631・旅行に行こう!
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
久しぶりの更新となりますが、こうして読みに来て下さってありがとうございます♪
本日より『少年マールの転生冒険記』の更新を再開いたします!
更新は、月金の週2回を予定しています。ゆっくりした更新ペースではありますが、どうかまた、マール達の物語を楽しんでもらえたなら幸いです♪
それでは本日の更新、第631話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「ねぇ、マールは水の都って知ってる?」
突然、ソルティスにそんな質問をされた。
僕とイルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの5人で、イルティミナさんの家で夕食を食べている時のことだ。
グノーバリス竜国との戦争が終わって、およそ100日。
心身に負担を負った僕らは、しばらくの休養を言い渡されて、その最中のことだった。
僕は首をかしげて、
「水の都?」
と聞き返した。
イルティミナさん、キルトさんは「あぁ」という顔をした。
僕の奥さんが、
「南方の街ヴェルツィアンのことですね」
と言った。
ヴェルツィアン……?
僕は初耳だ。
でも、ソルティスは「そう!」と笑って、夕食の食器の隙間にパンッと1枚の紙を置いた。
カチャカチャ
ポーちゃんがさりげなく食器を移動させ、隙間を広げている。
僕が見えるように置かれたその紙は、どうやら馬車ギルドの配布している旅行案内のチラシみたいだった。
そこに『水の都ヴェルツィアン』の文字が大きく書かれていた。
(ふむふむ?)
紙面の文字を読む。
水の都ヴェルツィアンとは、王都ムーリアよりずっと南にある常夏の都市みたいだ。
海にも面しており、街中には水路が張り巡らされているとか。
またヴェルツィアンには『水の神アバモス』を祀った神殿もあって、来月、ちょうどその祭事も行われるんだって。
(……アバモス?)
その名前には聞き覚えがあった。
あ、そうだ。
僕は、ソルティスの隣に座っている金髪の幼女を見た。
いつも通りの無表情。
代わりに、ソルティスが嬉しそうに笑った。
「そうよ! 水の都市ヴェルツィアンでは、ポーの主神である水の神アバモス様が祀られているの! しかも、お祭りをやるっていうなら、もう行くしかないでしょ!?」
椅子から立って、少女は力説だ。
キルトさんは苦笑し、
「なるほど、それが目当てか」
と納得したように頷いた。
僕もイルティミナさんも、相棒のためなのかとようやく理解した。
ソルティスは言う。
「水の都って言うくらいだから、お酒も美味しいらしいわよ?」
「むっ」
キルトさんが反応した。
続いて、
「水の満ちた街の幻想的な景色も、デートにはうってつけよね? 年下の夫との思い出もできるし、その心もギュッと鷲掴みにできちゃうんじゃないかしら?」
「……ほう?」
少女の姉も目の色を変えた。
(…………)
2人とも、釣られたね?
僕は心の中で苦笑い。
すると、今度はそんな僕をソルティスが見つめた。
そして、言う。
「海水浴場もあるし、温泉もあるわ。美人な奥さんの水着姿や、湯煙の中の姿も見られるわね?」
「…………」
その想像をして、僕は思った。
相方思いのソルティスのためにも、たまには、みんなで旅行に行くのもいいんじゃないかな?
せっかく休養中だし?
べ、別に、ソルティスの言葉に惹かれた訳じゃないよ?
うん、絶対に。
そうして僕とイルティミナさんとキルトさんは、『まぁ、いいんじゃない』とソルティスの提案に賛成した。
内心はともなく、表面上は落ち着いて。
でも、なぜか3人とも、身体がソワソワしてしまっていたけどね。
そんな僕らに、
「クスッ、決まりね」
ソルティスも満足そうだ。
そして彼女はポーちゃんを見て、その金髪の幼女も、相方の少女に小さな親指をグッと立てていた。
◇◇◇◇◇◇◇
2日後、僕らは南部行きの竜車に乗って、王都ムーリアを出発した。
ガラガラ
土の街道を車輪が回っていく。
その振動に揺られながら、僕ら5人は、水の都ヴェルツィアンに着くまでの時間をのんびりと過ごした。
(……しかし)
こんなにのんびりしていて、いいのかな?
王国からの許可もあるし、グノーバリス竜国との戦いで疲労した肉体の回復のためもあるけれど、仕事もしないで何だか悪いことをしている気分だ。
魔狩人としてでなく、ただの旅人としてこの5人で竜車に乗るのは、初めてかもしれない。
そんな僕に気づいたのか、
「別にいいんですよ」
と、イルティミナさんが微笑んだ。
え?
