672・神殿の人々
第672話になります。
よろしくお願いします。
前回、レクリア王女と謁見してから3週間ほど経った。
その間に、僕とイルティミナさんはクエストを1つこなして、今日もその報告で大聖堂を訪れていた。
「では、行ってきますね」
「うん」
「2時間ほどで終わると思いますが、もし遅くなってしまったら、先に帰っても構いません。どうか私のことは気にしないでくださいね」
「うん。でも、ゆっくり待ってるよ」
「マール……」
「いってらっしゃい、イルティミナさん」
「はい」
大聖堂の前で、僕らはキスを交わした。
僕の奥さんは、少し名残惜しそうにこちらを見ながら、大聖堂の奥の廊下へと歩いていく。
そこから、お城へと行くんだ。
今回、僕は留守番だ。
と言うのも、今回の依頼はレクリア王女を介して大貴族の1人が行ったものだったんだ。
報告会には、その大貴族も参加する。
そしてレクリア王女としては『神狗』である僕のことを、他の大貴族にはあまり関わらせないようにしたいらしくて、今回、僕は不参加ということになったんだ。
貴族にも、色々な人がいる。
神の眷属――その存在を善悪問わず、利用したい人は大勢いるそうだ。
(…………)
できれば僕は、平穏な日々を送りたい。
レクリア王女もそれがわかっているから、僕の望みのために、今回みたいな配慮をしてくれるんだよね。
お手数、おかけしてます……。
なので、今回の報告会にはイルティミナさん1人だけが参加して、僕は彼女の帰りを待つことにしたんだ。
幸い、大聖堂の近くには喫茶店や軽食店もたくさんある。
大聖堂でのんびりしているのもいい。
(あ、そうだ)
この間見つけた、裏の庭園を散策するのもいいかもしれないね。
うん、そうしよう。
自分の奥さんを見送った僕は、1人頷いた。
その時だった。
多くの参拝者が集まっている荘厳な大聖堂内で、ふと、ざわめきが起きた。
(ん?)
何だろう?
見れば、そちらの方に人が集まっていく。
不思議に思いながら、僕の足もそちらに向かった。
…………。
野次馬のような人たちの間を抜けて、僕も集まりの前列に立った。
こういう時、小さな身体は便利。
そして顔をあげ、
「――あ」
僕は、小さく声を漏らした。
荘厳な大聖堂の空間に、整然と並んだ銀色の美しい騎士の一団が現れ、扉の方に向かって颯爽と歩いていたんだ。
背には盾。
腰の左右には、剣と杖を提げている。
そして胸元には、首から鎖で提げられた聖書があった。
戦の女神シュリアンは、4つ手の神だ。
その4つの手には、剣、杖、盾、聖書が握られている――彼らの装備は、それを模したものだった。
それは、強い信仰の証。
そう、彼らは『神殿騎士団』だった。
シュムリア王国では、最強、と称される人々、組織が3つ、存在している。
3人の金印の冒険者。
王国騎士の頂点、シュムリア竜騎隊。
そして最後の1つが、彼ら『神殿騎士団』だ。
騎士と呼ばれているけれど、彼らは王国騎士ではなく聖シュリアン教会に所属する、云わば、私兵のような存在だ。
でも、聖シュリアン教は、シュムリア王国の国教。
その彼らの権力は、王国騎士よりもある意味、あるのかもしれない。
そして何より、神殿騎士団の実力は、本当に高いんだ。
自らを神の道具とし、人を捨てた修練によって鍛え抜かれた彼らの強さは、一般の王国騎士よりも数段上というのが世間の評価だ。
そして、その評価は正しい――と、僕は思っている。
(…………)
今から5年前、僕が14歳の時、海を渡った暗黒大陸で、僕は神殿騎士団の実力をこの目で見たことがあるんだ。
50人もの集団が、まるで1つの生き物みたいに動くんだ。
その練度、連携は素晴らしかった。
個々の実力も、それこそ1人1人が銀印の魔狩人ぐらいはあって、でも、それが連携して更に高まるんだよ?
王国最強の1角。
なるほど、確かにそれに相応しいと思ったもんだ。
特に『神武魔法』と呼ばれる、複数人が合同で発生させる大魔法は凄まじい威力だったっけ。
まるで、巨大なレーザービーム。
(……うん)
前世の世界でも、あれは兵器として通用するんじゃないかな?
そう思わせるほどだった。
そして彼らは聖職者であり、神に仕える清廉潔白な存在だ。
だからかな?
多くの人々に信仰されているのも手伝って、『神殿騎士団』は市井の人々にも大人気なんだ。
ただ、その人気の方向性は、アイドルとかとは違う。
生き神様。
あるいは、神の使徒である天使様。
そんな感じで、深い親愛と敬意で以って崇められている感じなんだ。
今も、ほら?
