663・竜の育成
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の4日目です!(※発売開始まであと3日)
第663話になります。
よろしくお願いします。
「は、話を聞きたい……ですか?」
「うん」
僕の言葉に、リアさんは驚いた顔をした。
とりあえず、自分たちの事情を説明する。
竜騎隊の視察に同行してきたこと、アドム院長から見学の許可をもらえたこと、竜が好きで竜のことをもっと知りたいこと――最後の事情に、彼女は微笑んだ。
少し恥ずかしそうに、
「わ、わかりました。仕事をしながらになりますが、私でよければ」
「本当に? ありがとう、リアさん」
僕の笑顔に、彼女も嬉しそうに笑ってくれた。
イルティミナさんも「よかったですね」と僕の頭を撫で、キルトさんも「迷惑をかけるの」とリアさんに感謝を伝えた。
ちなみに、その後の自己紹介で、
「えっ!? イ、イルティミナ・ウォンにキルト・アマンデス……っ」
と、2人の正体を知ったリアさんは、軽く卒倒しかけていたけどね。
金印に、元金印。
実は、王国を代表する有名人だもんね、このお姉さんたちは……。
コホン
ま、閑話休題。
そんな一幕もありつつ、僕らはリアさんから色々と話を聞くことができたんだ。
…………。
まず『養竜院』について。
実は『養竜院』というのは、この建物とか敷地だけでなくて、アルダン高原全体の地域を示す言葉なんだそうだ。
つまり、この広大な土地全てが、王国の竜を管理する施設。
そのための場所なんだって。
だから近くには、村や町などは一切ない。
竜に関わることだから、もしもの時には人命にも大きな被害が出る可能性があるからね。
もちろん、機密という面もあった。
そういう意味では、竜の暮らす大自然に少数の人間が紛れている――そんなイメージの方が正確なのかもしれない。
キュッ
リアさんは竜を見ながら、書類に記入しつつ、そんなことを教えてくれた。
(…………)
何を書いてるんだろう?
見ていると、視線に気づかれた。
「あ……これは、竜たちの様子を観察した日誌です」
「観察日誌?」
「はい。先程、竜たちは食事をしていたでしょう? その食欲はどうか、どの個体がどれだけ食べたか、その後、体調に異変はないか……そういったことを書いてるんです」
「なるほど」
チラリと見れば、結構、細かく書いてある。
1体ごとに食べた量やその時間、その後の行動など、全てが記録されていた。
彼女は笑って、
「竜たちの体調管理には、凄く気を遣っているんです。毎日、大きさや重さも確認してるんですよ?」
「そうなの?」
でも、竜たちはあの巨体だ。
いったい、どうやって……?
「竜舎の中に、床が巨大な体重計になっている場所があるんですよ。あと、目盛りの刻まれた柱もあって、そこに竜たちを誘導して確認するんです」
「へぇ……」
そんな方法なんだ?
イルティミナさん、キルトさん、ソルティスも感心した顔だった。
リアさんは優しい顔で、草原の竜たちを見る。
「あの子たちはまだ若い個体で、だから、日々グングンと成長しているのが数字としてもわかるんですよ」
「…………」
そっか……。
その横顔からも、彼女が本当に竜が好きなんだって伝わってくるよ。
つい、僕も微笑む。
それから、またみんなで、草原にいる竜たちを眺めたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
リアさんたち養竜師の方たちが、食べ残された肉片を片付ける。
もちろん、竜笛を吹きながら。
あとで聞くと、
「そうして制御しておかないと、血の臭いに興奮した竜に襲われることもあるんです」
だって。
(そうなんだ?)
思ったより命懸けのお仕事だ。
防水用の長靴、手袋、エプロンを装備したリアさんは、
「もし竜が人肉を食べてしまうと、その個体はそれ以降、人間を『食べ物』と認識してしまいます。その場合、その竜は殺処分になるんです」
「…………」
「それはお互いにとって悲しいことですからね。だから、私たちも細心の注意を払っています」
と、彼女は続けた。
そっか……。
人間と竜は、当たり前だけど別の生き物だ。
それが共にあろうとするには、そのためのルールと努力が必要になるんだね。
そして、人間と竜がコミュニケーションするための道具。
それが『竜笛』なんだ。
その時、キルトさんが口を開いた。
「殺処分というが、どう殺す?」
(え?)
