622・白骨の竜
第622話になります。
よろしくお願いします。
迫る白骨化した竜を見て、僕は――相性が悪い――と感じた。
竜種は、個体として最強の種族だ。
それだけでも脅威。
それに加えて、目の前の竜は40メードという異常な体格をしているのだ。
僕は、剣技に頼る剣士だ。
剣技というのは、弱者が強者に抗うための手段の1つ。
でも、相手が20~30倍もの体格を持っているとなると、話は別だった。
いくら何でも、剣技だけでは抗い切れない。
まして、この白骨の竜は生身ではないのだ。
痛みで怯ませることも、失血で弱らせることもできない。
スケルトン系の魔物を倒すには、全身を砕いて動けなくなるまでバラバラにするしかないのだ。
僕は非力だ。
キルトさん、イルティミナさんみたいな『魔血の民』でもない。
通常の魔物ならば、充分に戦える僕の非力な剣技は、この目の前の巨大な『白骨の竜』にはほとんど無力になる。
あの太い骨を切断するのに、どれだけの力がいるか?
あの巨体を砕き切るのに、どれだけの時間がかかるのか?
想像するだけで、絶望的だ。
本当に、
(……僕とは、相性が悪すぎる)
そう痛感させられる。
一方で、1つだけ有利な点も挙げるとすれば、この戦闘空間の広さだろう。
チラッ
僕は、竜骨杖を構えるソルティスを見た。
室内での戦闘の場合、彼女はいつも建物の崩壊を気にして、大規模な威力の魔法が使えなかった。
でも、ここならば……。
「…………」
彼女の表情からも、そうした魔法を行使するつもりなのが伝わってきた。
…………。
……うん。
僕1人では抗うのは難しくても、仲間と力を合わせれば、きっと何とかなるはずだ。
みんなを信じよう。
僕は、そう己の覚悟を定めた。
◇◇◇◇◇◇◇
キルトさんは『雷の大剣』を構えながら、白骨の竜を睨む。
バチッ パチチッ
刀身に、青い放電が散っている。
その輝きに照らされる美貌が、前を向いたまま僕らに叫んだ。
「マリアーヌたちは下がれ! ポーは、わらわと共に奴にしかける! イルナは援護じゃ! マールはソルを守り抜け! ソル、そなたの魔法を頼る、任せたぞ!」
「わかったわ」
「承知」
「はい」
「うん!」
「オッケー、任せて!」
僕らは頷いた。
マリアーヌさんと護衛の3人は、戦闘の邪魔にならない位置まで引いていく。
同時に、キルトさんとポーちゃんが、
ダッ
前方へと走った。
イルティミナさんは『白翼の槍』を大きく振り被って、投擲体勢になる。
(僕も……っ)
2つの剣を構えながら、ソルティスの斜め前に立った。
そして、ソルティスは真っ白な『竜骨杖』の魔法石を輝かせながら、目を閉じて魔法の詠唱に入った。
長い紫色の髪が、柔らかく浮かびあがる。
頼むよ、ソルティス。
きっと、君の魔法が頼りだ。
そして、それが放たれるまでは、僕が必ず君を守ってみせる!
そう固く決意する僕の視界で、ついにキルトさんとポーちゃん、接近戦のスペシャリストの2人が『白骨の竜』と接敵した。
「ぬん!」
ゴガァン
振り抜かれた大剣が、巨竜の白い前足を叩く。
青い放電が散って、けれど、骨にはヒビ1つ入らずに、逆に前進する力に押されてキルトさんの方が弾かれた。
(!)
それほどの硬さなのか!?
