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641・神狗の青年

第641話になります。

よろしくお願いします。

 その日の午後は、キルトさんと久しぶりに剣の稽古をする約束をしていた。


 実は、キルトさんは多忙だ。


 シュムリア王国とドル大陸各地とを『転移魔法陣』で行き来して、その実績と顔の広さで、各国の外交が円滑になるよう手助けをしているんだ。


 でも、今はちょうど休暇中。


 なので、せっかくだから稽古できないか聞いたら、快く引き受けてくれたんだ。


 弟子には甘い、鬼姫様です。


 そうして、イルティミナさんと一緒に家で待っていると、


 カラン カラン


 玄関の来客用の鐘が鳴らされた。


(お……来たかな?)


 僕は、僕の奥さんと一緒に玄関へと向かった。


 扉を開けると、


「よう、来たぞ」


 あの頼もしい銀髪の美女が、白い歯を見せて笑いながら立っていた。


(キルトさん)


 その笑顔に、僕も笑った。


 でも、そんな僕を見て、彼女は驚いた顔をした。


 イルティミナさんを見て、


「すまぬ、来客中であったか?」


 と聞いた。


(え……?)


 僕はキョトンとして、でも、自分が大人の姿になっていたことを思い出した。


 イルティミナさんは苦笑している。


 そんな僕の奥さんに、キルトさんは怪訝そうな顔をした。


 それから僕を見て、


「……?」


 何かに気づいたのか、少し眉をひそめた。


 そして、言う。


「ふむ、そなたとはどこかで会ったことがあったかの? どうも思い出せぬのじゃが、そなたには何やら見覚えがある気がするのじゃよ……」 

「…………」


 僕は思わず、吹き出しそうになった。


 笑いながら、


「僕だよ」


 と言った。


 キルトさんは「?」という顔だ。


「わからない、キルトさん? 背が伸びちゃったけど、僕、マールなんだよ?」


 そう言葉を重ねた。


 キルトさんは、キョトンとした。


 でも、その言葉の意味が伝わって、子供の僕の姿と今の僕の姿の共通点などに気がついたのか、黄金の瞳が大きく見開かれていった。


「な……あ……」


 その口がパクパクしている。


 1歩下がって、僕の姿を上下に何度も見ていった。


 その反応に、僕は苦笑してしまった。


 キルトさんは確認するように、僕の奥さんの方を見た。


 イルティミナさんも苦笑しながら、頷いた。


 それで、ようやく目の前の現実を受け入れる気になったのか、キルトさんは改めて僕を見つめた。


「本当に……マールなのか?」

「うん」


 僕は、大きく頷いた。


 数秒間、キルトさんは無言になった。


 それから、大きく息を吐く。


 呆れ交じりの笑みで、


「そなたには、これまで何度も驚かされてきたが……今回はまた、飛び切りであるの」


 なんて言われてしまったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「魔法の指輪……か」


 リビングのソファーに座って事情を説明すると、キルトさんはそう呟いた。


 僕も右手の指輪を見る。


 ちょっと不気味な装飾に、小さな黒い魔法石のついた指輪だ。


 そこから、かすかに不思議な感覚がする。


 やはり、何かしらの力が発生している気はするけれど、それが何かは、はっきりとはわからなかった。


(……何なんだろうね?)


 キルトさん曰く、この世界には『自分や他人の姿を変える魔法』も存在するそうだ。


 これも、その1種じゃないかだって。


 つまり、この指輪には、そうした魔法の力が秘められていたということだ。


 でも、詳しいことはわからないらしい。


 明日、ソルティスに見てもらうつもりだと話すと、


「それがよいの」


 と、彼女も同意してくれた。


 それから、キルトさんは、大人になった僕の姿をまじまじと見つめた。


 そして、


「しかし、ずいぶんと男前になったの?」


 と笑った。


 ちょっと照れる。


 お世辞かもしれないけれど、念願の大人の姿になれて僕も嬉しかったから、ついつい受け入れてしまった。


 僕の奥さんも微笑んで、


「可愛いマールも良いですが、こうしたマールも新鮮で悪くないですよね?」


 なんて言う。


 キルトさんも「そうじゃな」と頷いた。


 それから、


「じゃが……そうか。マールは成長すると、これほどの色男となるのか。将来性があるとは思っておったが、ここまでとは思わなかったの」


 と、しみじみと呟いた。


 色男……。


 思わず、僕は自分の頬を撫でてしまう。


 褒めてもらっているみたいだけど、自分自身では、どうなのかいまいち自覚がなかった。


 僕の奥さんは、


「今更、渡しませんよ?」


 と言った。


 キルトさんは苦笑して「わかっておるわ」と返した。


 それから僕を見て、


「背が伸び、手足も長くなった。体重も増え、筋肉量も増しておるじゃろう。間合いも広がり、剣の威力も増えていそうじゃな」

「…………」

「うむ、今日の稽古は楽しみじゃ」


 と頷いた。


 うあ……。


 そう語ったキルトさんの表情は、肉食獣のそれだった。


(……怖いなぁ)


 でも、彼女の言う通り、闘争においては身体の大きさっていうのは重要な要素なんだ。


 子供ではない、大人の肉体。


 これで自分の戦闘能力がどのように変わったのか、それは僕自身も興味があった。


 もしかしたら……?


