658・竜の訓練
第658話になります。
よろしくお願いします。
神聖シュムリア王城は、湖の上に建てられたお城だ。
南側には30万人の人々が暮らす王都ムーリアの景色があって、反対に北側には雄大な大自然とシュムリア湖の景色が広がっていた。
僕らは、その北側に面した区画にやって来た。
(へぇ……)
やって来たのは、青い空と湖が見える石造りの広い空間だった。
ここが訓練場か。
とても広くて、この場から竜騎隊の竜たちは、そのまま北側の空へと離陸できるようになっていた。
「あ……」
見れば、その訓練場に4体の竜がいる。
…………。
圧巻だ。
単体では最強を誇る生物――それが竜だ。
その圧倒的な生命力と重量感、そして、歴戦の猛者のような圧が4体からは感じられた。
竜の体長は、約20メード。
体型は4つ足の竜であり、その背中には皮膜のある巨大な翼が生えていた。
頭部には、長い角。
そして、頭頂に竜騎士を乗せるための鞍が設置されていた。
爪は長く鋭い。
長さは僕の身長と同じぐらいある。
その牙も鋭く、特に犬歯の2本は長く尖っていて、口を閉じていても先端が見えていた。
首は太く、少し長めだ。
そこには炎を発生させる器官があって、火炎吐息を行う直前には、蛙みたいに大きく膨らむのが特徴なんだ。
(ほわぁ……)
やっぱり格好いいや。
青い瞳をキラキラさせる僕に、レイドルさん、アミューケルさんはどこか誇らしげで嬉しそうだ。
イルティミナさんも微笑ましそうに僕を見ていた。
僕ら4人は、竜たちへと近づいた。
空気に熱気が感じられる。
炎を吐く生き物だからか、竜の体温はとても高いんだ。
そして、やっぱり大きい。
間近で見ると、まるで小山みたいだった。
……うん。
討伐で竜を狩ることもあるけれど、やはり竜騎隊の竜は、野生の竜とは一味違う圧力があった。
鍛えられた肉体。
そして、精神。
それらが生み出す存在感は半端なかった。
(…………)
正直、戦いになったら勝てる確信が持てないや。
そして、そんな4体の竜の足元には、2人の男女の竜騎士が立っていた。
「あらぁ?」
「おや、神狗さん?」
女性の方は口元に手を当てて、男性の方は目を丸くして僕らに驚いた。
女の人は、ラーナ・シュトレインさん。
亜麻色の長いウェーブヘアをした大人の女性で、かつて暗黒大陸の探索を一緒にしたこともある竜騎士さんだった。
声が甘ったるくて、ちょっと扇情的なんだ。
一方の男性は、シュナイダル・ホーワインさん。
緑色の瞳と同じ色の長い髪をした青年で、彼とは、つい先日の竜国戦争で戦場を共にしたんだ。
そんな2人の竜騎士さん。
僕とイルティミナさんは、彼らと「こんにちは」と挨拶を交わす。
それから、隊長のレイドルさんが今回の訓練を僕らが見学することを伝えて、2人はまた驚いていた。
でも、すぐに受け入れてくれて、
「ふふっ、ゆっくり見ていってねぇ」
「いやぁ、神狗さんたちの目があると思うと、何だか緊張しそうですね」
と笑っていた。
そして竜騎隊の4人は、訓練の準備に入った。
ちなみにシュムリア竜騎隊は7人部隊なんだけれど、その内の3人は現在任務中で王都にはいないんだって。
ちょっと残念。
その3人にはまだ僕も会ったことがないので、いつか会ってみたいな。
さて、そんな間にも準備は進む。
そして、
「よし、それでは訓練を始めるぞ!」
と、レイドル隊長の号令が響いた。
◇◇◇◇◇◇◇
竜騎士1人と竜1体――それが2組に分かれて向き合った。
今日は竜の訓練。
人間は参加しないとか。
けれど、竜に指示は出すみたいで、竜騎士たちは自分の竜の後ろに控えていたんだ。
その手には、笛がある。
「あれは『竜笛』ですね」
と、イルティミナさん。
見た目は小さな木の筒で、人間の耳には聞こえない音を出して、その音で竜に指示を送るんだとか。
まるで犬笛だね?
ちなみに、竜騎隊の竜は知能も高い。
人間の言語も、全てではないけれど、ある程度は理解できるそうだ。
ただ言葉より単純な『音』の方が理解が速く、反応も早い。
戦場では、その一瞬の時間が生死を分けることもあるので『竜笛』を用いるのだそうだ。
(なるほどね)
イルティミナさんの解説を聞きながら、僕は感心していた。
ズゥン
そんな僕らの前で、アミューケルさんの竜とラーナさんの竜が足音を響かせ、お互い前方に踏み出した。
アミューケルさんの竜は、紅葉みたいな濃い紅色。
ラーナさんの竜は、白く薄い桃色だ。
体格はアミューケルさんの竜の方が少し小柄で、けれど、ラーナさんの竜の方が細身だった。
ほぼ同じ大きさ、そう言っていいと思う。
そして、竜の主人たる2人の竜騎士は『竜笛』を吹いた。
その瞬間、
ドガン
2体の巨大生物は床を蹴り、お互いに向かって襲いかかった。
(うおっ!)
