604・偉大なる魔学者
第604話になります。
よろしくお願いします。
「全くもうっ……2度目はありませんよ? 深く反省してください、マール」
「……はい」
翌日、僕はイルティミナさんに叱られた。
朝、目を覚ました彼女が自分の腕の中に僕がいなくて、代わりにコロンチュードさんに抱かれているのを発見しての結果です。
みんなの前で、正座で説教されました。
……でも、全面的に僕が悪いです、はい。
イルティミナさんは、ジロッとハイエルフのお姉さんも睨んだ。
「貴方もです。次は許しませんよ?」
「……ん、わかったよ」
彼女は、残念そうに答える。
肩を落としながら、「マルマルの抱き心地、最高だったのになぁ……」なんて呟いて、また僕の奥さんに睨まれていた。
ソルティスはオロオロと、
「た、たまには貸し出してもいいんじゃないかしら?」
なんて姉に言った。
敬愛する人のことになると、彼女の判断力はおかしくなるらしい。
ジロッ
「ひっ!?」
ソルティスは息を呑み、慌ててポーちゃんが襟首を掴んで後方へと引っ張っていく。
キルトさんは苦笑して、
「マールはペットみたいに思えるが、すでにイルナの旦那じゃからの? 気持ちはわかるが、皆、自重するが良い。あと、マールも自分が妻帯者だと自覚しろ」
みんなと僕に言った。
(……うっ)
全くその通りだ。
僕は、僕の大事な奥さんへと頭を下げた。
「ごめんなさい、イルティミナさん。もう2度と、他の人の抱き枕にはなりません」
そう宣言する。
そんな僕をジーッと見つめ、
「約束ですよ?」
「うん」
「よろしい。今回だけは、特別に許しますからね?」
「ありがとう」
そして、ごめんなさい。
反省する僕に、イルティミナさんはようやく表情を緩めてくれた。
その白い手が、僕の頬を撫でて、
「可愛いマールは、このイルティミナの物なのですからね」
そう嫣然と微笑んだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
朝の一幕もあったあとは、すぐに活動開始だ。
コロンチュードさんは、街の軍事施設を訪れて『対竜国用の魔法装置』の建造を行うことになった。
施設内の広い空間に、資材が山と積まれている。
これらは、昨夜の内に『転移魔法陣』によって、シュムリア王国の『王立魔法院』から送られてきた物だ。
「……じゃ、やるか」
コロンチュードさんは眠そうに宣言した。
手伝いとして、300人ぐらいの人員が集まっていて、彼女の指示で動きだした。
…………。
トントン カンカン ガチン キリキリ
作業音が施設内に響く。
あらかじめ加工された資材を組み立て、大きな建物を造っている感じだ。
(……まるで家造りだね?)
魔法装置の規模は、2階建ての建物ぐらいありそうだった。
また作業は建築だけではない。
送られてきた物の中には、たくさんの魔法球や回路、配線などもあった。
リィン
コロンチュードさんは、小さな杖を光らせ、その1つ1つの魔法球の中に魔法文字を敷き詰め、精巧な魔法陣を描いている。
実に繊細な作業だ。
見ているこっちまで息を止め、手に汗を握ってしまう。
匠の職人技。
それを見ている気分だ。
ソルティスや手伝いの魔法使いの人たちも、みんな真剣な顔で同じ作業を行っていた。
作業速度には、個人差があった。
ソルティスが1つ終わらせる間に、コロンチュードさんは3つ終わらせている感じだ。
多分、熟練度の違いだろう。
さすが、シュムリア王国で100年以上も君臨している『金印の魔学者』だ。
「…………」
魔法知識のない僕は、ただ見ているだけだった。
ちなみに、キルトさん、イルティミナさん、ポーちゃんは施設の出入り口に配置され、侵入者の警戒を行っていた。
僕は、コロンチュードさんのそばに配置されている。
施設の外では、王国騎士さんたちも巡回し、警備に当たっていた。
この装置が完成するか否かで、王国軍が生き残るか、全滅するかが決まる――だからこその厳重警戒だった。
「……よしっと」
コロンチュードさんは息を吐き、また1つ魔法球を完成させた。
額に汗が光っている。
でも、それを気にした様子もなく、また次の魔法球に手を伸ばした。
(…………)
魔法球は、まだまだたくさんある。
いつになったら作業が終わるのか、僕には見当もつかない量だった。
◇◇◇◇◇◇◇
お昼休憩だ。
みんな作業を中断して、栄養補給に入る。
コロンチュードさんは、そのまま作業し続けようとしたけれど、
「駄目だよ」
僕が強引に引き剥がした。
昨夜の様子を見た感じ、彼女は明らかにオーバーワーク状態だった。
好きにさせたら、きっと倒れるまで働いちゃう。
不満そうなコロンチュードさんを、僕は見つめた。
「疲れた頭で作業しても、効率は落ちるだけだよ? さ、甘いもの食べて、ちゃんと休んでくださいね」
「……わかったよ」
頑固な僕に、彼女はため息をこぼした。
……ん?
