671・美しい女神官
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の25日目です!(最終日!)
本日から、また本編に戻ります。
それでは、第671話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
(――シュリアン様、今日も人々を見守ってくださって、ありがとうございます)
目の前の女神像に、僕はそう祈りを捧げた。
高さ10メード。
荘厳で美しい聖堂内に作られた戦の女神シュリアンの像には、僕だけでなく、たくさんの人が跪いて祈りを捧げていた。
チラッ
隣を見ると、深緑色の長い髪をした美女――イルティミナさんも祈っていた。
そのまぶたが開く。
綺麗な真紅の瞳が僕を見て、
ニコッ
優しい微笑みを浮かべた。
それに心を温かくしながら、僕も笑顔を返した。
ここは、大聖堂。
王都ムーリアにある聖シュリアン教会の総本山となる場所で、神聖シュムリア王城と通じる唯一の出入り口に造られた建物だった。
シュムリア王家は、女神シュリアンの子孫。
つまり、女神の信者である人々が、女神の子孫を守っている形だね。
で、なぜ、僕らがここにいるのか?
理由は簡単。
それは僕の奥さんが『金印の魔狩人』で、王城にいるレクリア王女と会う機会が多いんだけど、そのためには、この大聖堂を必ず通らければいけないからだ。
大聖堂は、王家の門番。
そんな役目もあるみたいだからね。
という訳で、今回もレクリア王女と謁見して、その帰りに通った大聖堂で女神様にお祈りをしてたんだ。
その祈りも終わって、僕ら夫婦は立ち上がった。
「では、行きましょうか」
「うん」
そう笑い合うと手を繋いで、女神像の前から離れるように歩きだしたんだ。
…………。
周囲を見れば、たくさんの参拝者がいる。
毎日参拝に来るような王都民らしい人もいれば、遠くからやって来た巡礼者っぽい団体や子供連れの観光客らしい家族の姿もあった。
うん、人様々だ。
でも、共通するのは女神への信仰。
その思いの強さには、大小の差があるかもしれないけれど、思いの方向性は同じだった。
前世の日本と比べて、それはより顕著。
(それは、そうだよね)
だって、この世界は神々に助けられた歴史があり、その実在が証明されているんだから。
だからこそ、皆、祈る。
神々に。
シュムリア王国では、戦の女神シュリアン様が。
隣のアルン神皇国では、正義の神アルゼウス様と愛の女神モア様への信仰が主流になっていた。
この3柱神。
400年前の神魔戦争で中心となった3柱の神様が特に人気なんだ。
もちろん、他の神々への信仰もある。
でも、そういう人は少数なんだよね。
僕の主神である狩猟の女神ヤーコウル様なんて、王都じゃほとんどの人が知らないんじゃないかな……?
ぐっすん。
ちょっと寂しい……。
ま、それはそれとして、そんな風にこの世界の人々の暮らしと信仰には、深い関わりがあるんだ。
…………。
…………。
…………。
そんなことを考えながら、僕らは大聖堂を出た。
大聖堂の前は、大きな広場になっていて、そこにも10メードもある女神シュリアンの像が立っていた。
やっぱり、多くの人が祈っている。
(ん……?)
視線を巡らせると、大聖堂の裏側――大広場と反対の湖側へと通じる道があることに、ふと気づいた。
僕の様子に、隣のイルティミナさんが気づく。
「どうしました?」
「うん、あそこ……あんな所に道があったんだね」
と、僕は答えた。
王都で暮らして何年も経つのに知らなかった。
何でだろ?
