668・白竜と竜騎士の少年
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の9日目です!
第668話になります。
よろしくお願いします。
(――見えた!)
15分ほど飛翔して、僕と3体の竜は、アルダニア山地の空へと到達した。
正面の空に、奴がいる。
ケツァルコアトル――真っ赤な6枚の羽毛の翼を生やした白い大蛇だ。
やはり、大きいや……。
その巨体が掠めただけで、山肌に生えていた木々が何百メードもなぎ倒され、大地が抉れてしまって、濛々とした土煙をあげていた。
なんて重量と破壊力だろう。
その白い大蛇は、長い牙を伸ばした口を開け、何かを追いかけていた。
(!)
黒い竜――オルフェだ。
その頭部の鞍には、竜騎士レイドルさんの姿もあった。
グン
レイドルさんが手綱を引く。
同時に、オルフェは上方へととんぼ返りを行い、その真下の空間をケツァルコアトルの白い巨体が通り抜けていった。
うわぁ……間一髪だ。
小回りは、オルフェの方が利く。
けれど、飛翔速度そのものはケツァルコアトルの方が上回っているみたいだ。
動き自体は、ゆったりに見える。
でも、あの巨体だからか、その移動距離が凄まじいんだ。
……そういえば、
(他の2体の竜とアミューケルさんは……?)
周囲に視線を走らせる。
あ、いた。
オルフェとケツァルコアトルからかなり離れた空に、2体の竜と、その1体の頭部にいるアミューケルさんの姿を見つけた。
アミューケルさんは何度も手綱を引き、竜笛を吹く。
でも、竜は反応しない。
……?
もしかして、怯えてる?
ケツァルコアトルの恐怖に負けて、竜たちは指示に従ってくれないみたいだ。
(……そっか)
やはり、訓練前の竜だ。
そういうことも起きてしまうんだね。
むしろ、この状況でレイドルさんの指示に従って、たった1竜で戦っているオルフェが凄いんだ。
僕は、自分を乗せている白い竜を見た。
「…………」
その緊張を感じる。
シャルラも怖いのだ。
でも、僕のために、それを押し殺して飛んでくれていた。
ポン ポン
白い鱗を軽く叩く。
(ありがとう、シャルラ)
そう思いを込めて。
それから僕は顔をあげて、ケツァルコアトルとオルフェの命懸けの鬼ごっこを見た。
今、近づくのは危険だ。
(うん)
そう判断した僕は手綱を引き、まずアミューケルさんと2体の竜の方へと進路を取った。
◇◇◇◇◇◇◇
「は……? マール殿!?」
僕らの接近に気づいたアミューケルさんは、素っ頓狂な叫びをあげた。
僕は「うん!」と答えた。
彼女は唖然とし、それから、僕とシャルラの後方に続く2体の竜を――自分の愛竜の姿を確認して、その表情を輝かせた。
「まさか、連れてきてくれたっすか!?」
「うん!」
「くはぁ……やっぱ、マール殿はマール殿っすね。ほんと、自分らの常識なんて簡単に吹き飛ばしてくるっす!」
「乗り換えできる!?」
「余裕っすよ!」
女竜騎士さんは、笑って答えた。
座席で立ち上がり、
タンッ
空中へと跳躍した。
(!?)
突然の行動に、僕はギョッとする。
硬直しながら落下していく姿を見つめ、けれど、その先へと先回りする彼女の紅色の愛竜が追いついた。
ストッ
音もなく着地。
竜自身の卓越した飛行技術と、繊細な受け止めだ。
そして、それを信頼するアミューケルさん――この何気なく見える一連の行動に、けれど、その1人と1体の強い絆を見せつけられた気がした。
ヒュバッ
彼女と紅い竜が、僕の眼前に来る。
「レイドル隊長と交代してくるっす! 隊長がこっちに来たら、竜の乗り換えをさせてやって欲しいっす!」
「うん、わかった!」
「うっす! そのあとは、マール殿たちは安全な距離まで離れてるっすよ!」
「うん!」
餅は餅屋だ。
僕みたいな素人がいては、逆に足手まといになるぐらいはわかる。
彼女は笑って、
「その勇気に感謝を! ありがとうっす、マール殿!」
バヒュッ
最後にそう口にすると、この場を一気に離脱して、ケツァルコアトルの方へと飛んでいった。
軽やかな動きだ。
とても綺麗。
(……うん)
素人の僕とは、やっぱり竜の扱いが違うよね。
遠ざかる姿を見送る。
アミューケルさんがいなくなって、残された2体の竜は、そのまま逃げようとした。
でも、
『ゴガァア!』
レイドルさんの竜が吠え、その動きは止まった。
おぉ、さすが。
主人がいなくても、やはり隊長の竜だけあって、単独でその場の状況判断ができるみたいだ。
その知性と威厳。
うん、格好いい。
その咆哮にシャルラも緊張していたけど、僕がポンポンと頭を叩いたら、少し落ち着いたみたいだった。
やがて、黒い竜が戻ってくる。
ケツァルコアトルとの鬼ごっこは、アミューケルさんが交代していた。
そして、
「マール君!」
竜の頭部で、レイドルさんが僕を呼んだ。
僕は「うん!」と頷く。
彼は笑って、
「まさか、来てくれるとは……助かったよ! 正直、このままではどうしようもないと思っていたんだ!」
「よかった! さぁ、乗り換えて!」
「あぁ!」
レイドルさんは頷いた。
それから、オルフェの黒い鱗を撫でて、「ありがとう、よくがんばってくれたね」と優しく労う。
グルルッ
オルフェは嬉しそうだ。
ただ、自分の力不足が悔しそうでもあった。
そして、
タンッ
レイドルさんも空中へと跳躍し、その姿を立派な赤い竜が追いかけ、受け止めた。
赤い竜と竜騎士は、僕らの前へ。
『グルルッ』
赤い竜が、オルフェとシャルラ、他2体の竜へと小さく唸った。
ん……っと、
(あとは任せろ)
かな?
