666・ケツァルコアトル
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の7日目です!(※ついに当日!)
第666話になります。
よろしくお願いします。
翌朝、3体の竜がアルダニア山地の方角の空へと飛んでいった。
養竜院で育った竜たちだ。
オルフェという黒い竜もいる。
みんな、竜騎隊候補の竜たちだった。
その内の2体の竜の頭部には、現役の竜騎士であるレイドルさん、アミューケルさんの2人が乗っていた。
(……いいなぁ)
その遠ざかる姿を、僕は宿舎の窓から眺めていた。
青い空を飛ぶ竜。
うん、凄く絵になるし、やっぱり格好いい。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの4人も僕の左右から窓の外を眺めていた。
キルトさんが口を開く。
「アドム院長によれば、大繁殖したホースドレイクの数は3000体ほどだそうじゃ」
「ふぅん?」
僕は頷き、
「そのホースドレイクって、どんな竜なの?」
と聞いてみた。
これには、僕の奥さんが答えてくれた。
「名前の通り、馬みたいな姿の竜ですね。体格も同じぐらいですが、全身が鱗に覆われていて角があり、もちろん肉食です」
「うんうん」
「また多産の竜なので繁殖力が強いです。数が多くいるので、生態系の中では、大抵、他の竜や大型の魔物に捕食される側になりますね」
「そうなんだ?」
なるほど、そういった小型の竜なんだね。
とはいえ、
「やはり竜ですからね。1体でも人間など簡単に殺せますし、数が揃えばかなりの脅威になります。討伐クエストも時々、冒険者ギルドにあがっているようですよ」
なんだって。
うん、侮ってはいけないね。
ソルティスはアルダニア山地の方を見て、
「ホースドレイクの群れ、こっちまで来ないかしら?」
「さての」
キルトさんは首を傾ける。
魔狩人らしい表情で、僕らを見回した。
「レイドルたちはその駆除も兼ねて空へと飛んだ。大丈夫と思うが、しかし万が一の場合もある。施設と職員を守るため、わらわたちもいつでも戦える準備はしておこうぞ」
「うん、そうだね」
「はい」
「わかったわ」
「…………(コクッ)」
銀髪の美女の言葉に、僕らは頷いた。
そして僕らは、また窓の外を見る。
美しい草原と森、水色に霞む山脈、そして広がる青い空――その大自然の景色の中で、今、3体の竜が狩りを行っているはずなのだ。
選ばれるのは、たった1体。
さて、どうなるのか……?
(みんな……がんばれ)
心の中で声援を送る。
僕は青い瞳を細めて、そのアルダニア山地の雄大な風景をいつまでも眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
昼食のあと、僕は竜たちの昼食準備を手伝った。
ドサドサッ
台車に山盛りに積まれた生肉たちを、リアさんたち養竜師と一緒に竜たちのいる草原に運んで、それを地面に落としていく。
(凄い血の臭い……)
4体の竜の瞳には、強い食欲の輝きが灯っていた。
うん、少し怖い。
「マールさん、そのままゆっくり後ろへ」
「う、うん」
リアさんの指示に従って、僕は竜たちの方を見ながら後ろに歩いた。
他の養竜師さんも一緒だ。
ちなみに、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの4人は竜に近づけないので離れた場所で見学していた。
…………。
4人を見ながら、ふと思い出す。
昼食後、リアさんに、
「竜たちに食事をあげるの、僕もやってみたい」
と言ったら、みんな、恐ろしいものを見る目で僕を見てたっけ。
ソルティスには、
「……アンタ、本気の馬鹿なのね」
と、冷たい口調で言われてしまった。
酷いよね……?
