611・起死回生の一手
第611話になります。
よろしくお願いします。
「――大地の破角!」
僕は叫びながら、右手の『大地の剣』を地面に突き刺した。
ドゴォン
こちらへと迫る四足竜の群れが、その真下から突き出した黒く捻じれた無数の角によって吹き飛ばされ、あるいは貫かれていく。
竜から落下した竜国兵を、王国兵が倒していく。
そんな僕の後ろでは、
「羽幻身・七灯の舞!」
イルティミナさんが白い槍を掲げ、7つの『光の槍』を空中に生み出していた。
僕の魔法によって生まれた停滞、それを越えて次の竜国兵の波が押し寄せてくるのに合わせて、彼女はその7つの『光の槍』を射出する。
ドパァッ ドパパパァン
7つの爆発が、迫る竜国兵たちの中心で発生した。
竜人たちの四肢が千切れ、絶命した身体が空中高くまで舞い上がっている。
「ポオオオッ!」
その下を抜けて、ポーちゃんは負傷し、足を止めた竜国兵たちへと襲いかかった。
竜鱗の光る拳。
そこから撃ち出される神気の弾丸が、竜人たちの鎧ごと、その肉体を破裂させていく。
ボパァン ボパァン
雨のように血と肉片が空から降り注ぐ。
竜国兵たちの戦意が揺らいだ瞬間、キルトさんは振り被っていた『雷の大剣』を振り下ろした。
「鬼神剣・双絶斬!」
リリィン
生まれた2つの青い三日月は大地を破壊しながら、その進路上にいる竜国兵たちを何百人と巻き込み、焼き殺し、切断していった。
竜国軍の足が完全に止まる。
そこに上空から、2体の竜が強烈な火炎を浴びせていく。
大地が赤い灼熱に包まれる。
真っ黒な焼死体が、次々と倒れていった。
グォオオン
竜たちの咆哮が、大空に木霊する。
やがて、打ち寄せた波が引くように、残された竜国軍の兵士たちは後退していった。
…………。
竜国軍の第2波は、こうして何とか防げた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ぜっ……ぜぇ、ぜぇ」
僕は、剣を支えに必死に立っていた。
息が苦しい。
度重なる戦闘に、休むことのない徹夜の移動、そしてタナトス魔法を使ったことによる消耗、全てが僕の肉体と精神を蝕んでいた。
(意識が……朦朧とするよ)
途切れそうな意識を、ブンブンと頭を振って保つ。
キルトさん、イルティミナさんたちお姉さん組も『魔血の民』であるのに疲労の色が濃く見えていた。
あの神龍の幼女も肩で息をしている。
その間、ソルティスは、負傷した王国兵たちを回復魔法で治して回っていた。
「さぁ、王国軍の本隊を追うぞ」
キルトさんが鉄の声で言う。
(うん)
声で返事ができず、僕は息を荒げながら頷いた。
そして、南へ歩きだす。
きっと、すぐに竜国軍の第3波が来るだろう。
次は勝てるのか?
奴らを追い返せるのか?
正直、わからなかった。
できる限り消耗を抑えながら戦おうとしていたけれど、竜国軍の追撃はあまりに苛烈だった。
第1波で温存していたタナトス武具の魔法も、第2波では堪え切れずに使わなければいけない状況まで追い込まれてしまったんだ。
消耗度合いは、厳しい。
…………。
あと3日。
拠点であるアル・ファンドリアまで、まだ3日の距離があるんだ。
「…………」
僕は右手を握り締める。
指が震えている。
力がしっかり入らない。
肺は焼けるように熱く、手足は鉛のように重く、精神は意識の細部がぼやけている。
(……無理かもしれない)
そう思った。
弱気とか、弱音ではなく、事実としてそう思ったんだ。
殿として、10万の竜国軍の追撃をこれまでは食い止められてきたけれど、これ以上は不可能だと頭の冷静な部分が訴えてるんだ。
どうすれば……?
みんなの表情を見る。
キルトさんは厳しい顔だ。
イルティミナさん、ソルティスの姉妹は疲労を隠せず、ポーちゃんも息が苦しそうだ。
周囲の王国兵も同様だ。
みんな、限界が近そうだった。
…………。
僕は大きく息を吐く。
深呼吸で、できるだけ多く酸素を取り込み、必死に頭を働かせる。
(うん)
心の中で頷いて、
「キルトさん」
「む?」
僕の呼びかけに、彼女はこちらを振り返った。
血と汗に汚れた銀髪が重く揺れる。
そんなキルトさんを真っ直ぐに見つめて、僕は言った。
「次は、こっちから攻めてみない?」
◇◇◇◇◇◇◇
僕の言葉に、キルトさんは驚いた顔をした。
そばで聞いていただろう、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも僕の顔を見つめていた。
……気持ちはわかる。
でも、
「これ以上、竜国軍の追撃に耐えられるかわからない。なら、僕らが限界を迎える前に、思い切って竜国軍の大将を狙ってみたいんだ」
僕は、そう自分の考えを伝えた。
ここまで竜国軍と戦って、僕なりにわかったことがある。
10万の竜国兵の内、実際に接敵しているのは1万ほどの兵でしかなかった。
それでも5倍の兵数差。
だけど、全軍を相手にしている訳ではなく、だからこそ僕らは生き延びていられたと言える。
そして、接敵していない竜国兵の部隊は、僕らを包囲しようと横に広がりながら進軍してくるんだ。
つまり、横長の陣形だ。
これまでは包囲が完成する前に、目前の竜国軍を壊滅させ、退けることができていた。
でも、もしその時、
(逆に、僕らが攻めに出たら……?)
