667・竜の理解
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の8日目です!
第667話になります。
よろしくお願いします。
僕の考えに、みんな、目を瞠った。
「無茶です!」
すぐにイルティミナさんが悲鳴のような声をあげる。
僕の両肩を掴んで、
「いくら貴方に懐いているとはいえ、シャルラはまだ訓練前の竜です! 空中で振り落とされたらどうするのです!?」
「大丈夫だよ。僕は空を飛べるから」
だから、僕以外にはできない。
もちろん僕自身は、シャルラが振り落とそうとするなんて欠片も思ってないけどね。
イルティミナさんは「マール……」と口惜しそうだ。
止めたい。
でも、止める理由が思いつかない――そんな感じだ。
(ごめんね)
心配かけて、申し訳ない。
だけど、
「このまま何もしないで、もしレイドルさんたちが負けたら、僕らの誰もあのケツァルコアトルを止められないよ?」
「…………」
みんな、黙り込んだ。
僕らは魔狩人だけど、空を飛ぶあれほど巨大な竜と戦う術は、ほとんど持っていない。
空中戦は門外漢なんだ。
専門家は、やはりシュムリア竜騎隊。
そして、もし竜騎士の2人が亡くなったら、王国にとっての大きな痛手であり、あのケツァルコアトルと戦える人材の喪失が起こるのだ。
全土の王国民も危険に晒される。
だから、やるしかないんだ。
キルトさんはしばし考え、
「もし、あの白き竜がケツァルコアトルの所まで飛べるのなら、わらわたちも運べぬか?」
と、口にした。
イルティミナさんもパッと表情を輝かせ、「それです!」と言った。
でも、それに異を唱えたのは、アドム院長だった。
「いや、それはやめた方が良いでしょう」
「な、なぜです!?」
僕の奥さんは、彼を睨む。
院長さんに代わって、リアさんが理由を語った。
「イ、イルティミナさんがおっしゃった通り、シャルラはまだ訓練前の竜なんです。マールさん以外を背に乗せることは怖がると思うんです」
「…………」
「竜騎隊の2体の竜も、主人の指示なく、他人を乗せたりはしません。――もし無理強いをすれば、竜たちは、皆さんを攻撃する可能性もあるでしょう」
「そんな……」
「本当は、マールさんを乗せるかも怪しいんですよ……?」
彼女は、僕を見た。
僕はキョトンとする。
すぐに笑って、
「大丈夫、シャルラは乗せてくれるよ」
と、後ろにいる竜を見た。
真っ白な竜は、その紅い瞳で僕を見つめていた。
まるで僕らの会話がわかっているような顔――もちろん意味はわかってないだろうけど、自分のことを話しているのは理解しているみたいだった。
僕は笑ったまま、
「ね、シャルラ?」
と聞いた。
彼女は『グルル……』と低く唸った。
ほら?
「大丈夫だって」
僕は、イルティミナさんたちを振り返った。
みんな、何とも言えない顔だった。
やがて、ソルティスが腰に両手を当て、大きなため息をこぼした。
「イルナ姉、キルト、わかってるでしょ?」
「…………」
「…………」
「この馬鹿マールは、やると決めたことは絶対にやる奴なのよ。私たちは、それを信じる……今までもそうやって来たじゃない」
「……はい」
「そうじゃ、な」
2人は、渋々といった様子で頷いた。
(みんな……)
僕は、僕を信じようと言ってくれた3人を見つめる。
すると、
ポム
いつの間にか隣に来ていたポーちゃんが、小さな手で僕の肩を叩いた。
「…………(コクッ)」
「……うん」
僕も笑って、頷きを返した。
4人の信頼に応えるため、がんばろう。
イルティミナさんは「マール……」と僕を強く抱きしめて、少しだけ震える声を漏らした。
ギュッ
僕も抱きしめ返す。
アドム院長とリアさんは、何も言えない様子だった。
そして、そんな僕ら人間の姿を、草原に佇む白竜のシャルラはただ静かに見守っていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、準備が行われた。
シャルラの頭部には、竜騎隊が使うのと同じ鞍が装着されることになった。
(…………)
嫌がってはいないかな?
