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書籍マール3巻発売&コミカライズ記念SS・その2

書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の13日目です!(ちょうど半分!)


本日は、記念の特別ショートストーリー・その2、です。


よろしくお願いします。

「ほう、美術展とな?」


 僕の見せた招待券を、キルトさんは物珍しそうに見つめた。


 おじいさんに招待券をもらった日の夜、僕とイルティミナさんは、冒険者ギルドにある『キルトさんの部屋』を訪れていたんだ。


「どれどれ?」


 言いながら、横からソルティスが覗き込んでくる。


 そばにはポーちゃんもいた。


 実は、僕らの休日とソルティス、ポーちゃんの休日が重なったんで、今夜はみんなで一緒に食事をすることになっていたんだよね。


 そこでキルトさんの部屋に集合となった訳だ。


 リビングのテーブルには、ギルドスタッフの作ってくれた料理が並んでいる。


 キルトさんは、タンクトップの黒シャツにズボンというラフな格好で、豊かな銀髪はポニーテールにされていた。


 30代となっても引き締まった素晴らしいプロポーション。


 冒険をしている時は張り詰めた雰囲気だけれど、今は平和な日常なので、凄く柔らかな印象だ。


 すでにお酒も入っていて、顔もほんのり赤い。


 まとう空気が柔らかいのは、そのせいもあるかもしれないね。


 ソルティスも今は普段着で、シャツにスカート、そして大人びてきた美貌には眼鏡が装着されている。紫色のウェーブがかった髪は、珍しくハーフアップだった。


 その隣のポーちゃんは、ダボッとしたシャツとズボンという格好だ。


 見た目の幼さもあって、本当に子どもに見える。


 この金髪の幼女が、実は、キルトさんよりも強い『神龍』だとは誰も思わないだろうなぁ……。


「はい、マール」


 そんな3人を眺めていると、イルティミナさんが淹れてくれた紅茶を僕の前のテーブルに置いてくれた。


(あ)


「ありがと、イルティミナさん」

「いいえ」


 優しいお姉さんは微笑み、他の3人のテーブルにも紅茶のカップを置いていく。


 そして、招待券を見ていたソルティスは、


「へぇ、ディアールの作品が見れるんだ? いいチケットもらったじゃないの」


 なんて言った。


 え?


 僕はキョトンとなる。


「ディアールの作品?」

「…………。アンタ、まさか知らないの?」


 呆れた視線。


 それに気後れしながら、僕は「う、うん」と正直に頷いた。


 ソルティスは、盛大にため息をこぼす。


「絵を描くのが趣味のくせに、ディアールを知らないなんて……マールって、本当に無知ね?」


 うぐっ……。


 言葉のナイフがチクチクと胸を刺してきます。


 そんな僕の髪を、イルティミナさんの白い手が慰めるように撫でてくれて、


「それで、ディアールとは?」


 と妹に聞いた。


 キルトさん、ポーちゃんも少女を見ている。


 ソルティスは顔をあげ、


「ディアールって言うのは、かつてシュムリア王室の宮廷画家も務めた画家で、それを退いたあとも絵画コレクターとして有名な人物よ」


 と教えてくれた。


 本名は、ディアール・レムネウス。


 若い時から神童と呼ばれた画家で、20代の若さで宮廷画家になったという絵画の世界のキルトさんみたいな人だそうだ。


 神聖シュムリア王城には、今も彼の描いた絵画が幾つも飾られているらしい。


 またシュムリア絵画の文化を守るためとして、たくさんの名画を個人で買い集め、その保存、保管を行っている文化人でもあるんだって。


(へ~、凄い人なんだね)


 初めて知ったけど、びっくりだ。


 ソルティスは、僕のもらった招待券をヒラヒラ揺らして、


「つまり、この美術展はディアールの集めたコレクションが展示されるのよ。その筋の人なら、このチケット、大金を出してでも手に入れたい垂涎の招待券のはずだわ」


 と言った。


 僕とイルティミナさんは、思わず顔を見合わせる。


 気軽にもらっちゃったけど、このチケット、なんか、ずいぶんと大層な物だったみたいだ。


 ソルティスが「はい」とチケットを返してくれる。


「これをくれた人、本当に太っ腹ね」

「…………」

「ディアールの作品や彼の認めた名画たちが見れる機会なんて、そうそうないもの。よかったわね、マール」


(……うん)


