626・玉座の間への突入
第626話になります。
よろしくお願いします。
それから数日間、僕らは暗闇の通路を歩き続けた。
もちろん、マリアーヌさん、護衛の3人の竜人さんには、ソルティスが発見した『獣神の真実が記された本』については話していない。
その本は、ソルティスの背負うリュックの中だ。
「…………」
その事実に緊張しているのか、興奮しているのか、少女の表情は少し落ち着きがなかった。
観察眼の鋭いマリアーヌさんは、それに気づく。
『彼女、どうしたの?』
そう隣を歩くキルトさんに問いかけた。
ドキッ
僕は心臓が跳ねて、顔に出ないようにするのに苦労した。
そして、百戦錬磨のキルトさんは、いつもと変わらぬ態度と口調で軽く肩を竦めた。
『さて、の? ソルの奴は知識欲が旺盛じゃし、こうした古代の遺跡を直に目にすることができて、少なからず興奮しておるのではないか?』
なんて言う。
それを聞いても、マリアーヌさんは怪訝そうだ。
すると、僕の奥さんが、
『遺跡などの歴史が好きな子ですからね、色々と妄想してしまったのかもしれません。まぁ、姉の私が言うのもなんですが、ああいう妹ですし、いつものことですよ』
と言葉を重ねた。
そして、『ねぇ、マール?』なんて僕に振る。
僕は内心慌てながら、
『うん。いつもあんなだよ?』
と頷いた。
僕ら3人に言われて、マリアーヌさんもようやく納得したようだ。
少女の方を見て『そうなの』と頷いてくれた。
……ほっ。
僕は心の中で、大きく安堵の息を吐いてしまう。
ソルティス自身が人見知りで、あまり彼女たちとの接点がなかったのも幸いしたかもしれない。
直接、確かめられることもなく、それ以降は何も聞かれることもないままに、僕らは歩みを続けることができた。
チラッ
ソルティスを振り返る。
彼女自身には、僕らを気にする余裕はないみたいだった。
代わりにポーちゃんが視線に気づく。
グッ
さりげなく、親指を立ててくれた。
僕も笑って、マリアーヌさんたちに気づかれぬように親指を立て返したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
遺跡の中で、また野営を行った。
そうして焚き火を囲みながら、
『今夜の野営が最後となる。明日、わらわたちは抜け道を抜け、竜王オルガードの待つ《玉座の間》へと突入することになる』
そう告げて、キルトさんは僕らを見回した。
僕らは頷いた。
ついに、そこまで辿り着いたんだ。
嫌が上でも心拍は上がり、静かな興奮が心を満たしていく。
ロベルト将軍に知らせた僕らの作戦決行日は、明日だった。
ここまでは予定通り。
そして、このまま進めば、明日には、このグノーバリス竜国の蛮行も終焉を迎えることとなるだろう。
恐らく、ロベルト将軍の率いるシュムリア王国軍は、陽動のため、すでに竜国軍との交戦状態に入っているはずだ。
また、侵略されたジンガ国の奪還に、15万のアルン神皇国軍も動いているかもしれない。
こちらも陽動だ。
竜国の航空部隊はジンガ国に引きつけ、竜国の地上部隊は、獣国と竜国の国境付近にシュムリア王国軍が引きつける――これで竜国領内の軍備は手薄になるはずだ。
もちろん、その中心となる竜王城も。
『…………』
ギュッ
マリアーヌさんは、鱗のある両手を強く握り締める。
明日で、全てが終わる。
父と兄の仇、そして、竜国を汚す愚かな兄の処断が。
ここまで野に身を隠し、辛酸を舐めながら反旗の機会を探し続けてきた彼女の苦労が報われるのだ。
その竜眼には、ギラギラした光が灯っていた。
(…………)
僕自身、平常心ではいられない。
これまで、どれだけの人々が犠牲になったのか……それを思うと、明日の決戦が待ち遠しくも感じたんだ。
ただ、相手も只者ではない。
キルトさんは言う。
『奴の強さは、3年前に復活した、あの《タナトス王》と同格だと判断する』
(!)