凄い迫力。
発生した風圧と闘気に、思わず、後ろに1歩下がってしまった。
ドパァン
巨大な肉のぶつかり合う音が響く。
訓練場の空気が痺れ、けれど、それが引かぬ間に、2体の竜はそれぞれの牙と爪で噛みつき、引っ掻き攻撃を行っていた。
カシュ ギィン ガァン
お互い、容赦のない攻撃だ。
なのに、
(当たらない!?)
その事実に驚愕した。
2体の竜は相手の牙をかわし、爪を爪で弾き、あるいは腕をはたいて止め、受け流して、巨体をぶつけて間合いを奪い合っていた。
…………。
まるで人間同士の戦いだ。
野生の竜では決してあり得ない、技術を用いての戦闘だった。
イルティミナさんも、
「まさか、これほどとは……さすが、竜騎隊に選ばれた7頭の竜だけありますね」
と感心していた。
僕も驚きだ。
これまで戦場でその戦いを見たことは、何回かある。
でも、それは竜騎士が騎乗していたし、空中から炎を吐いてその圧倒的な火力で敵を蹂躙する姿がほとんどだったんだ。
竜同士の格闘戦。
それを見たのは初めてだった。
そして、それは僕の想像以上に、人に似た戦闘技術を用いた高度な物だった
ドォン ズゥン
2体の竜は素早く走り回り、空を飛ぶ。
相手の死角を狙って長い尾を振り回し、牙と爪で牽制して、自分の隙は作らず、相手の隙を生み出そうと攻防と間合いの駆け引きまで行っていた。
なんか、思った以上だ。
土煙が舞い、地響きが肌を痺れさせる。
僕は、その光景に完全に魅了されていた。
やがて、アミューケルさん、ラーナさんが『竜笛』を吹くと、2体は素早く離れた。
フシュ フシュゥウ……
白い蒸気のような息が、お互いの鼻から漏れている。
その眼球には、まだ興奮があった。
(…………)
でも、その興奮を完全に抑えて戦闘を終了してみせた。
竜騎士に従った。
その知能の高さ、理性の強さに、僕はまた驚いてしまったんだ。
竜は魔物。
でも、ここにいる竜騎隊の竜は、本当にただの魔物じゃなかった。
……少し恐ろしいな。
もし、これだけの知性と戦闘力を秘めた生物が数多くいたならば、この世界は人間のものではなかったかもしれない。
「…………」
イルティミナさんの真紅の瞳も細められていた。
もし、この竜が敵なら?
自分なら、どう戦うか?
魔狩人として、そんなことを考えているのがわかってしまった。
やがて、レイドルさんの他3体より一回り大きな赤い竜と、シュナイダルさんの緑色の竜が模擬戦を行って、こちらはレイドルさんの竜が圧倒していた。
うん、さすが隊長の竜だ。
他の竜を従える群れの長のように強く、威厳があった。
…………。
もし戦ったら、僕は1人で勝てる気がしないぞ。
そして、竜だけでもこの戦闘力。
本来は、この竜たちに竜騎士が騎乗して、更なる戦闘力の向上が起きるのだ。
「…………」
これがシュムリア竜騎隊、か。
シュムリア王国最強といわれる王国が保有する最大戦力にして、最高の騎士隊だ。
うん、確かに。
その模擬戦を目にして、僕と、同じく王国最強といわれる『金印の魔狩人』のイルティミナさんは、その事実を改めて思い知らされたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それからも訓練は続いた。
天井から吊るされた直径3メード、長さ10メードはある丸太を振り子のように落として、それを回避するのだ。
ただの回避ではない。
竜たちの頭部には、竜騎士たちが立っていた。
そして、竜たちはその丸太をギリギリの距離で回避して、竜騎士たちはその丸太にタッチするのだ。
(ひぇええ……)
その凄さに、僕は度肝を抜かれたよ。
これは、相手の攻撃をかわして竜騎士の剣で攻撃することを想定した訓練だ。
でも、その回避距離がおかしい。
丸太が直撃すれば、竜たちだってただでは済まない。
それなのに、竜たちは主人である竜騎士に当たらないように、けれど、その手が届く範囲で攻撃を回避しているんだ。
凄まじい距離感。
そして、集中力だ。
実は、僕も同じ回避ができる。
でも、それはキルトさんとの稽古で、もしもの時は命を落とすという危険の中で手に入れた技術だった。
しかも、成功率は決して高くない。
極限の集中、反応速度、精密な肉体操作、全てが必要なんだ。
だから、わかる。
あの竜たちは異常だ。
うん、本当に異常なほどの戦闘技術だ。
竜の強さのほとんどは、その巨体によるパワーと素早さ、身体能力によるものがほとんどだ。
なのに、そこにあの技術。
そんなの、もう反則じゃないか。
イルティミナさんは、息を吐く。
「あの竜たちは、その辺にいる人間の騎士や冒険者などよりも、よほど技量がありますね。いわゆる達人と呼ばれる極一部の者たちだけが到達する極致にいるようです」
「…………」
「もし彼らが人の姿であったなら、私も勝てるでしょうか……?」
そんなに……?
