書籍マール3巻発売&コミカライズ記念SS・その8
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の19日目です!
本日は、記念の特別ショートストーリー・その8、です。
よろしくお願いします。
「では、またの」
昼食後、僕らはキルトさんの部屋をあとにすることにした。
キルトさんは、部屋の外まで僕らを見送りに来てくれる。
本当はもっとのんびりしたかったけど、僕とイルティミナさんの休みは今日までで、明日からはまた次のクエストに旅立たなければならなかったんだ。
(少し寂しいな)
お別れの時は、いつもそんな気持ち。
そんな僕に気づいて、キルトさんは笑った。
クシャクシャ
僕の頭を強く撫でて、
「今回の休みではタイミングが合わなかったが、次のクエスト後には、ソルとポーの休みも重なろう。その時に、また皆で集まろうぞ?」
「うん」
彼女の提案に、僕は大きく頷いた。
イルティミナさんも優しく笑って、「はい、そうしましょう」と約束してくれた。
そうして僕らは、キルトさんの部屋の前から立ち去った。
廊下の角を曲がるまで、あの銀髪のお姉さんは、こちらの背中を見守り続けてくれた。
…………。
やがて、冒険者ギルドを出る。
何人かの冒険者は『金印の魔狩人』の存在に気づいたけれど、彼女には孤高のイメージがあるためか、声をかけられることはなかった。
あと、普段着だったのと夫の僕もいるので、プライベート時間だと遠慮してくれたのかもしれない。
そんな視線を感じながら、
「さぁ、帰りましょう、マール」
けれどイルティミナさんは、それらを気にした様子もなく、いつものように僕の手を握った。
ギュッ
ちなみに恋人繋ぎ。
こちらに向けられるのは、他の人には見せない、無防備な優しい笑顔だった。
「――うん」
僕も笑って、指に力を込めた。
そうして笑い合いながら、ギルド前の通りを歩いていく。
夏の日差しが上から降り注ぐ。
通りの右側には、街路樹の隙間から、キラキラと陽光を反射するシュムリア湖が見えていた。
そのまま家路を辿る。
「次のクエストから帰ってきた時には、絵画コンテストの審査結果も出ているでしょうね」
ふとイルティミナさんが呟いた。
うん、そうだね。
期待したいような、でも、傷つくのが嫌だから期待したくないような、そんな気持ち。
でも、
「楽しみですね」
モデルとなってくれた僕の奥さんは、屈託なく笑う。
その様子を見て、別にコンテストで落選したとしても、それで命を落とす訳でもないんだ……なんて、ふと思った。
少なくとも、僕は自分の満足できる絵が描けた。
他の人がどう思おうと、それは変わらない。
それが、例え元宮廷画家のディアールさんであっても、だ。
(うん)
僕の絵の良さは、僕が一番知っている。
あの絵に込めたイルティミナさんへの愛は、例え落選という評価であっても、きっと誰にも負けていない。
それだけは誇り。
そして、それだけで充分だ。
……そんなことを思ったら、ちょっと心が軽くなった。
だから僕も笑って、
「うん、楽しみだね」
大好きな奥さんに、素直な気持ちでそう言えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、僕とイルティミナさんは竜車に乗って、王都ムーリアを出発した。
次のクエスト目的地まで、また旅の日々だ。
ゴトゴト
街道を転がる車輪の振動が、座席から伝わる。
天気も良い。
窓から見える夏の青空は、とても綺麗で清々しかった。
そうして、太陽の輝きに照らされる波打つ草原を、僕がぼんやり眺めていると、
「今日は、もう私を見てくれないのですね」
そんな声が聞こえた。
(え?)
振り返った先には、ちょっと拗ねたような顔をしたイルティミナさんがいた。
僕はキョトンとしてしまう。
え、えっと……?
そんな僕に、彼女は少し寂しそうに笑って、
「ごめんなさい。ですが、あれだけ毎日、ずっと見つめられていたものですから……その視線が急に向けられなくなって、少し悲しくなってしまって」
「…………」
そんな風に言われてしまった。
そ、そうなんだ?
