661・養竜院
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の2日目です!(※発売開始まであと5日)
第661話になります。
よろしくお願いします。
ズズゥン
夕暮れの大地へと、2体の竜が着地する。
更に、その竜の背中から5人の冒険者と2人の竜騎士――つまり僕らが地上へと降り立った。
ストッ
足の裏にある確かな地面。
その感触は、半日以上、空の旅を続けていた僕らには、何だか安心感を与えるものだった。
(ふぅ……)
みんなも息を吐いている。
平気な顔をしているのは、慣れている竜騎士の2人だけだ。
…………。
さて、視線を巡らせる。
ここは、アルダン高原。
標高1000メードの位置にある草原だ。
緩やかな起伏があって、遠くには半円を描く巨大な奇岩が地面から何本も生えていた。
何だ、あれ?
疑問に思いつつ、更に草原の奥には森があり、その向こうには2000~3000メード級の山脈の連なりが続いていた。
雄大なスケール感。
大地の広大さと自分たちのちっぽけさを感じる風景だ。
(あ……)
見れば、山の方には飛竜らしい影たちも飛んでいた。
あぁ、そうか。
あの山脈が、出発前、キルトさんが話していた野生の竜が多く生息しているというアルダニア山地なんだね。
どんな竜がいるのかな……?
何だか、ワクワクする。
いや、危険だから行くつもりはないけどね。
そんなことを思っていると、
ツン ツン
ソルティスに脇腹を肘で突かれた。
(ん?)
「ちょっと、マール。あれ、やばいわ……」
「え……?」
彼女の視線は、例の半円の奇岩に向けらていて、
「あれ、化石だわ。しかも『古代竜』の肋骨じゃないかしら……やばいわ、あんな状態で残ってるなんて信じらんない」
と、興奮した声で言った。
古代竜……?
少しキョトンとして、
(あ)
と思い出した。
古代竜っていうのは、古代タナトス魔法王朝以前に生息していた巨大な竜種のことで、一説には神々に匹敵する力があったとか言われてるんだ。
その骨を、実は前に見たことがある。
コロンチュードさんの暮らす森の湖の底に沈んでいたんだ。
その大きさは、なんと300メード。
本当に圧巻の巨体だった。
ちなみにソルティスの白い『竜骨杖』は、その骨からコロンチュードさんが作ってくれたんだよね。
…………。
僕は改めて、奇岩を見た。
高さ30メード。
半円の形で先端は尖っていて、確かに巨大生物の肋骨に見えなくもない。
(でも、本当に……?)
古代竜って伝説の存在じゃなかったっけ?
疑問に思っていると、
「本当だよ」
と、レイドルさん。
僕らの話が聞こえていたみたいだ。
僕らにレイドルさんが声をかけたことで、他の4人も気づき、あの岩が古代竜の骨じゃないかという話が伝わった。
イルティミナさん、キルトさんは驚いた顔。
でも、アミューケルさんは「あぁ」と何でもない様子だった。
頷いて、
「そっすよ。あの骨があるから、このアルダン高原には竜種が多く集まっているって話っす」
「そうなの?」
「そう魔学者が言ってたっす。でも、詳しい原理はわからないらしいっすけどね。なんか、竜だけが感じ取れる『何か』があるとかないとか……」
「ふぅん……」
なんか不思議。
キルトさんが問う。
「王国は、あの岩……というか骨を砕いて、素材として活用しなかったのか?」
「案はあったね」
頷く、黒髪の竜騎士さん。
「けど、あれのおかげで近郊の竜種がこの地に集まり、人の生活圏から遠ざけられている。つまり、この地に残す方向で活用することにしたみたいだね」
「……なるほどの」
「あとは、信心深さかな」
「信心じゃと?」
「そうさ。あの岩は大昔からここにあって、人と竜を見守ってきた。この地方に住む人々にとっては、大事な信仰の対象にもなっているんだ」
「ほう?」
興味深そうに、目を丸くするキルトさん。
信仰。
それは馬鹿にできない理由だ。
この世界では神々が実在していて、その加護によって400年前の人類は救われた。
しかも、シュムリア王家は女神の血筋。
この国の宗教に対する思いは根強く、だからこそ信心深い人は多い。
その強さは、前世の日本では考えられないものだと思う。
そして、そんな信心深い人々の信仰の対象をもし壊しでもしたら、きっとシュムリア王家への信頼が地に落ち、最悪、各地で暴動が起きる可能性もあるんだ。
だから、あの岩は残った。
(…………)
古代竜の骨、か。
僕は、夕日に照らされる奇岩を見つめた。
広大な草原に生える不思議な岩は、けれど、確かにどこか神聖な物にも思えた。
他の6人も見つめる。
グルルッ
そんな僕らの後ろで、赤い大地にいる2体の竜は小さく喉を鳴らしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
草原には、奇岩以外の存在もあった。
養竜院の宿舎だ。
石造りの3階建ての建物で、ここで100人ぐらいの職員が竜の研究、育成、調教のために暮らしているんだって。
(へぇ……)
素朴で頑丈そうな造りだ。
アルダン高原は、竜の多い地域だという。
もしもの時に、竜の攻撃にも耐えられるようにしてあるのかもしれない。
そして隣には、宿舎の3倍ぐらいの大きさの木造のドーム型の建造物が2つもあった。
こっちは何だろう?