目には入っていたはずだけど、いつも大聖堂前は通り抜けるだけだったし、普段、通らない道だから意識できなかったのかもしれない。
イルティミナさんは、
「まぁ、そうでしたか」
と驚き、それから穏やかに頷いた。
彼女もその道を見て、
「あれは、大聖堂の裏にある庭園に通じる小道ですね」
「庭園?」
「はい。たくさんの花が咲いていて、湖も見えて、とても美しい庭園ですよ。自由に散策もできますし、参拝に合わせて、散歩コースとして歩く人も多いみたいですね」
「へぇ、そうなんだ」
全然知らなかった。
イルティミナさんは「とはいえ、私も1度しか歩いたことはありませんが」と付け加えた。
そっか。
昔から、イルティミナさんも忙しい人だもんね。
僕と結婚してからは、いつも僕と一緒にいる訳で、僕が行ったことがない以上、彼女もずっと行けてないのも当然だった。
そこまで考えて、
(……うん)
僕は頷いた。
それを見て、イルティミナさんも察してくれたみたいで、
「行ってみますか?」
「うん。いいかな?」
「もちろんです」
「ありがとう、イルティミナさん」
僕が笑ってお礼を伝えると、彼女は「いいえ」と柔らかにはにかんだ。
本当に綺麗な笑顔だ。
でも、可愛い。
自分の奥さんにメロメロになりながら、
「じゃあ、行こっか」
「はい」
その手を繋いで、僕らは小道へと歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
小道は、途中で二手に分かれていた。
下り坂と平坦な道。
下り坂の方は、湖に面した砂浜に通じているそうで、僕とイルティミナさんは平坦な道を歩いていった。
やがて、庭園の入り口が見えた。
(うわぁ……)
思った以上に広い庭園だ。
緑の芝生に玉砂利の散策路があって、たくさんの花壇では色とりどりの花々が咲き誇っていた。
遠くには樹木が連なり、涼しげな木陰を作っている。
うん、綺麗な景色だ。
木々の隙間からは、広大なシュムリア湖の陽光を反射する水面が覗いていた。
庭園は、少し高台にあるみたい。
庭園の柵から10メードほど下に、湖の白い砂浜が見えていた。
ヒュウ
湖を渡った爽やかな風が吹く。
気持ちいい。
イルティミナさんの長い髪も柔らかくたなびいて、彼女の美人っぷりをより際立たせてくれた。
僕は笑った。
「いい場所だね」
「そうですね」
彼女も微笑む。
それから、僕ら2人は散策路を歩いた。
庭園には、僕ら以外にも散歩をしたり、芝生に座って休んでいる人などがたくさんいた。
まさに、みんなの庭園、って感じ。
…………。
歩いていると、花の香りが凄くする。
よく見たら、花壇のそばで花の世話をしているらしい女の神官さんが1人いた。
足元には、小さなスコップ。
彼女の両手は、花壇に向けられていて、
(ん……?)
そこで気づいた。
その女神官さんの手には指輪があって、その魔法石が緑色に光っていた。
回復魔法だ。
目を凝らすと、茎が折れた花があった。
そして、そのくの字に曲がった茎は、回復魔法の光に照らされて真っ直ぐな状態に戻っていく。
(おぉ……凄い)
普通は、花に回復魔法なんて使わない。
うん、慈愛だね。
さすが、神官さんなんだなぁ……なんて感心しちゃったよ。
何となく、足がそちらに向いてしまった。
イルティミナさんも黙ってついて来てくれる。
近づく僕らに、神官さんも気づく。
その足元に咲いている花たちは、うん、何か他の場所で見る花たちよりもずっと元気で綺麗に咲いているみたいに思えた。
(愛情を持って、世話してるんだろうな)
そうわかる。
そして、それが、なんか嬉しい。
そうして僕は、初めて、その女神官さんの顔を見た。
(――わ?)
そして、驚いた。
いや、凄い美人……。
年齢は30代ぐらいかな……と思う。
でも、とても若々しくて、端正な白い顔立ちの女の人だったんだ。
瞳は、濃い蒼色。
髪は黄金色に艶めいて、美しく波だっていた。
白い神官衣に、フード状の布――ウィンプルって言うんだっけ? を被っていた。
清楚で落ち着いた雰囲気は、まさに神官って感じ。
あと、香水かな?
花の香りが、とても強く感じられた。
その美人さは、あのイルティミナさんに優るとも劣らないものがあって、イルティミナさん自身、少し魅入られたような顔をしていた。
僕らは、数秒、言葉を失う。
それに気づいたのか、気づいていないのか、その女神官さんが微笑んだ。
「こんにちは。どうかなさいましたか?」
(あ……)
僕らはハッとした。
コホン
誤魔化すように咳払いして、
「こんにちは。あの、神官さんのお世話してる花が凄く綺麗だなって思って、つい近くに……」
と、正直に言った。
彼女は「まぁ」と驚いた。
すぐに笑みを深くして、
「嬉しいです。どうか、ゆっくり愛でてくださいね」
「う、うん」
僕は頷いた。
すると、僕の奥さんが首をかしげて、
「失礼ですが、どこかで会ったことはありますか?」
と聞いた。
(え?)
思わぬ質問だ。
女神官さんもかすかに驚く。
でも、すぐにたおやかに微笑んで、
「さて、どうでしょう? 神に仕える者として、日々、多くの方々にお会いしておりますから、もしかしたらお会いしたことはあるかもしれませんね」
「…………」
「…………」
そうかなぁ?