キルトさんも驚いた顔をして、後方に着地している。
「ポオオオッ!」
そして、金髪の幼女も2つの拳を神気に輝かせ、巨竜のもう1つの前足に挑んだ。
ドパァアン
大きな音が響き、衝撃波が広がった。
ズズッ
凄まじい威力で足が後方にズレる――けれど、肝心の骨には傷1つなかった。
ズゥン
巨大な足が踏み出される。
踏み潰されそうになったポーちゃんは、素早く後方へと跳躍した。
その瞬間、
「しっ!」
イルティミナさんの必殺の投擲が炸裂した。
ドパァアン
地面に下ろされようとした巨大な骨の足にタイミングを合わせて、横から白い槍が命中し、大きな魔力爆発を起こさせた。
傷は与えられない。
けれど、バランスは崩せた。
その隙を、キルトさんは逃がさない。
タン タタン
骨の足を掴み、それを足場にして『白骨の竜』の巨体の上部へと駆け上っていく。
地上20メード。
その位置にある頭部まで辿り着き、
「鬼剣・雷光斬!」
その黒い宝石のような刀身に青い雷を輝かせながら、紫色の光が灯った窪んだ眼窩に突き立てた。
バヂィイン
青い放電が散り、数秒間、漆黒の空間を明るく照らした。
『っっ』
その攻撃は効いたのか、巨大な白骨化した竜は、大きく身体を仰け反らせた。
ズズゥン
たたらを踏む足音が重く響く。
その間にも、ポーちゃんが拳から『神気の弾丸』を撃ちだし、イルティミナさんが『白翼の槍』の砲撃を喰らわした。
神気と魔力の爆発が連続する。
そして、
ドズゥウン
40メードの巨体が地面に横倒しになった。
倒した訳じゃない。
けれど、数秒間、動きを止めたことは確実だった。
僕は、ソルティスを見る。
彼女も、魔力に紅く輝く瞳を僕へと向け、頷いた。
僕も頷き、
「キルトさん、ポーちゃん!」
そう叫んだ。
2人は即座に反応して、竜の巨体のそばから離れた。
よしっ。
「ソルティス!」
僕は、少女に合図を出す。
それに応えるように、彼女は両手で持っていた『竜骨杖』を高く掲げて、
「神なる炎よ! 無垢なる穢れなき灼熱よ! この世の理を蝕むあの竜の魂を焼き尽くし、浄化なさい! ――ラ・ヴァルフレア・ヴァードゥ!」
それを前方に振り下ろした。
空中に、タナトス魔法文字が展開される。
それがグニャリと回転しながら、大きな白い炎の球へと変化した。
そして、
ボバァアアン
そこから神々しい光を放つ炎の巨鳥が生まれ、大きな翼を羽ばたかせた。
神炎の火の粉が舞う。
見ていたマリアーヌさんの護衛たちが「おぉ……っ!」と驚嘆の声と表情を見せていた。
神炎の巨鳥は、飛び立つ。
翼を広げたサイズは、目前の『白骨の竜』にも劣らない。
そして、巨大な2つの存在が激突した。
ボパァアアン
白い炎が白骨化した竜の巨体を包み込み、その存在を焼き尽くそうと神々しい輝きが増していく。
その巨大な骨が溶けていく。
(あ……)
キルトさんたちの攻撃では傷1つ入らなかったのに……。
ソルティス、凄い。
僕の知らない魔狩人としての日々で、彼女も更なる成長を遂げていたみたいだ。
イルティミナさんも、実の妹の力に感嘆の表情だった。
でも、
「……ちっ」
ソルティスは舌打ちした。
え?