僕の感覚では、そんな風に聞こえた。
と、その赤い竜の鋭い眼差しが、僕1人へと向けられた。
(え?)
その瞳にあったのは、敬意と謝意……だろうか?
自分の主人の危機に助力してくれたことを感謝する、まるで本物の騎士みたいな誇り高い視線だった。
思わず、僕は「うん」と頷いた。
その心を受け入れた感じ。
そんな僕と愛竜の様子に、レイドルさんは小さく笑っていた。
そして表情を改める。
「あのケツァルコアトルは俺たちで仕留める! マール君たちは離れた空に待機して、自分たちの安全を最優先に確保していてくれ!」
「うん!」
僕は大きく頷いた。
それから、
「あとはお願いします!」
「あぁ!」
彼は白い歯を見せ、頼もしく答えてくれた。
バヒュッ
次の瞬間、赤い巨体を軽々と翻して、レイドルさんとその愛竜はケツァルコアトルの方へと飛翔していった。
◇◇◇◇◇◇◇
王国最強の騎士隊、シュムリア竜騎隊――その戦いを、僕は特等席から観覧することになった。
赤翼の白き大蛇竜。
その巨体の周囲を、2体の飛竜は華麗に舞った。
キィン チィン
舞いながら、牙や爪、また竜騎士の剣によって、ケツァルコアトルの鱗は削られていく。
火花と鮮血。
それらが空中に咲いていく。
ボバァン
時に火炎を吐いて、削られた鱗の下にある肉を焼き、また真っ赤な翼の羽毛を燃やしていた。
(……凄い)
なんて、旋回性だろう。
ケツァルコアトルも2体の竜を攻撃しようと身をくねらせ、牙を剝いている。
でも、追いつけない。
10倍以上の体格差だ。
もしもあの巨体がぶつかったら、その攻撃を受けたら、2体の竜は1撃でやられてしまうだろう――でも、その1撃を決して喰らわない。
喰らう気配がない。
それだけの正確な飛行技術。
そして、その上で攻撃する戦闘技術。
あぁ……なんて素晴らしいんだろう?
(まるで芸術だ)
思わず、見惚れてしまう。
ふと気づけば、ケツァルコアトルの牙からは、粘性の液体がこぼれていた。
多分、毒だ。
掠っただけで致命傷になるかもしれない。
けど、彼らは引かない。
逃げない。
恐れることなく戦いに挑んでいる。
当たり前のように見えて、けれど、当たり前でないことを竜騎隊の竜たちは見事に行っていた。
(なんて竜たちだろう……)
それに、人相手以上に敬意を覚えてしまう。
その雄姿を、シャルラも、オルフェも、他の2体の竜たちも食い入るように見つめていた。
何かを感じていた。
……うん。
きっと、この子たちも強くなる。
その眼差しを見て、僕は不思議とそう確信していたんだ。
…………。
…………。
…………。
やがて、戦いも佳境に入った。
ケツァルコアトルの6枚の赤い翼の内、2枚が斬り落とされていた。
飛行は不安定。
きっともう1枚でも落としたら、あの白い大蛇は飛行し続けることはできずに地に落ちるだろう。
そうなれば、こちらの勝利はもう間違いない。
だけど、ケツァルコアトルもそれはわかっていた。
だからこそ、これまで以上の苛烈さで2体の竜に抗い、最後の1翼を斬り落とさせることを防いでいた。
その中で、
(!)
