書籍マール3巻発売&コミカライズ記念SS・その4
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の15日目です!
本日は、記念の特別ショートストーリー・その4、です。
よろしくお願いします。
王立芸術館をあとにして、僕ら5人は、近くの喫茶店でお茶をすることにした。
ムグムグ ハムハム
席に座ったソルティスは、大きくなっても相変わらずで、頼んだ大量のケーキたちを美味しそうに頬張っていた。凄く幸せそうな顔である。
ポーちゃんは、相方の平らげた空のお皿をせっせと積み上げていた。
キルトさんは果実酒のグラスを傾けている。
昼間からお酒なんて……と思ったけど、考えたら、彼女はすでに冒険者も引退して、特に仕事をしているわけでもないので問題なかった。
僕とイルティミナさんは、紅茶を頼んだ。
僕はミルクティー、イルティミナさんはストレートティーだった。
(ん、美味しい)
その味に、心もほっこり。
そうして僕は、紅茶を楽しみながら、もらって来たパンフレットを広げて、絵画コンテストの詳細を確認したんだ。
まず、参加資格。
プロでないなら、年齢、性別、種族は関係ないみたい。
つまり、
(『魔血の民』でも参加していいってことだ)
これには驚いた。
魔血差別は国として禁止されているけれど、正直、世間ではまだまだ差別意識は根強い。
横から見ていたイルティミナさんも頷いて、
「これは珍しいコンテストですね」
と呟いたぐらいだ。
ちょっとすれているソルティスは、「世間体で参加はさせても、審査で落として受賞させないとかじゃないの~?」なんて言っていたけれど。
でも、僕は大丈夫だと思った。
「なんでよ?」
「ディアールさんの絵、とっても素敵だったから」
彼女の疑問に、そう答えた。
今回の展示会では、もちろん、ディアール・レムネウスの絵画も飾られていた。
その絵を見て、僕は思ったんだ。
これを描いた人は、とても優しい人だって。
何気ない農村の風景画。
黄金の稲穂の海に、収穫をしている女性たち。
たったそれだけの絵なのに、不思議な生命の力強さと温かさを感じたんだ。
ディアールさんがこの絵を描いている時の感情、感覚、心情が伝わってくる気がして、僕は彼がとても心の温かな人なんだって思ったんだ。
だから、
「きっと大丈夫だよ」
僕はそう笑った。
ソルティスは無言で僕を見つめ、その肩をポーちゃんがポンポンと叩いた。
キルトさんが笑って、
「マールがそう言うなら、きっとそうなのであろ」
「…………」
その言葉に、ソルティスは嘆息する。
「ま、そうね~」
そう言って、肩を竦めた。
そんな少女に、イルティミナさんとキルトさんは顔を見合わせ、楽しそうに笑っていた。
(???)
僕はキョトンとしつつ、またパンフレットを見た。
次は題材。
特に指定はなくて、肖像画、風景画、静物画、何でもいいみたいだ。
……何でもいいって言われると、逆に迷うなぁ。
(ま、描きたいものを描こう、うん)
と、1人頷く。
ちなみに絵のサイズも特に決まってなくて、最小で10センチ四方、最大で3メード四方と広い指定となっている。
僕は、一般的なサイズのキャンバスかな。
絵の描き方にも指定はなくて、油彩でも水彩でも版画でも切り絵でも、何でも大丈夫らしい。
大らかなコンテストだ。
(これもディアールさんの人柄かな?)
とにかく自由な発想の芸術を求めているみたいだった。
ん~?
僕は、やっぱり普通の水彩画かな。
それが一番慣れているし、あの優しい色の雰囲気が好きだし。
水墨画みたいに黒一色で描いてもいいんだけど、せっかくのコンテストなんだから、がんばってカラーにしてみようかなと思う、うん。
そして最後の項目を確認する。
それは提出期限だ。
パンフレットによれば、募集期間は来月20日まで。
今からだと、だいたい1ヶ月後ぐらいだ。
コンテストの審査結果は、再来月に発表予定だって。
(ふ~ん?)
