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609・竜の本命

第609話になります。

よろしくお願いします。

 竜国軍を撃退したあと、王国軍はすぐに負傷者の治療と状況確認を行った。


 王国軍の死者は、約3500人。


 竜国軍の死者は、約8000人。


 生き残った竜国兵の捕虜は、500人ほどだった。


(……血の臭いが凄いや)


 戦場となった大地は、戦闘の激しさを物語るように草原が踏み荒らされ、木々がへし折られて、地形も所々で変わってしまっていた。


 地面には両軍の血が沁み込み、無数の死体が散乱している。


「…………」


 恐ろしい景色なのに、心が麻痺したように何も感じなかった。


 現実感が薄い。


 もしかしたら、自分を守るために心が勝手に現実逃避しているのかもしれない。


 …………。


 王国軍は防衛陣形を取りながら、重傷者には回復魔法を、軽傷者には薬と縫合での治療を行っていた。


 僕もいくつか、裂傷を負った。


 イルティミナさんに傷口に軟膏を塗ってもらい、包帯を巻いてもらう。


「痛くないですか、マール?」

「うん」


 多少の痛みはあるけど、軽傷だ。


 泣き言なんて言えない。


 見れば、手足を失ったり、腹部から内臓に届くほどの怪我をした王国兵もたくさんいて、彼らには王国の魔法使いたちが回復魔法を使っていた。


 その中には、ソルティスも混じっている。


 ポーちゃんは、そのそばで少女の治療の手伝いをしていた。


 キルトさんは、左肩に斬り傷を負っていて、右手と口を使って自分で縫合を行っていた。


 無論、麻酔はしていない。


(い、痛そう……)


 でも、キルトさんが傷を負うほど、先の戦闘は激しかったのだと恐ろしくも思えた。


 ちなみに、イルティミナさんは掠り傷程度で、ほぼ無傷だった。


「マールが必死に守ってくれたおかげです」


 と、僕の奥さんは微笑む。


 彼女自身の回避能力の高さのおかげだと思うけど、自分も少しでも役に立ったならがんばった甲斐があったと嬉しかった。


 …………。


 やがて、自分たちの治療が一段落する。


「これから、どうするんだろう?」


 僕は呟いた。


 イルティミナさんは長い髪を揺らしながら、首を左右に振る。


「わかりません。軍の消耗は、1割程度。このまま竜国の国境を目指すのか、あるいはアル・ファンドリアに帰還するのか、どちらも有り得る状況でしょう」

「…………」

「あとは、ロベルト将軍の判断次第ですね」

「そっか」


 将軍は、どうする気だろう?


 ここはちょうど、竜国の国境と獣国の首都アル・ファンドリアの中間地点だ。


 どちらの選択も考えられた。


「マール、イルナ」


 夫婦でそんな話をしていると、キルトさんがこちらにやって来た。


(……ん?)


 その表情に気づく。


 戦闘が終わったというのに、キルトさんは酷く険しい顔をしていた。


 まるで、まだ戦場にいるみたいに。


 イルティミナさんも気づいて、「キルト?」と怪訝そうに呼びかける。


 僕らに近づき、キルトさんは他人には聞かれないためか、声を抑えてこんなことを言った。


「警戒しろ、何かがおかしい」


(え?)


 僕らは思わず、彼女を見つめてしまう。


 銀髪の美女は、周囲を見回しながら、


「戦いが終わったというのに、空気が痺れたままじゃ。このような時には、必ず何かがある。まだ気を緩めるな」

「う、うん」

「……わかりました」


 その声の真剣さに、僕らは頷いた。


 キルトさんは、戦いの天才だ。


 特に、こういう状況で見せる『鬼姫の勘』は外れたことがない。


 彼女は僕らの肩を軽く叩き、


「ソルとポーの元に行き、先に合流しておけ。わらわは、ロベルト将軍にこの違和感を進言してくる。将軍ならば、このような話でも無下にはされぬであろう」


 そう言って、小さく笑った。


 確かに、何の確証もない話だけど、それをするのがキルトさんならちゃんと聞いてもらえる気がした。


 僕らは「わかった」と頷く。


 キルトさんも頷いて、


「あとで会おう」


 そう言い残して、休んでいる王国兵の間を抜けながら、陣の中央の方へと行ってしまった。


 僕らは、それを見送る。


 僕はイルティミナさんを見て、


「じゃあ、キルトさんの言う通り、ソルティスたちの所に行こうか」

「はい」


 彼女は微笑み、頷いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ソルティスたちとは、すぐに合流できた。


