646・生死を賭けた剣
第646話になります。
よろしくお願いします。
「行くぞ、マール!」
銀髪をひるがえし、キルトさんは『雷の大剣』を構えながらそう叫んだ。
僕は「うん!」と答え、
(神気――開放!)
ドゥン
体内にある神なる力の蛇口を一気に開放した。
マグマのように熱い神気が全身に満ちて、僕の髪とお尻からは『神狗』の耳と尻尾が生えていった。
同時に、僕とキルトさんは走り出す。
前衛に立つのは、僕ら2人。
イルティミナさんは中間距離からサポートに回り、ソルティスはまずは回復魔法に専念するため後方待機。
ポーちゃんは、ソルティスの護衛だ。
接近する僕とキルトさんに対して、魔界生物『魔猿神』は、4つ角に黒い放電を散らしながら、
『ホギャア!』
ブォン
黒く鋭い爪の生えた両腕を振るってきた。
(――速い!)
思った以上の鋭い攻撃を、僕は2つの剣を交差して受け流す。
ギィイン
激しい火花が散った。
想像よりも重い攻撃だった。
子供の体格のマールだったら、そのまま弾かれていたかもしれない。
けれど、今の大人となった僕の体重、筋力、手足の長さは、その攻撃の威力を完全に殺して受け流すことに成功した。
大人って素晴らしい……!
一方で英雄たるキルトさんは、当然、僕以上に余裕を持って攻撃を受け流していた。
それどころか、
ヒュン
超重量の大剣を素早く構え直して、
「鬼剣・雷光斬!」
その巨大な鉱石のような刀身から青い雷を迸らせて、下段から鋭く振り上げた。
バヂィイン
黒く巨大な左腕が雷光と共に切断された。
『ギョアッ!?』
魔猿神は驚愕し、洞窟内に悲鳴を響かせた。
ドン
地面を蹴って、一気に10メード以上も後退する。
僕らは追撃しない。
片腕を奪った以上、勝機は完全にこちらにあった。
無理はせず、慎重に、丁寧に攻撃を重ねて、無傷のまま完勝するために時間をかけるのだ。
『グルル……ッ』
3つ目の猿は、怒りの表情だ。
斬られた左腕の傷口からは、血液ではなく、黒い煙のようなものがシュオオ……と噴き出していた。
切断されて地面に落ちた左腕も
シュウウ……
と、黒い煙となって消えていく。
やはり魔界生物、どうやら僕らみたいな普通の肉体ではないみたいだ。
その時だ。
ジュオオ
傷口から噴いていた黒い煙が渦を巻き、それが失われた部位となって奴の左腕が回復した。
(!)
さすが、一筋縄ではいかない。
向こうの戦闘力は、再び元に戻ってしまった。
けれど、再生することがわかった以上、こちらもそれを想定して戦える――不利になった訳ではないのだ。
僕は、2つの剣を構え直し、
ドクン
(!?)
その瞬間、自分の心臓に強い痛みが走った。
な、何が……っ!?
耐え切れず、僕はその場に膝をついてしまう。
「ぬっ?」
キルトさんは驚き、
「マールっ!?」
イルティミナさんは青い顔で、即座に僕の元へと駆け寄った。
白い槍を3つ目の巨大猿に向けながら、ふらつく僕の身体を抱くように支えてくれる。
「大丈夫ですか?」
心配そうな顔と声。
僕は胸元を押さえて、必死に呼吸を繰り返す。
……少しずつ、痛みが引く。
(ふぅ)
脂汗に塗れながら、僕は必死に笑顔を作って「もう大丈夫」と答えた。
僕の奥さんは、それでも心配そうだ。
……いったい何が起こったのか、自分でもわからない。あの魔界生物の攻撃を受けた訳ではない……と思うけれど、気づかなかっただけで何かをされたのかな?
疑問を感じながら、立ち上がる。
すると、
「マールの生命力が吸われたんだわ」
後ろから、そんな声がした。
(え……?)
振り返ると、ソルティスが美貌を険しくしていて、
「ソイツとマールの魂は、まだ呪いで繋がっているのよ。だから、奴の肉体を回復させるために、マールの生命力が吸われてしまったんだわ」
と言った。
…………。
え……それって?
少女の推測に、僕らは愕然となった。
それはつまり、奴を負傷させるたびに、僕の生命力が吸われて回復されてしまうということ……そして奴が死ぬ前に、生命力を吸い尽くされて僕が先に死ぬということだ。
(そんな馬鹿な……っ?)
それじゃあ、僕らは攻撃できない。
なんて、不条理。
思わず動きを止めてしまった僕らの前で、巨大な『魔猿神』はニヤリと歪な笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
奴の長く伸びた黒い4つ角の間で、更に黒い放電が発生した。
バチチッ
(!)