 僕は、手の中のチケットを見つめる。


 同じ絵を描くのが好きな者同士として、おじいさんは、年若い僕に本当に良い機会を与えてくれたんだなって、改めて思った。


 その思いに、心が温かくなる。


 イルティミナさんも優しく笑って、


「明日は楽しんできましょうね、マール」

「うん」


 僕も笑って頷いた。


 そんな僕らに、キルトさんは黄金の瞳を細めながらお酒を飲み、ソルティスは苦笑して小さく肩を竦めていた。


 ポーちゃんは1人、みんなの分の料理を小皿に切り分けてくれていたりする。


 …………。


 ちなみに、この『ディアール美術画展示会』のチケット、これ1枚で5人まで入場できると書いてある。


 僕は顔をあげ、


「あのさ、よかったら、キルトさんとソルティスとポーちゃんも一緒に、みんなで行かない?」


 と誘った。


 3人は驚いた顔をする。


 イルティミナさんは『そう言うだろうと思っていました』といった様子で微笑んでいた。


 3人は顔を見合わせ、


「わらわは、そういった芸術方面には疎いのじゃが……行っても良いのかの?」


 とキルトさん。


 僕は笑って、


「絵は、見ればいいだけだよ? それで『この絵、なんかいいな』とか、『これ、綺麗だな』とか思える絵と出会えたら、それだけでいいんじゃないかな?」 

「……ふむ」


 キルトさんは考え込む。


 そんな彼女に、重ねて言う。


「僕だって、正直、芸術云々なんて高尚なことはわからないよ。でも、有名な人が描いた絵とか、興味本位だけでも見てみたいって思えるもの」 

「ふむ、そうか」


 キルトさんは頷いた。


 拍子に柔らかく、ポニーテールの豊かな銀髪が揺れる。


 彼女は白い歯を見せて笑い、


「それなら、わらわも行ってみるかの」


 と言った。


 それを聞いて、ソルティスとポーちゃんも顔を見合わせ、頷いた。


「そうね。私も芸術はよくわからないけど、見聞を広めるためにも、そういうのを生で目にしてみるのもいいかもしれないわね」

「その意見に、ポーも同意する」


 コクコク


 ソルティスの言葉に頷くポーちゃん。


 3人の答えに、 


「うん、じゃあ決まり!」


 僕も大きく頷き、イルティミナさんと顔を見合わせて笑い合った。


 そうして明日の約束が決定。


 その夜は、窓から美しい王都の夜景と、ライトアップされたシュムリア湖上の光の城を眺めながら、僕ら5人は食事会を楽しんだ。


 そして、そのままキルトさんの部屋にお泊り。 


(明日が楽しみだなぁ)


 そうワクワクしながら、いつものようにイルティミナさんの抱き枕になって、僕は眠りについたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、僕らは『ディアール美術画展示会』の会場へとやって来た。


 場所は、王立芸術館だった。


 王立芸術館とは、絵画だけでなく陶芸、彫刻などの展示や、歌謡、舞踊、演劇などの開催なども行う、王国の管理する複合的な芸術を披露する場所なんだ。


 なので、凄く立派な建物だ。


(ひぇぇ……)


 小市民な僕は、建物前でちょっと怖気づいちゃったよ。


 イルティミナさんに言われた通り、いつもよりちゃんとした服装にしてきてよかった……。


 僕ら5人は、門衛さんに招待券を確認してもらって、中へと入った。


 季節は夏。


 だけど、建物内は涼しかった。


 多分、絵画などの保存のため、魔法によって空調が整えられているんだ。


 そして、


「う……わぁ……」


 展示場には、思った以上にたくさんの絵画が並んでいた。


 100じゃ利かない。


 その3倍は数がありそうだ。


(これ、全部、ディアールさん個人のコレクションなの?)