 キルトさんにも正々堂々、正面から挑んで勝てるかも……?


 いや、高望みかな。


 でも、そうした期待を抱かせるには充分なほど、今の大人の身体には潜在能力がある気がした。


 そんな僕を見て、キルトさんは笑った。


 そして、


「では、そろそろ始めるかの?」


 と、稽古の開始を宣言した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 いつものように剣の稽古をするため、僕らは庭に出た。


 キルトさんは動き易くするため、豊かな銀髪をポニーテールに束ねて、頭の後ろで揺らしている。


 手には、木製の大剣だ。


 ギシッ


 重量のあるそれを、彼女は当たり前のように軽々と担いでいた。


 …………。


 なんだか、視点が違う。


 今までの僕は、キルトさんより少し背が低かった。


 いつもは、彼女を見上げる感じ。


 でも、今の大人になった僕は、キルトさんを見下ろせる位置に視点があって、彼女の綺麗な銀髪のつむじまで見えていた。


 僕が大きくなった分、相対的に、キルトさんが小さくなった。


(…………)


 なのに、その存在感は変わらなかった。


 強く、凝縮された重い『圧』。


 それは、これまで同様、やはり小柄な彼女を僕以上の大きさに感じさせるんだ。


 本当に不思議……。


(でも……)


 僕は、自分の左右の手にある木剣を軽く揺らした。


 ……うん、軽い。


 いつも使っている木剣なのに、これは確実に重量が軽くなったように感じていた。


 僕自身の筋肉が増えたから。


 そして、手足が伸びた分、自分の攻撃が届く範囲が大きく延伸されたことも感じていた。


「…………」


 ヒヒュン


 2つの木剣を振るった。


 さすがに神狗になったほどではないけれど、軽々と振るえて、空気を切断したのがわかった。


「むっ」

「ほう……?」


 キルトさん、イルティミナさん、2人のお姉さんたちも今の剣を見て、少し表情を変えていた。


 僕自身もわかった。


 剣の威力が増している。


 子供だった時の自分よりも、強くなっている。


 …………。


 静かな興奮。


 その思いを内側に秘めながら、キルトさんに向けて2本の木剣を構えた。


「…………」


 キルトさんは笑った。


 獰猛な笑み。


 獲物を見つけた獣の顔で、彼女も重量級の木製の大剣を肩に担ぐように構えて、軽い前傾姿勢になった。


 チリッ


 互いの『圧』がぶつかり合い、空気に火花が散った錯覚がした。


 そんな僕ら2人を、現役の『金印の魔狩人』であるイルティミナさんは、静かな眼差しで見つめていた。


 この先の戦いを、僅かも見逃さない。


 そんな意思が見えた。


(…………)


 僕は呼吸を整え、目前の銀髪の美女のみに集中する。


 黄金の瞳と、視線が合う。


 次の瞬間、僕とキルトさんの師弟は、まるで示し合わせたようにお互いへと向かって踏み込んでいった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ガッ キシュン ギィン


 木製の大剣と2つの木製の剣が、何度も、何度もぶつかり合った。


 キルトさんとの稽古。


 それは、もう何年も繰り返されてきた。


 だからこそ、お互いの手の内は完全にわかっているし、それゆえに誤魔化しは利かない。


 純粋な実力勝負。


 稽古だけど、負けたくない。


 その気持ちは、13歳の頃から変わっていなかった。


(っっ)


 僕は必死に剣を振るう。


 間合いが伸びた。


 剣の威力、速度が増した。


 今までの僕よりも有利になっている点は多いのに、けれど、キルトさんには届かない――それが、すぐにわかった。


 手足が伸びた。


 それによって、剣の届く間合いは伸びた。


 けれど、逆にその内側に入られた時に、対処できなくなった。


 短かった手足なら、対処できた。


 でも、大人になった僕の手足の長さが逆に邪魔になって、超至近距離での戦いでは、今までより上手く戦えなくなっていたんだ。


(……く、そっ)