軍が横長になっているということは、部隊の厚みが減っているということだ。
言い換えれば、縦への防御が薄くなっている。
きっと大軍を指揮している総大将の周辺も、比例して防御が薄くなっていると思うんだ。
その薄くなった軍なら、
(僕らは突破できるかもしれない)
そう思った。
僕には、ここまで温存していたもう1つの切り札がある。
そう、それは『究極神体モード』だ。
神狗となり、更に神化した力を使えば、その突破は充分に可能で、そのまま大将首も狙えると思ったんだ。
もし総大将を討ち取れたら?
竜国軍の追撃は、止まらざるを得ないと思う。
少なくとも、再び追撃するにしても指揮系統を立て直す時間はかかるだろうし、そうなれば王国軍の本隊は安全圏まで逃げ切れるはずだ。
「どうかな?」
僕は、キルトさんに問いかけた。
正直、疲れた頭で考えた作戦だから、穴があるかもしれない。
だから、彼女に聞くんだ。
「ふむ」
キルトさんは考え込む。
即座に否定しないのなら、一考の余地はある作戦だったみたいだ。
彼女が僕を見た。
「仮に大将首を取れたとして、そのあとはどうする?」
(え?)
「わらわたちは敵軍のど真ん中に取り残されるぞ。そうなれば、生き残ることは不可能じゃ。これは、自分たちの死と引き換えの作戦となるのをわかっておるのか?」
黄金の瞳は、ジッと僕を見ている。
みんなも僕を見ている。
この殿に志願した以上、皆、死ぬかもしれないことは覚悟していたと思う。
でも、僕は死ぬ気はなかった。
死ぬ気で戦う気はあるけど、だからって、死ぬつもりはなかったんだ。
そして、死なせる気もない。
だから、言う。
「止まったら駄目だよ」
「何?」
キルトさんは怪訝な表情だ。
僕は彼女を見返して、
「大将首を取ったあとも、突破は続けるんだ。止まらずに竜国軍を突き抜けて、そのまま僕らはグノーバリス竜国の領内へと逃げるんだ」
そう続けた。
キルトさんは「何じゃと?」と目を丸くする。
イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも顔を見合わせた。
竜国軍の狙いは、王国軍の本隊だ。
でも、僕らはその反対側に逃げる。
竜国軍は、どちらを狙うか迷うだろう。きっと、ここでも追撃再開までの時間を稼げるはずだ。
そして、僕らは足を止めず、国境まで超えて竜国領内に入る。
キルトさんだって驚いたんだ。
きっと竜国軍だって想像してないだろうし、だからこそ、追撃から逃げ切れる自信があった。
ゲリラ戦になったら、少数の僕らはいくらでも身を隠せるからね。
1度、目を眩ませられれば、向こうに見つけられるとは思えない。
そのあとのことは、まだちょっと考えてないけど……。
でも、少なくとも、そこまでは生き残れる可能性が高いと思っているし、それでちゃんと王国軍本隊も守れるだろうと思ったんだ。
僕の顔を、キルトさんは見つめる。
「…………」
何も言わない。
でも、やはり否定はしなかった。
「キルト」
そんな彼女へと、イルティミナさんが微笑みながら声をかけた。
白い手で、キルトさんの肩に触れ、
「マールが言っているのです。何を迷う必要があるのですか?」
「…………」
「この子がこれまでに起こしてきた奇跡を、貴方は忘れてしまったのですか? いい加減、覚悟を決めなさい、キルト・アマンデス」
その言葉に、キルトさんは嘆息した。
豊かな銀髪を手でかき、
「ええい……全く、そなたは妄信が過ぎる」
そう呟く。
それから顔をあげ、
「じゃが、状況が厳しいのも事実。そして、マールの考えに希望を感じてしまったのも事実じゃ」
と、僕を見た。
(それじゃあ?)
視線で問いかける僕に、キルトさんは頷いた。
「大将首を取ったあと、目立つ竜のレイドル、アミューケルは、アル・ファンドリアに向かわせる。わらわたちと王国兵は、そのまま竜国側へと抜けるように動く」
はっきりと口にした。
僕は、青い瞳を輝かせる。
イルティミナさんも満足そうに頷いて、ソルティスとポーちゃんは『やっぱり』といった表情を交わしていた。
周囲の王国兵たちは、驚いた顔だった。
トン
キルトさんの拳が、鎧の上から、僕の心臓の辺りを軽く叩く。
彼女は笑って、
「神なる狗の慧眼を信じ、その策に、わらわたちの命を預けるとしようぞ」
と言ってくれたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




