書籍マール3巻発売&コミカライズ記念SS・その7
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の18日目です!
本日は、記念の特別ショートストーリー・その7、です。
よろしくお願いします。
「これでよし……っと」
完成した絵を丁寧に梱包して、僕は大きく息を吐いた。
昨日、絵を描き終えた直後に、僕はそのまま眠ってしまったそうで、イルティミナさんに寝室まで運んでもらって、目が覚めたのは今朝のことだった。
一瞬、絵が完成したのは夢だったのかと慌てたけど、
(あ……よかった)
その絵を見つけて、ちゃんと現実だったので安心したんだ。
「ふふっ」
イルティミナさんには笑われてしまったけどね、えへへ。
ほぼ1日が経って、水彩絵の具も乾いていた。
それから僕はイルティミナさんにも手伝ってもらって、絵を傷めない滑らかな布で丁寧に包んで、緩衝用の綿で覆い、また布で包んでから紐で固定した。
今度は、それを木箱にしまう。
これで梱包は完成だ。
さっきの一言は、ここで出たんだよね。
あとはこれを提出するだけ。
期限は今日までだから、結構、ギリギリだったかもしれない。
(でも、描けてよかった)
安心している僕の髪を、イルティミナさんも微笑みながら『よしよし』と撫でてくれる。
そのあと、昨日の夕食を食べていなかった分も含めて、イルティミナさんの作ってくれた朝食をしっかりと食べた。
食後、一息入れてから、家を出る。
もちろん、イルティミナさんも一緒に来てくれた。
募集パンフレットに書かれていた内容によれば、画材などを扱う大きな商材店の倉庫に届ければいいみたいだ。
結構、老舗で王国でも有名なお店だ。
宮廷画家だったディアールさんとも交流があったのかもしれないね。それで、募集したたくさんの絵を預かってくれるのかもしれない。
木箱を背負って、街を歩く。
「マールは私の後ろに」
「うん」
王都は人の数も多いので、イルティミナさんが先頭に立って人除けの盾となってくれた。
人並みの中には、スリなどの悪い人たちもいる。
でも、『金印の魔狩人』に護衛してもらえるなら安心だね。
おかげ様で大事な木箱は、人にぶつかって落とすことも、盗まれることもなく、無事に商材店の倉庫へと辿り着いた。
大きな倉庫だ。
前世の体育館みたいなサイズの倉庫が5棟も並んでいる。
(え~と?)
あそこが受付かな?
倉庫前には、警備員の詰所のような小屋があって、僕らはそちらに向かった。
対応してくれたおじさんに、パンフレットを見せながら事情を話すと、すぐに理解してくれて木箱を預かってくれた。
扱い方も丁寧だ。
それから、僕の名前や住所、絵の題名などを書類に記入した。
すると、木箱には『紙』が張り付けられて、それにも、僕の名前と住所、絵の題名、それから整理番号が書き込まれていた。
同じ番号の描かれた割符が渡される。
絵と絵を描いた本人を証明する大事な物なので、なくさないようにと念を押された。
僕はしっかり握って頷く。
そして、おじさんは笑って、
「君が描いた絵は、大切に預からせてもらうよ。お疲れ様、いい結果が出るといいね」
と言ってもらえた。
僕も笑って「はい」と答えた。
そんな僕のことを、イルティミナさんとおじさんは優しい眼差しで眺めていた。
そうして僕ら夫婦は、倉庫をあとにする。
(……うん)
これで、やるべきは終わった。
あとは結果がどうなるか、その時を大人しく待つのみだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「そうか、ついに完成したか」
僕らの報告に、キルトさんは大きく頷いた。
倉庫をあとにした僕らは、時間があったので冒険者ギルドに立ち寄って、キルトさんの所にも顔を出したんだ。
銀髪をポニーテールにしたお姉さんは、
「ようがんばったの」
グシャグシャ
笑って、僕の髪を少し乱暴に撫でてくれた。
えへへ。
僕は少し照れ笑いをして、
「イルティミナさんがいっぱい協力してくれてね。だから期日までに間に合ったし、自分でも納得できるいい絵が描けたんだ」
と教えてあげた。
イルティミナさんは「まぁ、マールったら」とはにかみ、でも嬉しそうだ。
そんな僕らに、キルトさんも微笑む。
「そうか。しかし、どんな絵だったのか、わらわも見てみたかったの」
と呟いた。
一応、審査が終われば、絵は希望者には返してもらえることになっていた。
もちろん、返送費用はかかるけど。
でも、僕としては、凄くよく描けた絵だったし、ちゃんと返却希望として手続きしてもらったんだ。
だから、結果発表後には見せてあげられると思う。
そんなことを伝えると、
「となると、来月以降かの?」
とキルトさん。
僕は「うん」と頷こうとして、でも、その前にイルティミナさんが口を開いた。
「もしかしたら、その前に見れるかもしれませんよ?」
「え?」
「む?」
2人して彼女を見てしまう。
イルティミナさんは澄ました表情で、
「今回のコンテストでは、受賞した作品たちは王立芸術館に展示がされるそうです。なので、そこでマールの絵が見られるかもしれません」
そう人差し指を立てて説明した。
僕はポカンだ。
確かに一生懸命描いたけど、でも、受賞なんて考えてもなかった。
(ディアールさんに審査という形ででも、僕の絵を見てもらえれば……そんなつもりで応募しただけだから)
だから、びっくりしてしまったんだ。
それに受付のおじさんに聞いたんだけど、今回の募集、プロは参加していなくても、セミプロは参加しているみたいなんだ。
セミプロ。
つまり、絵だけでは生計を立てれないので、別の仕事もしているけれど、絵の仕事もしている本物の画家さんたちだ。
例えば、新聞や小説本などの挿絵、お店の看板絵、美術学校の先生など、まだ売れていないけれど、実力のある人たちもコンテストに参加しているんだって。
そりゃそうだ。
だって、元宮廷画家のディアールさん主催のコンテストなんだから。
受賞すれば、画家として生計を立てられるだけの名声が得られるかもしれない。
そうした熱意ある人たちが大勢参加している。
……対して、僕は?