その視線を追いかけると、
「……あ」
神々しい炎の巨鳥が消えていく中で、けれど、『白骨の竜』の巨体はまだ健在だった。
一部は融解している。
でも、その巨体全てが燃え溶けることはなく、まだ形状を保っていたんだ。
魔法を使った少女は、悔しそうに唇を噛む。
「さすが、竜の骨ね。蓄えられた魔力が多すぎて、威力が相殺された。1度の魔法じゃ燃やし切れなかったわ。……本当、厄介な魔物ね」
そうなのか……。
僕は沈黙する。
彼女を見て、
「もう1度、いける?」
と聞いた。
ソルティスの美貌には、大量の汗が噴いていた。
この寒い空間で、それほどの発汗を起こすほどの魔力消費と肉体疲労があったんだ。
もう1度は、きっと簡単なことではない。
でも、
「当たり前でしょ? 私を誰だと思ってるのよ?」
ソルティスは笑った。
この状態で、こう言い切れる姿は、さすが僕の尊敬する少女だ。
大きく息を吐き、
「さっきより時間がかかるわ。でも、やってみせる。……その間、ちゃんと守ってよね?」
「うん」
彼女の言葉に、僕は頷いた。
少女の魔法の発動まで、僕が盾になる――そんな状況は、昔にも何回かあった。
それを懐かしく思い出しながら、
「大丈夫。ソルティスは、僕が必ず守る」
そう言い切った。
そんな僕に、ソルティスも笑った。
そして彼女は、すぐに表情を切り替えて、まぶたを閉じて再度、魔法の集中に入った。
僕も前を向く。
「ソルティスがもう1度、魔法を使う! それまで耐えよう!」
仲間3人に叫んだ。
キルトさん、ポーちゃんは頷く。
イルティミナさんも「わかりました」と言いながら、再び投擲体勢に入った。
――そこから、白骨の竜との激闘が続いた。
その巨体からは考えられぬ速さで魔物は動き、キルトさんとポーちゃんを狙う。
巨大な足で、尾で、牙で。
それらを2人は懸命に回避し、イルティミナさんも槍の砲撃でそれをサポートする。
隙を見て、2人も攻撃を仕掛けた。
けど、やはり魔力の満ちた骨は硬いのか、攻撃は通らない。
ズガァン ドォン
暴れる巨体に、床が粉砕され、瓦礫が砲弾のように飛び散った。
「やっ!」
ヒュコン
こちらに跳んでくる大人より大きな瓦礫を、僕は2つの剣で切断する。
ソルティスには届かせない!
散弾のような破片も全て弾き返した。
そうして、ソルティスの魔法が完成するまでの時間を、僕らは必死に白い巨竜から耐え続けた。
そんな中、再びイルティミナさんが槍を投擲する体勢に構えた。
大きく踏み込み、
「しぃっ!」
必殺の槍が放たれる。
ドパァン
それは、巨大な竜の頭部へとまともに命中して、大きく後方へと仰け反らせた。
これまでになかった大きな隙。
(チャンスだ!)
キルトさん、ポーちゃんも仕掛けようとする。
竜の巨体へ肉薄し、けれど、途中でその足が止まった。
2人とも、驚いた顔をしていた。
それがこちらを向いて、
「いかん! 全力で防げ、マール!」
「神気開放を!」
同時に叫んだ。
竜の紫の眼光は、こちらを見ていた。
僕を――いや、僕の後ろにいる少女を見ていた。
自分を倒せる可能性。
それを唯一持っているのが彼女だと気づいたのかもしれない。
そして、大きく仰け反った白骨化した竜の頭部――その口の内側に、紫色に輝く光点が生まれていた。
光点の周囲には、炎のような揺らめきがある。
(――――)
相手は、竜だ。
その事実を思い出す。
肉があるならば、その喉が特徴的に大きく膨らんでいただろう。それがないからこそ、反応が遅れた。
でも、まだ間に合うはずだ。
僕は、体内にある大いなる神の力の蛇口を開く。
(――神気開放!)
灼熱の力が全身に満ちて、獣の耳と尻尾が生えていく。
同時に、ポケットに入っていた『神武具』が光の粒子となって砕け、僕の背中に金属の翼を形成した。
その数、2枚。
まだ……足りない。
直感的にそう感じて、僕は『神狗』としての神気を更に送り込む。
ヴォオオン
さらに6枚、計8枚の虹色に輝く翼が形成された。
ギュッ
そして、ソルティスを正面から抱きしめる。
少女は目を閉じたまま、集中を続けていた。
「大丈夫」
その耳に囁く。
一瞬だけ、少女は微笑んだ。
自分を守ってくれると信頼してくれていた――それを裏切る訳にはいかない。
カシャッ シャララン
僕ら2人を包み込むように、8枚の翼が虹色の球体となった。
グッ
地面に両足を踏ん張る。
虹色の球体の内側では何も見えず、けれど、神武具の超感覚が、僕の視神経へと『白骨の竜』がこちらに大きく口を開けている外部の光景を流し込んできた。
その口内にあった紫色の光点が、臨界を迎えた。
ボバァアアン
紫色の炎が放射状に吐き出され、津波のように僕らを飲み込んだ。
(……んぐっ!)
