617・秘密の道
第617話になります。
よろしくお願いします。
話をしたあと、僕らは食事を頂いた。
「わぁ……」
マリアーヌさんたち反乱組織の人が用意してくれたのは、豪勢な肉料理だった。
鉄板の上で、ステーキ肉からこぼれた肉汁がジュワジュワと音を立てて焼けている。
凄くいい匂い。
マリアーヌさん曰く、これは竜国で育てられている食用竜の肉なのだそうだ。
他にも付け合わせのポテトや野菜スープ、ふっくらしたパンなど、お店に並んでもおかしくない料理がテーブルに所狭しと並んでいる。
……僕ら、竜国軍が逃げている身だよ?
まさか、こんな豪勢な食事ができると思わなかった。
目を輝かせる僕に、
『お気に召してもらえたのなら、よかったわ』
と、マリアーヌさんは笑った。
僕とイルティミナさんは、ありがたくその料理を味わい、自身の疲れた肉体を回復させる血肉とさせて頂いた。
うん、凄く美味しかったよ。
キルトさんが言うには、これらの食材は、竜国の民間人が提供してくれた物なんだそうだ。
竜王オルガードに従ってはいるものの、その恐怖政治を嫌っている国民は多くて、特に先代竜王の末姫が率いる反乱組織に陰で協力してくれる人も多いのだそうだ。
(なるほどね)
きっとマリアーヌさんの人徳が大きいのだろう。
『いいえ、父の人徳よ』
彼女はそう笑っていたけれど、他の竜人さんたちの表情を見れば、僕の考えは、それほど間違っていなさそうだと思えた。
…………。
食事のあとは、ゆっくり休ませてもらった。
数日間、気を張りながら竜国軍の追手から逃げ続けていたので、僕とイルティミナさんは泥のように眠ってしまった。
布団に入ってからの記憶はなく、気がついたら、もう翌日のお昼だった。
タイムスリップしたみたいだったよ……。
でも、おかげで気力も体力も回復した。
キルトさんも、
「2人とも、良い顔色になったの」
なんて頷いて、僕とイルティミナさんは、思わずお互いの顔を見てしまったよ。
……うん、美人さんだ。
そんな自分の奥さんを見て、僕は心癒され、気持ちも高ぶった。
そのあとは、マリアーヌさんと話し合いの時間だ。
今後、僕らはどう竜王オルガードに、彼の支配する竜国軍に抗うかを、具体的に話し合ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
『はっきり言うわ。正面からは、絶対に勝ち目はない』
冒頭、彼女はそう言い切った。
僕は『なぜ?』と聞き返した。
今回は敗走したけれど、シュムリア王国軍は兵数が互角なら、充分に竜国軍と渡り合えていた。
正面からでも勝機はあると思ったんだ。
マリアーヌさんは、その疑問に答えた。
『オルガードの護衛の刺青をした者たちが、異常な強さだからよ。軍を倒せても、彼らは倒せない……私はそう判断したわ』
刺青の者……つまり、魔の眷属か。
僕も、あごに手を当て、考える。
確かに、アイツらは強い。
でも、強さとしては『銀印の冒険者』ぐらいだ。魔物に変身する部分を入れても、決して抗えないとは思えない。
そう思ったんだけど、
『マール』
キルトさんが僕の名を呼んだ。
ん?
振り返る僕に、彼女は真剣な眼差しだった。
『奴らの強さは、前とは違うようじゃ』
え?
『素としての奴らは、そう変わらぬ。じゃが、タナトス技術の模倣により、無限の魔力を与えられた影響で大きな変質が起きたようじゃ』
キルトさんの指は、僕の隣を示す。
そこにいるのは、イルティミナさん。
『その強さは《金印》と同格と考えよ。あるいは、それ以上かもしれぬ』
…………。
まさか。
信じたくなかったけれど、キルトさんの表情は真剣だ。そして、そんな冗談を言う人でもない。
イルティミナさんも険しい表情だ。
『どうして、そこまで断言できるのですか?』
彼女は聞き返す。
キルトさんは『この目で見たからじゃ』と答えた。
え? 見たの?
