657・王城の竜騎士
今回から、また新しいお話です。
本日の更新、第657話になります。
よろしくお願いします。
季節は、初春を迎えた。
また冬の名残りを感じさせる日もあるけれど、今日はほんのり暖かい。
空には、太陽も明るく輝いている。
その春の日差しは今、美しく瀟洒な窓ガラスから差し込んで、長い廊下を歩く僕とイルティミナさんを照らしていた。
足元は、フカフカの絨毯だ。
ここは、神聖シュムリア王城。
広大なシュムリア王国を統治するシュムリア王家の方々の暮らしているお城だった。
(ふぅ……)
窓から太陽を眺めて、僕は息を吐く。
実は、僕とイルティミナさんはついさっきまで、王国の第3王女であるレクリア王女と会っていたんだよね。
理由は、クエスト報告。
今回は、王家直々に依頼されたクエストだったんだ。
もちろん達成したよ?
金印の魔狩人イルティミナ・ウォンの手にかかれば、高難度の依頼でも問題ない。
僕もがんばって手伝った。
そして、王国騎士30人が敗北したという手強い魔物を倒して、本日、その報告とお褒めの言葉をもらうために僕ら夫婦は登城したという訳なんだ。
いや、強い相手だったよ……。
息を吐いた僕に、イルティミナさんは「ふふっ」と微笑んだ。
「謁見は緊張しましたか?」
「うん」
僕は苦笑し、頷いた。
だって、相手は王女様だ。
顔見知りだけど、レクリア王女は次期国王にも内定された人物で、最近は美しさにも磨きがかかった。
もっと言うと、迫力が増したんだ。
女性として。
王族として。
やっぱり一般人とは違うオーラがあるんだよね。
会っている間は意識しないんだけど、こうして謁見が終わって気が抜けると、あぁ、自分は緊張していたんだな……って感じるんだよ。
それで、つい吐息をこぼしちゃった。
サワッ
僕の奥さんの白い手が、僕の茶色い髪を撫でる。
「クエストも無事に終わりましたし、家に帰りましたらゆっくりしましょうね。今回は難敵でしたので、10日間の休養をもらえるそうですから」
「うん、そうだね」
イルティミナさんの笑顔に、僕も笑った。
大仕事のあとは、しっかり休息を取ることも大事。
それは冒険者ギルドもわかっているので、きっちりとスケジュール調整をしてくれているんだ。
10日間、か。
(何をしようかな……?)
僕は、少しワクワクする。
絵を描くのもいいし、何もしないで休むのもいい。
もしくは、クエストでしばらく我慢の日々だったので、その、イルティミナさんと久しぶりに夫婦の営みを存分に楽しむのもいいかもしれない……なんて、えへへ。
想像して、つい顔が熱くなる。
そんな僕に、イルティミナさんは「マール?」と不思議そうな顔だ。
僕は「な、何でもないよ」と慌てて手を振った。
ちなみに廊下には、僕ら以外にも文官さんや騎士さんたちが歩いていて、すれ違いながら、僕の焦る姿に変な顔をされてしまった。
(うは……)
は、恥ずかしい。
ついつい歩く足が速くなる。
そのせいだろうか?
廊下の曲がり角で、
ドッ
「わっ?」
「おっと」
僕は出合い頭に、1人の騎士とぶつかってしまった。
たたらを踏んで、けれど、お互い転ぶことはなかった。
僕は慌てて、
「ご、ごめんなさい」
と頭を下げて、
(おや?)