つまり、絵の制作期間は30日か。
…………。
いや、待てよ?
僕は冒険者としての仕事もある訳で、明後日には、また新しいクエストで王都を離れることになっているんだ。
帰ってくるのは、3週間後かな?
となると、
「実質1週間で描かないといけないんだ……」
クエストが予定通りにいかなければ、もっと短くなるかもしれない。
こ、これは大変だ。
道具を準備して、題材を決めて、構図を考えて、下絵を描いて、色付けして、乾燥させて、完成して提出するまでを1週間でやらないといけないんだ。
ちょっと慌ただしいぞ。
僕の様子に気づいたのか、
「マール? もしよかったら、次のクエストをしばらく延期しても良いのですよ?」
イルティミナさんはそう言ってくれた。
でも、僕は首を振った。
「ううん、それは駄目」
僕らの仕事は『魔狩人』といって、魔物で困っている人たちのために、その魔物を狩ることなんだ。
延期をすれば、その分、その人の困る時間も長くなる。
最悪、人死にが出るかもしれない。
僕らがしているのは、そういうお仕事なんだ。
だから、
「絵を描くのは好きだけど、そのために冒険者の仕事を疎かにするなんてできないよ。それに、そんな気持ちで描いても、きっといい絵なんて描けないと思うから」
そう言った。
絵は、描く人の心をとても反映するものだからね。
僕の答えに、キルトさんは「うむうむ」と満足そうに頷く。
ソルティスは「ヒュウ」と口笛を吹き、真似っ子のポーちゃんは口笛を失敗して、尖らせた唇からただ息を吐きだすのみだった。
イルティミナさんは少し困ったように微笑んで、それから吐息をこぼした。
そして、
「そうですね。マールは優しい子ですから、その通りだと思います」
と言ってくれたんだ
わかってくれた奥さんに、僕も微笑む。
(大変だけど、でも、できる限りでがんばろう)
まずは仕事を第一にして、そうして残された時間でコンテスト用の絵をしっかりと仕上げるんだ。
ソルティスは苦笑し、
「ま、がんばんなさいよ?」
と、珍しく激励してくれた。
うん、もちろん。
キルトさんは美味しそうに果実酒を一口飲み、グラスを口から離した。
濡れた唇を小さく舌で舐め、
「して? コンテストに向けて何を描くのか、何かしら思いついておるのか?」
と聞かれた。
僕は少し考え、「うん」と頷く。
ちょっと迷ったんだけど、でも、製作期間が短いということで決断できたというか、一応、題材を決められたんだ。
つまり、
「一番見慣れて、描き慣れたものを描いてみようかなって」
「ほう?」
キルトさんが興味深そうに相槌を打つ。
「それは何じゃ?」
質問が重ねられる。
答えを待つように、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも食事の手を止めて、こちらを見ていた。
僕は、
「イルティミナさんだよ」
「え?」
驚く自分の奥さんを見つめ返した。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの視線も彼女に向く。
イルティミナさんは真紅の瞳を丸くして、呆けたように口を開けていた。
「……私……ですか?」
「うん」
僕は頷いた。
「僕が誰よりも大好きで、何よりも一番描きたいって思えるイルティミナさんのことを、今回のコンテストの絵に描いてみようと思ってるんだ」
ご覧いただき、ありがとうございました。
小説の次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
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ただ今、マールの書籍3巻が発売しています。
本編だけでなく、巻末SSや美麗なイラストなど、WEB版にはない魅力もいっぱいですので、どうか手に取って楽しんでみて下さいね♪
電子版には、特典としてイルティミナ視点のSSもありますよ。
もしよかったら、マールやイルティミナたちへの応援として、ご購入を検討して頂ければ幸いです。
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URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
小説とはまた違った魅力のマールたちが見られますので、ぜひ覗いてみて下さいね♪