驚く僕らに、キルトさんは教えてくれた。
マリアーヌさんに助けられ、僕らを見つけるまでの数日間、キルトさんは反乱組織の人たちと活動を共にしたのだそうだ。
その際、竜国軍と共にいる『刺青の男』を目にしたという。
『――――』
一目見て、その強さに震撼した。
向こうは、こちらに気づいていない。
けれど、もし気づかれ、戦闘になったら、キルトさんの勘は、自分でも勝てるかどうかわからないと感じたのだそうだ。
『久しぶりに肌が泡立ったぞ』
と、銀髪の美女は獰猛に笑った。
キルトさんに、鬼姫の勘に、ここまで言わせるなんて……相手はそれほどなのか。
僕は恐ろしくなった。
ちなみに、その竜国軍は、恐らくシュムリア王国軍を追走するための増援部隊だろうとのことで、南に消えていったそうだ。
…………。
マリアーヌさんの説明では、そうした『刺青の者』は30人ほど。
もし竜国内に入れば、王国軍は、互角の竜国軍のみならず、その魔の眷属たちとも正面から戦わなければならない。
まして僕らの進軍には、装置の建造という負担もかかる。
(…………)
なるほど、厳しい。
勝てないとは言わないけど、かなり不利になるのは否めなかった。
『じゃあ、どうするの?』
僕は訊ねた。
ここまで反乱組織として活動していた彼女なら、何か対抗する策を思いついているのではと思ったんだ。
僕は、竜の王女様を見つめる。
そんな僕の視線に、マリアーヌさんは頼もしく微笑み、
『1つ考えがあるわ』
と答えた。
◇◇◇◇◇◇◇
テーブルの上に、1枚の地図が置かれた。
(これは……?)
竜国の地図だろうか?
けれど、何かおかしい。
中央に、竜国の首都らしき街のマークがあるけれど、それ以外の町や村が一切描かれていなかった。
そして、首都から何本かの道が伸びている。
でも、所々で途切れて、道というには変な感じだった。そして、数も少ない。
僕は、視線で問いかける。
マリアーヌさんは、
『これは、首都の地下にある秘密の抜け道を示した地図なの』
と言った。
秘密の抜け道……?
驚く僕とイルティミナさんに、彼女は教えてくれた。
マリアーヌ・ロア・ルグノーバリアスは、先代竜王の末の姫であり、れっきとした竜国の王族だ。
そして、どこの国でもあるのかもしれないけど、王家の住まう城には、いざという時に城外へ落ち延びるための秘密の通路が用意されているのだという。
竜国では、7箇所。
王城と通じる抜け道があり、それが各地に繋がっていた。
この地図は、それが記された竜王家のみが所有する『王家秘伝の地図』なのだそうだ。
『4年前、オルガードの謀反の時に、父と兄が私にくれて、それを使って私だけは生き延びることができたの』
彼女は、そう苦しそうに教えてくれた。
……そっか。
キルトさんが慰めるように、彼女の肩に触れる。
マリアーヌさんは顔をあげて無理に微笑み、それから大きく深呼吸して、気持ちを落ち着けたようだった。
改めて、僕らを見る。
『愚かな弟は、自身の醜い承認欲を満たすため、常に玉座に座っているわ。そして、その玉座の間にも、1つ、彼も知らない秘密の通路が通じているの』
その言葉に、僕はハッとなった。
マリアーヌさんも頷く。
タン
竜の爪の生えた指が、地図の上の1つの抜け道を示した。
『これよ』
彼女は、その竜眼を煌めかせた。
重く静かな声で、
『この通路を通れば、私たちは誰にも邪魔されることなく、オルガードを殺しに行くことができるのよ』
そう、兄殺しの方法を口にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
洞窟内には、沈黙が落ちた。
マリアーヌさんの覚悟に、空気が重く満たされた感じだった。
やがて、
『話はわかりました』
僕の隣に座るシュムリアの『金印の魔狩人』が最初に口を開いた。
彼女は、竜国の王女を見つめ、
『方法としては、とても可能性があると思います。ですが、それを知っていて、なぜ貴方はこれまでその方法を使わなかったのですか?』
そう問いかけた。
悪逆の竜王オルガードを倒す。