 ちょっと呆然だ。


 他の4人も、驚いたり感心したりした様子だった。


「では、見て参りましょう?」

「うん」


 イルティミナさんの誘いに頷いて、僕らは展示場内を歩きだした。


 …………。


 展示されている絵は、多種多様だった。


 水彩画、油彩画、水墨画など、色んな描き方があって、中には版画などもあった。


 また、そうして描かれる題材も、風景画、静物画、肖像画、宗教画、歴史画などなど、色んなものがあった。


 絵自体の大きさも違う。


 家の壁ぐらいのサイズもあれば、葉書サイズの絵画もあるんだ。


 描かれた時代も、神魔戦争が終結したばかりの頃から現代までのおよそ400年間のものらしい。ちなみに神魔戦争以前の絵は、実はどこの国でも現存していないそうだ。


 そんな時代時代に描かれた無数の絵画の海を、僕らは歩いていく。


 …………。


 どれも、凄い。


 詳しい技法はわからない。


 だけど、僕なんかには想像もできないきめ細やかな筆遣い、正確なデッサン、独創的な色使いなど、どれも人の極致の才で描かれた物ばかりだった。


(……なんなんだろう、これは)


 見ているだけで心が震える。 


 何かが心に伝わってくる。


 心地好さだったり、不安だったり、楽しさだったり、恐怖だったり、絵を見ているだけで色んな思いが生まれては消えていく。


 プツプツと肌が鳥肌になっていた。


 その絵の作者が、その絵に込めた感情、技術、願い、そうしたものをぶつけられているみたいだ。


「…………」


 1つ1つの絵に吸い寄せられ、いちいち立ち止まってしまう。


 これが、人の業なんだ?


 人って、こんなにも素敵な物を、凄い物を、この世界に生み出せるんだ?


 その輝きを思い知らされた。


(人って、なんて凄いんだろう……)


 僕は半端な存在だけれど、『神狗』と呼ばれる神の眷属でもあった。


 だけど。


 だけど、人の輝きは、そうした神の眷属でも届かないほどの光がある……そう思えた。 


 命を燃焼させる輝き。


 ……あぁ、そうか。


(神様たちは、きっとこの輝きを知っているから、人という存在を愛して、何度も守ろうとしてくださったんですね……)


 そう気づいた。


 その事実が胸に響く。


 僕も……僕も、こうした輝きを生み出せるだろうか?


 小さくとも、そうした輝きを生みだせていただろうか?


「マール」


 ふとイルティミナさんに名前を呼ばれた。


 振り返ると、彼女だけじゃなく、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんも、絵画ではなく僕を見ていた。


(?)


 どうしたの?


 そう思う僕の頬を、伸ばされたイルティミナさんの白い指が優しく撫でる。


 その指先が濡れた。


 あれ?


 気がついたら、僕は泣いているみたいだった。


 頬が涙で濡れている。


(え、なんで?) 


 あれ? あれ? と、ちょっと慌ててしまう。


 そんな僕にイルティミナさんは優しく微笑んで、ポケットから取り出したハンカチを渡してくれた。


「あ、ありがと」

「いいえ」


 お礼を言う僕に、彼女は柔らかく首を振る。


 僕は少し赤くなりながら、ハンカチで頬を拭いた。


(は、恥ずかしいな)


 そう思いながら、小さく鼻をすする。


 イルティミナさんは、そんな僕を見つめて、


「今日はこの展示会に来れて、本当に良かったですね」


 と言った。


 そんな彼女を見つめる。


 その後ろでは、他の3人も優しい眼差しで僕を見つめていた。


 僕は笑った。


「うん!」


 素敵な人の輝きが見れて、本当によかった。


 大きく頷いた僕に、イルティミナさんも美しく微笑み、ゆっくりと頷いてくれたんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。



実は、ショートストーリーと書きましたが、5~6万文字ぐらいあります。(自分的には、短い感じです)


毎日更新中には終わりますので、よかったら最後までお付き合い下さいね。



書籍3巻も発売して、ちょうど1週間となりました。


ご購入して下さった皆さん、本当にありがとうございました。


もしまだ迷われている方がいらっしゃいましたら、今からでも、ぜひ手に取ってやって下さいね。


本編だけでなく、素敵なイラスト、巻末SSなど、どうか楽しんで貰えたら幸いです。


電子版には、イルティミナ視点の特典SSもありますので、そちらもぜひ、ご検討下さいませ♪



コミカライズも公開中です。


URLはこちら

https://firecross.jp/comic/series/525


こちらは無料ですので、どうぞ気軽にお楽しみ下さいね♪



※小説の次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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ご購入して下さった皆さんは、本当にありがとうございます♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 貰ったチケットを使ってイルティミナと二人でデートかと思いきや、いつものメンバーで美術展に行く辺りは如何にもマールって感じですね。 いやまぁ、イルティミナに不…
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