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644・呪いの指輪

第644話になります。

よろしくお願いします。

(え……僕が死んじゃう?)


 そう聞いても、僕は最初、ソルティスが冗談を言っているんだと思った。


 でも、その表情は深刻だ。


 真っ直ぐ向けられた眼差しからも、嘘は感じられない。


 え、本当に?


 そこで僕は、ようやく恐怖と混乱を覚えた。


 そんな僕に代わって、イルティミナさんが真面目な表情で妹に話しかけた。


「どういうことです?」


 押し殺した声だ。


 内側に溢れ出した感情を必死に抑え込んでいる――それが伝わってきた。


 ポーちゃんも無言で、相棒の少女を見た。


 全ての視線を受け止め、


「ちゃんと説明するわ」


 と、ソルティスは頷いた。




「まずね、マールの着けている指輪。それ、魔道具じゃなくて『呪法具』だったわ」


 彼女は、そう言った。


 呪法具……?


 つまり、呪いの指輪?


 ソルティスは「そう」と頷いた。


「アンタが大人の姿になったのは、魔法じゃなくて、生命力を代償にした『呪い』の力の結果なのよ」

「…………」


 僕は、自分の右手薬指を見つめた。


 黒い指輪。


 小さな宝石が漆黒の輝きを放っている。


 イルティミナさんが、妹に聞いた。


「では、これを外せば?」

「呪いは消えるかもしれないわね。でも、呪われて、外せなくなってない?」

「…………」

「…………」


 確かに。


 今も試してみたけれど、肉に食い込み、張りついたように抜けなかった。


「じゃあ、斬って壊したら?」


 僕は聞いた。


 ソルティスは美貌をしかめて、「駄目よ」と首を横に振った。


「そんなことしたら、呪いの根が魂に食い込んだままになるわ。逆に呪いは永久に解けなくなって、むしろ確実に死ぬわ」


 と、怖い声で警告した。


 ゴクッ


 僕は唾を飲む。


 じゃあ、どうしたら……?


 このままだと、呪いの力で生命力が吸われて、僕は10日で死んでしまうという。


 でも、呪いの指輪は外せない。


 壊したら、確実に死ぬ。


 方法がないじゃないか……っ。


 不安になる僕の手を、イルティミナさんが「マール」と白い手を伸ばしてギュッと握った。


(っ)


 その指の強さにハッとする。


 彼女だって、怖いんだ。


 なら、僕が怖がっていてはいけない。


 必死に心を落ち着け、


「何か解呪の方法はないの?」


 と、少女に聞いた。


 博識なソルティスは、難しい顔でしばらく考え込む。


 イルティミナさんもすがるように、ポーちゃんも静かに見守るように、少女の答えを待った。


 やがて、彼女は口を開いた。


「多分だけど、その指輪は媒介の道具なのよ」

「媒介……?」


 僕は聞き返した。


 ソルティスは頷く。


「恐らく、どこかに生命力を吸って、人の願望を叶える大規模な『呪いの祭壇』があるはずだわ。その祭壇とを繋ぐ道具として、その指輪があると思うの」


 …………。


 つまり、呪いはこの指輪単体ではない?


 どこかに呪いの大元がある、と?


 そう聞くと、


「そういうことね」


 と、少女は頷いた。


 ソルティスは、僕の指輪を見る。


 それから僕の顔を見て、


「多分、マール以外にも指輪を買った人がいると思うの。そして、その人たちも今、きっと生命の危険にあるはずだわ」


 と言った。


 …………。


 確かに『願いが叶う指輪』と聞いて、僕はつい買ってしまった。


 同じような人もいるだろう。


(でも……僕みたいに大人になりたいなんて願いの人、そういるのかな?)


