書籍マール3巻発売&コミカライズ記念SS・その11
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の22日目です!
本日は、記念の特別ショートストーリー・その11、です。
よろしくお願いします。
犯人たちの竜車の向かった方向は、アルン神皇国との国境がある西の方角だった。
やはり、国外で違法売買を行うつもりらしい。
キルトさんの予想では、正規の手続きで国境を超えるのではなく、人気のないどこかで国境破りをして密入国するのだろうとのことだった。
そして、国境を越えられたら、シュムリア国民の僕らはもう手が出せない。
(それまでに追いつかないと!)
そう思いながら、僕は必死に足を動かしたんだ。
竜車の速度は、だいたい人の小走りぐらいの速度で進む。
全力で走っている今、僕らは少しずつ距離を詰めているだろう。
けど、向こうは1時間以上も早く王都を出ている訳で、すでに10キロ以上の距離が離れているはずだった。
街道の分岐もある。
もし間違った方向に追いかけてしまったら、更に距離が開いてしまう。
間に合うか?
そんな焦りが生まれてくる。
そうして街道を走りながら、前後に他の馬車や竜車の姿が見えなくなった時だ。
「マール、イルナ、先に行け」
キルトさんがそう言った。
え?
「今ならば、空を飛んでも誰にも見られぬ。マールも抱えるのが1人だけなら、かなりの速度で追えるであろう? そなたら2人で、先に奴らに追いつくのじゃ」
走りながら、冷静に指示してくる。
僕とイルティミナさんは、顔を見合わせた。
ソルティスも言う。
「マールがいない方が、私らも『魔血』の全力で走れるからいいのよ。ほら、行って!」
シッシッと手を払うように動かす。
真似っ子ポーちゃんも、シッシッと小さな手を振っていた。
(……うん)
魔血のないポーちゃんは、きっとソルティスが背負ってくれるだろう。
時間もない。
僕とイルティミナさんは一緒に頷いた。
「うん」
「わかりました」
そして僕は、ポケットの中の『神武具』に願う。
パァン
ポケットから虹色の光が溢れ、煌めく粒子が空へと吹きこぼれた。
それは僕の周囲を漂い、この背中に集束して、虹色に輝く大きな金属の翼を創りあげたんだ。
キリリィン
煌めく羽根たちが、美しい音色を奏でる。
走っているイルティミナさんが、そのまま背後から僕を抱きあげた。
「マール、行ってください」
僕の腰に両腕を回しながら、彼女が言う。
僕は「うん」と頷く。
ヴォオン
同時に、金属の翼が大きく広がり、虹色の輝きを強くして、僕ら2人の身体を空中へと浮かび上がらせた。
走る3人の横を、僕らは身体を水平にして飛翔する。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんと視線を合わせ、
「行ってきます!」
ボヒュッ
そう告げると同時に、大きく翼を羽ばたかせ、広がる青い空へと一気に飛び出していったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夏の青空を、僕らは飛ぶ。
眼下には、広がる地図のようにシュムリア王国の大地が見えていた。
地上から500メードの上空。
恐らく、地上の誰かに目撃されても、僕らのことはきっと、ただの鳥か空を飛ぶ魔物としか思われないだろう。
草原、森、山脈、川、岩場。
色々なものが地上に見えている。
そうした大地の上を、王都から続く街道が細い線のように遠くまで伸びていた。
道は時に分岐し、枝葉が広がるように各地へと向かっている。
(犯人の竜車は、どこだろう?)
街道には、時折、馬車や竜車、徒歩の旅人の姿があった。
けれど、教えられた特徴の3台の竜車とは、どれも違うみたいだった。
「見えませんね」
風切り音の中、僕の耳元に口を寄せたイルティミナさんの声が響く。
ギュッ
今の彼女は、僕の首に両腕を回して抱きついていた。
風圧に負けないように密着しているので、顔も頬が触れ合うほどに近い。
風に踊る彼女の長い髪が、僕の頬や首筋を弄ぶように撫でていくのが、ちょっとくすぐったかった。
それを我慢しながら、僕は頷く。
「うん。本当にこっちの街道なんだよね?」
少し不安になった。
そんな僕に、
「はい、目撃情報が正しければ」
彼女は地上の様子を確かめながら、そう答えた。
目撃情報……か。
もしかしたら、最初はアルン神皇国方面に向かっておいて、途中でテテト連合国とか、他の方角に進んだってことはないのだろうか?