その人物が見知った相手であることに気づいた。
背は高く、黒髪で涼しげな金色の瞳をした男の騎士さんだ。
うん、格好いい。
年齢は確か32歳だったっけ? だけど、20代後半ぐらいの若々しい見た目だった。
しなやかに鍛えられた肉体。
赤い竜鱗の鎧を身に着けて、その上から白いマントを羽織っていた。
彼は笑った。
「やぁ、マール君」
白い歯がキラリと光る。
爽やかで、だけど、色気も感じる素敵な笑顔だ。
僕も笑って、
「こんにちは、レイドルさん」
と応えた。
そう、彼の名前は、レイドル・クウォッカ。
シュムリア王国最強と呼ばれる7人の竜騎士たち――その頂点に位置するシュムリア竜騎隊の隊長だ。
これまで、レイドルさんとは何度か共闘したことがある。
本当に強い騎士だ。
そんな彼は、
「大丈夫だったかい?」
と、ぶつかった僕を気遣ってくれた。
僕は「うん」と頷いた。
隣にいたイルティミナさんも「久しぶりですね、レイドル」と声をかけた。
レイドルさんも頷く。
「やぁ、イルティミナ・ウォン。――君が王城にいるということは、レクリア王女に会っていたのかな?」
「そうですよ」
僕らは、事情を説明した。
彼は「なるほど」と納得して、
「そうか、無事に『魔霊獣フォルカス』の討伐を成功させたのか。さすがだね。『金印の魔狩人』として、まるでかつてのキルト・アマンデスのような強さだ」
「それはどうも」
イルティミナさんは澄まして答える。
…………。
横顔を見たところ、本人的にはそう思ってない感じかな……?
夫の僕には、そうわかる。
レイドルさんは、
「実は君たちが失敗したら、俺たち『シュムリア竜騎隊』に出動命令が下る予定になっていてね」
「おや、そうだったのですか?」
「あぁ、でも、おかげで助かったよ。かなり危険な任務と思っていたからね」
と、破顔した。
(…………)
う~ん?
レイドルさんは『助かった』なんて言っているけど、多分、社交辞令だと思う。
危険な任務。
これは嘘じゃない。
でも、『シュムリア竜騎隊』の実力は『金印の魔狩人』より上とも言われているんだ。
その自負もあると思う。
少なくとも、僕らが負けていたとしても、レイドルさんは『自分たちまで負ける』なんて欠片も思ってなかったんじゃないかな?
それだけの実績もある。
だって彼らは、王国最強の騎士なのだから。
イルティミナさんもわかっているみたいで「そうですか」と素っ気ない。
レイドルさんは苦笑した。
「言っておくが、本気で言っているよ?」
「はい」
「……信じてないね?」
「信じたことにしておいてください。私も竜騎士の実力はわかっていますので」
「やれやれ」
彼は肩を竦めた。
思ったより親しげなやり取りだ。
イルティミナさんは『金印の魔狩人』でレクリア王女が後ろ盾なのもあって、時々、僕抜きでお城に登城することがあるんだ。
もしかしたら、その時に親交を深めたのかな?
(…………)
美男美女。
2人が並ぶとお似合いで、その会話する姿に少し嫉妬してしまう僕である。
(……いやいや)
そんな狭量じゃ駄目だぞ、マール。
僕が夫なんだ。
ちゃんと彼女の隣で胸を張っていないとね。
むん!
そんな僕に、彼は「どうしたんだい、マール君?」と不思議そうな顔をしていたけれど。
そうしていると、
「あ、いた。――隊長、何やってるっすか? そんなところで油売ってないで、早く訓練に行くっすよ」
なんて声がした。
(ん?)
見れば、廊下の奥からもう1人、赤い鎧の竜騎士が歩いてきていた。
小柄な女性だ。
灰色の髪は短くて、一見、美しい青年にも見える。
でも、スレンダーながら体型は間違いなく女の人のそれであり、鍛えられた女騎士のものだった。
瞳の色は、綺麗な紅。
その紅い瞳が、僕らを見つけて丸くなる。
「お……? マール殿にイルティミナ殿じゃないっすか、お城で会うなんて珍しいっすね」
彼女はそう驚いた。
僕らも笑った。
「こんにちは、アミューケルさん」
「お久しぶりです」
そう挨拶する。
彼女は、アミューケル・ロートさん。
まだ23歳で、竜騎隊でも最年少の竜騎士だ。
17歳から正式な竜騎士として働いている若き天才であり、将来、シュムリア王国を担う1人になると嘱望された人物なのだ。
彼女は、
「どうしたんすか、2人とも?」
と聞いてくる。
表情は柔和だ。
……うん。
5年前、出会った時には刺々しい敵意の視線だったのに、変われば変わるものだ。
年月って偉大だね?
