653・密猟者
第653話になります。
よろしくお願いします。
魔物の死体の数は、1体や2体ではなかった。
(5体以上……かな?)
それも、人間よりも大型、体長3メード以上の獣タイプの魔物ばかりみたいだった。
手足が千切れ、地面に落ちている。
腹部が裂け、内臓がこぼれている死体もあった。
…………。
ここまで損傷の激しい死体というのは、あまり見たことがない。
(何があったんだろう?)
もしかして、他のもっと大型の魔物が喰い散らかしたのかな……?
それにしては、食べられた痕跡が少ないように思える。食べるために殺したのなら、もっと死体の肉が減っているはずだった。
「…………」
イルティミナさんも慎重に死体を確認している。
パシャッ
彼女の踏み出す足の下には、紫色の血の水たまりができていた。
白い槍を使って傷口を押し広げたり、地面の足跡を確認したり、散乱している死体の全てを見て回っていた。
「……なるほど」
彼女は呟いた。
僕は「何かわかったの?」と聞いた。
僕の奥さんは「はい」と頷く。
「どうやらこれは、密漁者たちの仕業のようですね」
と言った。
(密猟者!?)
これが……?
僕は思わず、周囲の惨状を見回してしまった。
「これを見てください」
イルティミナさんはそう言いながら『白翼の槍』の先端で、1体の魔物の死体の口元を示した。
僕も見る。
力なく開かれた口からは、長い舌がダラリとこぼれていた。
「牙がありません」
「え?」
「この魔物は『輝石牙の虎』と言い、本来は0・5メードほどの宝石のような牙が生えているのです。それがありません」
言われてみれば、確かにない。
……いや……?
生えている歯と歯の間に、太い何かが抜けたような穴が開いていた。
多分、ここに牙があったんだ。
「その牙は宝石と同じく、高値で取引されます。魔物由来ということで、もしかしたら宝石以上の価格かもしれません」
「…………」
じゃあ、そのために?
僕は、ここにある5体の魔物の死体を呆然と見つめてしまった。
イルティミナさんは言う。
死体からは、宝石みたいな牙だけでなく、爪や肝臓なども抜かれていた。
こうした魔物の素材も売れるからだ。
また身体がバラバラなのも、そうした剥ぎ取り作業をし易くするためで、何よりも時間を優先した結果なのだろう……と。
(…………)
僕だって『魔狩人』だから魔物を殺す。
でも、相手が魔物であっても、生命に対する敬意は持っているつもりだった。
だけど、この現場からはそれが感じられない。
「それと、もう1つ」
イルティミナさんの『白翼の槍』は、今度は地面の1点へと向けられた。
彼女は言う。
「恐らく、ここに罠が仕掛けられました」
「罠?」
「はい」
彼女は頷いた。
「魔物の子供がここに拘束されていたようです。その子供に矢を撃ち込み、わざと悲鳴をあげさせて、助けに集まってきた家族を一網打尽に殺したようですね」
…………。
咄嗟に、言葉が出なかった。
イルティミナさんも真紅の瞳を伏せ、語った口調からも静かな怒気と嫌悪が感じられた。
あり得ない……。
いくら魔物相手でも、そんなことをするなんて。
よく見たら、散乱する死体の1つは、確かに他と比べて半分以下のサイズしかなかった。
(……あぁ)
その恐怖は、苦痛はどれほどだったろう?