「むしろ王国としても、今後を考えた時に、私たちにはゆっくりしていてもらいたいでしょう」
「……今後?」
僕は首をかしげた。
ソルティスも『どういうこと?』って顔をしている。
僕の奥さんは、言った。
グノーバリス竜国の起こした凶行は、かつて『闇の子』の配下であった1人の『魔の眷属』が引き起こしたものだった。
そして竜国では、同じ『魔の眷属』が30人ほど目撃されている。
彼や彼女たちが、今後、第2、第3のオルガードとなって、世界に災いをもたらす可能性は充分にあり得るのだ。
そして、
「その時に駆り出されるのは、間違いなく、神狗であるマールです。……とても腹立たしいことではあるのですが」
と、少し不快そうにイルティミナさんは言った。
神狗マールは、魔への特効だ。
これまでの実績上、シュムリア王国上層部はそう考えるし、そう運用するだろう。
無論、神狗マールの仲間であるイルティミナさんたちも一緒に、もしもの時には、王国からの命令で動かされることとなるんだ。
(……なるほどなぁ)
それは、次期国王となるレクリア王女でも覆せない事案だ。
だからこそ、
「王国としては、私たちへの負い目もあって、今の内に、たくさん私たちの好きにさせてくれるのですよ」
と、イルティミナさんは教えれくれた。
キルトさんは、
「ま、将来のために貸しを作りたいのじゃ、王国側はの」
と言う。
それは10年以上、『金印の魔狩人』として王国のために働いた彼女だからこその実感が込められていた。
ソルティスは肩を竦めた。
「いいじゃないの。どっちにしろ何かあったら、王国に言われなくても、お人好しのマールは自分から動いちゃうんだろうしさ」
なんて僕を見る。
なぜか、みんなも僕を見て、
「確かにの」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「でしょ?」
「…………(コクコク)」
揃って頷いていた。
……いや、まぁ、否定はしないけど。
(でも、なんか釈然としないぞ)
ちょっと複雑な顔になってしまう。
そんな僕に、3人はおかしそうに笑って、ポーちゃんは慰めるように僕の肩をポンと叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇
水の都ヴェルツィアンまでは、竜車でおよそ1ヶ月ほどの距離だ。
途中の町や村に泊まりながら、南下する。
時間はたっぷりあったので、みんなの近況も色々と聞くことができた。
とある町のホテルでの宿泊中も、
「歴史が変わるわよ?」
と、ソルティス。
彼女の言う歴史とは、魔法学の歴史のことだ。
グノーバリス竜国が作り出した数々の魔法の装置や理論は、かの古代タナトス魔法王の知識を基にされていて、それは現代の魔学者たちに衝撃を与えているのだそうだ。
王立魔法院では、日夜、その研究、検証が行われている。
休養中のソルティスも、ほぼ毎日、王立魔法院に通って、その研究を行っていたそうだ。
彼女は、
「今後の30年で、世界は大きく発展すると思うわ」
だって。
素直に凄いな、と思う。
その反面、前世の世界を知っている僕としては、発展し過ぎたことで、自分たちの暮らす世界へ悪影響をもたらすことも知っていた。
特に、古代タナトス魔法王朝は、その発展し過ぎた魔法文明によって自滅したんだ。
そう心配してるんだけど、
「そうね。でも、マールみたいに心配してる人も大勢いるのよ?」
とソルティスは言った。
特に、魔法の研究をしている人たちは、その危険性を強く認識していた。
タナトス文明の魔法に憧れ、敬意を持っているからこそ、その結末もわかっているし、だからこそ、より慎重にもなっている。
発見される新しい魔法技術には、厳正な審査が行われるそうだ。
そして、時には、その知識を封印することも。
シュムリア王国の王家は、女神シュリアンの血統だし、国民の信仰も強い国だ。
だからこそ、タナトスの二の舞になるまいという考えで王侯貴族も意見が一致していて、厳正な管理が国主体で行われているそうだ。
ソルティスは、
「だから、安心しなさいよね」
パシン
笑って、僕の肩を手で叩くんだ。
……うん。
人の悪い面もいっぱい知ったけれど、それ以上に、人の良い面にも触れてきたんだ。
僕も人の善意を信じるよ。
そう思って、僕も笑い返したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
また別の日、とある宿屋の客室では、こんな話もした。
「グノーバリス竜国の現状については、今の所は問題はない。まぁ、他国との関係修繕には時間はかかるがの」
と、キルトさん。
実はこの3ヶ月ほど、僕らが休養している中、キルトさんだけは1人精力的に動いていたんだ。
彼女は、シュムリア王国の英雄だ。
またアルン神皇国では、皇帝陛下やダルディオス将軍とも親しく、信頼もされていた。
ドル大陸のヴェガ国、その新国王アーノルド陛下には求婚もされている。