 そう首を捻った。


 それにソルティスは苦笑した。


「呪いは、別に人を成長させるだけじゃないわよ? 人それぞれ、その願望にあった現象が起きるはずだわ」


 と言った。


 例えば、『お金持ちになりたい』と願う。


 すると、呪いの力で体内の魔素器官から、1日1回、強制的に魔力結晶を生み出させて、それを売ればお金になるとか。


 例えば、『異性にもてたい』と願うと、体内で人を魅了するフェロモンが発生するとか。


 そうした現象が起きるらしい。


 そして、


「ただし、その代償は生命力。自分の命と引き換えね?」


 と、ソルティスは続けた。


 …………。


 誰だって欲望はあるだろう。


 でも、命と引き換えにしてまでとは、ほとんどの人は思っていないはずだ。


 少なくとも、僕は嫌だ。


 イルティミナさんと一緒にいれなくなるなんて、彼女を1人残して悲しませるなんて、そんなこと、絶対に望まない。


 ギュッ


 繋いだ手を、強く握った。


 ソルティスは息を吐き、


「少し話は逸れたけど、つまり大元となる『呪いの祭壇』を壊せば、マールやその人たちの呪いも解けて全員助かると思うわ」


 と言った。


 僕は頷いた。


 イルティミナさんも妹を見つめて、


「その『呪いの祭壇』の場所がどこにあるか、わかりますか?」


 と、すがるように聞いた。


 ポーちゃんも、ソルティスを見た。


 ソルティスは、紫色の前髪を指で引っかきながら、


「多分、王都近郊だと思うけど……そうね、マールの指輪と繋がる『呪い』を逆探知していけば、辿り着けるかもしれないわ」


 と、頷いた。


 あぁ……その言葉に、希望の光が見えた気がした。


 イルティミナさんも安心した顔だ。


「よかった、マール」


 ギュッ


 と、僕のことを抱きしめてくれた。


 ポーちゃんの小さな手も、ポンポン……と僕の肩を叩いてくれた。


 ソルティスも笑う。


 それから、すぐに表情を改めた。


「少し時間をちょうだい。私だってマールを死なせたくないし、その場所を必ず突き止めてみせるから」

「うん」

「お願いします、ソル」


 頼もしい言葉に、僕ら夫婦は頷いた。


 ソルティスも頷く。


 けど、少しだけ表情を曇らせて、


「でもね、忘れちゃ駄目だけど、この呪いって人為的なのよ。つまり、マールたちをこんな目に遭わせた犯人がいるはずだわ」


 と言った。


 犯人……。


 そうか、この呪いは誰かの仕組んだものなんだ。


 ということは、『呪いの祭壇』がある重要拠点には、その犯人もいる可能性が高いということ……つまり、戦闘になるかもしれないってことだ。


 その可能性に、ようやく気づいた。


「構いません」


 僕の奥さんが低く呟いた。


 その真紅の瞳には、強い殺意の光が灯っていて、


「誰であろうと、私のマールにこのような真似をするなんて……決して生かして許すつもりはありませんよ?」


 と、氷のような声で呟いた。


 …………。


 その深い愛が嬉しい。


 そして、少し怖い。


 ソルティスも姉の殺気に表情を強張らせていて、ポーちゃんも顔色が悪かった。


 イルティミナさんは僕を見る。


 僕にだけは優しい眼差しで、


「大丈夫。マールのことは、貴方の妻であるこのイルティミナが必ず守りますからね」


 と微笑んだんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「なんじゃとっ!?」


 その日の午後、冒険者ギルドのキルトさんの部屋を訪ねて、ソルティスの検査結果を伝えた。


 キルトさんは酷く驚いた様子だ。


 ソルティスからも詳しい説明を聞いて、


「あいわかった」


 キルトさんは頷くと、すぐにギルド長室に直行して、来客中だったムンパさんと強引に面会をした。


 そのあとは大変だった。


 事情を聞いたムンパさんは、その後の予定を全てキャンセルして、レクリア王女に連絡、キルトさん同伴で神聖シュムリア王城に登城したんだ。


 第3王女様は、すぐに行動を開始。


 王国の衛兵を1000人動員して、その『呪いの指輪』を売る屋台がないかの大捜索を行った。


 同時に、各治療院にも連絡。


 呪いの指輪の症状で生命力を奪われ、治療を受けに来た患者はいないかも調査していった。


 …………。


 それが、僕が検査を受けた即日に起きたことだ。


 あまりの対応の早さに、僕は仰天してしまった。


 でも、キルトさん曰く、


「そなたは『神狗』なのじゃぞ? それを死なせたとあっては、そなたを庇護する王国の立場がなくなる。まして神々にどう申し開きができようか?」


 とのことだ。


 僕が『神狗』なのは極秘事項。


 けれど、各国の上層部など、知っている人は知っている。


 そして、3年前、第2次神魔戦争で人類が再び神々の力によって助けられたことも当然把握していて、彼らは神々に深い畏怖と敬意を覚えていた。


 そんな神々から、シュムリア王国は『神狗』と『神龍』を預けられた。


 真実は違うけど、各国はそう見ている。


 それは王国の権威でもあり、誇りでもあった。


 だというのに、その王国の人間の呪いによって『神狗』があと10日の生命の危機に立たされた――これは、とんでもない恥ずべき出来事なのだ。


 万が一、死なせてしまったら?