(ただ絵が好きなだけの素人だ)
自分では納得できる絵が描けたけれど、それが受賞するとは、とても思えないかなぁ。
僕の説明に、キルトさんは「ふむ」と唸った。
彼女は、僕の奥さんを見て、
「本人はこう言っておるが?」
「マールは自己評価が低いですからね。私は、それなりに可能性があるのではと思いましたよ」
僕の奥さんは、そう答えた。
(あはは……イルティミナさんは、僕を贔屓目に見てるから)
そう思ったけど、
「少なくとも、あの絵に込められたマールの私への愛は本物だと感じました。それはきっと、万人にも伝わるものだと思います。ですから、私は期待してしまうのですよ」
自分の豊かな胸元をギュッと両手で押さえて、彼女は微笑んだ。
その微笑みに、曇ったところは何もない。
どこまでも澄んだ信頼の笑顔だ。
キルトさんは「そうか」と納得したように頷いて、
「そなたがそこまで言うならば、わらわも期待して待つとしようかの」
と笑った。
(キルトさん!?)
2人で頷くお姉さんに、僕は唖然となった。
いや……そりゃ、確かにイルティミナさんへの愛を精一杯に込めて描いたのは本当だけど、さ。
キルトさんも意外と弟子への評価は甘いようです。
(まぁ、いいけどね)
2人ともなんだか楽しそうなので、僕は心の中で苦笑して、野暮なことは何も言わないことにした。
◇◇◇◇◇◇◇
その日のお昼ご飯は、そのままキルトさんの部屋でご馳走になることになった。
ギルドスタッフさんによって料理が届けられ、僕らは食事を開始する。
料理を食べながら、
「もし受賞したのなら、マールは冒険者を辞めて、画家として生きていくつもりはあるのかの?」
と、キルトさんに聞かれた。
(はい?)
僕は青い目を瞬いた。
いやいや、そもそも受賞できないって。
そう思う僕だけど、
「まぁ、仮の話じゃ。少なくとも、結果が出るまでは、そうした話をしてもよかろう?」
彼女はそう笑う。
それから、少し表情を真面目に戻して、
「それに冒険者というのは危険な職業じゃ。もし違う生き方が選べるのならば、そちらに進むというのも間違った判断でもあるまい。その辺の気持ちを聞きたくての」
そう続けた。
(僕の気持ち……)
思わず、自分の胸元を見つめてしまった。
気づけば、イルティミナさんも食事の手を止めて、こちらを見ていた。
僕は少し考える。
それから、こう答えた。
「僕が冒険者をしているのは、イルティミナさんと一緒にいたいからだ。だから、冒険者を辞めることはないよ」
「マール……」
イルティミナさんは驚いた顔をした。
キルトさんは「ふむ」と頷く。
そして銀髪の美女は、今度はイルティミナさんを見て、
「では、イルナは、マールが画家になりたいと言ったなら、冒険者を引退する気持ちはあるのかの?」
と聞いた。
(イルティミナさんが引退?)
それも、僕のために?
思わず僕も、彼女を見てしまった。
僕らの視線を受けて、イルティミナさんは少し驚いた様子を見せたけど、すぐに落ち着いた表情になった。
そして言う。
「もちろん、マールがそれを望むなら、私は冒険者を引退しても構いませんよ」
淡々と、けれど芯のある声だ。
そこに彼女の本気さを感じる。
(でも、いいの?)