そんなことを思いつつ、僕らは彼女にも説明した。
それを聞いて、
「うえっ、あの悪名高いフォルカスを討伐したっすか!? ……2人とも、半端ないっすね。もう1人の『金印』だったら難しかったんじゃないっすか」
なんて驚いていた。
ちなみに、もう1人の金印とは、リカンドラ・ローグさんだ。
1番新しい金印の冒険者。
イルティミナさんから3年遅れで、彼女に認められて『金印』になった人物だ。
とはいえ、彼も『金印』として活動して3年目。
実力は充分だ。
なので、アミューケルさんの言葉は、単なる軽口でしかない。
イルティミナさんも、
「さて?」
と軽く応えて、穏やかに微笑むだけだ。
アミューケルさんは僕を見て、
「マール殿も、フォルカス相手によく生きてたっすね? ほんと、凄いっすよ」
「あはは……正直、何度も死ぬかと思ったけどね。でも、イルティミナさんががんばって倒してくれたんだ」
「そっすか」
僕の言葉に、彼女は感心した顔だ。
すると、
ツン
イルティミナさんの白い指が、僕のおでこを突いた。
ほえ?
「私があの魔物を倒せたのも、マールがしっかり私のことをサポートしてくれたからですよ? そうでなければ、私自身、何回死んでいたかわかりません」
と、僕を見つめた。
イ、イルティミナさん……。
その真剣な熱い視線が、ちょっと照れ臭い。
彼女は微笑み、
「今回の達成は、2人での勝利です」
「うん」
僕も頷いた。
そんな僕ら夫婦に、レイドルさんとアミューケルさんは顔を見合わせ、そして苦笑した。
それから、
「おっと、隊長。訓練の時間っすよ?」
「あぁ、そうだね」
部下の言葉に、レイドルさんは頷いた。
僕は「訓練?」と首をかしげた。
アミューケルさんの話によれば、今、ちょうど竜騎隊の竜が訓練場で戦闘訓練を行っているのだそうだ。
(へぇ、竜の訓練!)
僕は目を輝かせた。
野生の竜は、何度か見たことがある。
その戦いは、基本、本能任せ。
でも、シュムリア竜騎隊の竜は特別で、ちゃんと『戦闘技術』を持った竜たちなのだ。
(その訓練、かぁ)
いったい、どんなものなんだろう?
色々と想像していると、
「よかったら、見学していくかい?」
と、レイドルさん。
えっ!?
「いいんですか!?」
「いやぁ、そんな顔をされてしまうとね。誘わないといけない気がしたというか……」
と、彼は苦笑する。
アミューケルさんも同意したような苦笑いだ。
???
よくわからない。
でも、どうでもいい。
だって、珍しい竜の訓練が見られるのなら。
僕は「イルティミナさん」と、期待を込めて自分の奥さんを振り返った。
彼女は吐息をこぼす。
「レイドルたちが許可してくれるのであれば、そうですね、せっかくですし見学させてもらいましょうか」
「うん!」
僕は全力で頷いた。
ありがとう、イルティミナさん!
感謝、感謝だ。
そんな喜ぶ僕を見つめて、
「マールは本当に竜が好きですね。2人きりの時間が短くなるのは残念ですが……まぁ、その笑顔が見られるのなら良しとしましょうか」
なんて呟いた。
あ……。
僕は思わず「ご、ごめんね」と謝り、彼女は「いいえ」と微笑んだ。
優しく僕の髪を撫でて、
「竜の訓練、楽しみですね」
「うん」
「はい。――では、レイドル、案内してください」
「はいはい」
僕の奥さんの命令に、レイドルさんは本日何度目かわからない苦笑を浮かべた。
アミューケルさんも苦笑いして、
「こっちっすよ」
と、先に立って歩きだした。
そうして僕ら4人は談笑しながら、春の日差しが差し込む長い廊下を移動するのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
実は、こっそりと活動報告も更新しております。
書籍マール3巻のイラストの先行公開などもしておりますので、よかったら覗いてみて下さいね。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。