そのための手段に暗殺を考えていたのなら、確かに、これまでに実行機会はあっただろう。
けれど、現実は、今まで行われていなかった。
確かに疑問だ。
僕も答えを求めて、マリアーヌさんを見つめた。
『……そうね』
彼女は頷いた。
『実行する機会は、確かにあったわ。でも、成功するかは別だった。悔しいけれど、私たちでは単純に力不足だったのよ』
苦悩の顔で、そう答えた。
……力不足。
その言葉で思い出した。
竜王オルガードは、素手だったとはいえ、究極神体モードの僕でさえ勝てなかった。
キルトさん、イルティミナさんの奥義と力を合わせても、倒し切れない相手だったんだ。
不意を衝いても、倒せるかわからない。
マリアーヌさんは言う。
『失敗すれば、次は必ず備えられる。2度目はないの。だからこそ、確実に仕留められる状況になるまで、その力を得られるまで待つことにしたの』
そして、視線は僕らへ。
彼女の言った『その力』とは、つまり僕たちなんだ。
その思いが、期待が、胸に熱く沁みる。
イルティミナさんは『なるほど』と頷いた。
マリアーヌさんも頷いて、
『それともう1つ。玉座の間に通じる抜け道は、王家にとって諸刃の剣よ。だから、その道には番人が置かれているの』
番人?
僕とイルティミナさんは、思わぬ言葉に目を見開いた。
すると、同席していたキルトさんが、
『竜だそうじゃ』
と言った。
(え?)
見れば、ずっと無言で話を聞いていたソルティス、ポーちゃんも頷いていた。
3人とも、すでに話は聞いていたのだろう。
聞いている最中の僕とイルティミナさんは、確認するようにマリアーヌさんを見た。
彼女も竜の首を頷かせる。
『その抜け道はかなり巨大で、そこには古い時代の竜王家が育て、契約した1体の竜が棲んでいるの。その竜は、外からの侵入者に対してのみ襲うように命じられているわ』
古き竜……か。
基本的に魔物は、年月を経た個体ほど手強い。
それは竜も同じだ。
何より、竜とは最強の種族だ。
人類が最も繁栄した種族であるのに対して、個体として最も強い種族が竜なのだ。
古き竜。
それは……魔狩人にとって、多分、1番手強く戦いたくない相手である。
僕は天を仰ぐ。
イルティミナさんは、重く吐息をこぼした。
『よくわかりました。抜け道を使ってこなかった貴方の判断は正しかったと思いますよ、マリアーヌ』
竜国の王女は苦笑して、
『ありがと』
と、僕の奥さんに返した。
抜け道を使うのが、簡単な方法でないのはわかった。
けれど、竜国軍の防衛網を抜けて、直接、竜王オルガードを叩けるのならば、厳しい道でも選ぶ価値はあると思えた。
だからこそ、マリアーヌさんもその提案をしたのだろう。
僕は頷いた。
『わかりました。なら、その竜を狩りましょう』
はっきり告げた。
マリアーヌさんが、みんなが僕を見る。
『お願いできるかしら?』
『はい』
僕の答えに、彼女は微笑んだ。
竜の頭を軽く下げ、
『ありがとう、神狗様。その言葉が聞けて、私も安心したわ。――どうか、私たちと共に戦って』
そして、僕を見つめた。
それは覚悟を決めた者の眼差しだった。
僕の答えで、彼女も、危険でたった1度しか使えない可能性に挑むことを決めたのだ。
僕らはそれに、剣で応えるしかない。
キルトさんとポーちゃんは頷き、ソルティスは『やっぱりこうなったか……』って顔をしていた。
そしてイルティミナさんは、
キュッ
机の下で、僕の手を握ってくれた。
彼女を見る。
それに僕の奥さんは、美しい微笑みで応えてくれた。
(――うん)
それだけで心に力が湧いてくる。
例え相手が『古き竜』だろうと何だろうと、負けない気がした。
僕も笑って、
『力を合わせれば、きっと不可能なんてない。必ずみんなで未来を手にしよう!』
強い思いで言った。
それに彼女たちも力強く頷いてくれる。
そして、マリアーヌさんの竜眼は、そんな僕らの姿を見て眩しそうに細められたんだ。
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