それを思うと心が痛い。
僕は思わず、自分の左手で心臓の辺りを強く押さえてしまった。
イルティミナさんは周囲を見る。
「散乱した死体も、森にいる他の魔物に食べられる。そうなれば、密漁者たちの証拠は残らず、彼らを捕まえるための捜索も行われなかったでしょう」
そこまで計算しての行動だった、そう彼女は語っていた。
…………。
なんて連中だ。
でも、言い換えれば、
「まだこの森には、その密猟者たちがいるってこと?」
僕は、自分の奥さんを見上げた。
彼女の美しい白貌は、樹々の茂った森の奥を見据えて、
「はい、恐らくは」
と、静かに頷いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
この樹海の保護区には、希少な魔物や動植物が生息していた。
僕らの狙う『古老の青鹿』は、その中でも特に絶滅危惧種でもある超希少な魔物であり、その角は貴族が欲しがる魔力の品だった。
価値は、角1つで数千万~3億円ほど。
もし、この森に入った密猟者たちが遭遇したならば、必ず殺して手に入れる品だった。
(……そうなれば)
僕らはクエスト失敗だ。
いや、それ以上に、密漁者たちのやり方では『古老の青鹿』が本当に絶滅してしまうかもしれない。
それは――駄目だ。
自分も魔物を殺しに来た身で何を身勝手なと思うけど……でも、それでも、そこまで生命に対しての敬意を失うような行いは、僕には受け入れられなかった。
「止めなきゃ」
その密猟者たちを。
捕まえて、それ以上の暴挙をさせないようにしないと。
僕の言葉に、
「はい」
と、イルティミナさんは頷いた。
「奴らの行いは生態系を崩します。それは魔物の行動に変化を与え、時に人の生活圏への危機も招くでしょう。『金印の魔狩人』として、それを見過ごすことはできません」
彼女も、彼女なりの理由があるみたいだ。
僕も頷いた。
この現場の魔物の死体は、まだ他の魔物に食い荒らされていない。
ということは、密漁者たちがここで犯行を行ってから、さほど時間が空いていないということだ。
少なくとも今日中。
イルティミナさんは「恐らく、2~3時間ほど前のことでしょう」と予測した。
それならば、
(密猟者たちの移動した痕跡は、まだ森のあちこちに残っているはずだ)
そして、こちらには王国で最も優れた『魔狩人』がいる。
その追跡力ならば、きっと密猟者たちの痕跡を発見し、あとを追いかけることができるはずだ。
僕の鼻だって、きっと役に立つ。
僕らは頷き合った。
それから、現場に残された『輝石牙の虎』たちの死体を振り返ると、2人で手を合わせて黙祷を捧げた。
…………。
僕は、青い瞳を開く。
「行こう、イルティミナさん」
「はい、マール」
彼女の紅い瞳も、こちらを見つめ返す。
決意を胸に、僕らは密猟者たちを追って更なる森の奥へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「――ありました」
慎重に周囲を探っていたイルティミナさんが、小さく呟いた。
その視線の先。
人の腰ぐらいの高さまで茂った草木の葉に、小さな紫色の点があった。
(血痕だ)
魔物の血、つまり、あの惨劇の現場にいた何者かに付着し、ここを通り抜ける際に触れて残してしまった痕跡だった。
普通なら見逃してしまう小さな血痕。
けれど、王国のトップである『金印の魔狩人』は、それを見逃さなかった。
(さすが、イルティミナさんだ)
自分たちの痕跡を消そうとしていた密猟者たちの小さなミスを、僕らは見つけた。
そして、他の魔物や動物ではないとわかった以上、ここから続いている森の移動跡を追跡していけば、自ずと密猟者たちに辿り着けるはずだ。
「こちらです」
「うん」
歩き出すイルティミナさん。
その頼もしい背中を、僕も追いかけていった。
…………。
…………。
…………。
森には、移動の痕跡が残されていた。
かすかに押し潰された地面の土、折れた細い枝、踏まれた草、削れた樹の幹など、普通なら気づかないような変質だ。
僕の奥さんは、それを読み解く。
「人数は10人……ですが、全員、驚くほどに森の歩きに精通していますね。これほど痕跡を消しながら移動できるとは……」
そう感心していた。
あまり感心なんてしたくない。
でも、彼女にそう言わしめるほど、この密猟者たちは優秀なんだ。
それでも、物質としてそこに存在している以上、全く痕跡を残さずに移動するのは不可能で、僕らは確実にあとを追い、その距離を縮めていっていた。
――追跡を始めて、数時間。
太陽が中天を越え、午後へと差し掛かろうとした時だった。
(!)
僕の鼻が『人の匂い』を捉えた。
「イルティミナさん、見つけた」
僕は言った。
彼女はハッとして、すぐに頷いた。
僕らは前後を入れ替え、痕跡ではなく、匂いを追って、これまで以上に速度をあげて密猟者たちを追った。
ザザザッ
草木を散らし、急ぐ。
グングンと距離が縮まっていくのを、匂いが伝えてくれている。
距離が500メードを切った。
僕らはそこで速度を落とし、今度は密猟者たちに僕らの接近を気づかれないよう、気配を殺しながら移動し始めた。
(…………)
匂いから、その一団が移動していないのを感じた。
そして、別の匂いもしている。
これは、魔物?
