665・心通じて
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の6日目です!(※発売開始まであと1日)
第665話になります。
よろしくお願いします。
「アンタ、馬鹿なんじゃないの?」
その日の午後、昼食の席でソルティスにそう呆れられてしまった。
養竜院の食堂には、僕ら5人だけでなく、竜騎士のレイドルさんとアミューケルさん、それからアドム院長が同席していた。
竜に親しい3人は苦笑している。
そして竜が苦手な少女は、
「触るだけって言ってたじゃない。なんで、竜の頭に乗ってるの? 振り落とされるとか考えないの? 落ちたら死ぬってわからないの? 本当に馬鹿なんじゃないの?」
「…………」
なんか、凄い捲し立てられる。
う、う~ん?
困る僕に、少女の姉が苦笑して、
「すみません、マール。でも、この子は貴方が心配だったんですよ。だから怒っているんです。……私も正直、心臓が止まるかと思いましたよ?」
「イルティミナさん……」
彼女の反応にも、僕は驚く。
ソルティスは「心配してないわよ!」と突っ込み、ポーちゃんがその肩を『わかってるから』といった様子で頷きながら叩いていた。
キルトさんは『やれやれ』といった顔だ。
そこまで、危ないことかな……?
僕も考える。
「確かに、他の竜だったら危なかったと僕も思う。だから、きっとそこまでしなかっただろうけど……でも、シャルラなら大丈夫だと思ったんだ」
「そうなのですか?」
「うん」
イルティミナさんたちに、僕は大きく頷いた。
あの場にいた他の6体の竜。
あの子たちは、互いに噛みついたりじゃれ合ったりして、凄く元気でやんちゃな子供みたいだった。
きっと理性より感情を優先する。
オルフェだけは頭が良さそうだけど、群れのボスで誇り高そうだった。
急に自分の頭に、見知らぬ人間は乗せない気がする。
少なくとも、自分が認めた相手でなければ。
でも、シャルラは違った。
身体が小さくて、いじめられた経験もあるシャルラは、相手の意思や感情を読み取る能力に長けていると思えた。
敵意があるかどうか?
何を望んでいるのか?
それを読み取ろうとする目をしていたんだ。
そして何より、優しい。
いじめられていたからか、自分より弱い存在に対して、傷つけないように配慮する優しさがあった。
人見知りだけど。
でも、むやみに人を攻撃しない。
何となく、彼女の目や表情、佇まいなどから、僕にはそうわかったんだ。
だから、
「そんなシャルラだから、僕は彼女の『頭に乗せてあげる』って厚意に甘えることにしたんだよ」
と、みんなに説明した。
イルティミナさんとキルトさんは顔を見合わせ、ソルティスは『マジで……?』って半信半疑の顔だった。
ポーちゃんは『うんうん』と頷いている。
でも、ちゃんとわかっているかは疑わしいけれど……。
そんな中、
「やっぱ、マール殿はわかってるっすね」
「そうだね」
現役の竜騎士2人は、嬉しそうに頷いていた。
レイドルさんは僕を見つめて、
「素質も資質も含めて、マール君なら優秀な竜騎士になりそうだけど……どうだい? 本気で転職を考えてみないかい?」
「あはは……ごめんなさい」
僕は苦笑して、謝った。
嬉しいお言葉だけど、僕はやっぱりイルティミナさんと一緒にいたいから、まだまだ冒険者でいたい。
ま、彼の言葉は社交辞令だろうしね。
だから、丁重にお断りした。
だけど、レイドルさん、アミューケルさんは本当に残念そうな顔をする……社交辞令、だったんだよね?
少し首をかしげる僕だった。
アドム院長は、そんな僕らに穏やかに微笑む。
それから僕に、
「何にしても、竜との良き交流ができたようですね。それならば、竜に関わる私どもとしても嬉しい限りですよ」
「はい、こちらこそ、ありがとうございました!」
僕も満面の笑みでお礼を言った。
シャルラ……いい子だったな。
滞在中、また彼女と親しく交流ができたらいいな、なんて思う。
そんな話をしたら、ソルティスはまた呆れた顔で、ポーちゃんは無表情、お姉さん組2人は苦笑を浮かべ、竜好きの3人は楽しそうに笑っていた。
…………。
そうして午後の昼食会は、そんな風に和やかに終わったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「そういえば、レイドル。竜の選定は終わったのか?」
「いや、まだだよ」
客室へと戻る廊下で、ふと思い出したようなキルトさんの問いに、レイドルさんはそう答えた。
隊長の後ろを歩くアミューケルさんが言う。
「院長と話して、候補は3体までに絞ったんすよ。そんで明日、実際に自分らが竜に乗ってみて、その実力を試してみようって話になったっす」
「実力を試す?」
どうやって?
