615・レジスタンス
第615話になります。
よろしくお願いします。
やがて、雪の積もった木々の合間に、彼らは姿を現した。
ズシャッ
雪の大地を踏みしめ、50人規模の竜人たちが僕とイルティミナさんを包囲するよう円陣を敷いていた。
(…………)
何者だ?
僕らは油断なく、彼らに武器を向けながら観察する。
竜人……ではあるのだけど、装備が竜国軍の物とは違って、毛皮や木製の鎧などで、まるで山賊みたいな印象だ。
でも、武器の刃は、しっかり手入れがされている。
立ち姿や構えからも、どう見ても訓練された戦士の雰囲気が感じられた。
「…………」
わからない。
民間人では明らかにない。
けれど、竜国軍のような統一された装備でもなかった。
チラッ
見れば、イルティミナさんも動かない。
その美貌には、訝しむような色が滲んでいた。
……逃げられるかな?
でも、この包囲網は隙がない。
しかも、僕らに気づかせず、ここまで接近できる手練れだ。
逃げるなら、戦闘回避は難しそうだった。
そして、こうして睨み合っている間、なぜか姿を見せた竜人たちは誰1人襲い掛かってはこなかった。
観察されている……?
そんな印象だ。
その時だった。
『――双方、手を出すな!』
鋭い声が響いた。
(!)
包囲網の向こうから、白い装束を着た1人の竜人が前に出てきた。
しなやかな肉体。
竜人の性別は顔から判断し辛いけど、体形的に女性の竜人みたいだ。
彼女の緑がかった瞳が僕らを見る。
『……ふむ。間違いなさそうね』
ドル大陸の公用語で、彼女は呟いた。
そして、
『いいわ。彼女に確認させて』
と、後ろの仲間に声をかけた。
……この人は何者だ?
一番小さな人なのに、その振る舞いは、まるで竜人集団のリーダーみたいだ。
そして、その堂々とした態度。
何というか、堂に入っている。
そうした偉そうな態度を取るのが、とても自然だったんだ。
その時、
フワッ
僕の鼻が、その匂いを捉えた。
(!)
思わず、硬直する。
気づいたイルティミナさんが「マール?」と問いかけてきた。
でも、答えられない。
もう1度、息を吸い、確かめる。
……でも、間違いない。
それに心震わせていると、先程の白い服装の竜人と共に、1人の人間の女性が姿を見せた。
イルティミナさんも真紅の瞳を見開く。
そこにいたのは、黒い鎧に黒い大剣を背負った銀髪の女性だった。
僕は泣きそうだ。
竜人と一緒に現れた彼女は、僕らを見つけて微笑んだ。
頷いて、
『間違いない。あの2人は、わらわたちの大事な仲間じゃ』
隣の竜人にそう伝えた。
……これは、夢?
そう立ち尽くす僕らに、彼女は銀髪を揺らしながら近づいてくる。
そして、
ギュッ
僕とイルティミナさんの身体を、両腕で包み込むように抱きしめた。
「また会えたの、マール、イルナ」
その声が鼓膜を叩く。
僕は泣き笑いになった。
「うん、また会えたね」
「はい」
僕らも抱きしめ返す。
この腕の中にいるのは、戦場で離れ離れになっていたあのキルトさんだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「いったい、どういうことなの?」
しばしの抱擁ののち、僕は彼女に聞いた。
隣のイルティミナさんも、物問いたげな様子だった。
キルトさんは頷き、
「この者たちは、わらわたちが竜国の追手から逃れるのを助けてくれたのじゃ。今は、協力関係にある連中じゃよ」
と、隣の竜人の女性を見て、言った。
彼女も頷く。
(協力関係……?)
その意味を測りかねて、僕は、その竜人の女性と周りの竜人たちを見回してしまった。
イルティミナさんも思案している。
と、その竜人の女性が、
『長居すると、竜国の追手に見つかる可能性がある。隠れ家に移動しましょう?』
と言った。
キルトさんは「ふむ、そうじゃな」と頷いた。
判断に迷っている僕らに気づいて、
パン
僕らの背中を叩く。
「案ずるな。わらわを信じよ」
僕らの目を、真っ直ぐに見つめてきた。
(――うん)
僕は頷いた。
「わかったよ」
「はい、キルトを信じましょう」
僕らの答えに、キルトさんは満足そうに笑った。
いつもの笑顔。
それにつられて、僕らも笑ってしまった。
『――行くわよ』
そんな僕らを見つめ、そして竜人の女性は、そう号令を出した。
僕らは頷いた。
そうして雪の積もった森林の中を、50人ほどの竜人の集団と共に歩きだしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「イルナ姉、マール! 無事だったのね!」
そう叫んで、紫色の髪をした少女が抱きついてきた。
(ソルティス!?)