大聖堂内に現れた銀色の騎士団に対して、人々は跪いて手を合わせ、祈りを捧げたり、感謝の言葉を送ったりしている。
僕も、その姿を見つめた。
(……あ)
その時、気づいた。
神殿騎士団の先頭に立って歩いているのは、神殿騎士団長のアーゼさんだった。
アーゼさん。
正式な名前は、アーゼ・ムデルカさん。
あの暗黒大陸にも一緒に行った仲で、なんと彼女は、女性なんだ。
なのに、団長。
凄いよね?
その実力は、あのキルトさんも認めるほどで、イルティミナさんでさえ、自分より実力が上ではないかと思っている節がある人物なんだ。
ちなみに、僕も面識がある。
僕が『神の眷属』だからか、凄く丁寧に、敬意を以って接してくれるんだ。
物腰も穏やかで、凄く優しい人だ。
戦いでは苛烈だけど。
でも、そんなアーゼさんの素顔を、実は僕は知らなかった。
彼女は、ずっと兜を被っている。
見えているのは、その口元だけ。
その素顔はどんなだろう?
絶世の美女か、はたまた修練によって醜くなってしまった顔を隠すためか、なんて世間の人たちが噂しているというのは、よく聞く話だった。
僕も正直、少し気になるけどね。
そんな彼女は、今も美しい兜を被っていて口元しか見えなかった。
「…………」
野次馬に紛れていたからか、僕には気づかれなかった。
ガシャッ ガシャッ
20人ほどなのに、まるで1つのような足音しか響かせずに、彼らは大聖堂内を歩いていく。
何かの任務かな?
あるいは、いつものように王都の治安を守るための見回りかも……?
何にしても、
(ご苦労様です)
僕は、そう思いながら手を合わせた。
…………。
やがて、美しい銀色の鎧の集団は、白い光の差し込む出入り口から大聖堂の外へと出ていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
神殿騎士団を見かけてから、数日後。
クエスト休暇中だった僕とイルティミナさんは、2人で仲良く、王都の商業区へと買い物に出かけた。
うん、買い物デートだ。
必要な物を購入しつつ、大好きな奥さんとの時間を楽しむ。
彼女も幸せそうだった。
うん、僕も嬉しい。
そして、幸せだ……。
やがて買い物も終わって、どこか喫茶店にでも寄っていこうか、という話になった。
(あ、そうだ)
その時、ふと思いついて、
「それなら、何か食べ物と飲み物を買って、大聖堂の裏の庭園に行かない?」
と、僕は提案した。
イルティミナさんは、少し驚いた顔。
先日、イルティミナさんを待っている時に散策したんだけど、実はあそこ、ベンチもあるんだよね。
景色も良かったし、雰囲気も落ち着いている。
今日は天気もいいし。
せっかくだから、軽いピクニックみたいな気持ちで、あの庭園に行きたいなって思ったんだ。
そう説明したら、彼女も頷いてくれた。
「いいですね。それでは、そうしましょうか」
「うん」
そうしましょう、そうしましょう。
僕らは笑い合うと、王都の通りにあった屋台で、持ち帰り用のサンドイッチとアイスミルクティーを購入して、大聖堂裏の庭園へと向かったんだ。
…………。
…………。
…………。
やがて、僕らは庭園へとやって来た。
初夏の日差しに緑の草木が輝いて、花々も生命力に満ちた美しさを咲かせながら、訪れる人々を歓迎してくれた。
うん、本当に綺麗な庭。
イルティミナさんと一緒に散策路を歩いて、芝生に設置されたベンチに座った。
サアア……
涼しい風が吹き、彼女の長い髪をさらっていく。
その森色の美しい髪を、イルティミナさんは白い手で軽く押さえながら僕へと笑いかけてくれた。
(……うん)
凄く絵になるね。
あぁ、絵を描く道具も持ってくれば良かったなぁ、なんて思ったよ。
それから、2人でサンドイッチとアイスミルクティーを飲食しながら、他愛もない会話に花を咲かせた。
パン屑は、芝生に放ると鳩たちが食べに来た。
可愛いな……。
白い翼を羽ばたかせ、一斉に青い空を飛ぶ光景には、つい目を細めてしまったよ。
「…………」
「…………」
イルティミナさんと2人、幸せな一時だ。
周囲には、同じような散策者たちもいて、中には芝生に座ってのんびりしている家族連れの姿もあった。
小さな子供は、元気に芝生を走っている。
(ふふっ……)
なんだか平和な時間。
と、その時、「あ」と声をあげて、走っている子供が転んでしまった。
おやまぁ。
芝生なので、大きな怪我はなさそうだ。
でも、膝を擦り剝いている。
痛みより、転んだショックが大きかったのか、その子は泣き出してしまった。
親御さんとは、少し距離があった。
どちらかというと、僕らのすぐ近く。
親御さんたちが立ち上がるのが見えたけれど、それより先に、僕らの方が立ち上がってしまった。
近づいて、
「大丈夫?」
と声をかけた――と同時に、
「大丈夫ですか?」
と、もう1つ、女の人の綺麗な声が重なった。
イルティミナさんではない。
(え?)