キョトンとする僕らに、
「狩りっす」
と、灰色髪の女竜騎士さんは答えた。
狩り……?
レイドルさんは笑って、窓の外に見えるアルダニア山地の方を向いた。
「今、ちょうど山の方で小型の竜種である『ホースドレイク』が大繁殖してるらしくてね。それがこちらの施設まで来る前に駆除する必要があったんだ」
「そうなの?」
「あぁ。それで、ちょうどいいから試験も兼ねた狩りをしようって決まってね」
「へぇ……」
ちなみに、竜同士でも食べ合うのは普通。
だって、海とかでも、大型の魚が小型の魚を食べるのなんて当たり前だしね。
自然の世界は、弱肉強食である。
それから、候補の3体についても聞いてみた。
選ばれたのは皆、体格が大きくて、戦闘力の高そうな個体ばかりらしい。
7体の群れのボス。
黒くて大きな雄の竜オルフェも、リアさんが言っていた通り、候補になっていた。
僕は聞く。
「シャルラは?」
「残念だけど、候補外だね」
「…………」
「アルビノの個体は、生来、あまり丈夫じゃないんだ。実際、身体も小さいし、戦闘任務の多い竜騎隊には向かないと思う」
「そう……」
僕はがっかりだ。
多分、群れの中であの子は1番頭がいい。
でも、戦いの世界では、それも重要だけど、それだけではやはり難しいんだ。
(……残念だなぁ)
あの優しくて、綺麗な白い竜の活躍を見てみたかった。
しょぼんとする僕を見て、
「マールは、本当にあの竜が気に入ったのですね」
「え?」
「同じ女として、あの竜には少し嫉妬してしまいます。私のマールにこのような顔をさせるなんて……」
僕の奥さんは、そう苦笑する。
それからその白い手が、僕の茶色い髪を慈しむように撫でていく。
イルティミナさん……。
人前だし、何だかくすぐったいや。
恥ずかしがる僕に、イルティミナさんは満足そうに微笑み、他のみんなも笑っていた。
その時、
(あ……)
窓の外、眼下の草原を、7体の竜が竜笛を吹くリアさんたちの先導で竜舎に戻ろうとしている姿が見えた。
もちろん、白い竜シャルラもいる。
キラキラ
夕日に照らされ、純白の鱗が輝いていた。
綺麗……。
僕は窓を開けて、
「お~い、シャルラー!」
と大声で呼んでみた。
イルティミナさんたちはびっくりしている。
草原でもリアさんたちが驚いていて、7体の竜も『何事だ?』といった様子で周囲を見回した。
シャルラも顔をあげ、
(あ)
目が合った。
遠い彼女に、僕はブンブンと両手を振った。
紅い瞳が僕を見つめる。
でも、何も反応はない。
やがて、リアさんたちの指示で7体の竜はまた草原を歩きだした。
……残念。
そして、少し寂しい。
その時、
バサッ バサッ
シャルラの白い胴体に生えている翼の片方だけが、こちらに向けて2度、動いた。
まるで手を振るように。
「あ……」
僕は目を見開いた。
レイドルさん、アミューケルさんも驚いた顔だ。
「あの子、反応したね」
「うっす。マール殿、本当にあの竜と仲良くなったっすね……」
「そうだね……」
2人とも、唖然とした感じ。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティスも僕の顔を見つめて呆けていた。
レイドルさんは苦笑する。
「いやはや……さすがだね、マール君。この短い時間で、ここまで竜と心を通わせることができる人材なんて、そういないよ? もう本気でスカウトしていいかい?」
「あはは……」
僕は困ったように笑って、誤魔化した。
窓の外を見る。
7体の竜は、もう竜舎に入ってしまった。
……うん。
僕はみんなを振り返って、
「それじゃあ今日は、僕らも部屋に帰ろうか」
と笑ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
ついに明日は、書籍マール3巻の発売日ですね。
皆さん、どうか……どうかよろしくお願いします。
また明日は、コミカライズマールも始まりますので、そちらもどうか楽しみにしてて下さいね。
※次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。