「竜を殺すのは簡単ではあるまい。ここにいる、あのような戦闘用に育てられた竜は、特にの。安全な方法があるなら、教えてはもらえぬか?」
それは『魔狩人』らしい視点だった。
やはり興味があるのか、魔狩人の姉妹とポーちゃんも『養竜師』さんを見る。
僕もリアさんを見た。
眼鏡の奥にある蒼い瞳は、少し悲しそうだ。
「養竜院には、もしものための騎士たちも常駐しています。対象の竜には睡眠と麻痺の薬が入った食事を与えて、そして、彼らに処分をしてもらっています」
「ほう……薬物か」
「はい。ただ、聡い竜には肉に混入した薬の臭いなどで気づかれるので、そこは気をつけないといけません」
「なるほどの」
飼育された竜だ。
人の与えた肉を食べる習慣がついている。
これが野生の竜だと、警戒心が強くて、人の臭いのある肉を食べることは少ない。
特に『金印の魔狩人』に討伐依頼が来るような竜は、大抵、長生きで知能が高く、そうした罠は通用しないんだ。
参考にはなったけど、
(実戦では難しいかな……?)
といった感想である。
…………。
ちょっと悲しい話になってしまったので、話題を変えてみた。
「ここには、竜ってどれくらいいるの?」
「たくさんいますよ」
リアさんも笑って、乗ってくれた。
「ここは戦竜を育てる飼育場ですが、現在は7体の幼竜がいます。成体の竜は、また別の場所で飼育されていますね」
「そうなんだ」
「はい。アルダン高原は広いですから、各地で、それぞれの目的にあった竜の育成、調教などが行われているんです。竜種問わなければ、全体で3000体ぐらいですかね」
「3000……凄いや」
「ふふっ」
驚く僕らに、彼女はおかしそうに笑った。
益竜にも種類がある。
ここにいるのは、竜騎隊のための戦闘用の竜だ。
でも、それ以外にも、竜車を引くための竜や食肉用の竜、移動用の2足竜、郵便物を運ぶための小型の飛竜など、たくさんの用途の竜たちが育てられているんだって。
同じような宿舎と竜舎も、アルダン高原の各地にあるそうだ。
規模が大きいね……。
さすが、国営の施設だよ。
好奇心が刺激されたのか、ソルティスも質問する。
「あのさ、ここって竜騎隊のための竜を育てているんでしょ? でも、全てが竜騎隊に所属はできないじゃない。その場合、選ばれなかった竜はどうなるの?」
「基本は繁殖用、研究用に飼育され続けます」
「ふぅん?」
「この竜種は、あまり子供を作りません。個体としてほぼ完成され、子孫を必要としていないのかもしれませんね。なので繁殖用の数は、多く確保されているんです」
なるほど。
そういえば、
(この竜種の発情期は、20年ごとなんだっけ?)