確かに、絵を描くためとはいえ本当に四六時中、ずっとイルティミナさんを見ていたもんね。
僕は首をかしげて、
「あんなに見られて、迷惑じゃなかった?」
そう聞いてみた。
イルティミナさんは、フッと微笑んだ。
座席に置かれた僕の手に、自分の綺麗な白い手を重ねて、
「まさか」
と否定した。
それから、こんな風に言う。
「その視線が、私を観察するだけのものならば、確かに複雑な気持ちになったかもしれません。――ですが、貴方の視線には、私への愛がありました」
ギュッ
重ねた彼女の指に、力がこもる。
「その眼差しには、私のことが好きだという切なく真っ直ぐな思いがあり、それを向けられる私には、その大きな愛情に常に包まれているような幸福感がありました」
「…………」
「そう……その視線によって、私はずっとマールの愛を与え続けられていたのですよ」
そう語る真紅の瞳は、熱っぽく潤んでいた。
思わず、ドキリとしてしまう。
(そ、そっか)
イルティミナさんは、僕の視線をそんな風に感じてくれてたんだ。
少し恥ずかしいけど、でも、
「嬉しいな」
そうはにかんだ。
だって、僕のイルティミナさんへの思いがちゃんと伝わってたんだから。
それは素直に嬉しいよ。
少し赤くなりながら言った僕の言葉に、イルティミナさんはかすかに驚いた顔をする。
それから、すぐに嬉しそうに笑った。
「マールは……本当に私のことが好きなんですね?」
そう呟く。
ん?
「うん」
当たり前だよ――そう思って、僕は頷いた。
イルティミナさんは感激したようにブルッと身体を一瞬震わせて、それから、何かを我慢するように強く唇を引き結んだ。
重ねられた手が痛くなるほど握られる。
それから、
「私も……マールのことが好きですよ」
そう恥ずかしそうに言ってくれた。
(っっ)
その言葉に心が跳ねた。
うわぁ……好きって言ってもらえた。
それも大好きな人から。
それだけで有頂天になってしまうよ。
「えへへ」
僕はついだらしなく表情を緩めてしまう。
イルティミナさんは、そんな僕を優しく見つめた。
「今度は、私も貴方のことを見ています。もっと、ずっと……。だからマールも、また私のことをその眼差しでいっぱい愛してくださいますか?」
少し不安そうな声。
僕は、大きく頷いた。
「もちろんだよ!」
「……嬉しい」
真っ直ぐに見つめて言うと、イルティミナさんは少し泣きそうな顔で微笑んだ。
そうしてお互いを見つめ合う。
…………。
あぁ、そうか。
イルティミナさんの眼差しから感じられる深い慈愛の感情は、確かに僕へと伝わって、不思議な温かさと安心感があった。
(この視線を、僕もイルティミナさんに与えられていたんだね?)
そう気づく。
言葉にしなくても伝わるものは、いっぱいあるんだなぁ……そう改めて思った。
「…………」
「…………」
竜車の中で、僕らは見つめ合った。
なんか幸せ。
そんな僕とイルティミナさんを乗せて、夏空の下、竜車は王都ムーリアから続く草原の街道を走っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
1ヶ月ほどで、今回のクエストを終えた僕らは、王都ムーリアへと帰ってきた。
正門前の乗降場でチャーターした竜車を降りて、いつものように冒険者ギルド・月光の風へと向かって歩いていく。
「さぁ、マール」
「うん」
キュッ
僕らは笑い合って、手を繋いだ。
王都の通りは人が多いから、小柄な僕が迷子にならないように……という建前で、ただ相手の温もりを感じたかっただけなんだけどね。
でも、
(えへへ、幸せだよ)
2人して少し赤くなりながら、笑い合ってしまう。
クエストはちゃんとやったんだけど、今回は、それ以外の自由時間で、お互いずっと相手のことを見ていたんだよね。
食事の時とか、寝る前とか、着替える時とか。
そのせいかな?