ふと見たら、義娘のポーちゃんが僕に感謝の眼差しを送っていた。
(ううん)
どういたしまして。
僕は笑って、首を軽く振った。
そうして僕らは、6人で食事を取った。
今日のお昼は、サンドイッチ。
モグモグ
うん、甘いヨーグルトと果物が挟まれていて、とっても美味しいや。
他にも、卵やベーコンサラダ、ソーセージ、餡子、ポテトサラダなど、色んな種類のサンドイッチがあった。
どれも美味しい。
果実水とハーブ茶もあって、僕はハーブ茶をもらった。
(はぁ、さっぱりする)
思わず、吐息がこぼれた。
みんなも満足そうな表情だ。
最初は嫌そうだったコロンチュードさんも、表情が穏やかになっていた。
コテン
そして、急に横になった。
なぜか僕の膝を枕にしている。
「……満腹になったら、なんか眠いや」
だって。
イルティミナさんは、そんな彼女に口をパクパクさせていた。
それから何を思ったのか、
「私も寝ます」
(え?)
僕の反対の膝を枕にして、横になってしまった。
みんな、目が点だ。
僕も驚いて、僕を枕にする2人の美女を見つめてしまった。
コロンチュードさんは気持ち良さそうで、イルティミナさんは焼きもちを妬いた表情だけど、少し頬が赤く恥ずかしそうだった。
…………。
2人とも、しょうがないなぁ。
でも、何だか可愛かった。
僕は、2人の金色と深緑色の綺麗な髪を撫でてやる。
(よしよし)
2人はピクリと反応して、でも、心地良さそうに目を閉じた。
僕の指も幸せだ。
そんな僕らに、キルトさんは呆れている。
ソルティスは、敬愛するコロンチュード様を膝枕できる僕が羨ましそうだった。
ポーちゃんだけは、いつも通り。
お昼の休憩は、1時間。
ハイエルフのお姉さんは、時間ギリギリまで仮眠してから作業に戻った。
「……ふふんふ~ん♪」
午後の作業中、鼻歌が聞こえた。
昨夜の重い表情はなかった。
(……うん)
そんなコロンチュードさんの様子を見守りながら、僕も安心して笑ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
夜が来て、僕らは客室へと戻った。
深夜の作業は、深夜担当の人たちが引き続きやってくれるそうだ。
装置の完成は、4日後の予定だって。
夕食、お風呂もとったコロンチュードさんは、ベッドにうつ伏せになっていた。
「……ふぅ」
吐息を1つ。
疲れた様子だけど、昨日より顔色はいい。
それを見ていると、
「石化した獣国民の転移は、今日で5万人となったそうじゃ」
とキルトさん。
部屋に帰る前、キルトさんはロベルト将軍の所に行って、お互いの今日の報告をしたそうだ。
それを僕らにも教えてくれていた。
(2日で5万人、か)
作業として、これは早いのか、遅いのか?
ちょっとわからない。
ただ全員で50万人という数なので、受け入れる側にも時間と場所が必要となるだろう。
「全てを転移し終わるまで、20日間の予定じゃ」
とのこと。
イルティミナさんは確認する。
「では、私たちも、20日間はこのアル・ファンドリアに駐留するのは確実なのですね?」
「うむ」
キルトさんは頷いた。
装置が完成するのは、4日後。
つまり5日目には、僕らはグノーバリス竜国を目指して出発することもできるのだ。
でも、僕らは20日間、残るという。
「無論、あとは防衛軍に任せて、わらわたちは進軍をという案もあった」
「…………」
「じゃが、その進軍によって、本格的に竜国との戦闘が起きる可能性は高い。そうなれば、この地の安全も危うく、石像となった獣国民が巻き込まれるかもしれぬ」
キルトさんは僕らを見回す。
「それらを総合的に判断した結果、優先するのは民間人の命とした」
(なるほど)
グノーバリス竜国に時間を与えるのは、確かに怖い。
でも、それ以上に、
(罪のない人々を助ける方が大事だと判断したんだね?)