でも、リアさんとアドム院長は嬉しそうに快諾してくれたんだ。
さて、回想はともかく、
ガブッ ガシュッ
養竜院に残った4体の竜の内、3体は凄まじい勢いで山盛りの生肉にがっついていた。
うん、凄い迫力だ。
肉片と血液が辺りに撒き散らされていく。
でも、1体だけ。
あの真っ白くて大人しい竜のシャルラは、3体が食べるのを少し離れて見ていた。
シャルラは体格が小さい。
3体は我先にと相手に噛みついたり、威嚇したり、体当たりをしながら争うように食事をしていて、彼女はそれで怪我をすることを避けているみたいだった。
食事の生肉は、たくさんある。
仮に全部食べられても、リアさんたちが補充する。
シャルラは、それをわかっているんだ。
だから落ち着いて、待っている。
(うん、本当に頭がいい子だ)
心から感心する。
やがて3体は満腹になったのか、ズシンズシンと足音を響かせ、食事の場から離れていった。
残った生肉は、少なめだ。
ガブッ グチュッ
シャルラはようやく、それらを食べる。
リアさんは、その様子を見ながら昨日と同じく観察日誌をつけていて、「もう少しだけ補充しましょうか」と頷いていた。
すぐに他の養竜師さんと、新しい生肉を追加で運ぶ。
(よいしょ、よいしょ)
台車で運び、シャルラの前へ。
あとは、この台車を傾けて、生肉を彼女の前に落とすだけ……あ。
その時、シャルラと目が合った。
紅い瞳。
そこには食欲と理性の光が灯り、同時に、食事を運ぶ人間たちへの感情があった。
それが伝わる。
…………。
僕は大きな生肉を一塊、両手に抱えた。
それを持ち上げ、
「ほら、シャルラ。ご飯だよ?」
と声をかけた。
リアさん、他の養竜師さんがギョッとする。
シャルラは、僕を丸呑みにできるほどに大きく口を開けて、僕へと巨大な頭部を落としてきた。
カプッ
器用に、生肉だけを牙で咥える。
もちろん、僕は無傷。
そのままシャルラは顔を持ち上げて、ハグハグと生肉を数回噛み、そのままゴックンと飲み込んだ。
「あは」
うん、いい食べっぷり。
シャルラの目には『ありがとう』という感謝の感情が浮かんでいた。
やっぱり、いい子だ。
(ん……?)
ふと見れば、遠くにいたイルティミナさん、キルトさん、ソルティスが真っ青な顔をしていた。
……う、う~ん。
確かに今の光景、傍目には、僕が白い竜に食べられそうに見えたかもしれない。
ちょっと心配させちゃったかな……?
気づけば、リアさんや他の養竜師さんも唖然とした顔だった。
そして、リアさんが気を取り直したように言う。
「マールさんは……本当にシャルラと心を通わせられるんですね。竜笛もなくそんなことができるなんて、この目で見ても信じられません」
「そう?」
僕には、その言葉が不思議だ。
他の竜なら難しい。
でも、シャルラなら、人間が直接、手で食べ物を渡しても人間を傷つけずに食べてくれると思った。
だって、そういう優しい子だから。
リアさんたち養竜師さんの方が、そのことはわかってると思うのに。
リアさんは苦笑して、
「なるほど……そこまで信じるからこそ、シャルラもそれに応えているんですね」
と、納得したように頷いた。
……???
僕は首をかしげる。
そのまま、すぐ目の前にいる白い竜を見上げた。
シャルラは血の滴る生肉を美味しそうに咀嚼しながら、ふとこちらに気づいて、僕を見返して、
グルルッ
小さく喉を鳴らしたあと、ゴクンとその生肉を飲み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
午後になり、4体の竜は草原で昼寝を始めた。
天気はポカポカ。
4つの竜の顔は、とても気持ちが良さそうで、それを見ているだけで僕の心も温かくなった。
(んふふ……)
僕は、シャルラのそばに座っていた。
彼女は地面に伏せて、長い首を伸ばしながら、草原に顔をつけて眠っていた。
その首に寄りかかる。
……うん。
呼吸のたびに、背中が押された。
圧倒的な生命力がすぐ背後から伝わって、何だか安心感があった。
触れる鱗も温かい。
僕も、このまま寝ちゃいそうだ。
少し離れた場所では、イルティミナさんとソルティスとポーちゃんがこちらを心配そうに見ていた。
キルトさんは、アドム院長とリアさんと話していた。
僕は笑った。
彼女たちに手を振った。
すると、イルティミナさんは困ったように微笑み、手を振り返してくれた。
ソルティスは呆れ顔。
ポーちゃんは、グッと親指を立ててきた。
アドム院長が「シャルラは、マール君には完全に心を開いていますね」なんて声が聞こえ、リアさんも嬉しそうに頷いていた。
それを聞いたキルトさんは、苦笑していた。
…………。
僕はシャルラの大きな顔を見る。
ポンポン
笑って、その首を軽く叩いた。
シャルラは薄く紅い瞳を開いて僕を見ると、またすぐに目を閉じてしまう。
落ち着いた呼吸音。
まるで安心し切ってる。
その信頼が、僕も嬉しかった。
(えへへ……)
この時間がもう少し長く続けばいいな……なんて思いながら、遠くの景色に目をやった。
映ったのは、アルダニア山地。
今、あそこではレイドルさん、アミューケルさんたちがオルフェたち3体の竜を操って、ホースドレイクたちを狩っているのだろう。
「…………」
どうなったかな?