イルティミナさんの呟きに、僕ももう言葉がない。
やがて、3体の竜が回避訓練を続ける中、レイドルさんだけが訓練を中断して僕らの方へとやって来た。
片手をあげて、
「やぁ、どうだったかな?」
と、白い歯を見せて笑う。
僕は素直に「凄かったです!」と全力で答えた。
イルティミナさんも頷く。
「正直、これほどとは思いませんでした。なるほど、王国最強と呼ばれる訳だと納得しましたよ」
「そうかい」
レイドルさん、少し嬉しそうだ。
ちなみに世間では王国最強というと『金印の魔狩人』だと言う人が多い。
これは冒険者の方が騎士よりもより民間人の生活に密着した活動をしていて、多くの国民に親しまれているからだ。
でも、騎士の中で王国最強を問うと、答えは『シュムリア竜騎隊』の方が多いそうだ。
これは同じ騎士だから。
もちろんそういう理由もあるだろうけれど、きっと騎士たちは民間人が目にはできないこうした竜騎隊の訓練を目撃して、だからこそ真実そう思っている気がするんだ。
僕も今日、初めて目にしてそう感じたから。
ただ、それでもやっぱり、僕の中での王国最強は『キルト・アマンデス』だけどね。
(うん)
彼女ならきっと、この竜たちにも勝てる気がするのだ。
僕の願望かも知れないけれど、ね。
閑話休題。
僕はレイドルさんに、竜騎隊の竜はいつもあんな訓練をしているのか、いつから訓練を始めたのか、そんな質問もしてみた。
彼は笑って、
「いつもだよ」
と答えた。
「訓練は、竜が卵から孵化した時から人が育て、人間に慣れさせて、幼少期から始めているんだ。王国北部にある『養竜院』と呼ばれる場所でね」
「養竜院?」
「人のための益竜を育てる王立施設さ。竜騎隊の竜は全て、そこの出身なんだ」
「へぇ……」
そんな施設があるんだ?
初めて知った。
イルティミナさんは『養竜院』の存在は知っていたけど、竜騎隊の竜の出身地だとは知らなかったそうだ。
ズゥン ズズン
僕らは、いまだ訓練を続ける3体の竜を見る。
あの竜たちの故郷。
そう思うと、凄く興味が湧いた。
「どんな場所なんだろう……?」
と、呟く。
そんな僕を、レイドルさん、イルティミナさんが見つめた。
黒髪の騎士隊長さんは、少し考える。
迷いつつ、
「実は明日から『養竜院』に用があって、俺とアミューケルで行く予定になっているんだが……もしよかったら、同行するかい?」
「え……」
僕は目を見開いた。
王国最強の竜騎士を凝視する。
彼は苦笑し、
「竜に興味を持ってもらえるのは、俺たちとしても嬉しいことなんだ。怖がられることはあっても、好かれることは珍しいからね」
と言った。
そうなの……?
僕にとっては、『竜』は格好いい存在だ。
でも、世間的には魔物だし、人々の生活を脅かす恐ろしい生き物なのかもしれない。
(そういえば……)
前にイルティミナさんも、自分たちは魔狩人なので竜の恐ろしさを嫌というほど知っていて、だからこそ、その姿を見ると自然と警戒してしまうと言っていたっけ。
竜は、怖がられる存在。
それが常識なんだ。
僕は、訓練場にいる4体の竜を改めて見た。
…………。
怖くない……というと嘘になる。
でも、それ以上に憧れがあって、頼もしさがあって、格好良さに惹かれてしまうんだ。
前世の影響かな?
でも、やっぱり僕は『竜が好き』だ。
だから僕は、何かをねだるように隣にいる年上の自分の奥さんを見つめた。
その視線に気づくイルティミナさん。
「…………」
彼女は嘆息し、苦笑した。
その手で僕の髪を撫で、
「マールが望むなら、私は構いませんよ。せっかく10日間の休養をもらえましたし、レイドルの誘いに応じることにしましょうか」
「うん、ありがとう!」
彼女の言葉に、僕は笑った。
イルティミナさんも喜ぶ僕に優しい微笑みを見せてくれる。
レイドルさんも、
「そうか。誘いに応じてもらえて、俺たちも嬉しいよ」
と頷いてくれた。
王国最強のシュムリア竜騎隊。
その7体の竜の出身地。
そうして僕とイルティミナさんは、明日、その『養竜院』と呼ばれる場所に行くことになったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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