僕らはハッとする。
直後、そこから漆黒の雷撃が僕ら5人へと放射状に放たれたんだ。
(まずい!)
雷撃は、通常の攻撃よりも遥かに早く到達する攻撃だ。
まして、これほどの広範囲。
逃げ場がない。
イルティミナさんは決死の表情で、自らの身体を盾とするように僕を抱きしめる。
(イルティミナさん!)
僕は息を呑む。
キルトさんは『雷の大剣』を地面に突き立て、それを盾にしながら青い放電を散らして、黒い雷撃を相殺した。
バヂィイン
青と黒の光が洞窟内で明滅する。
ポーちゃんは、表情を強張らせたソルティスを庇うように前に出て、
「ポオオオオオッ!」
小さな口を全開にして雄叫びをあげた。
ドパァン
同心円状に神気の衝撃波が広がり、黒い雷光が2人の周囲で球状に弾かれていく。
僕は、
ギュッ
愛する奥さんを強く抱きしめ、
「――護光の加護を!」
そう叫んだ。
瞬間、右耳に吊るされていた耳飾りの魔法石が輝き、僕とイルティミナさんを包む魔法の障壁が発生した。
バヂィイン
魔法の光の向こう側で、黒い雷撃が無数の黒い大蛇のようにぶつかった。
(がんばれ、障壁!)
1日1回の防御魔法。
その内側で、それが砕けないことを祈るばかりだ。
ジュウウ……
やがて雷撃が消えて、洞窟内には蒸発した白い水蒸気が薄く広がっていた。
僕らを包む魔法の障壁も、
パリン
ガラスが砕けるように消えていく。
…………。
今のは、やばかった。
次は、もう防げない。
そうなる前に、どうにか奴を倒さなければ……!
白い蒸気のカーテンの向こう側で、漆黒の魔界生物は悠然とそこに立ち、その3つの金色の眼球を爛々と輝かせていた。
(何か、攻撃方法はないのか……?)
僕は、歯を食い縛る。
と、
「か、核を破壊するのよ」
今の攻撃に少し動揺していたのか、ソルティスが震える声で言った。
核……?
僕らは、彼女を振り返る。
「奴は召喚された存在、その召喚のために『呪いの媒体』が使われたはずよ。それを砕けば、呪いそのものが破壊される。マールの生命力が奪われることもないわ!」
少女は、そう叫んだ。
僕らは、目前の『魔猿神』を見た。
その巨体のどこかに、核がある。
それを攻撃できれば、僕らの勝ち。
けれど、もし外せば、そのたびに僕の生命力が吸われて、やがて死に至る。
……まさに、命懸けの賭けだ。
イルティミナさんは、その美貌を蒼白にしながら僕を見つめた。
ベットするのは、僕の命。
その決断が、彼女にできるはずもない。
キルトさんも険しい表情をしながら『雷の大剣』を構えても、攻撃には移れなかった。
ソルティスも同様だ。
そんな少女を支えながら、小さな幼女が僕を見た。
「…………」
その瞳は、何かを訴えている。
もちろん、伝わる。
自分で選べ。
自らの生命を、自らの手で救え。
お前ならばできるだろう、神狗マールよ!
…………。
ポーちゃんの言う通りだ。
他の誰かに背負わせる訳にはいかない。これは、僕自身が背負うべき賭けなのだ。
(……うん)
神界の同胞の無言の叱咤。
それを受け止め、僕は立ち上がった。
「マール?」
イルティミナさんは泣きそうな瞳で僕を見つめた。
止めたい。
けれど、このままでも助からない。
相反する2つの心が、その内側でぶつかり合っているのがわかった。
(イルティミナさん……)
僕は、大人になった手で彼女の頬に触れた。
膝を曲げ、
チュッ
その唇に軽くキスをした。
驚いた顔をするイルティミナさんに、僕はいつものように笑った。
「大丈夫」
その一言だけを伝えた。
正直、自信はない。
けれど、僕は直感に優れているんだろう?
みんながそう言った。
僕自身、運がいいなぁと思うことは多々あったし、自分の決断が成功した過去も覚えている。
今回も同じだ。
…………。
同じでなければ、死ぬだけだ。
残りの生命力は少ない……そう感じていた。
賭けは、1度。
それ以上は、僕が持たない。
(……あぁ)
怖くないといえば、嘘になる。
でも、愛する人とこれからも共に生きるためには、怖くてもやらなければならないのだ。
キィン
左右の手にある2つの剣を構え直す。
いくぞ……。
奴を見据える。
4つ角に黒い放電を散らしながら、『魔猿神』も僕を見た。
殺意を感じたのだろう。
自分に襲いかかってくるのが僕だと理解して、奴も両腕を広げて、こちらの攻撃に対する迎撃の態勢を取っていた。
ギシッ
その筋肉が膨れ上がる。
凄まじい『圧』が放たれていた。
グッ
僕も心を定め、自身の殺意を『圧』として放ち、それを相殺する。
僕の青い瞳が輝く。
(――見つけろ、核を)
召喚される前の状態は、奴は頭蓋骨だけだった。
ならば……頭部か?