誰か眼鏡にかなったか、それとも、まさか全員失格とか……。
いや、そもそも狩りなんだ。
危険もある訳で、みんな、無事だろうか……?
竜たちは若く、まだ経験不足だ。
レイドルさん、アミューケルさんがいるから滅多なことはないと思うけれど、絶対はないもんね。
ほんの少し心配。
早く帰ってこないかな……?
そう思った時、
(ん……?)
その遠い山脈の風景に『白く細長いもの』が見えた。
何だ、あれ?
目を凝らして、
「えっ?」
と驚いた。
そこにいたのは、白い大蛇だ。
けれど、その胴体には、真っ赤な鳥のような羽毛の翼が6枚も生えていて、ソイツは山々の上空を飛んでいたんだ。
でも、ちょっと待って?
ここから見えるんだぞ……?
感覚がおかしくなりそうだけど、あれ、300メード以上はあるんじゃないかな……。
とんでもない巨体だ。
ゾワッ
背筋が震えるような感覚がする。
すると、そんな僕の感情が伝わったのか、シャルラが目を開けた。
ググッ
頭部を持ち上げて、山を見る。
『…………』
(あ……)
その姿を見て、気づいた。
そういえば、シャルラは昨日もアルダニア山地の方を1人で……というか、1竜でジッと見ていたんだ。
もしかして、あの巨大な生き物の存在に気づいていた?
まさか……。
それから気づく。
待って……あの空飛ぶ大蛇のいる場所に、今、レイドルさん、アミューケルさんたちはいるんじゃないの!?
(た、大変だ!)
僕は跳ね起きた。
すぐにイルティミナさんたちの方へと走る。
彼女も気づいて、
「どうしました、マール?」
と、すぐに聞かれた。
僕の剣幕に、ソルティス、キルトさん、アドム院長、リアさんもこちらを見ていた。
僕は言う。
「あそこ! あの山に、何か巨大な白い蛇が飛んでる!」
「蛇、ですか?」
イルティミナさんは驚いた顔。
でも、僕の奥さんは、すぐにその切れ長の真紅の瞳を細めて、僕の指差すアルダニア山地の方を見た。
他のみんなも見る。
そして、彼女は目を瞠った。
「まさか……あれは、ケツァルコアトルではないですか!?」
ケツァルコアトル……?
僕は眉を寄せる。
僕の奥さんは、美貌を険しくした。
「赤い翼をもつ蛇の姿をした大型の『竜』です。ヒュドラなどと並び、竜種の中でも最大級の巨体と飛行能力まで持つ、人類が最も警戒しなければならない竜の1つです」
「そ、そんな危険な竜なの?」
「はい。本来、討伐には国軍を出すような相手ですよ」
「…………」
僕は言葉もない。
アドム院長は、
「アルダニア山地には多くの竜種が生息します。ケツァルコアトルの存在も確認されていましたが、しかし、人前に姿を現すのは18年ぶりですぞ」
とのことだ。
18年ぶり……でも、なぜ?
そんな恐ろしい竜が、なぜ急に姿を見せたの?
キルトさんは言う。
「もしや、ホースドレイクの大繁殖のせいか?」
「え?」
「ホースドレイクは、大型の竜種にとっては格好の餌じゃ。それはケツァルコアトルも例外ではあるまい。それを狙って、山地の奥から出てきたのかもしれぬ」
「そんな……」
僕らは、遠い山々の上を飛ぶ白い大蛇を見つめた。
その時、ソルティスが呟く。
「あのさ……あのケツァルコアトル、餌を食べたら、そのまま山の奥に戻ると思う?」
「…………」
「わからぬ」
キルトさんは厳しい声だ。
相手は竜だ。
論理的な行動ばかりとは限らない。
「奴は活動状態に入ったのじゃ。餌を食い足りぬと思えば、もしや、人里にまで移動するかもしれぬ。そうなったら人々の被害は計り知れぬぞ」
「…………」
その言葉に、僕らは蒼白になった。
(はっ)
その時、気づいた。
遠い場所にいる僕らが気づいたのだ。
当然、現地にいるレイドルさん、アミューケルさんもあの翼を生やした白い大蛇に気づいているだろう。
そして今、キルトさんが語ったその可能性も。
もしそうなら……?
