612・神なる狗の子
第612話になります。
よろしくお願いします。
「いくら何でも無茶っすよ!」
僕らの説明を聞いたアミューケルさんは、悲鳴のような声で反対した。
竜国軍の第3波が来る前に、僕らは、シュムリア竜騎隊の2人にも考えついた作戦を説明したんだ。
非難の声を受けても、キルトさんは黙っている。
彼女の視線は、アミューケルさんの上司である竜騎隊隊長のレイドルさんだけを見つめていた。
黒髪の青年は、しばし沈黙する。
やがて、
「……成功すると、本気で思うかい?」
レイドルさんは、そう問いかけてきた。
キルトさんは頷く。
「当たり前じゃ。これぐらいのことができぬで、どうしてこれまでに『悪魔の欠片』を4体も倒せてこようか? 今回も作戦を成功させ、無事に生き残ってみせようぞ」
英雄らしい自負に満ちた声だ。
確かに、これまで僕らは何度も死線を乗り越えてきた。
(今回だって、同じだ)
そう思う。
僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの4人は、キルトさんの言葉に合わせて頷いてみせた。
そんな僕らを見つめ、
「わかった」
レイドルさんは頷いた。
アミューケルさんは「隊長!?」と驚愕の声をあげ、彼は片手を上げてそれを制する。
部下の女性を見て、
「彼らを信じよう。アミューケルも、マール君の強さを知っているだろう? なら、彼の決断を信じ、今はそれに協力するんだ」
「…………」
隊長の説得に、彼女は唇を噛む。
僕は笑った。
「大丈夫。必ず成功させるよ、アミューケルさん」
「マール殿……」
優しい竜騎士のお姉さんは、逡巡する。
やがて、深く息を吐いた。
「わかったっす。けど、必ず生きて再会するっすよ? どんな時でも、決して諦めちゃ駄目っすからね!」
そう強く訴えてくる。
その思いが嬉しくて、僕は「うん」と頷いた。
…………。
そうして殿を務める王国軍内でも話が決まったあと、10分もしない内に、竜国軍の第3波が迫ってきた。
(さぁ、始まりだ)
覚悟を定め、僕らは作戦遂行のために動きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
黒い軍勢が怒涛のように近づいてくる。
地響きは激しく、そこから感じる圧力に、本能的に逃げ出したくなるのを必死に抑え込んだ。
殿を務める王国軍1719名。
その先頭に、僕は立っていた。
僕の後ろには、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの4人が立っている。
上空には、シュムリア竜騎隊の2体の竜が飛んでいた。
…………。
およそ10万の竜国軍は、これまで同様、左右へと両腕を広げるように部隊を広げながら、こちらに迫っていた。
これまで2回の襲撃では、僕らは後方へと下がりながら、それを防ぎ切った。
でも、今回は違う。
僕らは、その敵陣中央を突破して大将首を狙い、そのまま竜国軍の包囲を抜けて、北のグノーバリス竜国まで逃げるのだ。
(……矢だ)
僕らは1本の矢となり、竜国軍という分厚い壁を貫くのだ。
グォオオン
上空の竜が吠える。
空の目となったレイドルさん、アミューケルさんは、その視線によって、竜国軍の総大将がいる位置を僕らに教えてくれていた。
(こっちか)
僕らのほぼ正面だ。
わかり易いというか、向こうは、僕らの反撃など想定していないみたいだった。
だからこそ、勝機がある。
「マール」
ポン
イルティミナさんの白い手が、僕の肩に乗せられた。
振り返ると、彼女は微笑み、頷いた。
(うん)
僕も頷く。
キルトさんが殿を務める王国兵1719名に、大音量の声を聞かせた。
「我らシュムリアの民には、大いなる神々の加護がある! その証明となる神なる子の力を、お前たちは目にするだろう! その姿を魂に焼きつけ、そのあとに続けい!」
ビリビリ
鼓膜が痺れる。
王国兵たちは、何も言わない。
ただ彼らの視線が、自分の背中に集中しているのを僕は感じていた。
僕は息を吐く。
そして、
「――神気開放」
文言と共に体内にある力が解放され、茶色い髪から獣耳が、お尻からはフサフサした長い尻尾が生えた。
パチッ パチチッ
神気の白い火花が、周囲で散る。
王国兵たちの視線に、驚嘆が混じった。
僕は息を吸い、
「――究極神体モード!」
その言葉に応え、腰ベルトに提げられたポーチの中から、『神武具』が光の粒子となって周囲に広がった。
それは、僕を中心に渦を巻く。
光が集まり、そして、その中から虹色の外骨格に包まれた人型の狗が姿を現した。
キリィン
金属の筋肉が澄んだ音を響かせる。
背中にある金属の翼を大きく広げると、光の粒子がパッと空中に散って、辺り一面が神々しい輝きに包まれた。
(…………)
王国兵たちの息を呑む気配。
それを感じながら、僕の身体は空中に浮かびあがる。
僕の右手には『虹色の両刃剣』が握られ、左手には『虹色の鉈剣』が握られていた。
ギィン
狗の兜にある青い眼球が、強い光を放った。
同時に僕は、金属の翼を輝かせ、虹色の残光を残しながら、超低空で10万の竜国軍に向かって飛翔を開始した。
「マールに続けい!」
キルトさんの雄叫び。
『オォオオオオッ!』
王国兵たちは応え、キルトさん、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんを先頭に、虹色の粒子の残された空間を全力で走り始めた。
神武具の超感覚で、それを感じる。
同時に、正面に迫る竜国兵たちの姿も、視界に捉えていた。
(――行くぞ!)