そう疑問を口にする。
「その可能性もないとは言えませんが……」
イルティミナさんは考えながら、
「ただ、こちらの街道から別方面に向かうのは、かなりの遠回りとなります。時間をかければ追手に追いつかれる可能性も高くなる……それは連中もわかっているでしょう」
「…………」
「ならば余計なことはせず、真っ直ぐにアルンとの国境を目指すのではないかと」
と、推測を教えてくれた。
そっか。
(それなら、思った以上に先行されているのかな?)
向こうも必死に逃げているのだろう。
なら追いつくために、こっちももう少し速度を上げることにしよう。
キュリン
神気を込めて、背中の翼を広げる。
「イルティミナさん、もう少し飛ばすよ」
「はい」
僕の言葉に、彼女は頷いた。
グッ
僕の首に回された腕に力がこもって、より身体が密着する。
鎧越しに、彼女の大きな胸が押しつけられたのを感じた。
ドキドキ
……こ、こんな時に。
僕は心の中で、エッチな自分を殴っておく。
それから、意識を集中して、
「マール」
ビクッ
不意に名前を呼ばれて、身体が跳ねてしまった。
まさか、不謹慎な心がバレた?
内心、焦り、慌てている僕に、彼女は身を乗り出しながら、地上を指差して言った。
「あそこに竜車が」
「え?」
僕はポカンとする。
すぐにイルティミナさんの人差し指の先を視線で追いかけた。
(あ)
本当だ。
街道脇の木立と岩場の陰、そこに不自然に停車している3台の竜車があったんだ。
上空からだから見えた。
でも、もし地上の街道からだったら、木立と岩に隠れて気づかずに通り過ぎてしまっていたかもしれない。
僕らは、すぐに地上へと降下した。
近づいて、気づく。
(人がいない)
竜車は3台とも無人だった。
バヒュウン
大きく翼を羽ばたかせて減速し、僕らの足が地面に降りる。足裏に、確かな大地の感触が伝わった。
イルティミナさんは、すぐ僕から離れた。
白い槍を構えて、伏兵を警戒しながら、やがて竜車に近づいていく。
3台の竜車の外観は、聞いていた特徴と一致していた。
そして、荷台を調べれば、脱ぎ捨てられた商人の衣服、果物などの食料品の入った袋や木箱が地面に落とされ、散乱している状態だった。
荷台の床は、上面が剥がれている。
その下には空間があった。
(二重底だ)
偽装された荷室には、残念ながら何もなかった。
でも、もう間違いないだろう。
「イルティミナさん」
「はい」
僕の呼びかけに、彼女は頷いた。
「これは間違いなく、犯人たちの使った車両でしょう。追手の目を欺くため、ここからは徒歩で森を抜け、国境の山越えをするつもりなのだと思います」
冷静な口調。
けれど、その内側に秘められた激情を感じる。
彼女は、荷台から降りる。
そのまましゃがんで、地面の上に白い指を這わせながら、何かを確かめるようにゆっくりと移動していく。
「…………」
僕はそれを見守る。
やがて彼女は、森の奥の一方向だけを見つめて、立ち上がった。
「こちらですね」
そう呟いた。
歴戦の魔狩人であるイルティミナ・ウォンは、追手の痕跡からその逃走した方向を見抜いたのだ。
その美貌には、美しく恐ろしい微笑が浮かんでいる。
ゾクゾク
思わず、背筋が震えた。
イルティミナさんは荷物の中から、小さな金属筒を取り出して、それを上空へと向けた。
発光信号弾だ。
筒から生えたトリガーを、白い指が引く。
ヒュルル…… パァアアン
青い空に真っ白な魔法の光が弾け、それは昼間でもよく目立つ光量で、しばらく上空に光の大輪として咲き続けた。
見上げる僕を、真紅の瞳が振り返った。
そこには、獲物を求める魔狩人としての光が強く輝いていた。
彼女は美しく微笑む。
「キルトたちも、これで追ってこれるでしょう。さぁ、マール? 私たちはこのまま犯人たちを追い、全員、狩ってしまいましょう」
その声に、心が震える。
そして僕は、そんな自分のお嫁さんに、すぐに頷いてみせたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
王国トップとなる『金印の魔狩人』の追跡は、正確かつ完璧だった。
僕にはわからない小さな痕跡も見逃さず、
「人数は12人。足跡の沈み込み具合から全員、商人としての変装はやめ、すでに鎧や武具などで武装しているようです。移動速度は荷物があるためか、慎重で遅めですね」
そんなことまで把握していた。
(さすが、何でもできるお姉さんだ……)
その頼もしい自分の奥さんの背中を追いながら、森の奥へと進んでいく。
歩きながら聞く。
「さっきの発光信号弾で、僕らの追跡に気づいたかな?」
「恐らくは」
彼女は首肯した。
「ただ、それで行動が変わることはないでしょう。むしろ、どこかで隠れてやり過ごそうと立ち止まってくれた方が、私としては楽で助かりますがね」
そう答えながら、微笑んだ。
やがて、しばらく進むと、僕でもわかるぐらい痕跡が多くなった。
これは……。
(多分、この時点で発光信号弾に気づいたんだ。それで、なりふり構わず速度をあげた?)