「レイドルさんたち、あのケツァルコアトルを倒そうとしているかもしれない」
「ありえるな」
僕の呟きに、キルトさんは同意した。
彼らは竜騎士だ。
王国の人々を守るという信念は、僕ら冒険者よりもずっと高いかもしれない。
そして、被害を出さないために、このアルダン高原とアルダニア山地であのケツァルコアトルを討伐しようとするだろう。
でも、勝てるのか?
「わからぬ」
キルトさんは鉄のような声で答えた。
2人と共にいるのは、竜騎隊の歴戦の竜ではない。
訓練前の幼い竜たちだ。
いくら2人の腕が凄くても、その実力に竜がついて行けないかもしれない。
なら、
「助けに行かなくちゃ!」
僕は言った。
でも、キルトさんは答えない。
キルトさん……?
代わりにイルティミナさんが言い難そうに、夫である僕に言った。
「方法がありません」
「…………」
「目には見えますがアルダニア山地に行くには、かなりの距離があります。半日、あるいは1日かかるでしょう。その時には決着がついていると思います」
「……で、でも」
「仮に翼を生やしたマールならば間に合うかもしれませんが、しかし、空を飛ぶあの巨体に対して、何かしら有効な攻撃手段がありますか?」
「それ、は」
確かに厳しいかもしれない。
いや、究極神体モードなら……?
そう思ったけど、
「マール、それは世間に隠さねばならぬ力です」
「…………」
「少なくとも養竜院の人々の目がある場所で、その力を解放することは許されません。それが世界に知られれば、結果、多くの混乱と不幸を呼ぶことにもなりましょう」
「……うん」
僕は項垂れるように頷いた。
イルティミナさんは申し訳なさそうな顔で、慰めるように僕の髪を撫でてくれた。
ソルティスは、
「じゃあ……私ら、何もできないの?」
そう呟いた。
遠い山々を、ケツァルコアトルは縦横に舞う。
巨体が触れたのか、時々、土煙が生まれていた。
もしかしたら、もうすでにレイドルさん、アミューケルさんたち竜騎士と戦闘に入っているのかもしれない。
それでも、みんな、何も言えなかった。
どうする?
何か……何か方法がないの?
グッ
僕は唇を噛み締めた。
その時、シャルラの紅い瞳が僕を見ていることに気づいた。
(あ……)
それを見た瞬間、思いついた。
そうか。
そうだ、そうだよ。
「何か思いついたのですか、マール?」
僕の表情の変化に、イルティミナさんが気づく。
皆が僕を見た。
僕は頷いた。
「レイドルさん、アミューケルさんの竜を、あそこまで連れて行くんだ。そうすれば2人も全力で戦えるし、勝機もあると思う!」
「!」
「それは……」
ウォン姉妹と養竜院の2人は、可能性を感じた顔だ。
でも、キルトさんは険しい顔。
銀髪の美女は問う。
「考えは良い。じゃが、どうやって連れていく。いくらそなたでも、あの竜たちと会話ができる訳でもなかろう?」
「うん」
確かにできない。
でも、竜騎隊の竜は賢いんだ。
だから、きっと通じる。
その方法を、僕は口にした。
「会話はできない。でも、僕がシャルラに乗ってレイドルさんたちの竜を先導すれば、きっと何かあるんだってわかってついて来てくれるはずだよ!」
ご覧いただき、ありがとうございました。
ついに本日より、書籍マール3巻が発売となりました。
皆さん、ご購入して頂けましたか?
ご購入して下さった皆さんは、本当にありがとうございます!
まだな方はいらっしゃいますか?
もし迷っておられるのでしたら、きっとお値段以上に楽しんで貰えると思いますので、どうか思い切って購入してみて下さいね。
そうして、マールやイルティミナたちを応援して頂けたなら嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いします。
ちなみに電子書籍版には、なんと貴重なイルティミナ視点の特典ショートストーリー『眠る子犬』が付いてきます。
こちらもぜひ、ご検討下さいね。
また本日は、マールのコミカライズも始まりました。
コミックファイア様にて、無料で公開されていますので、どうかお気軽に覗いて頂けたらと思います。
※URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
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小説とは、また違った魅力のマールが見られますよ。
どうぞ、お楽しみに。
毎日更新も、まだまだ続きます。
これからも引き続き、どうかゆっくり楽しんで頂ければ幸いです♪
※次回更新も、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。