その言葉は衝撃だった。
3年前の第2次神魔戦争の時、キルトさん、イルティミナさん、ソルティスの3人が戦った『古代の魔導王』の強さは、まだ覚えていた。
僕の『究極神体モード』でも届かなかった。
そして、3人も1歩間違えたら全滅していたほど、薄氷の勝利だったのだ。
あれと同格……。
でも、確かに竜王オルガードは強かった。
素手だったとはいえ、僕の究極神体モードでの攻撃、イルティミナさんとキルトさんの奥義、その3つの直撃を受けても耐え切ってみせたのだ。
あのタナトス王と同じ強さと見ても、おかしくはなかった。
僕らの反応に気づいて、マリアーヌさんたちも、その脅威を改めて認識したように息を飲み込んでいた。
キルトさんは、僕らを見回す。
『じゃが、タナトス王の時とは違い、こちらには今、神狗のマールと神龍のポーが加わった。ならば、勝てぬ道理はない。奴は必ず倒してみせよう』
鉄の意思の声が、そう宣言した。
僕らは頷いた。
その通りだ。
僕らは必ず勝つ――いや、勝たなければいけないのだ。
イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの瞳にも、戦意の強い輝きが爛々と灯っていた。
『勝負は、3分じゃ』
キルトさんは、そう続けた。
それは、僕が『神狗』として、また『究極神体モード』として顕現していられるタイムリミットだ。
陽動にも限界はある。
戦闘になれば、すぐに城内の竜国兵がやって来るだろう。
その邪魔が入る前に、僕らは竜王オルガードを倒し切り、そして、再び抜け道から脱出をしなければいけないのだ。
時間との勝負。
そのタイムリミットが、3分なのだ。
キルトさんの黄金の瞳は、竜国の末姫を見据えた。
『マリアーヌ、そなたらは絶対に戦いには介入するな。足手まといじゃ。この戦いは、わらわたち5人で行う。――そして、その決着を、そなたの目でしかと見届けよ』
その眼光は鋭く、強い。
決して反論を許さぬ重さがあった。
マリアーヌさんも覚悟していたのだろう、悔しさを押し殺し、素直に『わかったわ』と頷いてくれた。
キルトさんも、彼女の思いを受け止めるように頷いた。
それから、僕ら4人を見る。
『そなたらには何も言わぬ。もはや言う必要もなかろう? ただ、いつものように戦い、いつものように狩り殺す。――それだけじゃ』
銀髪の美女は、不敵に笑った。
その眼差しにあるのは、深い信頼の光だ。
僕も、イルティミナさんも、ソルティスも、ポーちゃんも、全員が笑って、キルトさんに頷き返した。
連携の確認も、何も要らない。
そんなことをしなくても、僕らは戦えるのだ。
これまでも、そうして戦ってきた。
そして、きっと、これからも。
ずっと……。
キルトさんは、まぶたを閉じる。
静かに息を吸い、
『全ては明日、終わる。そして、この世界は、再び平和な時代を迎えるのじゃ』
まるで予言のように、そう口にした。
…………。
そうして、僕らは眠りにつき、最後の野営を終えた。
そして翌朝、長かった戦いに幕を下ろすため、僕らは最後の道行きを歩き切り、ついに『玉座の間』へと通じる扉の前に辿り着いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
扉の先にあったのは、長い螺旋階段だった。
それは、遥か頭上の闇の中まで延々と続いていて、まるで冥府への入り口みたいだった。
(…………)
僕らはその暗闇を見つめる。
マリアーヌさんが、静かに口を開いた。
『これを登っていくと、《玉座の間》にある柱の1つへと通じるわ。そこに、オルガードもいるはずよ』
感情を抑え込んだ声だ。
だからこそ、その心の内にある激情が伝わってきた。
ガシャッ
キルトさんは、背中にある『雷の大剣』の柄を握り締めた。
『――行くぞ』
覚悟を秘めた声だ。
僕らは頷き、キルトさんを先頭にして階段を登り始めた。
足音で悟らせてはならない。
できる限り気配を殺して、魔物を狩る『魔狩人』としての感覚で移動していく。
垂直方向に200メードは登っただろうか?
やがて、ランタンの照らす範囲の中に、その終点となる壁と扉が見えた。
(…………)
ドクン
心臓が強く脈打ち、そのリズムが早くなる。
ついに、来た。
一旦、僕らの足が止まる。
キルトさんの黄金の瞳が、僕らを見た。
僕らも、彼女を見返す。
銀髪を揺らして彼女は大きく頷くと、終点の扉を睨むように振り返り、一気に走りだした。
僕らも全力であとに続く。
壁にあった扉をキルトさんは開くことなく、
『ぬん!』
ズガァン
手にした『雷の大剣』を叩きつけるようにして吹き飛ばした。
粉塵が舞い、その中に、僕ら9人は飛び出して、すかさず周囲へと散開しながらそれぞれの武器を構えた。
(どこだ!?)
視線を走らせる。
そして、見つけた。
僕らの飛び出したのは、薄闇に包まれた広い空間だった。
無数の柱が並び、足元の石床には絨毯が敷かれ、その遥か奥には高台となった玉座があった。
そこに、1人の竜人が座っていた。
翼の生えた黒い鎧を身にまとい、雄々しい竜角を後方へと伸ばして、その全身に青く輝く刺青のような紋様が刻まれていた。
『オルガードっ!』
マリアーヌさんが怒気に侵された声で叫んだ。
ガシャン
僕らも、そちらに武器を構える。
幸運なことに、この『玉座の間』には、他の竜人の姿は1人もなかった。
そして、
『やはり……来たか』
闇に染まった悪逆の竜王は、その黄金の瞳を細めて、僕らの敵意に静かに応じたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
グノーバリス竜国編もあと4話、第630話にて完結です。よかったら、どうか最後まで見届けて頂けてやって下さいね♪
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。