彼女はもう10年以上、冒険者をやっている。
そして、その頂点である『金印の魔狩人』にまで登り詰めたほどだ。
それは生半可な覚悟と努力では、到達できない。
それを僕なんかのために、そんな簡単にあっさりと捨てるようなことを決めてしまえるなんて、なんだかもったいないような、恐れ多いような感じだった。
そんな僕に気づいて、イルティミナさんは微笑んだ。
「生きるためだけなら、すでに充分な蓄えもあります。それに私が『金印』になったのも、全てはマールのためですから」
「…………」
そうだった。
僕は『神狗』で、『闇の子』の脅威があった頃、本来なら王国に保護される立場の存在だったんだ。
それでも自由に行動できたのは、キルトさん、イルティミナさんが『金印』だったから。
シュムリア王国においては、それほどに『金印の冒険者』という肩書きには、圧倒的な信頼と責任の重みがあるんだ。
そしてイルティミナさんは、その重責を、僕とずっと一緒にいるために背負う覚悟をしてくれたんだ。
…………。
今は平和になって、そこまで僕の行動に制約はなくなった。
イルティミナさんが『金印』でなくなっても、きっと王国の保護監視下に置かれるような事態にはならないと思う。
だから、
(イルティミナさんは引退してもいい……って言ってくれたの?)
僕のためなら?
その愛情の深さに、心が痺れた。
見つめる僕に、彼女は、ニコリと笑ってくれる。
「私は、マールの意思を尊重します。だから、マールの進みたい道に、私も一緒に隣を歩いていければいいと思っておりますよ」
「イルティミナさん……」
僕らは、つい見つめ合ってしまった。
キルトさんは、そんな熱々な夫婦に小さく苦笑していた。
そして、
「イルナはこう言っておるが、マール? それでも、そなたは冒険者を続けるつもりか?」
と問いかけられた。
…………。
僕は、しばらく沈黙した。
イルティミナさん、キルトさん、2人のお姉さんたちからの視線を強く感じる。
やがて僕は、
「うん、続ける」
と答えた。
キルトさんは「ほう?」と呟き、その理由を問いかけるような視線を向けてくる。イルティミナさんも同じだ。
僕は言った。
「確かに、冒険者の……それも『魔狩人』の仕事は危険だと思う」
「…………」
「でも、それは、その同じ危険に晒されている無力な人を助けるためなんだ。僕らの仕事は、そうした人たちの危険を取り除くためにあるんだよ」
魔狩人の仕事は、魔物を狩ることだ。
それは、魔物の脅威に苦しんでいる人たちを助けることだ。
……僕らは強い。
うぬぼれに思われるかもしれないけれど、僕とイルティミナさんは王国でもトップを争うレベルの冒険者なんだ。
この手で救える人は、たくさんいる。
この手を待っている人は、もっとたくさんいる。
(それに、僕は応えたい)
応えられる力が、今の僕の手にはあると思うから。
絵を描くことはもちろん好きだけど、それは、この手に応えられる力がなくなってからでもいいと思うんだ。
絵は趣味。
魔狩人は仕事。
趣味は心を癒すためで、仕事は自分の命に意味を与えるためのものだ。
だからこそ、今は。
「今はまだ、魔狩人として活動していたいかな」
僕は、そんな思いを語った。
キルトさん、イルティミナさんは黙って、そんな僕の話を聞いてくれた。
そして、豊かな銀髪を揺らして、キルトさんは大きく頷いた。
その顔はなんだか嬉しそうで、
「そうか。しばらく共にいない間に、マールも成長しているのじゃな。見た目はまだまだ子供じゃが、その心はなかなかどうして、立派な大人となっておるではないか」
なんて言う。
いやいや、
(僕、もうとっくに成人してるんだけど?)
そう突っ込みたい。
そして、そんな僕の頭を、イルティミナさんは横から抱きしめてきた。
「あぁ、マール。貴方は本当に良い子ですね。そんなマールのそばに、私はずっといますからね」
ギュッ
柔らかな弾力が顔に押しつけられている。
正直、ちょっと気持ちいい。
うん、イルティミナさんと一緒に、これからも冒険者をしていられたらな。
そしていつか、引退して2人でのんびり過ごしながら、またイルティミナさんの絵をたくさん描いてみたいな。
(今回、コンテストに参加はしたけど……)
それと将来は、また別の話だ。
もちろん、絵を描くのが好きなのは、本当。
その気持ちに嘘はない。
だからこそ、その本気さがどこまで通じるのか、それを知りたいとも思っているけれど。
でも、あまり結果に期待はしていないんだ。
そして、どんな将来を想像するにしても、僕にとって大切なのはたった1つ。
(ずっと、イルティミナさんと一緒にいること)
それだけなんだ。
彼女の腕の中でその温もりに包まれて、改めてそう思う。
「ふふっ、マール」
イルティミナさんは愛おしそうに、こんな僕に頬擦りしてくれる。
そんな風にして僕は、キルトさん、イルティミナさんと昼食を食べながら、もしもの将来についての話をしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
小説の次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ここからは恒例の宣伝です。
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ご購入して下さった皆さんは、本当に、本当にありがとうございます♪
まだ購入するか迷っている方は、いらっしゃいますか?
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小説とはまた一味違った楽しさ、面白さをぜひ味わって下さいね♪




