673・王都の街中で
第673話になります。
よろしくお願いします。
僕とイルティミナさんは、結婚4年目。
けれど、気持ちは薄まることもなく、むしろお互い高まっていて、今でもとっても仲良しだ。
だから休日は、よくデートに出かける。
それは今日も同じで、
「今夜は何が食べたいですか?」
「う~ん、イルティミナさんの作ってくれる料理なら何でも食べたいけどなぁ」
「まぁ……」
「1番食べたいのは、イルティミナさん自身だけど」
「っ。もう、マールったら」
ペシッ
冗談っぽく本心を伝えたら、イルティミナさんに腕を叩かれてしまった。
でも、満更でもなさそう……。
(えへへ)
僕も、少し照れ笑いだ。
そんな風に、お馬鹿な夫婦の姿を世間に晒しながら、王都の通りを仲良く歩いていく。
通りには、たくさんの人がいる。
通行人、商人、観光客、冒険者……色々だ。
人種も様々。
人間、エルフ、獣人、ドワーフ、トカゲ人、それらのハーフらしい人、いっぱいいて、うん、やっぱりここは王国で1番栄えた街、王都なんだなって思ったよ。
その時、通りで騒ぎが起きた。
(ん?)
何だろう?
僕とイルティミナさんは顔を見合わせる。
野次馬根性が顔を出して、2人でそちらへと向かった。
人垣の中へ。
それを抜けると、その人垣の中心で3~4人の男たちが殴り合っていた。
全員、顔が赤い。
そして、僕の嗅覚には、お酒の匂いが感じられた。
「酔っ払いですね」
僕の奥さんが言った。
僕も「うん」と頷く。
王都は広くて、たくさんのお店もあって、だから、昼間からお酒に酔う人も出てくるんだ。
凄いよね……。
日中から乱闘している彼らに、野次馬たちは歓声をあげて煽ったり、冷ややかな眼差しを向けたり、反応は様々だった。
僕ら夫婦は、遠巻きに見ているだけ。
(…………)
止めようかな?
少し迷う。
相手は酔っ払いだし、言葉は通じないから巻き込まれるのは面倒で……でも、彼らが怪我をするのも心配だ。
どうしよう?
迷っていると、「おや」と隣の奥さんが呟いた。
(ん?)
彼女は人垣の外を見ていて、僕も視線を追いかける。
あ……。
すると、通りを銀色の美しい鎧を着た集団が歩いていて、こちらへと向かって来ていた。
神殿騎士団だ。
その存在に野次馬たちも気づく。
ザワッ
自然と人垣が割れて、銀色の騎士の内、2人が酔っ払いたちの方へと近づいた。
「あ!?」
「なんだ、テメエら!?」
さすが、酔っ払い。
3~4人の男たちは反射的に、2人の神殿騎士に殴りかかった。
次の瞬間、
ズダン ダダン
酔っ払い全員が地面にひっくり返った。
(――上手い)
まるで合気道みたいに、殴りかかった力を利用して、その重心を軽くずらして引っ掛けただけで全員を投げ飛ばしたんだ。
圧倒的な技術。
同じく戦いを生業とする僕らには、その修練の凄さが垣間見えた。
集まった一般人たちには、あまりの早業に何が起きたのかわからなかった人もいただろう。
まさに神業。
酔っ払い相手には、武器を抜くまでもないのだ。
ガチッ
男たちは手首を拘束されて、地面から起きあがることもできなくされていた。
人々から歓声が上がる。
感謝と称賛の声、そして、たくさんの拍手が鳴り響いた。
パチパチ
僕とイルティミナさんも手を叩いた。
「お見事」
その実力を見抜いて、僕の奥さんも思わず称賛を呟いていた。
うんうん。
僕も何度も頷いた。
…………。
やがて、王国の警邏隊がやって来て、酔っ払いたちを引き取っていった。
彼らも神殿騎士に敬礼を送っている。
神殿騎士たちも胸に提げた聖書に触れながら「女神シュリアンのご加護があらんことを」と一礼し、また王都の見回りのため、整然とした歩みで通りを歩いていった。
野次馬と一緒に、それを見送る。
王都の治安を守るのは、本来、彼らの役目じゃない。
でも、彼らは自主的にそれを行っていた。
王都ムーリアは広く、人の数も多くて、今回みたいに王国の警邏隊がすぐに駆け付けられない場面もあるからだ。
人々の平和のため。
その信仰に基づいて、神殿騎士団は治安維持に協力しているのである。
(うん、格好いいよね)
その背中が眩しい。
そんな彼らだからこそ、人々からの敬意と信頼も厚くて人気もあるんだ。
やがて、野次馬も解散する。
僕とイルティミナさんも、その場を離れて歩きだした。
歩きながら、
「やっぱり凄いね、神殿騎士は」
「そうですね」
「うん。よくあんな風に一瞬で、しかも相手を怪我させないように制圧できるんだろう?」
本当に感心する。
僕だったら……?