奴の赤い瞳が、僕を見た。
目が合う。
その邪悪な意思が伝わる。
僕を乗せたシャルラ、オルフェと2体の竜は、かなり離れた空に待機していた。
それなのに、
ギュオッ
ケツァルコアトルは、僕らへと襲いかかってきた。
「なっ!?」
僕は驚愕する。
レイドルさん、アミューケルさんも予想外で、慌てて白い巨体を追いかけた。
でも、追いつけない。
飛翔速度は、ケツァルコアトルの方が上なんだ。
そして、わかる。
感じる。
あの邪悪な大蛇竜は、弱い僕らを人質にして、竜騎隊の2体の竜を仕留める気なのだと。
それだけの知性が。
悪意の知恵が。
あのケツァルコアトルと呼ばれる巨大な竜には備わっているのだ。
さすが、竜だ……。
野生動物よりも、ずっと賢い。
時には人間以上に、知恵が回るのかもしれない。
そう考えたのは、数秒だ。
けれど、それだけの時間で、ケツァルコアトルの巨体はこちらに肉薄して来ていた。
『グアッ』
『ガアッ』
2体の竜が逃げ出した。
無論、逃げ切れる訳はない。
でも、恐怖に襲われて、逃げずにはいられなかったのだ。
残ったのは、オルフェ。
そして、白い竜シャルラ。
オルフェは抗う意思は残しつつも、その肉体は硬直していた。
そしてシャルラは、
『…………』
僕の命令を待っていた。
え……?
その感情と意思が伝わって、僕は驚いた。
彼女も怖がっている。
逃げたがっている。
でも、鞍上にいる僕の指示を受けようと、必死にその場に留まり、翼を羽ばたかせていた。
(……そうか)
竜騎隊の竜たちを見て、何かを感じたのだろう。
そして、自分も……と。
この子は優しい。
臆病だと聞かされたけれど、そんなことはない。
大事な何かのためには、勇気を振り絞れる子なのだと気づかされた。
優しいからこそ、強い。
僕は頷いた。
僕の特技の1つに、目の前で見た相手の動きを再現できるというものがあるんだ。
キルトさんの剣を、それで学んだ。
同じように……。
僕は今までずっと、竜騎士たちの戦いをこの目に焼きつけていたんだ。
だからこそ、できる。
スタッ
僕は、鞍の金具に右足だけを引っ掛け、空中にありながら立ち上がった。
剣を鞘から抜く。
「シャルラ」
短く名を呼ぶ。
不思議とそれだけで意思が伝わって、彼女は前方へと――正面から迫るケツァルコアトルの巨体へと飛翔しだした。
遠方で、2人の竜騎士が驚いた顔をした。
僕は上段に剣を構える。
(信じるよ、シャルラ)
だから、君も僕を信じて飛んでおくれ。
そう思った瞬間、
『ゴガァアア!』
大人しいシャルラが吠えた。
僕の意思に応えたようにも、あるいは自分を鼓舞するためのようにも思えた。
そして、距離が詰まる。
あっという間に、ケツァルコアトルの山のような巨体と大きく開けられた口が眼前に展開された。
「――今っ!」
僕は叫んだ。
それに応え、シャルラは反転した。
お腹を上方に向け、グルンと逆さになりながら紙一重で突進してくるケツァルコアトルの巨体をかわしていく。
白い鱗の胴体上を、僕らは逆さまに飛ぶ。
その先に、真っ赤な翼があった。
――激突する。
そう錯覚するほどの至近距離を、シャルラは華麗にすり抜けた。
ヒュコン
同時に、僕は剣を振るった。
輝く剣閃が陽光に煌めき、その残光を残して、僕とシャルラの白い姿は通り抜けていく。
ドパッ
直後、鮮血が空中に噴いた。
真っ赤な翼が根元から断ち斬られ、それが空中へと赤い羽根を散らしながら飛んでいく。
そして数秒後。
ケツァルコアトルの巨体は浮力を維持できず、地面へと向かって降下し、
ズゴゴォン
激しい土煙をあげて墜落した。
衝撃で木々が吹き飛び、巨体も自重によって鱗が弾けて激しく損傷していた。
巨大な頭部が苦悶の表情を浮かべ、悶える。
その眼前に、
バサッ バサッ
2体の竜騎隊の竜たちが現れた。
その口は大きく開放され、その喉の奥には、真っ赤な灼熱の輝きが灯っていた。
ケツァルコアトルの赤い瞳は、それを見つける。
そして、悟った。
己の死を。
それと同時に、2体の竜の口から凄まじい炎が吐き出され、ケツァルコアトルの視界全てを埋めていったのだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
書籍3巻、ついに発売しました。
ご購入して下さった皆さんは、本当にありがとうございます♪
まだな方は、もしよかったらご検討下さいね。きっとWEB版以上に楽しんで頂けると思います。
また、ただ今、マールのコミカライズも絶賛公開中です。
※URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
小説とはまた違った形でマールの物語が楽しめます。
こちらは無料ですので、よかったら、どうかお気軽にご覧になってみて下さいね♪
※小説の次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