 それこそ、シュムリア王国は世界各国からの非難を受け、その立ち場を失う。


 何よりも、神の子を死なせてしまったことに対する神々の怒りを思えば、世界滅亡の危機が起こりえるかもしれない。


 そして、その引き金を引いたのは、シュムリア王国になるのだ。


 …………。


 神様方は、そんなことしないと思うけどなぁ?


 でも、『神狗』の肩書きを持つ僕のせいで、シュムリア王国が大変な状況になるのだけは理解した。


 僕の奥さんは、


「マールのせいではありません。ただ、マールの後ろに神々を幻視する者たちが勝手に騒いでいるだけのことです」


 なんて言う。


 キルトさんは苦笑した。


 それから表情を改めて、


「マールの危機なのは間違いないのじゃ。ならば、その者たちを利用するのも手じゃろう。――少なくとも、わらわは手段を選んでおるほど心の余裕はないぞ」


 と言い切った。


 キルトさん……。


 彼女の言葉には、イルティミナさんも「同感です」と頷いていた。


 ツン


 ソルティスは、肘で僕の脇腹をつつく。


「愛されてるわね、アンタ」


 と、悪戯っぽく笑った。


 ポーちゃんも腕組みしながら『うんうん』と頷く。


 …………。


 2人のお姉さんを眺めて、その愛情の深さを感じた僕は、少し照れながら「うん」と頷いたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 そうして日が過ぎていく。


 余命10日。


 そう宣告されてから、1日1日が短く感じられた。


 当たり前だった明日が、けれど、10日後には迎えられないのだという事実は、僕の心を暗く蝕んだ。


 夜が怖い。


 朝が来るのが怖い。


 日が経つにつれて、自分の身体に疲れが少しずつ積み重なり、重く感じていた。


 これが生命力を奪われる……ってことなのかな?


 ギュッ


 そんな不安な僕の手を、イルティミナさんは強く握った。


「大丈夫。大丈夫ですよ」


 そう微笑んだ。


 その声は、僕だけでなく、自分にも言い聞かせているみたいだった。


 その姿に、僕も強がる。


 イルティミナさんを不安にさせてはいけない。


 悲しませてはいけない。


 僕は必ず生き残るんだと信じさせるために、がんばって笑い、いつも通りの自分を心掛けた。


 きっとイルティミナさんも同じだったかもしれない。


 …………。


 調査が進んで、色々とわかった。


 まず『呪いの指輪』を売っていた屋台は、もう王都内にはいなかった。


 あの老婆さんも、似顔絵付きで探されたけれど、いまだ発見されてはいない。ちなみに、最初の1枚目の似顔絵を描いたのは僕だった。


 そして、僕と同じように指輪を買った人は、32人、発見された。


 その内、4人は死亡。


 28人は、体調を崩して寝込んでいた。


 また、その中でも指輪を外そうとして外れなくて、破壊してしまった人も7人いた。


 ソルティスは、


「……残念だけど、その人たちは『呪いの祭壇』を破壊しても無理かもしれないわ」


 と言った。


 魂に呪いが残った状態で、安定してしまった。


 だから、大元の呪いの発生源をなくしても、魂に宿った呪いは死ぬまで消えないそうだ。


 ……なんてことだ。


 もちろん、それでも治療法がないか、聖シュリアン教会の協力を得て研究が進められているという。


 でも、間に合うかどうかは微妙だ。


 ソルティスが止めてくれなければ、僕も指輪を壊していたかもしれない……そう思うと、何とか間に合って欲しいと願った。


 また、21人の指輪の調査も行われた。


 王立魔法院の協力の下、指輪の呪いを逆探知して『呪いの祭壇』の居場所を見つけ出そうとがんばってくれているそうだ。


 王立機関の協力……本当に大事おおごとだ。


 ソルティス曰く、


「私1人だったら難しかったけど、魔法院まで協力してくれるなら必ず逆探知できるわ」


 とのことだ。


 うん、良い報告が来ることを期待しよう。


 あ、そうそう。


 僕の検査も継続されて、他の人たちに比べて、なぜか僕だけまだ元気でいられるのかも判明した。


 理由は、僕が『神狗の魂』を持っているから。


 人間とは比べ物にならない、巨大で密度の濃い魂なので、呪いの効果が魂全体まで侵食していないんだって。


(……ふぅん?)