こんな綺麗な神官さん、1度会ったら忘れないと思うけど。
イルティミナさんも半信半疑といった表情だったけれど、素直に「そうですか」と応じていた。
(…………)
僕は少し考える。
せっかくだし、と思って、思い切って聞いてみた。
「僕は、マールって言います。こっちは、僕の大事なお嫁さんのイルティミナさん。神官さんのお名前は?」
「私ですか?」
「うん。よかったら」
目を丸くする彼女に、僕は頷いた。
名前まで聞いたら、次に会った時には必ず覚えてると思うから。
い、いや、美人だから知りたいんじゃないよ?
…………。
でも、何となく気になったんだよね。
何でだろ……?
僕の言葉に、イルティミナさんも「え?」と驚いた顔だった。
う……。
ご、ごめんね、イルティミナさん。
でも、ナンパでも浮気でもないよ?
自分でも理由がはっきりしないけど、ただ聞いておいた方がいいって思ったんだ。
「…………」
女神官さんは、僕を見つめる。
これだけの美人だ。
もしかしたら、これまでにもたくさん、こうした言葉をかけられてきたのかもしれない。
……まぁ。
教えてもらえないなら、それも仕方ない。
そんな気持ちで、僕も青い瞳で彼女を見つめ返した。
数秒の静けさ。
そして、
「アルゼリア、です」
と、声がした。
彼女は大人の女性らしく、穏やかな微笑みでそう教えてくれた。
あ……。
それが嬉しくて、僕も笑った。
「アルゼリアさん……。うん、教えてくれてありがとうございます。いい名前ですね」
「ふふっ、ありがとうございます」
彼女は、そうはにかむ。
それから、アルゼリアさんと少し話をした。
どうやら彼女は大聖堂に勤めている神官で、月に数回、この庭園の植物の世話を自主的に行っているそうだ。
専門の庭師は、一応、他にいるんだって。
(ふ~ん?)
他にいるのにどうして? と思ったけど、彼女曰く、
「花が好きなんです」
とのこと。
そう語った時の表情は、とても優しくて、美しくて、何だか女神様みたいだな……って思ったよ。
そんな話をしてたら、時間が経っていた。
おっといけない。
「ごめんなさい、忙しいのに時間を取らせちゃった」
「いいえ」
謝る僕に、アルゼリアさんは微笑んだ。
僕を見つめて、
「また会えましたら、退屈かもしれませんが、どうかまたお話をしてくださいね」
「うん」
もちろん、退屈じゃないよ。
そう付け加えると、彼女は笑みを深くした。
ピタッ
僕の額に、アルゼリアさんの白い指が触れる。
(ん?)
驚く僕の前で、
「マール様に、女神シュリアン様のご加護があらんことを」
「…………」
朗々とした祝詞は、とても綺麗な声だった。
まさに神官。
僕は目を伏せて、厳かな気持ちでそれを受け入れた。
僕の奥さんも「ありがとうございます」と美しい女神官さんに感謝の言葉を述べていた。
アルゼリアさんは、また微笑む。
そして、
「それでは」
柔らかな声と花の香りを残して、この場を去っていった。
その背を、夫婦で見送る。
やがて、イルティミナさんがポツリと呟いた。
「アルゼリア……彼女は何者でしょう?」
「え?」
「どこかで会った気がするのですが、どうしても思い出せません。あれだけの美貌なら、忘れるはずもないのですが……」
「…………」
「それにあの佇まい。……もしかしたら彼女は、かなりの高位神官なのかもしれませんね」
「うん、そうだね」
僕は頷いた。
確かに、只者じゃない感じだった。
美人だし、何だか不思議な雰囲気と貫禄があって、凄い偉い神官だったとしても驚かない。
(でも、親しみ易い人だったな……)
人柄もよかった。
やはり人格者ってことなのかも……?
何にしても、いい人だと思えた。
僕は呟く。
「また会えるかな?」
「…………」
イルティミナさんは僕を見る。
穏やかに微笑み、
「そうですね、また会えると良いですね」
「うん」
「それでは、そろそろ帰りましょうか、マール」
「うん、そうだね」
僕らは手を繋ぐ。
お互いの顔を見て笑い合い、そして、日差し豊かな大聖堂の庭園をあとにしたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
本日にて、毎日更新も終わりです。
毎日読むのは大変だったかもしれませんが、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
次回からは、また週2日、月・金の更新に戻ります。
次回更新は、11月10日の午前0時頃を予定しています。どうか、また読んでやって下さいね。
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心からありがとうございました!
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小説とはまた違った魅力がたっぷりです♪
どうか、漫画となったマールの物語も楽しんで下さいね。
また漫画家あわや様への応援やファンレターなども、もしよかったら送ってあげて下さいね。
それでは、また今週の金曜日に。どうぞ、よろしくお願いします。