 ソルティスは、まだ回復魔法で多くの人を治療していたけれど、キルトさんの話を伝えると驚いた顔をした。


「キルトが、そんなこと言ったの?」

「うん」


 僕は真面目な顔で頷いた。


 ソルティスは考え込み、ポーちゃんはそんな少女を横から見上げる。


 ポワァン


 彼女は『竜骨杖』の魔法石に灯っていた回復光を消す。


 僕を見て、


「わかったわ。残念だけど、これ以上は治療を中断して、魔力を温存しておくわ。ただ緊急処置が必要な人もいるから、それだけいい?」


 と聞かれた。


 僕は「うん」と頷く。


 本来なら、手足を失っても再生することができる。


 でも今は、申し訳ないけれど、手足の断面の傷を塞ぐだけなど、命の確保を目的とした処置だけを行ってもらうことにした。


 その人のことを思うと、心苦しい。


 だけど、キルトさんの勘は恐ろしいほどに当たるんだ。


 それを無視することも、できない。


 …………。


 ソルティスは、その後、20人ほどの処置を行った。


 そしてイルティミナさんは、その間、『金印の魔狩人』としての立場を使って、他の治療に当たっていた王国兵に指示を出していた。


「今後、何かが起きる可能性がありますので、皆、魔力の温存を。そして、もしもの時には負傷者を運びだせるよう、態勢を作っておいてください」 


 彼らは皆、戸惑った様子を見せた。


 でも『金印』の言葉だ。


 王国から認められた英雄である彼女の言葉は重く、彼らはそれに従ってくれた。


(……ありがたい)


 もしもロベルト将軍が治療の続行を決めたなら、それに従う。


 でも今は、どう動くかわからないので、どちらにも対応できるように備えるべきなんだ。


 もしものための担架が集められる。


 …………。


 こうした動きはこの一角だけで、他の王国兵たちは皆、休んでいた。


 戦闘後の弛緩した空気がある。


「!」


 その時、僕のうなじの後れ毛がチリッと弾かれた気がした。


 バッと顔をあげる。


 そばにいたイルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんが驚いたようにこちらを見た。


「マール?」


 イルティミナさんが聞いてくる。


 でも、答えられない。


 嫌な予感。


 明確に言葉にはできない、けれど確信に近い恐ろしい何かが感じられた。


 何だろう……?


 僕の口から、こんな言葉がこぼれた。


「何かが……近づいてくる」


 3人とも黙り込んだ。


 でも、僕は、それが感じられる北の方角をただジッと見つめていた。


 …………。


 それは最初、地面のかすかな振動だった。


 地震ではない。


 それは徐々に、徐々に大きくなり、誰もがそれがわかるようになると、全員が僕の見ていた北の方角を向いていた。


(…………)


 それを見つけて、言葉を失った。


 竜国のある北の大地から、地平を埋めるような数の竜国兵が姿を現したんだ。


「……ぅ……ぁ」


 ソルティスが震える声を漏らした。


 恐らく、10万人規模。


 それは、先に戦闘をした竜国軍の5倍以上の数字だった。


 王国兵たちは、呆然としていた。


 ガチッ


 僕は、強く歯を食い縛った。


「敵軍だ! みんな立って! 武器を構えて、戦いに備えるんだっ!」


 シャリリン


 左右の手で剣を抜き、そう叫ぶ。


 全員がハッとなり、すぐに臨戦態勢に入ってくれた。


 これが、


(キルトさんの感じていた予感の正体かっ!)