なんだか、イルティミナさんから伝えられる愛情がずっとあって、心がずっと温かかった。
それに、イルティミナさんを愛おしいって思う気持ちが、いつまでも高まったままで、全然、収まってくれなかったんだよね。
結婚して2年経つ。
だけど、思いは結婚した当時よりも、ずっと強くなっている気がする。
チラッ
その美貌を見上げれば、向こうもこちらを見ていた。
目が合う。
それだけで、身体の芯が熱くなる感じがして、それはイルティミナさんも同じなんだとなぜかわかった。
「うふふっ」
イルティミナさんは艶っぽく笑う。
それだけで、僕はドキドキだ。
クエストから帰る時の竜車の車内でも言われたものだ。
「マール? どうか、このイルティミナ以外の女の絵は、もう描かないでくださいね? ……あの視線を他の女にも向けるのかと思ったら、私は嫉妬に狂ってしまいます」
妖しい炎を灯した目で、僕の頬を撫でながら。
僕は「うん」と頷いた。
頷くしかなかった。
正直、キルトさんやソルティス、ポーちゃんの絵を描きたいな……なんて気持ちもあるんだけど。
(でも、しばらくは我慢だね)
イルティミナさんが嫌がるなら、それはしないのだ。
そんなことを思いながら、通りを歩いていく。
湖沿いの道を進んでいき、やがて白亜の塔のような『冒険者ギルド・月光の風』が見えてきた。
(やぁ、やっと帰ってこれたね)
そう安堵する。
イルティミナさんの表情も穏やかだ。
「おや?」
その眼差しが、少し細められた。
(ん?)
思わず、彼女の視線を追いかけると、ギルドの門前に見知った3人の姿があった。
ドキッ
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんだ。
ふと3人の絵を描きたいな、なんて思ったから、ちょっと浮気してしまったような気分になって、少し動揺してしまった。
いやいや、何もやましいことはしてないぞ。
と、向こうもこちらに気づいた。
3人がこちらに駆けよってくる。
どうやら、僕らの帰還の日程を聞いていて、僕とイルティミナさんを待っていたみたいだ。
(お出迎え?)
なんて思ったけど、
「マール、イルナ姉、大変よ!」
とソルティス。
え? 何事?
言われた僕とイルティミナさんは、キョトンとなってしまう。
3人は、僕らの前にやって来た。
キルトさんが、
「まずは、クエスト、お疲れ様であったの。しかし、帰ったばかりですまぬが、そなたらに伝えたいことがある」
と言った。
表情と声は落ち着いているけれど、どこか真剣だ。
ポーちゃんもコクンと頷いている。
(……伝えたいこと?)
僕とイルティミナさんは、つい顔を見合わせた。
銀髪をポニーテールにしたキルトさんは、その黄金の瞳を僕へと向けた。
そして、言う。
「マール。そなた、ディアール・レムネウスの絵画コンテストに作品を提出していたであろう?」
「う、うん」
確か、もう結果発表されているはずだ。
(もしかして、そのこと?)
そう思った。
でも、違った。
紫色の柔らかな髪を散らして、ソルティスが身を乗り出す。
「盗まれちゃったのよ!」
そう叫んだ。
え?
「倉庫に保管されていたディアールの収集した作品と、コンテスト用の作品たちがまとめて盗まれちゃったの! だから、マールの描いた絵もなくなっちゃったのよ!」
「…………」
「…………」
僕とイルティミナさんは呆けた。
その意味が浸透し、
「え、えぇええっ!?」
僕の悲鳴のような叫びが、王都の青い空に響き渡った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
小説の次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ここからは、いつもの宣伝です。
マールの書籍3巻、ただ今、発売中です。
1~3巻まで、全ての巻末には書き下ろしのショートストーリーが掲載されています。
1巻は、イルティミナ視点。
2巻は、ソルティス視点。
そして、今回の3巻は、あの頼もしい鬼姫様、キルト視点のショートストーリーとなっています。
マール以外の視点で書かれている物語は珍しいので、もし気になりましたら、ぜひご購入の検討をしてみて下さいね。
きっと損はさせないと思っております♪
コミカライズも公開中です。
URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
ただ今、無料公開中ですので、どうかお気軽にご覧になってみて下さいね♪