心の中で叫ぶ。
そして、僕は左右の手にある虹色の剣たちを、空中で大きく振り被った。
◇◇◇◇◇◇◇
僕が『神狗』でいられるのは、3分間だけだ。
そして『究極神体モード』を使うと、それ以降は、その反動で僕は全く動けない状態になってしまう。
つまり、3分間の勝負。
その3分で、竜国軍の総大将を討ち、軍勢の反対側まで突破しなければいけないのだ。
だからこそ、
「あぁああああっ!」
僕は手にした左右の虹色の剣で、目の前にいる竜国兵を次々となぎ倒していく。
ドパァン ザキュン シュカッ ズパァン
四足竜の巨体が吹き飛び、正面にいた3人の竜人の胴体が輪切りにされ、余波で大地が削り飛ばされ、その先にいる数十人の竜国兵をまとめて左右の翼で弾き飛ばした。
邪魔だ!
邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ!
死にたくなければ、そこをどけ!
黒い竜国軍を斬り裂くように、虹色の狗が飛翔する。
僕の後ろには、イルティミナさんたち4人の仲間と王国兵が続き、上空からは2体の竜も援護の火炎攻撃を行ってくれていた。
「鬼神剣・絶斬!」
「羽幻身・一閃の舞!」
2人のお姉さんが、僕の正面に奥義を放つ。
ドパパァアン
三日月型の青い雷と巨大な光の女の振り下ろした槍によって、竜国兵と大地の岩盤が空高くまで吹き飛んだ。
おかげで正面の進路が開けている。
(ありがとう、2人とも!)
そう感謝を思いながら、僕はそこへと飛翔し、再び楔となって竜国軍を蹴散らしていく。
そして、見つけた。
その場で、誰よりも大柄で重厚な鎧と兜を身につけた竜人がいた。
一般兵ではない。
恐らく、将軍クラス。
何よりも、遠目にも感じる『圧』は、間違いようのない大将としての風格を感じさせた。
向こうもこちらに気づく。
ガシャッ
武人らしく、その巨大な手に漆黒の槍斧を握り、構えた。
更に側近らしい竜人の戦士たちが2人、僕との間に割り込むように立ち、その手の武器を構えてくる。
(どけっ!)
「がぁあああっ!」
心で叫び、口からは獣の咆哮が弾ける。
神なる狗となり、更にそれを神化で強化した今の僕には、2人の側近も何の障害とならなかった。
ヒュコッ ゴパァン
1人を武器ごと『虹色の鉈剣』で切断し、もう1人は、剣を握ったまま虹色の拳で殴って上半身を四散させた。
死肉の華が咲く。
血の花弁が空中に舞い散る。
その向こう側で、総大将らしき竜人は『漆黒の武具』に輝きを灯して、僕へと素晴らしい速度で刺突を放った。
ヒュボッ
その槍斧は、恐らく『タナトス魔法武具』。
そして、その刃に灯された魔法の光は、巨大な光の砲撃となって僕へと直撃した。
ゴバァアアアン
光が僕を飲み込む。
その威力は凄まじく、味方であるはずの竜国兵も吹き飛ばし、大地は抉れ、その先にあった空の雲には大きな穴が開いてしまっていた。
でも、その光の奥から、
シャリィイン
虹色に輝く翼で繭のようになり、その攻撃を防いだ僕の姿が現れた。
『!』
総大将らしき竜人の表情に、驚愕が浮かぶ。
僕は、翼を解放する。
虹色の光の粒子が煌めき、周囲を照らす。
その中で、僕は右手にある『虹色の両刃剣』を天高く掲げていた。
『――――』
彼の表情に、理解の色が滲む。
それは、避けられぬ死への理解だ。
ヒュオッ
そして、僕の右手は天の裁きのように虹色に煌めく刃を振り下ろした。
虹色の剣閃が煌めく。
それは彼の身体を縦に走り抜け、その肉体を左右真っ二つに分けてしまった。
血と臓物が地面にこぼれる。
ドシャッ
10万の竜国兵を従えた竜人の猛者は、あっけなく絶命し、大地に仰向けになっていた。
(――よし!)