炎の圧力で、身体が吹き飛ばされそうになる。
それを神狗の脚力で、必死に耐える。
8枚の虹色の翼は外側から溶けていき、少しでも保たせようと、僕は必死に神気を送り込み続けた。
大量の神気に、金属の翼は虹色に眩く光っている。
…………。
恐らく、30秒ほどか?
体感的には、もっと長かった竜の火炎吐息が終わった。
ブス……ッ ブスッ
石床の地面は黒く焦げ、所々が溶けて沸騰し、気泡を浮き上がらせていた。
その中で、
「…………」
僕とソルティスを包む虹色の球体は、無事だった。
蕾の花びらが開くように、金属の翼たちが広がっていき、内側から僕とソルティスの抱き合う姿が見えてくる。
翼の3枚が消失。
残り5枚も半分が溶けかかっていた。
焼けた肌が、冷たい外気に触れる。
少し心地好い。
僕らの無事な姿に、イルティミナさん、キルトさん、ポーちゃんの安堵する表情が見えた。
僕は、ソルティスを離す。
そして、右手に持った『大地の剣』を地面へと突き立てた。
ヒィン
白銀の美しい両刃の刀身にある3つのタナトス文字が、流し込まれる神気に強く輝く。
そして、
「――大地の破角!」
僕は、その文言を口にした。
発動したタナトス魔法は大地を流れて、炎を吐いた直後で硬直していた『白骨の竜』の直下で集束する。
ドゴォン ドゴォオン
黒く捻じれた角が何本も飛び出して、その巨体の4つの足を挟み込んだ。
メキッ ギギィ……ッ
強力な足止め。
あの竜の巨体なら、10秒も持たないだろう。
でも、それで充分だ。
僕の正面で、美しい少女が笑っていた。
その紫色の髪をたなびかせて……舞うように、綺麗な白い杖を掲げて……その魔法石の神々しい光が灯る、大いなる魔法を再び紡いだ。
…………。
再び『神炎の巨鳥』が誕生した。
それは飛翔し、巨竜に向かう。
――直撃。
溢れる神炎の奔流が空間を照らし、その中で今度こそ『白骨の竜』の巨体が溶かされ、崩れていく。
でも、まだ溶け切らない。
巨体の形状は、少しだけ残されていた。
クタッ
少女は倒れ込み、僕は、その身体を抱き支えた。
もう彼女に魔法は使えない。
でも、大丈夫だ。
僕は、溶けた身体でありながら、こちらへと迫ろうとしている巨体を振り返ることなく、少女を抱いていた。
何も問題ない。
だって、僕には――信頼する大切な仲間がいるから。
その巨体に、3人が迫った。
キルトさんが、ポーちゃんが、そしてイルティミナさんが、それぞれの武器で攻撃する。
融解しかけた骨。
ソルティスの魔法を2度も耐えた骨。
でも、その結果、そこには、もはやこれまでの防御力はなくなっていた。
(…………)
僕は、消耗したソルティスを抱いている。
その後ろで、何か巨大なものが砕け、崩壊していく音が聞こえた。
……うん。
僕は微笑んだ。
腕の中にいるソルティスも疲れ切った美貌に、淡い微笑みを咲かせている。
キュッ
僕に触れる彼女の指に、少しだけ力が込められた。
そうして、全てが終わったことを悟った少女のまぶたは、ゆっくりと閉じられていく。
それを見届けて、
「…………」
僕は天を仰ぎ、静かに深く息を吐きだした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日になります。どうぞ、よろしくお願いします。
 