顔をあげると、すぐ目の前に、あの美貌の女神官アルゼリアさんがしゃがんでいる姿があった。
驚いた。
彼女の方も、少し驚いた顔だ。
多分、近くの植え込みで、草木の手入れでもしていたのかもしれない。
だから、お互い気づかなかったのかな。
それはともかく、僕ら3人は、その子を助け起こして、アルゼリアさんは擦り剝いた膝に回復魔法をかけてあげてくれた。
うん、いい腕だ。
ソルティスの回復魔法を見てきたから、よくわかる。
もしかしたら、ソルティスより上手かも?
そして、その子の膝はすぐに治って、
「もう大丈夫ですよ」
そう頭を撫でられたら、幼いながらも彼女の美しさに魅入られたのか、その子はアルゼリアさんの顔をしばらく陶然と見つめていた。
やがて、親御さんも来て、僕ら3人にお礼を言われる。
いえいえ。
僕とイルティミナさんは謙遜。
アルゼリアさんは「これもシュリアン様の導きでしょう」と微笑んだ。
その子も、
「お兄さん、お姉さん、ありがとう」
と元気に笑ってくれた。
うん、よかった。
僕とイルティミナさんは笑い合い、アルゼリアさんは去っていくその子に軽く手を振っていた。
しばらく、親子連れを見送る。
それから、
「お久しぶりですね」
と、アルゼリアさんが声をかけてきた。
僕は頷いた。
「うん、お久しぶりです、アルゼリアさん」
「どうも」
僕は笑顔で答えて、イルティミナさんは軽く会釈。
彼女に会うのは、先月、初めてこの庭園の存在を知った時以来で、この間、散策していた時には出会わなかった。
だから、ほぼ1月ぶり。
前に会った時、イルティミナさんは『どこかで会った気がする』と言っていたけれど、今回は覚えていたみたいだね。
僕は首をかしげて、
「アルゼリアさん、また庭園のお手入れですか?」
「はい。しばらく来れなかったのですが、ようやく時間が作れましたので」
「そっか」
「マール様とイルティミナ様は? 散策ですか?」
「うん。というか、夫婦でデートです」
「まぁ……」
照れながら白状すると、彼女は口元を手で押さえて目を丸くしていた。
イルティミナさんは、少し恥ずかしそう。
でも、ちょっと嬉しそうなのも、夫である僕にはわかっていた。
神官さんは、クスクス笑う。
「仲がよろしいのですね」
「うん」
「はい、とても」
僕とイルティミナさんはお互いの顔を見て、はにかんだ。
アルゼリアさんの蒼い瞳は、そんな僕らを見つめて、それから、ゆっくりと伏せられる。
胸の前で印を切って、
「2人の幸せが、どうか末永く続きますように……」
「…………」
「…………」
そう女神様に祈ってくれた。
でも、その厳かで敬虔な様子は、まるで彼女自身が女神の化身であるようにも感じさせて、僕とイルティミナさんは何だか見入ってしまったんだ。
アルゼリアさんは顔をあげる。
ニコッ
その美貌は、輝くように微笑んだ。
僕らは感謝を告げて、やがて、彼女は去っていった。
それを見送る。
(…………)
彼女は何者なんだろう?
イルティミナさんも言っていたけれど、確かに只者ではない感じがする。
ただの勘だけど……。
もしかしたら、聖女とか?
この世界の聖職者の中には、神々の神託を受けられる人々が少数ながら存在していた。
シュムリア王国にも、数名いるとか。
アルゼリアさんは、そういう人なのかな、と思ったんだ。
その予想に、
「ありえますね」
と、イルティミナさんも同意してくれた。
…………。
でも、まぁ、実際のところ、アルゼリアさんが何者であれ、彼女がいい人なのは間違いなくて、それだけでいいんだけどね。
あまり詮索するのも悪いしさ。
僕だって『神狗』っていう、あまり大っぴらにできない立場だしね。
(うん)
深く追求するのはやめよう。
それから僕とイルティミナさんは、またベンチに座って、ゆったりと時間を過ごした。
そして、日暮れ前に、
「それじゃあ、そろそろ帰ろっか」
「はい、マール」
夫婦で笑い合い、仲良く手を繋いで、綺麗な夕焼けに染まる庭園をあとにしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
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