付ける時は、少し怪訝そうだった。
でも、リアさんたちが竜笛を吹いて、彼女を落ち着けながら取り付けてくれた。
付けてしまえば、平気みたい。
シャルラに苛立った様子などは見られなかった。
そのあと、竜舎にいたレイドルさん、アミューケルさんの竜2体が、アドム院長の竜笛の指示で外へと出てきた。
ズシン ズシン
相変わらず、凄い迫力。
シャルラよりも一回り、二回りは大きな竜たち。
しかも、歴戦の猛者でもあって、鍛えられた肉体から醸し出される『圧』は、そこにいるだけで威圧感を感じさせた。
…………。
見れば、シャルラ以外の3体の幼竜たちは大人しくなっていた。
完全に委縮している。
シャルラも緊張した面持ちだった。
ポン ポン
僕は、そんな彼女の足を軽く叩いた。
「シャルラ」
『…………』
彼女の紅い瞳が僕を見る。
僕は笑って「大丈夫」と声に出して伝えた。
それから、凄まじい威圧感を放っている2体の竜の前へと、僕は歩いていった。
2体の視線が向けられる。
(……ん)
凄い圧だ。
稽古の時、かなり本気のキルトさんに木剣を向けられた時と同じ感覚だった。
それを受け止め、
「レイドルさん、アミューケルさんが危険なんだ。僕と一緒に助けに行って欲しい」
そう言った。
2体は反応しない。
言語が理解できていない。
でも、その瞳には深い知性の光があり、こちらが何を伝えようとしているのか知ろうとする意思があった。
うん、大丈夫。
この子たちには、きっと伝わる。
僕はそう思った。
単語を絞る。
「レイドル、アミューケル」
名前を告げる。
そのあと背後を振り返って、遠くにあるアルダニア山地を見た。
そちらを指差す。
竜たちを見て、
「レイドル、アミューケル」
もう1度、繰り返す。
主人の名前はわかるのだろう、2体はゆっくりと視線をアルダニア山地へと向けた。
その竜の瞳が細まる。
(……ん)
2体の竜とも、その上空を舞う白い大蛇が視認できたみたいだ。
主人の名前。
示されたアルダニア山地。
そこにいる巨大な白い大蛇。
その全てが符合したのか、2体の竜の瞳に理解の輝きが灯ったのを、僕は確かに感じた。
僕は、シャルラを見た。
「シャルラ」
その頭に手を伸ばす。
気づいた彼女は、その頭を地面スレスレまで下ろしてくれて、僕は鞍から提げられた紐を掴んで登り、座席に座った。
ググッ
頭部が持ち上がり、視界があがる。
眼前にいる2体の竜と視線が合った。
僕は言う。
「レイドルさん、アミューケルさんを助けに行こう!」
意思を込めて。
ギン
その竜眼に輝きが灯り、2体の竜は巨大な翼を広げて雄々しい咆哮をあげた。
(うん!)
伝わった。
その手応えがあった。
2体に触発されたように、シャルラも純白の翼を広げていた。
バフッ
彼女は、強く羽ばたく。
僕を乗せた白い巨体が空中へと浮かんだ。
バフッ バフッ
シャルラは上空へと垂直に登っていく。
それを見て、2体の竜も翼を羽ばたかせ、すぐにあとに続いてくれた。
…………。
その光景を、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人とアドム院長、リアさん、集まっていた養竜師さんたちが驚いたように見つめていた。
人と竜の意思の疎通。
竜笛もなく、それが成功した。
あとで聞いたけど、それはとても凄いことなんだって。
もちろん、その時の僕には、そんなことを考えている余裕はなかったけど。
バサッ
シャルラの頭部で必死にバランスを保ちながら、
「さぁ、行こう!」
グッ
その手綱を強く引く。
拙い操作でも、彼女に意思は伝わってくれた。
ヒュバン
羽ばたきの角度が変わり、白い竜はアルダニア山地の方角へと風を切って飛翔し始めた。
強い風圧。
目から涙がこぼれ、息ができない。
慌てて、渡されていたゴーグルをつけ、下を向いた。
(よ、よし)
呼吸と視界を取り戻す。
ふと見れば、すぐ後方には、竜騎隊の2体の竜が余裕を持ってついて来ていた。
(うん)
やはり、わかってくれていた。
それが嬉しい。
遥か下方に見えるアルダン高原の景色は、あっという間に後方へと流れていく。
凄い速さだ。
これなら、きっと間に合うはず。
その希望を胸に、白い竜を先頭にした僕と3体の竜は、アルダニア山地の上空へと素晴らしい速度で飛んでいったんだ。
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