664・白幼竜シャルラ
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の5日目です!(※発売開始まであと2日)
第664話になります。
よろしくお願いします。
僕ら5人はリアさんを先頭に、白い竜の元へと歩いていく。
草原には、他にも6体の竜がいたけれど、皆、オルフェという黒い竜を中心に集まっていて、白い竜シャルラは1人ぼっち……いや、1竜ぼっちだった。
(…………)
竜見知りな子なのかな……?
近づく僕らに、シャルラも気づく。
女の子だという彼女は、犬のお座りみたいなポーズで僕らを見つめていた。
……うん、大きい。
頭は5メードぐらいの高さだ。
僕ら人間は、当然、見下ろされる位置関係になっていた。
シャルラまで、約10メード。
リアさんの指示で、そこで止まった。
「大勢で行くと、シャルラが怖がるかもしれません。ここからは撫でたい人が1人ずつ、ゆっくり近づきましょう」
「うん」
僕は頷いた。
早く撫でたい。
でも、みんなもそうだろう。
順番は、じゃんけんで決めればいいかな? と、みんなを振り返った。
「……?」
なぜか4人とも動かない。
あれ?
「どうしたの?」
「どうしたって……アンタ、本当に触る気なの?」
「? うん」
ソルティスが変なことを聞く。
見れば、キルトさん、イルティミナさんも複雑そうな顔をしていて、ポーちゃんだけが平常運転の無表情だった。
えっと……?
「相手はまだ訓練中の竜なんでしょ。万が一とか考えないの?」
「え……」
「近づいたら、ガブッ……とか」
「…………」
ソルティス、そんなことを考えてたんだ?
リアさんは困った顔。
僕は、白い竜を見上げた。
その紅い瞳は静かな知性の輝きを灯して、僕らのことを見下ろしている。
…………。
僕は言った。
「多分、大丈夫」
なんとなく、そう思うんだ。
ソルティスは『うわぁ……またか、コイツ』みたいな嫌そうな顔になった。
サワッ
僕の奥さんが、僕の髪を撫でた。
「マールは勇敢ですね」
「…………」
「ですが、私たちは臆病で……やはり竜への警戒は解けず、触ることはできなさそうです」
少し申し訳なさそうな表情だ。
奥では、キルトさんも頷いている。
(そっか)
みんな、僕より長く『魔狩人』を務めていた。
だからこそ、その身に染みて『竜』の強さ、恐ろしさを知っている――それはもう、魔狩人の本能に刻まれているのだろう。
前世の感覚を持つ僕とは、違うんだ。
僕は頷いた。
「うん、わかった。じゃあ、僕だけ触ってくるね」
そう笑う。
イルティミナさんは「はい」と頷いた。
リアさんも頷いて、
「それでは、マールさんだけ行きましょうか」
「うん」
元気に答え、僕とリアさんは2人でシャルラの方へと近づいたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
間近で見ると、本当に迫力があった。
大きくて、力強い。
生物としての格が違うとはっきりわかるし、その生命力の強さも伝わってきた。
「…………」
白い鱗が綺麗だ。
太陽の光に、濡れたように反射している。
シャルラとの距離は、5メードほど。
リアさんは竜笛をいつでも吹けるように片手に持ちながら、「どうぞ」と僕に促した。
僕は「うん」と頷く。
ここからは、1人。
草原を踏みながら、白い竜へと近づこうとして、
『…………』
「…………」
その竜の視線に気づいた。
……?
何だろう……何かを訴えているような……?
カシャッ
立ち止まった僕の剣が、かすかに音を立てた。
(あっ)
ハッとした。
慌てて僕は後ろに下がって、装備していた2本の剣と鎧、左手の手甲を外して、草原の地面に落とした。
リアさんが驚く。
遠くにいた4人も、ポーちゃん以外、ギョッとした顔だ。
(これでよし)
いつものまま、近づくところだった。
そりゃあ、突然、見知らぬ武装した相手が近づいてきたら、誰だって怖いよね?