相手を怪我させないように気をつけたら、もっと時間がかかるか、僕の方が怪我してしまうかもしれない。
それぐらい難しいことなんだ。
(さすがだよね)
イルティミナさんも頷いて、
「それだけの修練を重ねているのでしょう」
「うん」
「とはいえ、私もやろうと思えばできますよ?」
「ん……?」
「次の機会があれば、私もマールに褒めてもらえるようにがんばってみますね」
「う、うん」
なんか、対抗意識を燃やしてる?
ポカンとしている僕に、イルティミナさんはニコッと美しく微笑んだ。
(あはは……)
僕は内心で苦笑いだ。
でも、うん、僕の奥さんのこういうところも可愛いんだ。
僕も頷いて、
「じゃあ、今度、イルティミナさんの格好いい姿を見せてね?」
「はい、お任せを」
「ん、楽しみにしてる」
「うふふっ」
なんて、夫婦で笑い合った。
そうして僕らは、神殿騎士の活躍を目にしたりしながら、王都の通りを歩いてデートを続けたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「本当にいいの、イルティミナさん?」
「はい。今日はマールが楽しみにしていた日ではないですか。キルトの話は、私が聞いておきますから……ね?」
「うん……ありがとう」
僕とイルティミナさんは、冒険者ギルドの前でそんな会話を交わした。
何の話なのか?
実は今日は、僕がよく行く画材店で、絵を描く道具の特別セールが行われる日なんだ。
筆や絵の具、スケッチブックなど、どれも20~50%引きだ。
中には、70%引きの品もあるんだよ?
この日に合わせてクエストの日程も調整して、ちょうど休みになるようにしてあったんだ。
それで今日、イルティミナさんと一緒に買い物デートをするつもりだったんだけど……そこで、ちょっと予定外のことが起こったんだ。
今朝、ギルド職員さんが家までやって来たんだ。
キルトさんの使いだって。
何でもキルトさん、緊急で僕らと話したいことがあるとかで、冒険者ギルドに宿泊している彼女の部屋まで来て欲しいとのことだった。
(えぇ、今日!?)
そう思ったよ……。
でも、キルトさんがつまらない用事で僕らを呼ぶとも思えない。
……諦めるしかないか。
肩を落としながら、そう考えていたところ、
「私がキルトの話は聞いておきますから、マールは買い物に行ってきてください」
って、僕の奥さんが言ってくれたんだ。
僕はびっくり。
彼女は、僕がこの日をどれだけ待ち侘びていたか、知っていた。
だから、そう言ってくれたんだと思う。
でも、申し訳なくて、だけど、こういう時のイルティミナさんはとっても頑固で、僕に買い物に行きなさいって譲らなかったんだ。
結局、折れたのは、僕。
やっぱり行きたかったし、その心も嬉しかったからね。
…………。
そんな訳で現在、僕らは冒険者ギルドの前で別れることになったんだ。
「ありがとね、イルティミナさん」
「いいえ」
彼女ははにかみ、
「マールは可愛いですから、人攫いには注意して。どうか気をつけて、そして楽しんで買い物してきてくださいね」
「うん、行ってきます」
「ふふっ、いってらっしゃい」
チュッ
お別れのキスを、軽く交わす。
人のいる通りだったので、少し恥ずかしかったけど、それでもしたかった。
顔を離して、笑い合った。
そして僕は通りを歩きだし、イルティミナさんは僕が見えなくなるまで、ギルドの門前で見送ってくれたんだ。
…………。
…………。
…………。
買い物は、無事にできた。
(えへへ)
前から欲しかった高級な筆、減ってきた絵の具の補充、スケッチブックも紙の素材が違う物を5冊も買ってしまった。
背負うリュックも満杯だ。
うん、満足満足。
帰ったら、早速これらを使って、イルティミナさんへのお礼に彼女の絵を描いてあげよう。
もう思いっきり。
思いを込めて、全力で描くぞ!
なんて決めながら、僕は心と足取りを弾ませながら、王都の通りを歩いていった。
その時だった。
(ん……?)
通りの反対側から、花の香りがした。
あれ?