また違う魔物の密猟をしているのだろうか?
「……急がなきゃ」
僕は唇を噛み締め、急ぎ、けれど慎重に歩みを進めた。
◇◇◇◇◇◇◇
「――これで成体が釣れれば、俺たちは億万長者だな」
姿よりも先に、そんな声が聞こえた。
森の奥からの声に、僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、それが密猟者たちのものだと確信する。
慎重に近づいた。
森には起伏があり、僕らはその10メードほどの高さの崖の上から、茂みに身を隠したまま、眼下の様子を窺った。
(――いた)
密猟者たちだ。
人数は、僕の奥さんが予想していた通りの10人。
全員がまるで冒険者のような格好で、ほんの数十メードの距離が離れているだけだというのに、感じられる気配は驚くほど薄かった。
かなりの隠密技術。
魔物に自分たちの気配を悟らせず、狩る技能に優れているとわかった。
「っ」
隣のイルティミナさんが美貌をしかめた。
(?)
イルティミナさん?
どうしたのかと視線で問いかけると、彼女はどこか言い難そうに教えてくれた。
「あの冒険者装備に隠密の技術、そして、魔物を殺せる戦闘力……もはや間違いありません。――あの者たちは現役の『魔狩人』です」
……え?
僕は呆けた。
あの密猟者たちが、僕らと同じ『魔狩人』?
人々を守ろうと、命を懸けて恐ろしい魔物を狩る誇り高き冒険者――その称号の1つが『魔狩人』だ。
僕は、そのことに誇りを持っていた。
それなのに……。
(あの恐ろしい密猟を行ったのも、同じ『魔狩人』なの……?)
その事実に、僕の心は震えた。
ショックを受ける僕を支えるように、彼女は僕を抱きしめてくれた。
「…………」
「…………」
その温もりと彼女の匂いが、僕の心に力を与えた。
(……うん)
僕は大きく息を吐いた。
人間は、いい人もいれば悪い人もいる。
同じように『魔狩人』にだって、『いい魔狩人』もいれば『悪い魔狩人』もいるのだろう。
普通に働くより大金を稼げる密猟。
その暗い誘惑に負けて、本来の『魔狩人』の役割を忘れ、その力を間違った方向に使ってしまう人も存在する。
悲しいけど、それが現実なんだ。
「ごめんね。もう大丈夫、ありがとう、イルティミナさん」
僕はそう笑った。
彼女を安心させようと。
ゆっくりと身体を離して、イルティミナさんは僕の顔を見つめた。
(大丈夫だよ)
もう1度、微笑む。
それを見て、彼女もどこか悲しげに微笑み、頷いた。
僕ら2人は、再び崖下を見る。
彼らを見ながら、僕の奥さんは言った。
「気配から察するに、あそこにいるのは『銀印』が2人、『白印』が5人、『青印』が3人といったところでしょう」
そう実力を看破する。
それから、
「まさか『銀印』ほどの実力者が密猟に加担するとは、夢にも思いませんでしたが……」
と苦々しそうに続けた。
僕の奥さんも、密猟者たちが同じ『魔狩人』であったことに忸怩たる思いがあるみたいだ。
(それはそうだよね)
彼女は王国トップの『魔狩人』なのだから。
それにしても『銀印の魔狩人』なんて、一般冒険者の最高位じゃないか……その実力は一筋縄ではいかないはずだ。
(捕まえられるだろうか?)
僕とイルティミナさんの2人だけで。
密猟者たちは、そう不安を感じさせるほどの戦力だ。
気配を殺しているけれど、その内側から感じられる静かな『圧』は、僕と同じ『銀印』としての確かな実力を伝えていた。
それが2人。
更に『白印』と『青印』が8人もいる。
対してこちらは、『金印の魔狩人』と『銀印の魔狩人』が1人ずつだ。
単純に、僕が『銀印』の1人と同戦力とするならば、イルティミナさん1人でもう1人の『銀印』と他8人と匹敵する戦力でなければいけないのだ。
「…………」
正直、かなり厳しい。
そう思っていると、
「あそこを」
イルティミナさんが彼らの奥の空間を指差した。
(ん……あ?)