竜にとっては普通でも、人間にとっての20年は長い。
繁殖させるのも大変だ。
だからこそ、それを数で補おうとしてるのかもしれないね。
リアさんは、
「竜の生態には、まだ謎の部分も多いんです。だから選ばれなかった竜も、観察のため、全ての個体が死ぬまで飼育されます。死亡後も解剖され、研究素材とされますね」
と続けた。
揺り籠から墓場まで。
この『養竜院』は、きっと竜にとってのそういう場所なんだ。
僕の奥さんは、少し考える。
美しい森のような色の長い髪を揺らして首をかしげ、リアさんに聞いた。
「竜騎隊の竜を育てると言いますが、具体的には、どのようなことをしているのですか?」
「特に何も」
「え……?」
「私たちがここでしているのは、竜たちに『人間は信頼できる存在』だと理解してもらうことだけです」
「ほう……」
「人間は敵ではなく、友好的で、食事などを与えてくれる有益な存在で、守り従うべき仲間なのだと竜に感じさせること、それが私たちの最優先の仕事になります」
「…………」
「それが根底になければ、何も始まりませんから」
なるほど……確かに。
大前提として、竜が人を信じること――それがなければ、竜を使役なんてできない。
当たり前といえば、当たり前。
でも、とても大事なことだ。
イルティミナさんも納得したのか、大きく頷いていた。
リアさんは、
「竜との信頼関係ができたあと、性格や身体能力などから素質ある子が竜騎隊の竜に選ばれます。戦闘技術などは、隊に入ったあとの訓練で学ぶようですね」
と続けた。
ふむふむ、そうなんだね。
ここでは、竜笛でのコミュニケーションだけを学び、あとは竜騎隊の中で鍛えられる訳だ。
竜笛を竜に覚えさせるのも、凄いけどね。
きっと生まれた時から飼育して、その音色を覚えさせるんだろうな。
…………。
僕らは、草原を見る。
そこで、くつろいでいる7体の巨大な竜たち。
僕はリアさんを見た。
「リアさんから見て、この中で竜騎隊に選ばれそうな竜って……いる?」
「……そうですね」
彼女は、少し考え込んだ。
1体1体、見つめる。
そこにあるのは、教師のような、母親のような眼差しだった。
やがて彼女は、
「オルフェ……奥にいるあの1番体格のいい雄の竜ですが、あれは、この群れのボス竜になっています。力も強く、賢く、可能性は1番高いかもしれません」
「あの黒っぽいの?」
「はい」
リアさんは頷いた。
ふ~ん?
見れば、確かに立派な竜だ。
若い個体らしいけど、竜騎隊の竜と比べても大きさは負けていない。
ただ、まだ筋肉量が少ないのか、ちょっと細く見えるけどね。
でも、強そうだ。
瞳にも、若さゆえの元気さと同時に、深い知性の輝きも感じられた。
オルフェ、か。
しばらく見つめる。
すると、
「逆にマールの目から見て、どの竜が選ばれると思いましたか?」
「え?」
イルティミナさん、急な質問だ。
みんなも僕を見る。
リアさんも、少しだけ興味がありそうな視線だ。
えっと……。
言われて、僕は改めて、7体の竜を見比べてみた。
どれも強そう。
そして、格好いい。
…………。
だけど、1体だけ目を引いたのは、群れから離れた場所にいる1番小さな白い個体だった。
純白の鱗が綺麗。
太陽の光をキラキラと反射していた。
ジ……ッ
しばらく、見つめた。
僕の視線に、みんなも気づいて、
「あれは、シャルラですね。性格的に大人しくて、食事の時など、群れの仲間に遠慮してしまうことが多い雌の個体です。ですが、とても優しくていい子ですよ」
とリアさん。
でも、少し困った顔をする。
「ただ……臆病な面が強くて、争いは苦手です。竜騎隊の任務は、少し難しいかもしれませんね」
「そっか」
僕は頷いた。
「でも、なんか綺麗だなって思って」
「ふふっ、そうですね。あの子は生まれつき色素が薄くて、特徴的な色をしていますね。そのせいで、群れの仲間に受け入れられ難い面もあったかもしれませんが……」
「そうなんだ?」
「はい。少し前は、他の個体にいじめられるようなこともあったんです。成長した今は、そういうことも減りましたけどね」
「ふぅん」
僕らは、その白い竜を見つめた。
シャルラ、か。
なんとなく、理知的な雰囲気が見える。
小柄で苦労した分、色々なことを考えて生きてきたのだろうな……なんて思えた。
(あ……)
ふと目が合った。
僕らが竜を観察していたように、彼女も僕らを観察していたのかもしれない。
……うん。
なんか、いい。
僕は笑って、
「リアさん、あの子、撫でたりできないかな?」
「シャルラですか?」
「うん」
「いいですよ。では、一緒に撫でに行きましょうか」
「うん!」
やった。
喜ぶ僕に、他の4人は苦笑していた。
ソルティスには「アンタって、本当に竜が好きねぇ」なんて呆れたように言われてしまった。
「うん、好きだよ」
僕は開き直ってみせる。
その姿に、みんなは、またおかしそうに笑う。
…………。
そんな僕らのことを、シャルラという白い竜の大きな紅い瞳は、何だか興味深そうに眺めていたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。