この匂いって……。
覚えのある香りに、僕は顔をあげて、その花の香りの流れてくる方向を見た。
「あ……」
そこに、あの白い衣の美人神官さんがいた。
アルゼリアさんだ。
彼女の前には体格の良い柄の悪そうな男の人が2人いて、その1人が彼女の手首を、もう1人が彼女の腰に手を当てていた。
彼女自身は、困った顔だ。
(…………)
悪質なナンパかな?
アルゼリアさん、美人だし、神官だから手荒い拒絶はできなさそうだし……。
……うん。
僕は頷くと、通りの人混みを抜けながら彼女の元へと向かった。
「アルゼリアさん」
声をあげる。
彼女はハッとして、こちらを見た。
つられて、2人の男の人も僕を見る。
そこにいたのが背の低い、まだ子供みたいな存在だと知って、すぐに侮りの笑みが浮かんだ。
僕は言う。
「彼女は僕の知り合いです。その手を放してくれませんか?」
「はっ?」
「何だ坊主? あっち行ってろ」
2人の男たちは鼻で笑って、僕を突き飛ばそうと大きな手を伸ばしてきた。
その動きを見つめて、
(えいっ)
ズダン
その手首を握ると、重心をずらして引っ張り、足を引っ掛けてやった。
男の1人が派手に転がる。
(やった、上手くいった)
先日、神殿騎士が酔っ払いを無力化した時の動きを真似てみたんだけど、思った以上に再現できた。
アルゼリアさんは、蒼い目を丸くする。
もう1人の男も驚いた顔だ。
投げられた男は、背中をしたたかに打ち付けたため、呼吸ができず、すぐには動けなくなっていた。
僕はもう1人を見る。
「その手を放してください」
と告げた。
男は「うぐっ」と呻き、彼女の手首を離す。
けれど、それは僕の言葉に従ったのではなくて、次の瞬間、「うっせえ!」と怒りの形相で飛びかかってきた。
その動きを、冷静に見据える。
息を吐き、
「やっ」
ズダン
もう1度、相手の突進の勢いを利用して、男を投げ飛ばした。
「ぐはっ!?」
男は仰向けになり、悶絶する。
僕は、アルゼリアさんを庇うように彼女の前に立った。
すると、突然、周囲から歓声があがった。
(!?)
ちょっと驚いた。
見れば、一連の流れを見ていたらしい通行人や店舗の人たちが「いいぞ、坊や」、「よくやった!」と声をあげ、拍手をしてくれていた。
はわわ……っ。
ま、まさか、こんな大事になるとは。
でも、おかげで男たちはこの場に居辛くなったのか、2人で肩を支え合いながら、這う這うの体で人垣の奥に逃げていった。
あ、よかった。
(ふぅ)
それを見て、僕も一安心だ。
それから、僕はアルゼリアさんを振り返った。
「大丈夫?」
「……マール様?」
彼女はようやく、助けに入ったのが僕だと気づいたみたいだ。
僕は「うん」と笑った。
アルゼリアさんは呆けたように僕を見つめ、それから、ようやく緊張の解けた表情で微笑んだ。
(うわ……)
その笑顔の神々しいこと。
その輝きに、彼女はイルティミナさんに負けないぐらいの美人なのだと、改めて思い知らされた。
アルゼリアさんは僕の手を取り、
「ありがとうございました、マール様。我が不徳により難儀しておりましたが、おかげで助かりました」
「ううん。でも、助けになれてよかった」
「ふふっ」
彼女は優しく笑う。
それから、美しい目を伏せて「女神シュリアンの導きにも、深く感謝を……」と天へと感謝の祈りも捧げていた。
さすが、聖職者。
僕も微笑み、手を合わせる。
目を閉じて、
(アルゼリアさんを助けるのが間に合って、本当によかった。ありがとうございました、シュリアン様、ヤーコウル様)
そう心の中でお礼を唱えた。
目を開ける。
すると、そんな僕をアルゼリアさんがジッと見ていた。
え、えっと……?
美人に見つめられると、ちょっとドキドキしてしまう。
彼女は微笑んで、
「神への感謝を忘れない……やはり、マール様は尊き心をお持ちのようですね」
と呟いた。
いや、まぁ、
(大っぴらにはできないけど、一応、神の子ですし……)
と、少し照れた。
そんな僕に、アルゼリアさんは口元に手を当てて、クスクスと上品に笑ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
また、コミカライズの第2話は、今週の木曜日、11月16日に更新予定となっています。
こちらもどうか楽しみにしてて下さいね♪
漫画のURLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525