 難しくて、よくわからない。


 でも、結局、10日ほどで死んでしまうのは確定だそうだ。


 まぁ、動けるだけマシだよね?


 重い疲れは感じるけれど、剣だって振れるし、戦うことだってできると思う。


 でも、僕の奥さんは、


「駄目ですよ、マール。生命力を保つために、ちゃんと休んでいてください。何かしたい時は、私に言ってくだされば代わりにやりますから……ね?」


 なんて、過保護にするんだ。


 お風呂に入れば、僕の代わりに僕の身体を洗ってくれるし、食事だって口元まで運んで「はい、あ~ん」と食べさせようとしてくるんだ。


 いやいや……。


 そこまでしなくても大丈夫だよ。 


 そう伝えるんだけど、心配性なのか、イルティミナさんは聞いてくれない。


 僕が自分でやろうとすると、凄く不安そうな顔をするんだ。


 …………。


 その顔を見るのも、そうした思いをさせるのも申し訳なくて、僕もついつい彼女のしたいようにさせることにしていた。


 せっかく大人の姿なのに。


 でも、イルティミナさんの対応は、子供の姿の時と変わらないのだ。


(…………)


 それに安心できるような、でも残念なような……少し複雑な気持ちだ。


 けど、そのおかげで心が支えられたのも事実。


 死の恐怖を1人で感じるのではなく、愛する人のおかげで前向きな考えでいられたのは間違いなかった。


(ありがとう、イルティミナさん)


 その感謝は強く心にある。


 キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの3人も、毎日、顔を出してくれた。


 いつも通り。


 これまでの日常と変わらぬ笑顔で接してくれた。


 うん、3人にも感謝だね。


 …………。


 そうして日々は流れて、気がつけば7日が経っていた。


 余命3日。


 朝の目覚めと共に圧し掛かるその恐怖を、目を閉じて、心を鎮めながら抑え込む。


「…………」


 そんな僕の頬を撫でて、


「おはようございます、マール」


 僕の奥さんも必死に微笑みを浮かべながら、今朝の生の喜びを伝えてくれた。


 それに、僕も微笑んだ。


 いつものように朝食を用意して、2人で食べた。


 そして、後片付け。


 いつもなら2人でするのだけど、今日もやっぱりイルティミナさんが1人でしてくれる。


 その背中を眺め、それから窓を見た。


 外は、いい天気だ。


 でも、どうしてかな……?


 こんなに綺麗な空なのに、あまり心が感動しないのは……もしかして、僕の死のリミットが近いからなのかな?


 そんなことを思っていると、


 チリン チリン


 玄関の呼び鈴が鳴った。


 チリン チリン


 まるで焦ったように、何度も鳴らされる。


 何だろう?


 そう思いながら、席を立った。


 イルティミナさんが「あ、私が」とエプロンで手を拭き、外しながら、すぐに僕を追いかけてきた。


 せっかくなので、一緒に玄関に向かった。


「はい?」


 と言いながら、鍵を開ける。


 途端、扉が大きく開けられた。


 わっ?


 驚く僕らの前には、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの3人が立っていた。


 全員が冒険者の武装をしていた。


(え?)


 目を瞬く僕。


 そんな僕に向かってキルトさんが、


「逆探知に成功したぞ! そなたを蝕む『呪いの祭壇』の在り処がわかったのじゃ。すぐに向かうぞ、マール、イルナ、2人とも支度をせい!」


 と、叫ぶように言ったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ イルティミナはてっきりマールの余命宣告を受けてぶっ倒れるかと思いましたが、よく持ち堪えましたね。 まぁ、怒り心頭のご様子ですが…。 ともあれ国を挙げての大捜…
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