心の中で、拳を握る。
ここまで、109秒ほど。
残りは約1分。
周囲の竜国兵たちは、あまりに一瞬で自軍の総大将が死んでしまったことに呆然となっていた。
「ぬんっ!」
「はっ!」
キルトさん、イルティミナさんを中心に、王国兵たちが彼らを襲う。
不意を突かれ、竜国兵たちは次々に倒されていく。
「マール!」
白い槍を振るいながら、イルティミナさんが叫ぶ。
(うん)
僕は頷いた。
そして、左右の手にある虹色の剣を構え直し、今度は脱出のため、彼女たちと共に竜国兵へと襲いかかった。
…………。
…………。
…………。
僕を先頭にして、王国兵たちは竜国軍の中を突破していく。
無論、無傷とはいかない。
1719名だった王国兵は、今、1300名ほどになっていた。
イルティミナさん、キルトさんの動きも度重なる疲労によって鈍くなり、ソルティスも魔力切れを起こしていた。
ポーちゃんは少女を支えながら、必死に戦っていた。
(もう少し……もう少しだっ)
僕も歯を食い縛る。
神武具によって、痛覚を強制的に排除させ、懸命に剣を振っている。
究極神体モードが解けたら、筋肉や骨格のダメージで、剣が振れない状態になっているだろう……そうわかるほどに、肉体を酷使し続けた。
竜国兵の姿は、一向になくならない。
まるで黒い海だ。
その中を、僕ら集団は必死になって泳いでいるみたいだった。
間に合え。
溺れる前に、岸まで辿り着くんだ。
そうしなければ、僕らは全滅だ……。
(はぁっ、はぁっ)
兜の奥で、必死に呼吸する。
総大将を失って動揺していても、竜国兵たちの攻撃が止むわけではなく、僕らは必死に抗い続けた。
そして、ついに。
「!」
パキィン
僕を包み込んでいた虹色の外骨格がひび割れ、弾け飛んだ。
中から、生身の僕が飛び出る。
(ぐはっ!?)
瞬間、封じられてきた疲労と痛みが戻され、その衝撃で意識を失いそうになった。
でも、その激痛でまた覚醒する。
獣耳と尻尾は、白煙を噴きながら消えていった。
神気の枯渇だ。
(くそ……間に合わなかったか)
絶望と共に、僕は歯を食い縛る。
でも、力が入らず、地面へと崩れ落ちた。
「マール!」
そんな僕を、自身も疲労困憊であるというのにイルティミナさんが支え、すぐに背負ってくれた。
「しっかり掴まって!」
「…………」
「大丈夫、もうすぐですよ! あとは私に任せてください」
彼女は、そう笑った。
指に力が入らないまま、必死にその首に両腕を回して縋りつく。
視界が暗い。
その薄闇の世界で、キルトさんが皆を鼓舞するように叫んでいた。
「見えたぞ! あそこじゃ! 竜国軍の終端は、すぐそこにある! 全員、死に物狂いで突破し、何としても生き延びるぞ!」
『オォオオオッ!』
王国兵たちは、最後の力を振り絞るように吠えた。
そして、キルトさんの大剣が示した方向へと、全員が一塊となって突進していく。
タンッ
僕を背負ったまま、イルティミナさんも駆ける。
すぐ後ろを、ポーちゃんに支えられたソルティスも必死に走っていた。
視界が暗くなっていく。
その中を、こちらに向かって竜国兵たちが殺到してくる。
白い槍が、それを斬り払う。
貫き、打ち捨てる。
強い血の臭いと、イルティミナさんの匂いが混在して、僕のまぶたは重く閉じられていく。
その時、唐突に黒い海が終わった。
視界に必ずいたはずの、黒い竜人たちの姿がパタリと途切れたんだ。
(……あ)
竜国軍の包囲を突破した――その事実を理解する。
湧きあがる安堵と達成感が、最後まで残された緊張の糸をプツリと切ってしまった。
視界が暗闇に覆われる。
その中で、追いかける竜国軍と戦うイルティミナさんたちの怒号が聞こえて……やがて、それも聞こえなくなった。
…………。
…………。
…………。
僕はただ暗闇の中、静かな眠りに落ちて意識を失った。
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