「ですね」
僕の予想を、イルティミナさんも『正解だろう』と頷いてくれた。
3台の竜車からここまでの距離と発光信号弾をあげてからの時間で、今の僕らと犯人までがどのくらい離れているかわかる。
あの時、犯人たちがここにいたとすれば、
(多分……もう、2キロを切っている)
これは、だいぶ近いぞ。
僕は、イルティミナさんを見た。
その視線に気づいた彼女は、美しく微笑み、頷いた。
「もう少しです」
「うん」
そうして僕らは、再び追跡を開始する。
向こうは人数もあり、高価な絵画の運搬もしている以上、僕らの方が足は速い。
急げ、急げ。
もう少しだ。
自分に言い聞かせながら、息を切らして前へと進む。
イルティミナさんも立ちはだかる森の木々の枝葉を、その手の『白翼の槍』で打ち払いながら、ズンズンと歩いていく。
やがて、森の木々が途切れた。
その先にあったのは、大きな崖だ。
僕らの目前には深い渓谷が広がっていて、その先にはアルン神皇国との国境となる山脈の連なりがそびえていた。
その大自然の威容に、思わず見入ってしまう。
その時、
「――いました」
イルティミナさんの低く抑えられた声が響いた。
(え?)
彼女を振り返る。
イルティミナさんの真紅の瞳は、眼下の谷底へと向けられていた。
僕も視線を向け、それを見つける。
(あ……いた)
遠い渓谷の谷底を歩いている、12人の人影があった。
小さな人形のように見える彼らは、皆、冒険者のような恰好をしており、その背中には大型のリュックが追われていた。
恐らく、あのリュックの中に盗んだ絵画が積まれているんだ。
(ようやく追いついた)
僕とイルティミナさんは、崖の上から12人の犯人たちを見つめた。
吹く風に、イルティミナさんの長い髪がたなびく。
それを片手で押さえ、彼女は僕を見た。
うん、わかってる。
この崖を降りるためには手間がかかり、犯人たちに追いつくにはもう少し時間が必要だ。
……普通ならば。
自分の奥さんに頷きを返した僕は、再びポケットの『神武具』を光の粒子に変えると、自身の背中に虹色の金属翼を展開させた。
リリィン
金属の羽根が美しく鳴る。
イルティミナさんが身を寄せて、背中側から抱きついてくる。
それを受けた僕は、背中の翼を大きく広げると神気を流し込み、その翼たちに浮力を発生させた。
ヴォン
僕ら2人の身体が宙に浮く。
空を飛べば、あの犯人たちの所までは一瞬だ。
(…………)
戦いに向けて、心が熱く燃えてくる。
ディアールさんの作品を、多くの名画たちを、そして、僕の大切な人への思いを込めて描いた絵を盗んだ犯人たちに、ついにこの手の剣が届くのだ。
その昂ぶりを感じたように、イルティミナさんの美貌が近寄って、
「――さぁ、狩りの始まりです」
僕の耳元に、そう甘く囁いた。
僕は頷く。
そして次の瞬間、青い空に虹色の残光を残して、翼を生やした僕らの姿は一気に谷底へと飛翔していったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ここから、いつもの宣伝です。
ただ今、書籍マールの3巻が発売中です。
3巻に合わせて、1、2巻も購入して下さった方もいるみたいで、本当にありがとうございます♪
1、2巻は最新刊でないため、各店舗様の在庫数も少ないようです。
もしご興味がありましたら、どうか、お早めにお求め下さいね。
もちろん最新3巻のことも、ぜひ、よろしくお願いします。
ただ今、コミカライズの第1話も公開しています。
URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
漫画家あわや様の描くマールの世界も、もしよかったら、ぜひ楽しんで下さいね♪