖職者らしいよね。
ちなみに、こうした出来事は実は初めてではないんだって。
(え、そうなの?)
僕は驚いた。
でも、考えたら彼女は本当に美人で。
物腰も柔らかそうだし、積極的な男の人からは、ついつい声を掛けられ易いのかもしれない。
僕としては心配だ。
けど彼女は、
「きちんとお話すれば、皆様、わかってくださりますよ」
「そう?」
「はい。人を信じ、心を尽くし、誠心誠意、言葉を持って接すれば、何事もなく済んでおります」
「…………」
彼女の横顔は、本当に清らかだ。
それに、邪な心も浄化されてしまうのかな……?
でも、本当に?
中には、こちらの言葉を聞いてくれない人もいるんじゃないのかな。
僕も人を信じたい。
信じたいけど、やっぱり世の中には悪い人もいることを知ってしまった。
だから、不安になる。
そんな僕の表情に気づいたのか、
「大丈夫ですよ。これでも護身術も嗜んでおりますから、もしもの時には、それで切り抜けられますから」
「う、うん」
「それと、人を信じるとは盲目になることではありません」
「…………」
「信じるために疑うことも必要で、その悪心を知った上で、正しい道へと導きを与えることも私どもの務めでございます」
「…………」
「そして、そうした人の心の戦いに挑むことこそ、戦の女神シュリアンの御心なのですよ」
自信の胸元を押さえ、彼女はそう訴えた。
澄んだ瞳。
そこに燃える強い信心の輝き。
清廉な魂がそこに輝いているのだと、僕は魅入られたように彼女の美貌を見つめてしまった。
ニコッ
彼女は微笑む。
(あ……)
それで僕は、我に返った感じ。
あ、えっと……。
見惚れていたことが伝わって、何だか恥ずかしくなってしまった。
マゴマゴしている僕を、彼女は優しく見つめた。
それから話題を変えてくれるように、
「そう言えば、マール様はどのようなご用事で、この商業区に?」
と聞いてきた。
僕は「あ、うん」と頷いた。
それから今日は画材屋さんのセールの日で、たくさんの画材を買ったことを、背負ったリュックを見せながら説明した。
彼女は「まぁ、そうでございましたか」と興味深そうに頷いた。
それから周囲を見て、僕を見る。
「ところで、本日はイルティミナ様はご一緒ではないのですか? いつもご一緒にいられるような方と思っておりましたが……」
「あ、うん。そうなんだ」
僕は頷いて、
「実は今日は、キルトさんの呼び出しがあってね。あ、キルトさんって、僕の知り合いの元冒険者なんだけど、彼女はそっちの方に行っているんだ」
「キルト様というと……キルト・アマンデス?」
「うん。知ってるの?」
「もちろんです。むしろ王都でその名前を知らない人は、ほぼいないと思いますよ?」
彼女は、そう微笑んだ。
(それも、そっか)
ほんの数年前まで、それこそ10年以上、『金印の魔狩人』として王国を守ってきたんだ。
まさに、英雄。
そんなキルトさんを知らない王都民は、確かに少ないかもしれない。
そして、アルゼリアさんは大聖堂の関係者で、王城へとよく通るイルティミナさんがあの『金印の魔狩人イルティミナ・ウォン』だと気づいているだろう。
その関係からも『キルトさん』が『キルト・アマンデス』だと予想できたのかもしれないね。
僕も「そっか」と頷いた。
アルゼリアさんは、かすかに首を傾ける。
「それで……そのキルト様は、どのような理由でイルティミナ様を呼ばれたのですか?」
「さぁ……?」
「…………」
「僕もまだ知らないんだ。イルティミナさんが気を遣ってくれて、僕は買い物に出ちゃったから……。あとで教えてもらうつもりなんだ」
「そうですか」
僕の答えに、彼女は頷いた。
でも、口元に白い指を当てて、何だか考え込んでいる様子だった。
(???)
どうしたんだろう?
思ったより真剣な表情で、僕は少し驚いてしまった。
えっと、
「アルゼリアさん?」
「……あ」
僕の呼びかけで、彼女はハッとしたようだ。
柔らかく微笑み、
「すみません、何でもないのです」
「…………」
「ただ、あのキルト・アマンデスが用があるというのでしたら、何か大事なことがあるのかと色々考えてしまいました」
「……うん」
「はしたなきことを……お許しください」
そう頭を下げてくる。
僕は慌てて「ううん」と両手を振った。
確かに、あの『キルト・アマンデス』と『イルティミナ・ウォン』が関わってるなんて聞いたら、やっぱり気になるよね。
何か大変なことがあったのかもって、心配になるかもしれない。
だから僕は笑って、
「大丈夫。あの2人なら何かあっても、アルゼリアさんも王国も、みんな守ってくれるから」
「はい」
「もちろん、僕もがんばるよ」
「ふふっ、はい」
ようやく彼女も柔らかく微笑んでくれた。
それに僕も安心する。
2人で笑い合いながら、そんな風にして通りを歩いていった。
やがて、大聖堂に辿り着いた。
大聖堂前の入り口で、アルゼリアさんはこちらに丁寧に頭を下げて「ありがとうございました」と微笑んだ。
僕も「ううん」と笑った。
と、彼女の指が僕の額に触れて、
「女神シュリアン様のご加護があらんことを……」
「…………」
僕も目を伏せ、神官の祝福を受け入れた。
指が離れる。
アルゼリアさんは「それでは」と会釈して、大聖堂の中へと入っていった。
その背を見送る。
フワッ
その時、彼女の花の香りがして、それは柔らかく溶けていった。
(…………)
本当に不思議な人だな、と思う。
あの美貌のせいもあるのかもしれないけれど、どこか浮世離れしたような、俗世とずれているような存在に感じる時があるんだ。
何なんだろうね?
……まぁ、いいか。
僕もその場をあとにして、イルティミナさんのいる冒険者ギルドに向かうことにした。
ザワッ
その時、ふと周囲がざわめいた。
(ん?)
振り返ると、ちょうど美しい銀色の鎧の神殿騎士たちが大聖堂から出てくるところだった。
太陽光が鎧に反射して、キラキラと輝いていた。
人々が注目している。
僕も思わず、目を奪われてしまった。
そして今日は、その集団の先頭に、団長のアーゼさんの姿がないことに気づいた。
「…………」
ま、そういう時もあるか。
僕は深く考えず、周りの人たちと一緒に、街中へと向かう神殿騎士団の背中を見送った。
(……うん)
気を取り直して、僕は前を向く。
そうして大好きなあの人がいる冒険者ギルドに続く道を、1人、少し足早になって歩きだしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ついに、マールのコミカライズ第2話が公開されました。
URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
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マールとイルティミナの出会いのシーンですので、どうか皆さん、楽しんで下さいね♪