 剣を握る手が震える。


 ズズゥン ズズゥン


 竜国の軍勢10万は地響きと共に、まるで黒い津波となって僕らに迫ってきていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 王国軍は、抗戦の構えだ。


 けれど、兵数差、消耗具合を考えても、勝算は薄いと思えた。


(…………)


 恐らく、王国兵の全員がそれをわかっていた。


 でも、誰も口にしない。


 それを理由に逃げる者も1人としていなかった。


 これが武の国シュムリアの軍人なのだと、僕は共に立ちながら、改めて敬意を表したいと思った。


「マール!」


(!)


 その時、王国兵の間を抜けて、銀髪の美女がやって来た。


 キルトさん!


 彼女は、僕らの隣に並ぶと、背負っていた『雷の大剣』をガシャリと抜く。


「すまぬ、遅くなった」

「ううん」


 僕は首を振る。


 キルトさんは迫る竜国軍を見ながら、


「思った以上に、早く動かれてしまったの。どうやら、こちらの軍勢こそが奴らの本命だったようじゃ」


 厳しい声でそう言った。


 つまり、先の2万の竜国軍は斥候だったのだ。


 僕は唇を噛む。


 足裏からは、10万もの竜国の大軍が生む地響きが伝わってくる。


「どうします?」


 イルティミナさんは白い槍を構えながら、キルトさんに問いかけた。


 彼女は答えた。


「撤退戦じゃ」


 重く鉄のような声だ。


 僕らは、彼女を見る。


「あれを見て、ロベルト将軍も決断した。将軍からも、すぐに指示が飛ぶ。わらわたちはアル・ファンドリアまで撤退し、そのまま籠城戦に入るとのことじゃ」

「…………」


 キルトさんは、僕らに説明する。


 今回の王国軍の目的は、竜国軍の戦力の分散だ。


 それは、他国への侵攻を遅らせるためである。


 そして現在、10万もの竜国軍が釣れた以上、その役目は充分に果たせたと言え、これ以上の進軍は必要ないとの判断だそうだ。


(なるほど)


 その説明に、僕らは納得する。


 また、これまで不確かだった竜国軍の強さを、今回、僕らは初めて知った。


 コロンチュードさんの造った『対竜国用の魔法装置』があれば、充分、互角に戦えるという事実も判明した。


 それは味方を勇気づける朗報だ。


「シュムリア、アルン、その他の国々、共に戦う仲間たちに、それを共有させたいのじゃ。そのためにも、この情報を必ず持ち帰らねばならぬ」


 キルトさんの声には、覚悟がある。


 僕らは頷いた。


 けど、相手もそう易々と撤退を許してくれるはずもない。


 必ず防ごうとしてくるだろう。


 だからこそ、


殿しんがりは、シュムリア竜騎隊と決死の王国騎士2000名が受け持つ。じゃが、それだけでは足りぬとわらわは思うておる」


 そう言って、彼女は僕らを見た。


 綺麗な黄金の瞳。


 それが、何かを訴えるように僕ら1人1人に向けられていく。


(…………)


 僕は気づいた。


 イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんもわかったみたいだ。


 みんなで頷いた。


「わかった。それなら、僕らも参加しよう」


 代表して、僕は言った。


 キルトさんは嬉しそうに瞳を細め、「うむ」と噛み締めるように頷いた。


 僕らも笑った。


 とても危険な役目だ。


 でも、誰かが必ず成さねばならない大切な役目だった。


(……僕らなら、きっと)


 そう信じてる。


 …………。


 やがて、キルトさんの言った通り、ロベルト将軍から全軍に撤退戦の指示が下った。


 紡錘陣形となり、王国軍は南方へと移動を始める。


 ドドドドッ


 そんな僕らを追って、10万の竜国軍は大地を揺るがし続けた。


(…………)


 距離は離れている。


 でも、その差は少しずつ縮まっていた。


 途中で必ず追いつかれるだろう。


 その時こそ、僕らはそこで、竜国軍を食い止めなければいけないんだ。


 アル・ファンドリアまでは4日間の距離。


 長い……。


 長い4日間になりそうだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 流石は一般的な家事全般の能力を捨てて戦いに関する事にその能力を全振りしているキルトの預言。 見事な的中率ですね(笑) 冗談はさておき、竜国軍本隊の動きが早い…
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