そこに、1体の魔物がいた。
見た目は、鹿だ。
体長は1・5メードほど。
全身に苔や植物が生えていて、青い体毛と同化しているため、周囲の景色に溶け込んで見つけ辛い姿をしていた。
体格はあるけれど、頭部に角はなく、風貌も幼くてまだ子供に見える。
ジャラッ
そして、その右後ろ足には、金属の足枷が填まっていた。
そこから2メードほど鎖が伸びていて、その先は地面に突き刺さった杭に繋がっていた。
つまり、その場所に拘束されていた。
ピイッ ピイッ
鳴き声を上げ、逃げようとする。
けれど、鎖にガシャンと足を引っ張られ、何度も地面に転んでいた。
必死な姿。
それに、密猟者たちは笑っていた。
(…………)
僕は歯を食い縛る。
そして、イルティミナさんは驚いたように呟いた。
「……あれは、古老の青鹿」
(……え?)
僕は彼女を見上げた。
僕の奥さんは、真紅の瞳を見開きながら、
「間違いありません。まだ幼生体なので角がないようですが……しかし、まさか密猟者たちが見つけるとは……。連中め、何という悪運の良さでしょうか」
最後は忌々しそうに言った。
あれが……僕らの目的としていた魔物?
僕も驚きを隠せない。
でも、監視所の所長のポリウスさんが教えてくれたっけ。
去年、7頭増えた、と。
つまり、あそこに捕らえられているのは、その7頭の内の1頭ということなのだろう。
まだ生まれたばかり。
知識も経験もなく、だからこそ『銀印の魔狩人』たちに捕まってしまった。
(…………)
あの子の仲間を、僕は殺しに来た。
そう思ったら、手足の先が冷えていくような感覚に囚われてしまった。
その時だった。
密猟者の1人がクロスボウを取り出した。
その先を『古老の青鹿』の子供に向け、
ドシュッ
『ピギィッ!?』
その矢を発射し、魔物の太ももに突き刺したんだ。
(!?)
僕は愕然とする。
魔物の子供は、痛みと恐怖で必死な鳴き声を何度も響かせた。
その姿に、奴らはまた笑う。
ドシュッ
またクロスボウが放たれて、小鹿のお尻に突き刺さった。
鮮血が噴き、森に悲鳴が響く。
それからも、奴らはクロスボウを何度も発射した。
皮膚に掠らせ、直前の地面に刺して脅し、直接、肉に当てて、魔物の子に悲鳴をあげさせていた。
けれど、決して急所は狙わない。
致命傷は避けている。
それでも血は噴き、その子は少しずつ弱る。
必死な、悲痛な悲鳴が何度も森に木霊した。
(……何を……している?)
僕の中に、暗い怒りが燃えあがった。
その隣で、僕の奥さんが嫌悪感に満ちた表情で奴らの目的を口にした。
「……親をおびき寄せているんです」
数億円もの価値があるという角の生えた『古老の青鹿』の成体の親を。
あの子の悲鳴で。
苦痛と恐怖に泣き叫ぶ子供の悲鳴を聞かせて、助けに来た親鹿を狩る――そのために、アイツらはクロスボウを撃っていたのだ。
やり方はわかる。
でも、それを実行できる心がわからない。
(あぁ……駄目だ)
人を守るため、魔物を狩るのが『魔狩人』だ。
でも。
でも……っ。
僕は拳を握り締め、それをブルブルと震わせた。
ギュッ
そこに、白い手が重ねられた。
ハッとして顔をあげる。
そこには、真紅の瞳で真っ直ぐに僕を見つめるイルティミナさんの美貌があった。
「…………」
彼女は微笑み、頷いた。
……あ。
そこには、僕の思いを許し、共にあるという意思があった。
「……うん」
僕は泣き笑いの表情で頷いた。
彼女の心が嬉しい。
共に怒り、同じ思いを共有して立ち上がろうとしてくれる――そんな自分の奥さんが、僕はますます愛おしかった。
カチャッ
僕の両手が、2本の剣の柄に当てられた。
イルティミナさんも『白翼の槍』の先端の翼飾りをカシャンと開いて、戦闘態勢に入っていた。
僕らは、眼下の密猟者たちを見る。
(――認めない)
少なくとも、僕は。
その、生命を嬲るような行為を。
シュララン
僕の左右の手は『大地の剣』と『妖精の剣』を鞘から抜き、青い瞳には強い覚悟の輝きが灯されていく。
そして、
「――神気、開放」
その言霊と共に、僕は『神なる狗』へと変身した。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




