606・竜国侵攻の詳細
第606話になります。
よろしくお願いします。
「――してやられたの」
ギリッ
キルトさんは悔しそうに歯を食い縛る。
(いったい、どういうこと!?)
僕の頭も混乱している。
まさか、グノーバリス竜国の侵攻が他国に向かうなんて、思ってもいなかった。
「虚を突かれた」
キルトさんは、そう言った。
ジンガ国は、グノーバリス竜国とは西方で接する国だったけれど、2国の間には7000~1万2000メード級の山々が連なり、天然の要害となっていた。
雪深く極寒の山地は、誰も通れない。
だからこそ、ジンガ国へ侵攻される可能性は、誰も考えなかった。
でも、
(……竜国軍は、その山脈地帯を通って侵攻した)
まさに、意識の盲点。
常識外の行動だったからこそ、キルトさんも『虚を突かれた』と表現したのだろう。
でも、どうやって?
「竜国軍の航空部隊じゃ」
(あっ!)
そうだ、竜国軍には、空を飛ぶ魔道具があったんだ。
1000人ほどの部隊らしいけど、彼らならば、その極寒の山脈地帯を越えることが可能だったんだ。
もちろん、容易いことじゃない。
本来、人が立ち入れぬ高高度を長時間、飛翔するのは、命の危険が伴う。
でも、彼らはそれを成した。
そして、
「ジンガ国の首都は、空より突然の奇襲を受け、陥落した。それが、昨日未明のことだそうじゃ」
キルトさんはそう締め括った。
…………。
僕らは、誰も、何も言えなかった。
キルトさんは重い口調で言う。
「ジンガ国は、南部でヴェガ国と接しておる。そして竜国の侵攻は、ヴェガ国から20万のアルン軍が移動した直後の出来事じゃ。これは、ただの偶然ではあるまい」
まさか……。
(狙われていた?)
ジンガ国の救援に向かえる20万のアルン軍がいなくなるタイミングを?
僕は唖然となってしまった。
イルティミナさんは、美貌をしかめる。
「こちらの行動を完全に読まれ、裏を取られてしまいましたね」
「うむ」
頷くキルトさんも、難しい顔だ。
これまで、グノーバリス竜国が動けるのは、南方で接する獣国アルファンダルだけだと思われていた。
だからこそ、僕らはここに戦力を集中させた。
それでいいと思っていたんだ。
でも、今回の件で、西方のジンガ国にも動けるとわかってしまった。
その南には、ヴェガ国もある。
守らなければいけない場所が増えてしまったことで、防衛線の拡大は必須だ。
それは言い換えれば、戦力の分散である。
僕は聞いた。
「アルン軍は、今後、どうするの?」
キルトさんは、吐息をこぼす。
「エルフの国に5万を残し、15万をヴェガ国に引き返させることになった。ヴェガ国には『対竜国用の魔法装置』がまだないからの。その建造まで時間を稼がねばならん」
「…………」
その黄金の瞳が、ハイエルフのお姉さんを見た。
「そういう訳じゃ、コロン。ここの装置が完成し次第、そなたにはヴェガ国へと向かってもらう」
「……ん、わかったよ」
彼女は頷いた。
連日の疲れが溜まって見えるけれど、その翡翠色の瞳には力があった。
ただ、ここからエルフの国へは『転移魔法陣』で一瞬だけど、そこからヴェガ国までは陸路での移動だ。
時間がかかってしまう。
そこで、
「明日、わらわたちは、竜国国境への進軍を開始する。少しでも竜国軍の意識を分散し、その力が他国に向かぬための牽制も兼ねてじゃ」
とのこと。
無論、危険は伴う。
特に、アル・ファンドリアには、まだ石化した獣国の民間人も多数残っていた。
彼らも危険に晒されることになる。
だけど、
「残念じゃが、王国上層部の判断じゃ」
キルトさんは、強い口調で言った。
石化した獣国の人々は、もし石化を解除しても助かる見込みは1割もない。
それよりも、より友好国であるヴェガ国の人々を確実に守る方を、シュムリア王国側は選んだということだ。
(…………)
僕は唇を噛み締める。
仕方のないことだ。
僕らの手はあまりに小さくて、全ての人を助けることはできない。それは、わかりきったことなのだから。
だけど……。
だけど、苦しい。
イルティミナさんの手が僕の肩を掴み、強く抱き寄せる。
「…………」
「…………」
何も言わないけど、その気遣いの心は伝わってきた。
僕は顔をあげる。
キルトさんは、そんな僕を見つめ、大きく頷いた。
…………。
その日の内に、コロンチュードさんは予定通りに『魔法兵器』の威力を減衰させる装置を完成させ、エルフの国へと帰っていった。
帰る前に、
「マルマル」
と呼ばれ、彼女の右手が突き出された。
(え?)
その右手は軽く握られている。
見上げる僕に、コロンチュードさんは頷いた。
気づいた僕も右手を持ち上げ、軽く握る。
コツッ
拳を合わせた。
ハイエルフのお姉さんは笑って、
「がんばろうね」
「うん」
その言葉に、僕も笑って頷いた。
そうして彼女は、『転移魔法陣』の光の中に消えていく。
僕らは、それを見送った。
そして翌日、アル・ファンドリアには1万の防衛軍を残して、王国軍3万は出立のため、北大門の前に整列していた。
「――総員、出発!」
ロベルト将軍の檄が飛ぶ。
シュムリア竜騎隊の2体の竜が空へと飛び立ち、王国騎士たちが歩きだす。
僕ら5人も、足を踏み出した。
街道に土煙が上がる。
地鳴りのような足音と共に、僕らはグノーバリス竜国の国境へと向かったのだった。
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