そして、グノーバリス竜国の新しい統治者となった竜王マリアーヌさんとも、共にオルガードを倒した仲だった。
うん、とにかく顔が広いんだ。
なので、彼女は新生したグノーバリス竜国のために、各国を転移魔法陣で奔走し、間に入って仲を取り持ったり、日々、調整役をこなしていたんだ。
(凄い人だよ、本当……)
こんな人が、かつては自分の剣の師でもあったのだ。
僕は本当に恵まれていた。
彼女は、鎖国中のエルフの国の大長老たちとも知り合いだし、ある意味、そこいらの外交官や王よりも影響力があるのかもしれないね。
ただ、その一方で、彼女は僕らの仲間だ。
友人であり、大切な家族。
だからこそ、
「そんなことよりも、アーノルドとの仲はどうなのです、キルト?」
なんて話題も出るんだ。
僕の奥さんの問いかけに、キルトさんはキョトンとする。
「どう……とは?」
なんて言う。
あぁ……。
他人の恋愛感情には敏感なマール君としても、この発言にはがっかりだ。
ソルティスも『やれやれね』って顔だ。
ポーちゃんはわかっているのか、いないのか、相方の横で真似っ子の仕草をしていた。
イルティミナさんは嘆息する。
「あれから何度も会っているのでしょう? いい年をした男女として、少しは恋愛面での進展はないのですか?」
と叱るように言った。
キルトさんは唖然とした。
「そんなもの、ある訳なかろう。というか、わらわとアーノルドはそういう関係ではないぞ?」
(いや、求婚されてるじゃん)
思わず、突っ込みたい。
僕の奥さんは、その真紅の瞳を細めた。
ジトッと見つめて、
「……まさか、本当に9年待たせる気ではないでしょうね?」
と言った。
9年……それは、アーノルドさんがキルトさんに求婚して『10年待つ』と言った残りの年月だ。
9年経って、キルトさんが独り身で、かつアーノルドさんが心変わりしていなければ、キルトさんはアーノルドさんと結婚する予定なのだ。
キルトさんは驚き、
「待て待て! それは奴が勝手に言っていることぞ?」
と、両手を振った。
いやいや、キルトさん、それはないよ。
ソルティスも『ないわぁ』って顔をしている。
ポーちゃんも、その横で腕組みして、わかっていないのに『うんうん』と頷いていた。
イルティミナさんは頭痛がするのか、額を押さえた。
「私はキルトのことは尊敬していますが……そちらの方面に関してだけは、とても、とても心配になります」
「…………」
キルトさん、沈黙。
え……わらわ、そんなに悪い? みたいな顔だ。
(…………)
まぁ、人生結婚が全てではないし、夫がいなくても、多くの友人がいたり楽しみもあれば悪くないのかな……とも思うけど。
でも、少しだけ、愛する人の隣で幸せそうに笑うキルトさんも見てみたいと思ってしまうんだよなぁ。
その相手がアーノルドさんかは、まだわからないけどさ。
(でも、アーノルドさん、いい人だしね)
今のところ、可能性が一番高いんじゃないかと思うんだ。
まるで自分の方が年上みたいに心配するイルティミナさんに、キルトさんは「ええい、もうよい」と手を振った。
「今はそのような時ではないわ」
と開き直って、
「もしもの時は、マールの愛人にでもしてもらうから心配要らぬ」
なんて言った。
えっ、キルトさん!?
イルティミナさん、ソルティスの姉妹がギョッとしたように僕を見た。
ポーちゃんも真似して、僕を見る。
(いやいや!)
そんな話、僕、1度もしたことないよ?
焦っていると、こちらに詰め寄ろうとしてくるイルティミナさんの後ろで、ホッと息を吐き、僕の視線に気づいてニヤリと笑う銀髪の美女が見えた。
……うわ、僕、囮にされた。
元・金印の魔狩人は、見事に矛先を僕へと向けさせて難を逃れたのだ。
お、おのれ……さすが、キルトさんだ……。
◇◇◇◇◇◇◇
そんな風にお互いの話をしている間に、旅の時間は流れていった。
1ヶ月もあっという間。
そして、竜車の窓を開ければ、空気は南方特有の暖かさを感じさせ、かすかに潮の香りも混じるようになってきた。
街道から見える植物も、王都近くとは違っている。
ガラガラ
車両の振動の中、僕は窓から顔を出した。
「あ……」
見えてきた。
遠くに、街壁に覆われた大きな都市があった。
大きな街道が何本もその都市へと繋がっていて、そこにはたくさんの馬車や竜車、旅人たちが歩いていた。
都市の向こうには、煌めく海が見える。
都市の半分以上は、その海へとせり出して、海上に造られているみたいだった。
ギュッ
僕の後ろから、大きな胸を押しつけるようにしてイルティミナさんも顔を出した。
風に、綺麗な深緑色の髪がなびく。
彼女は微笑み、
「着きましたね」
「うん」
僕も笑った。
あれが、水の都ヴェルツィアン。
王都からの長い旅を終えて、僕ら5人は、ついに王国南方のリゾート地へと到着したのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