そう見ていると、
「竜舎っすよ」
と、アミューケルさんが教えてくれた。
ここではアルダン高原で飼育されている竜たちが夜の間、安全に身を休めているのだそうだ。
つまり、竜の家だ。
なんか、格好いい……。
アミューケルさんは「ちょっと失礼するっす」と言い残して、竜笛を吹きながら、竜騎隊の2体の竜を引き連れてその竜舎へと行ってしまった。
あの竜たちも、今夜は竜舎で休むのだ。
(うん、今日はありがとね)
そう心の中でお礼を言って、竜たちを見送った。
そして僕らは、レイドルさんに先導されて宿舎に向かう。
建物に入ると、
「ようこそいらっしゃいました」
と、70代ぐらいのご老人と他数名に出迎えられた。
誰……?
と思ったら、このおじいさんが『養竜院』の院長で、アドム・ボーライムさんという名前の王国における竜研究の第一人者なのだそうだ。
レイドルさんとも旧知の間柄。
ちなみに、アドムさんのご先祖様が竜車用の竜の飼育に、世界で初めて成功したんだって。
(それは凄いや)
当時の竜種は、ただの恐ろしい魔物だった。
それを捕まえ、飼育し、交配させ、人に従わせて世の役に立てるなんて発想、普通は出てこない。
今では当たり前の竜車。
でも、それが当たり前でない時代から当たり前になるまでに、いったいどれほどの努力と苦労を積み重ねたのかと思うと、頭が下がる思いだった。
そんなことを話したら、
「いやいや、先祖はただ竜が好きで、竜と心を通わしたかっただけのようで……」
と、アドムさん。
それを追い求めた結果、益竜という存在が生まれてしまったとか。
ほぇえ……。
まさか、そんな始まりだったとは。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティスも初めて知ったみたいで、3人とも驚いた顔だった。
うん……。
人の好きって気持ちは、世界を変えるほどに凄いんだね。
僕は頷いて、
「なんか、そういうのっていいな」
と笑った。
同じく竜好きなアドムさん、レイドルさん、そして他の養竜院の職員さんたちも笑って頷いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
アミューケルさんも戻って、僕らは7人で食事を頂いた。
モグモグ
うん、美味しい。
出されたのは、食肉用に育てられた竜の肉のステーキだそうで、旨味と上質な油のおかげで舌の上で溶けていくみたいだった。
竜好きなのに、竜を食べる――いいのかな?
ちょっと複雑。
でも、やっぱり美味しい。
益竜はペットではないから、食用にもされるんだ。
ソルティスなんかは、
「野生の竜の肉は珍味として市場に出たりするけど、こういった家畜化した竜の肉を食べるのは初めてだわ。思った以上に美味しいのね?」
と、好奇心と食欲を満たしつつ感心していた。
ちなみに、3皿食べていた。
さすがです……。
さて、そんな風に食事をしながら、明日からの話もした。
レイドルさんとアミューケルさんは、アドム院長と竜騎士のための竜候補についてを色々と話し合う予定だそうだ。
なので、
「その間、マール君たちは養竜院の竜たちを見学してきなよ」
と提案された。
朝になれば、竜たちはアルダン高原に放牧されるとのこと。
むやみに触ったり、近寄ったりしなければ危険はないらしく、僕らが竜にも詳しい『魔狩人』なのもあって、アドム院長も自由見学を許可してくれた。
(やった!)
竜好きの僕は大喜びだ。
イルティミナさんは「よかったですね」と微笑む。
好奇心旺盛なソルティスも嬉しそうで、無表情なポーちゃんと手を繋いで「楽しみね」と笑っていた。
キルトさんも保護者らしい笑顔で頷いている。
やがて、食事も終わり。
その夜は、5人用の客室で眠りについた。
今日は何をした訳でもなく、ただ1日、竜の背中に乗って空の旅をしただけ。
でも、長時間、強い風圧に晒され、慣れない座席で揺られていた疲労はあったみたいで、イルティミナさんの抱き枕にされたら、あっという間に眠ってしまった。
気がついたら、朝だった。
窓からの朝日が眩しく、僕は青い瞳を細めた。
「…………」
うん、見学するにはいい天気だ。
ワクワク
期待に胸を躍らせながら、朝の光の中で、僕はベッドの上から起き上がったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