それはきっと、竜も同じ。
僕は、白い竜を見る。
両手を広げてアピールすると、
(……うん)
彼女の視線から伝わるものが消えた。
よかった。
僕は安心して、シャルラの方へと改めて近づいていく。
5メード。
4メード。
3……2……1メード。
うん、もう手を伸ばせば届く距離だ。
ここまで近づくと竜の熱い体温も伝わってきて、肌がじんわりと温められていた。
匂いは、優しいもの。
爬虫類のような、でも、獣みたいな不思議な匂いだ。
だけど、清涼感がある。
生臭さは、あまりなかった。
僕は、彼女を見上げた。
「こんにちは、シャルラ」
『…………』
「僕は、マール。君の身体、少し触らせてもらってもいいかな?」
そう聞いた。
彼女は答えない。
矮小な人間など気にせず、ただ遠くの景色を見ている――そんなフリをしていた。
なぜか、それがわかった。
きっと、無言の許可。
僕は笑って、
「ありがとう。じゃあ、触るね」
そう言ってから、小さな手を彼女の前足へと伸ばした。
ピトッ
白い鱗に触った。
「…………」
ふわぁ……ついに触ったよ、僕。
竜と1対1で。
初めての竜と、こんな風に触れ合えた。
感動だ……。
興奮で顔が赤くなり、僕の青い目はキラキラと輝きを放っていたと思う。
サワサワ
うん、凄い滑らかだ。
鱗の大きさは、1枚が20センチぐらい。
表面は、凄く硬い。
白い鱗の見た目は冷たい印象だけど、実際に触れると、その内側にある肉の弾力と熱が伝わって、手のひらが熱くなってきた。
正直、気持ちいい。
ずっと撫でていたいぐらいだ。
シャルラは遠くを見ているようで、けれど、その紅い瞳はこっそりと僕を見ていた。
観察……と言ってもいい。
それを感じながら、
「シャルラ」
僕は、彼女の名前を呟いた。
彼女の目を見る。
…………。
白い竜は、もう少し僕の行動を許してくれそうだ。
(うん)
僕は思い切って、両手を広げる。
そのまま、
ギュッ
その太くて大きな前足に抱きついてみた。
視界の端で、リアさんがびっくりしたように眼鏡の奥の瞳を丸くしているのが見えた。
(ふぁああ……)
がっちりした重量感。
安心感。
そして巨大生物としての格好良さ、その全てが全身に伝わってきた。
さ、最高だ。
シャルラも、少し驚いた気配。
だけど、小さな人間のことを振り払うこともなく、寛大に受け入れてくれている。
きっと動けば僕が怪我をする、そうわかってるんだ。
だから、ジッとしてる。
うん、本当に優しい子だ。
「ありがとう、シャルラ。君は本当にいい子だね」
そう笑いかけた。
ズ……ッ
その時、初めて、シャルラは顔をこちらに向けた。
目が合う。
「…………」
『…………』
しばらく見つめ合うと、彼女は再び顔を持ち上げて、遠くに視線を向けてしまった。
……うん?
僕は首をかしげて、
「どうしたの?」
『…………』
「何か見えるの? 何を見てるの?」
そう聞いてみた。
白い竜は、しばらく何も反応しなかった。
僕は身体を離す。
すると彼女は、ゆっくりとその巨体を動かして、お座りの姿勢からしっかりと4つ足で立ち上がった。
ググッ
大きな頭がこちらに近づいてくる。
口元には長く鋭い牙が覗いていて、それが開けば、小さな僕は1口で食べられてしまうだろう。
その黒い影が、僕の上に落ちる。
「…………」
リアさんが竜笛を構えた。
いつでも吹ける態勢だ。
後ろの方では、イルティミナさん、キルトさんがすぐに助けに飛び出せるように姿勢を低くし、武器に手を添えていた。
ソルティスは青い顔。
ポーちゃんは静観の構えだった。
(…………)
僕は、みんなに手のひらを向けた。
大丈夫。
そう意思を込めて。
そして思った通り、シャルラは僕を襲うことはなく、ただ僕の目の前に頭を下ろしていた。
綺麗な紅い瞳。
ふと、イルティミナさんと同じ色の瞳だと思った。
それが僕を見つめる。
…………。
え……いいの?
何となく彼女の気持ちが伝わって、驚いてしまった。
彼女の眼差しは変わらない。
(うん)
草原に触れるほど低くされた彼女の頭部に、僕は両手と両足をかけてよじ登った。
その額には、長い角がある。
それを握った。
僕が安定したのを確認して、シャルラの頭部が動き出した。
ググッ
高い位置まで、頭が持ち上がる。
うわわ……っ!
視点が上がり、視界が開けていく。
どこまでも広がる緑の草原に、少し離れた6体の竜、そして遠方に茂る森、水色の山脈、頭上に広がる青い空――それが竜の視点で360度に見渡せたんだ。
「…………」
ブルッ
身体が震えた。
僕が『何を見てるの?』と聞いた。
だから、この優しく賢い白い竜は、自分の見ていたこの素晴らしい景色を僕にも見せてくれたんだ。
その景色の美しさに。
そして、その事実に心が震えてしまった。
(シャルラ……)
僕は、その白い竜の頭部を撫でる。
この子は、凄い。
本当に頭が良くて、優しい子なんだ。
「ありがとう、シャルラ。こんな素敵な景色を見せてくれて、本当に嬉しい」
『…………』
彼女は答えない。
その紅い瞳で、ただ遠いアルダニア山地の方を見ていた。
ポン ポン
僕は笑って、その頭を軽く叩いた。
それから、ふと気づけば、足元の草原ではイルティミナさんたちの唖然としている姿があった。
ソルティスなんて、あごが落ちそうだ。
ポーちゃんは、
グッ
目が合ったら、なぜか親指を立てられた。
(あはは)
僕は笑って、みんなに手を振った。
そんな僕の姿を見つめて、リアさんは放心したように、
「マールさんって、凄いですね……」
と、呟きをこぼしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。