…………。
そのどこだ?
目か? 額か? 中心か?
わからない……。
諦めるな。
考えてわからないなら、感じればいい。
奴の頭部で、最も禍々しく、嫌な感じがするのは、どの部位だ……?
…………。
……あぁ、あそこか。
黒い力が集束する場所が、そこにあった。
当たれば、勝利。
外せば、死。
目を伏せ、
(…………)
すぐに覚悟を決め、カッと青い瞳を見開いた。
ドン
瞬間、『神狗』の脚力が大地を蹴る。
白い閃光。
放出する大量の神気の光をたなびかせながら、僕は、一直線に3つ目の『魔猿神』へと走っていった。
奴も迎撃に動く。
漆黒の爪の生えた両手が放電をまといながら、迫る僕へと振り下ろされた。
ギリギリまで引きつけ、
「っ」
タァン
僕は跳躍した。
地面に『妖精の剣』を突き立て、それを足場に2段ジャンプする。
ボヒュッ
その僕の真下で、2つの巨腕が交差する。
突き立てた『妖精の剣』がガキンと弾かれて、火花と共に吹き飛んでいった。
それを視界の隅に捉えつつ、
ヒュッ
僕は『大地の剣』を逆手に持ち替え、両手でガッチリと握り締めた。
全体重をかけ、振り下ろす。
「あぁあああ!」
ガギィン
その美しい両刃の剣は、『魔猿神』の4つの角の生えた中心部に深々と突き刺さっていた。
『……っっ』
その醜い猿の形相が苦痛に歪む。
バチチッ
角の間に散っていた黒い放電が僕の肌を焼き、皮膚が裂けて鮮血が散った。
(ぐ……)
こ、のぉおおおお!
ズズ……ンッ
その角に足をかけ、大人となった体重、筋力、全てを使って、『大地の剣』を根元まで突き刺していく。
黒い『何か』が、そこにある。
そこまで……届いた!
パキッ
その『何か』に亀裂が走った。
パキ……パキキッ
それは、凄まじい勢いで広がっていき、
「おおおおっ!」
僕は叫んで、最後のもう1押しを行った。
バキィン
瞬間、『何か』が砕けた。
同時に、自分の体内の奥深くにあった部位から、凄まじい勢いで同じような感覚の『何か』が抜けていった。
力が抜ける……。
外したのか?
核は違う場所にあったのか?
だから、僕の生命力が抜け落ちてしまっているのか……そう思った。
でも、違った。
僕の中から『何か』が抜けた瞬間、全身が縮んでいく。
子供の姿に。
13歳のマールの姿に戻っていた。
呪いが、
(解けたんだ……!)
そう気づいた。
そして、力が抜けた僕の小さな身体は、空中に放り出される。
『キュガア!』
そんな僕へと、頭部に『大地の剣』を突き立てられたままの『魔猿神』は憤怒の形相で、再び双腕を振るおうとしてきた。
まずい……よけれない。
死を覚悟する。
けれど、それが僕に届くことはなかった。
ザキュッ ダキュン
僕へと迫った2つの巨腕は、けれど、2人の美女の『雷の大剣』と『白翼の槍』によって切断されていたんだ。
そして僕の身体は、
「マール」
空中で、イルティミナさんの大人の身体に抱きかかえられた。
ギュッ
強く、温かく、抱きしめられる。
あぁ、彼女の大きくて、柔らかないつもの肉体の感触だ。
懐かしく、安らぐ。
呪いによって生命力を奪われ、更に子供に戻ったことで、僕は完全に力なく動けなくなっていた。
彼女は、僕を抱いたまま着地する。
ヒュオン
その手の白い槍を回転させ、
「あとはお任せください」
僕を地面に下ろして、そう優しく微笑んだ。
その美貌の後ろでは『雷の大剣』を構えたキルトさんが、『竜鱗の拳』を輝かせたポーちゃんが、『竜骨杖』を光らせるソルティスの姿が見えていた。
3人は、両腕を失った『魔猿神』に向かっていく。
その傷が再生する気配はない。
そして、イルティミナさんも立ち上がり、深緑色の長い髪をなびかせながら、そちらを振り返った。
タン
白い槍を構え、3人の元へ駆けていく。
(…………)
僕は、そんな愛する女性と頼もしい仲間たちの背中を安心しながら眺めていた。
何も心配いらない。
彼女たちならば……。
…………。
やがて、美しい4人の女たちの手によって、『魔猿神』という名の魔界生物は断末魔の叫びを洞窟内に響かせることになったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。