その姿に、僕らは驚いてしまう。
僕らが案内されたのは、入り口が茂みで巧妙に偽装された洞窟の奥だった。
入り口は狭かったけど、中は広く、体育館みたいな広さの空間もあって、そこに人が暮らせるための家具なども設置されていたんだ。
多分、隠れ拠点という奴だろう。
そして、そこにこの少女もいて、僕らを見つけて駆け寄ってきたのだった。
「ソル、貴方も無事だったのですね? よかった……」
妹の無事に、僕の奥さんも笑った。
ソルティスも泣き笑いである。
と、奥からもう1人、癖のある金髪をした幼女がやって来た。
……あ。
「ポーちゃん!」
その姿に、僕は嬉しくて笑った。
ポーちゃんは、
「よ」
と無表情のまま、シュタッと片手を上げる。
その仕草に、おかしくなる。
キルトさんと姉妹も、噴き出すように笑っていた。
よく見たら、洞窟の中には、あの50人の竜人の他にもたくさんの竜人さんが歩いていた。
300人ぐらい?
あるいは、もっとかも。
そして、それ以外にも、なんと共に殿を務めたシュムリアの王国兵さんたちも500人以上いたんだ。
キルトさん曰く、
「皆、ここの竜人に助けられたのじゃ」
とのこと。
ここにいるのは、521人。
周辺を探索してくれているそうだけど、それ以外の生き残りは、残念ながら見つかっていない。
(…………)
2000人の殿の内、生存者は521人。
2万5000人の同胞を助けるため、犠牲となった人数は、少ない方かもしれない。
きっと犠牲者も胸を張って、死んでいけるだろう。
(……でも……)
やはり胸が苦しく、悲しかった。
気づいたキルトさんは、僕の肩を抱き、その手に強い力を込めてくれた。
そのあと、僕らは521人の王国兵さんとも、お互いの無事を喜び合い、そして殿としての健闘を称え合った。
回復魔法を使われたのか、負傷者もいなかった。
むしろ、僕らの方が怪我が残っていて、ソルティスに、
「全く……私がいないと駄目ね?」
ピカッ
と、回復魔法で癒してもらうことになった。
うん、ありがと、ソルティス。
そんな風にして、お互いの生存を喜び合ったあと、
「さて……それでは、詳しい説明をしてもらえますか? いったい、この竜人の方々は何者なのでしょう?」
と、イルティミナさんが銀髪の美女に問いかけた。
問われたキルトさんは「うむ」と頷く。
あの白い装束をまとった竜人の女性と、その後ろにいる竜人の集団を見てから、また僕らを振り返った。
そして、その唇を開き、
「この者たちは、竜王オルガードの悪逆な行いに反発し、竜国国家に反旗を翻そうとしている反乱組織の者たちなのじゃ」
と、衝撃の事実を教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
「反乱組織……?」
僕は、唖然としてしまった。
申し訳なくも、つい不躾な視線を送ってしまった僕に、白い装束の竜人の女性は、小さく笑った。
彼女はキルトさんの隣に立つ。
『どうか竜国が、あのような悪逆非道な王を認めているなどと思わないで欲しいわ』
と、ドル大陸の公用語で訴えた。
そう……なのか。
今までの印象が悪すぎて、正直、心が追いつかない。
でも、僕へと向けられる彼女の眼差しは、とても澄んでいて、お互いへの理解と敬意を忘れない輝きがあった。
(…………)
僕は、頷いた。
そんな僕へと、
『私は、マリアーヌよ。マリアと呼んでくれても構わないわ』
と彼女――マリアーヌさんは名乗った。
僕も自分の胸を手で押さえ、
『僕の名前は、マール、です。よろしく』
と、片言のドル大陸の公用語で名乗り返した。
マリアーヌさんは頷く。
『そう。キルトから話に聞いていた偉大なる神狗とは、貴方なの。思ったよりも可愛らしい姿をしているのね?』
そうマジマジと見つめられてしまった。
僕は苦笑する。
というか、偉大なるって……キルトさん、どんな話をしたんだ?
そのキルトさんは、
『見た目に騙されるな、マリア。この者は、こうと決めた心の強さは、誰にも負けぬ。恐ろしく心の強き男ぞ』
なんて言う。
マリアーヌさんは『そうなの?』と縦長の瞳孔を広くしていた。
そんな評価に、イルティミナさんは誇らしげで、ソルティスは疑問がありそうで、ポーちゃんは安定の無表情だった。
と、マリアーヌさんが竜の表情を正した。
そして、こちらに頭を下げる。
(え?)
『他国に、そして神なる眷属の貴方にまで、我が竜国が多大なる迷惑をおかけしたこと、この国を代表して深くお詫びいたします』
突然の謝罪だった。
そのことに僕は驚いてしまう。
というか、グノーバリス竜国の悪行に、なぜ彼女が代表として頭を下げるのか?
単に竜国人だから……?
でも、その姿勢から、それだけではない気がした。
(……いや)
そもそもの問題として、彼女は何者なんだろう?
この反乱組織を率いるリーダーみたいだけれど、その気品ある振る舞いや力のある声には、一般人とは隔した何かがあった。
僕の青い瞳は、彼女を見つめる。
マリアーヌさんの竜の瞳も、真っ直ぐ僕を見つめ返した。
…………。
そんな僕らを見て、キルトさんが間に入った。
白い装束の竜人さんの肩に優しく触れながら、僕の方を見て、
「マール。この方はの、先代竜王の娘にして末の姫、そして、彼の竜王オルガードの実妹であるグノーバリス竜国の王女殿下であらせられるのじゃ」
と教えてくれたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