その判断を僕は尊重する。
「それでいいと思う」
僕の言葉に、みんなも頷いた。
そんな僕らに、キルトさんも嬉しそうに笑ったんだ。
…………。
それにしても、
「転移魔法陣って凄いね」
僕は呟いた。
みんなの視線が僕に集まる。
「だって、こんな遠い場所まで僕らはやって来れて、そして、この地の人たちを助けるために、すぐシュムリア王国まで送れるんだよ? それって、本当に凄くない?」
それは、前世の世界でも不可能なことだ。
ソルティスは頷いた。
「そりゃ凄いわよ。だって、タナトス時代の魔法よ? つまり人類最高峰の力の1つなんだから」
語る口調は、魔法使いだからか、ちょっと熱い。
でも、わかる。
時間を操り、死者さえ蘇らせるのが『古代タナトス魔法王朝』の魔法なんだ。
転移魔法もその1つなんだから、凄くて当たり前ってことだろう。
キルトさんは苦笑する。
「そうじゃな。正しく使えれば、これほど有益な力はあるまい」
(……え?)
その言い方に、ちょっと引っかかった。
そんな僕の表情に気づいて、イルティミナさんは教えてくれる。
「転移魔法は凄いですが、凄いからこそ、悪用された時には恐ろしい結果が待っている……とも言えますね」
……あ。
言われてみれば、そうだ。
もしこの力をグノーバリス竜国が手に入れたなら、どんな事態となるか? 想像するだけで恐ろしい。
(いや、ちょっと待って?)
僕は気づく。
「竜国は、タナトス時代の魔法技術を復活させてるんだよね? じゃあ、転移魔法は?」
みんな、目を見開いた。
あり得ないことじゃない。
考えたら、第2次神魔戦争の時に『闇の子』は、浮遊城を空に転移させて現れたんだ。
キルトさんは口元に手を当て、考え込む。
イルティミナさんも表情を厳しくし、ソルティスは不安そうだ。
ポーちゃんも目元を険しくしている。
(……もし)
もし竜国が転移魔法を使えるとしたら?
それなら、突然、シュムリア王国の王都ムーリアに転移して、そこを襲うとか?
その想像にゾッとした。
と、その時、
「それは大丈夫」
と口にしたのは、コロンチュードさんだった。
ベッドに伏せたままの彼女を、僕らは見る。
彼女は言った。
「公表されていないけど、王都ムーリアでは、特殊な魔力波を発生する『魔法の塔』が建造された。その範囲内では、認められた『転移魔法陣』しか発動できないから」
……あ。
それを聞いて思い出した。
1年ほど前、ヴェガ国にいた時に、コロンチュードさんがそうした安全装置を作っていると、ポーちゃんに聞かされたっけ。
「まぁ、まだ試験段階だけど、ね」
と、コロンチュードさん。
でも、性能的に問題はないらしい。
似たような『魔法の塔』は、アルン神皇国の首都、神帝都アスティリオでもすでに建造されているとか。
だから、
「竜国も、直接、こっちの本丸を叩くようなやり方はできないよ?」
とのことだ。
その話を聞いて、僕は少し安心してしまった。
「もちろん、範囲外には転移が可能だから、王国が攻められる可能性はなくもないけど、それで簡単に陥落する国じゃないと思うからね、シュムリアは」
コロンチュードさんは、そう笑った。
何しろ、治めているのが女神シュリアン直系の子孫なのだ。
そして、レクリア王女は、王国でも『対竜国用の魔法装置』の建造をとっくに指示しているらしい。
(……さすが)
その先見性は、驚嘆に値する。
イルティミナさんも「さすがレクリア王女ですね」と呟いていた。
きっと他の国の防衛に関しても、何らかの手を打ってくれているかもしれない。
いや、打たない訳がないか。
コロンチュードさんは、長い金髪を歪ませながら、ゴロンと仰向けになる。
天井を見ながら、
「本当はね、グノーバリス竜国にもそうした『魔法の塔』があるんじゃないかって、それが心配だったんだ」
と呟いた。
あ……。
その可能性に、僕は今更気づいた。
「でも、現時点まで、こっちの『転移魔法陣』は正常に機能している。なら、向こうにはそうした『魔法の塔』みたいな物は存在しないんだろうね」
「…………」
「竜国の技術は、やっぱり凄い。でも、だからって、必要以上に恐れなくてもいいよ?」
彼女は笑った。
「私が、きっと何とかするから」
…………。
竜国の魔法技術に、コロンチュードさんはたった1人で対抗しているのだと、改めて思い知らされた。
みんなも気づかされたろう。
集まる視線の中で、
「ふぁ~あ」
偉大なるハイエルフさんは、眠そうな大欠伸をしていた。
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