 さすが、キルトさん。


 あっという間にその弱点を見抜いて、そこを攻めてくる。


 …………。


 大人になって、筋力は増した。


 でも、それでも結局、『魔血の民』の身体能力には遠く及ばなくて、キルトさん相手にはあまり意味もなかった。


 なんてことだ……。


 僕は、自分に失望した。


 大人になっても、これまでと変わらない。


 ……それが、正直、悔しい。


 でも、まだだ。


 もう1つだけ、手を尽くそう。


 キルトさんとの高速での剣技の応酬を繰り広げながら、僕は静かに覚悟を決めた。


「むっ」


 剣を合わせると、相手の思考がわかる。


 それはキルトさんも同じみたいで、僕のやろうとしていることがわかったみたいだ。


 でも、止める気もないみたい。


 むしろ、


『いいだろう、やってみよ』


 と、促している気配があった。


 やはり、キルトさんは強者との戦いが好きみたいだ。


 僕は心の中で笑う。


 そして、唱えた。


(――神気開放)


 と。


 同時に、凄まじい勢いで体内に秘められた力が解放され、全身に広がった。


 茶色い髪から獣耳が。


 お尻からは、フサフサした長く太い尻尾が。


 そうした肉体変化を起こして、僕は『神狗』へと変身した。


 パチッ パチチッ


 白い神気が、周囲で火花のように散る。


 そして、神なる力を得た僕は、その『魔血の民』にも負けない身体能力で剣を振るい始めた。


 ガキッ ゴォン ガガァン


 響く音が変わる。


 重く、猛々しく、激しい衝突音だ。


 振るわれる2つの木剣は、常人なら視認することもできない速度で、目前の銀髪の美女へと襲いかかった。


「ぬうっ!」


 キルトさんの表情には、余裕がない。


 大剣を振るう彼女より、普通サイズの木剣を振るう僕の方が攻撃速度は速いんだ。


 ギッ ガッ ゴン


 大気が斬られ、ぶつかり合う木剣が摩擦で焦げる臭いがした。


 …………。


 でも、届かない。


 キルトさんの技量は、僕よりも高みにあって、速度で上回ってもどうしてもそこに届かなかった。


(間合いを奪え!)


 今の僕に合った、遠い間合い。


 そこに必死に移動し、その距離を死守しようとする。


 けれど、


「むん!」


 ゴギャン


 キルトさんの手にある大剣は、その間合いを簡単に蹂躙した。


 大剣の間合いの長さ。


 それが、僕の木剣を上回っているんだ。


 もしキルトさんが普通の木剣を使っていたなら、僕が有利だったかもしれない。


 けど、その弱点をキルトさんは、とっくにわかっていた。


 そして、だからこそ大剣を使っていた。


 彼女が歩んできた剣の道は、僕が生きてきた年数よりも長いのだ――それが今、顕著な差として僕の前に立ち塞がっていた。


(……あぁ)


 これが、キルト・アマンデスか。


 神の眷属。


 しかも、大人の肉体になっても届かない。


 彼女は、本当に人間なのかな? そう思うほどに強かった。


 大人になった僕は、強くなった。


 けど、結局それは、キルトさんの強さ、凄さをより理解する物差しになっただけだった。


(やれやれ、だ)


 僕は苦笑する。


 全力を出し尽くして、やがて、3分が過ぎた。


 神狗のタイムリミット。


 獣耳と尻尾が消え、体内にあった凄まじい力が消えていき、僕の身体能力は普通の人間に戻ってしまった。


 ガッ バキィン


 瞬間、僕の手にあった2つの木剣が弾き飛ばされた。


 回転し、庭の芝生に落ちる。


 摩擦熱を帯びた木製の大剣は、僕の右肩へと振り下ろされ、そこに触れて停止した。


 ボヒュッ


 凄まじい風圧は、遅れて起きた。


「そこまで!」


 見ていたイルティミナさんの静止の声が響く。


 キルトさんは大剣を引いた。


 額には汗が輝き、満足そうな笑顔がそこに咲いていた。


 そして、


「見事じゃったぞ、マール」


 そう言った。


 今の僕より小さく、ずっと大きな女性は、僕の強さを認めてくれたのだ。


 ……あぁ。


 心が熱くなる。


 僕は焼けるような息を吐きだして、


「参りました」


 自らの敗北を受け入れる言葉を口にして、微笑みながら、稽古の終わりを迎えたんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ やはりキルトですら最初はマールと判らなかったようですね。 となると、午前中にの外出は二人を知る周囲の人たちの目にはどの様に写ったのでしょう? ……浮気現場と勘…
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